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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-55 異論差し挟むべからず3

パァン!!


空気を叩く音に何事かとギャラリーが集まり始める中、悠はヴェロニカの技量に素直な賞賛を抱いていた。


最低限のスナップで放たれた一撃は読みにくく、回避し難い鋭さがある。そもそも鞭の先端速度は音速を超え、銃などを抜かせば武器の中で最速を誇るのだ。悠であってもマッハに達する攻撃を見てから回避するのは生身では不可能である。


ならば最終的な回避は予測で行わなければならない。


「1年2年の修練でこうはいくまい。よく練り上げられているな」


「時間はありましたので!」


答えながらもヴェロニカは悠を捉えられない事に焦燥を抱いていた。エルフ相手ならゲオルグでも当てる自信があった自慢の鞭は空を切り、地面を空しく叩くのみで悠に掠りもしないのだ。これだけの体術の使い手はエルフには存在せず、ヴェロニカはあらゆる角度からの攻撃を試みた。


足を狙うと見せかけ、手首を捻って軌道を変え首筋を狙う『蛇咬スネークバイト』、回り込む軌道から拘束を試みる『蛇絞スネークキャプチャー』、意表を突いた鞭の突き技である『蜂針撃ビースティング』など、まるで生きているかのような攻撃の数々が悠に襲いかかるが、悠は全てを先読みして回避し続けた。


「へぇ……やるなあの姉ちゃん、ユウ相手にあれだけやれりゃ冒険者でもトップレベルだぜ。やっぱランクはⅨ(ナインス)か?」


「いや、ヴェロニカはⅦ(セブンス)だ。エルフの探索者に何より必要とされるのは魔法戦闘能力だからな。ヴェロニカは10メートル以上離れると相手が良く見えねぇんだよ。バカにする奴も居るが、努力で勝ち取ったランクなのさ」


「そういう女は嫌いじゃねぇな」


「同感だ」


バローとゲオルグが談笑している間にもヴェロニカは必死に鞭を振り続けていたが、当たらない攻撃に焦れて大振りになった瞬間、悠が前に詰め、速度の乗っていない鞭の中ほどを掴み取り、腕に巻き取った。


「あっ!?」


「十分だ。その腕前なら『機導兵マキナ』を相手にしても拘束する事は出来るだろう。午後からは実戦向きの技を教えよう」


「……ありがとうございます……」


一発くらいは当てられるつもりだったヴェロニカは悔しげに悠に頭を下げた。


鞭の最大の弱点は先端以外の速度が遅い事である。その為、鞭使いは読まれないよう単調な動きを避ければならず、大振りは禁物だ。自分の失策を悟っていたヴェロニカの後悔は悠に回避された事よりも焦って隙を見せた自分自身にあった。


ゲオルグとヴェロニカというエルフでも最高クラスの武器の使い手が一蹴された事で探索者達は改めて悠とバローに賞賛を抱き、デュオとコレットは萎れて小さくなった。ゲオルグから短剣術を習っていた2人だが、その師であるゲオルグすら敵わないのでは自分達では絶対に歯が立たないのだとようやく悟ったようだ。


「そろそろ時間だな。剣を使う者はバローに、それ以外は俺の所に集まれ!」


悠の号令で探索者達は弾かれたように動き出し、午後の鍛練が始まる。




「さて……まず安心して欲しいが、俺は鍛えても強くならねぇのに無意味なシゴキをするつもりはねえ。人担いで走れとか、気を失うまで岩を持ち上げろなんて前時代的なマネをしろなんて言わねー」


その言葉に少なくない探索者が内心で胸を撫で下ろした。そんな事をしてもエルフは身体能力が上がったりしないので、理解がある事は有り難い。


ちなみにバローはどちらもやっているが、それは言う必要の無い話だ。


「まずは隣の奴と十分に間を取って壁の前に並びな。壁との距離は自分の得物が届く距離だぞ」


言われた通り、探索者達がズラリと壁に並ぶ姿は中々壮観だったが、バローは構わず説明を続けた。『浮遊投影フロートビジョン』のお陰で一々説明を繰り返さなくていいのは楽だなと思いつつも声に弛みは見せない。


「お前らが殆ど全員武器には素人だってのは知ってるから、俺はトコトン基礎から教えるぜ。まず利き手に教えた通りに武器を持って下に向けろ。向けたら今度は肘を直角に曲げろ。武器が壁に付くようにな」


バローの言う通りに探索者達が壁に武器を当てると、バローは腕を真横に薙いだ。


「そのまま真横に引っ張って線を書け。それがお前らの中段になる。真っ直ぐ書けよ、曲がってちゃ意味ねぇからな! 書けたら今度はその1センチ上と1センチ下にも同じように線を引け! それがお前らの中段切りの基本になるからな!」


探索者達がガリガリと線を引いている間に、バローは各種の剣を取り出した。


「それぞれの武器の振り方をやって見せるから、俺のやった通りに武器を振ってその上下の線の中を通す動きを覚えろ!」


バローがゆっくりとそれぞれの剣を振って見せるのを探索者達は真剣な表情で目に焼き付け、自分で試しながら微調整していく。


「理解出来たら早速開始だ! 自分の体に真っ直ぐに刃物を使う動きを覚え込ませろ! とりあえず200回、絶対その線の間をはみ出ないようにゆっくり振れ!」


本当に基礎の基礎からバローは探索者に教え込むつもりであった。刃筋を立てるやり方を覚えてからでないと剣はただの鉄の板と大差が無いのだ。それを教えるにはこの肘の角度で中段を示すやり方が最も自然で覚えやすいのである。


探索者達が中段の練習を始めると、バローは監督して回り、構えのおかしな点を矯正していった。


「おい、もう片方の手が空いてるからってグチャグチャ動かすんじゃねえ! 空いてる手は首筋を守るんだよ!!」


「不細工な大振りすんな!! 脇しめろ脇!!」


「は・み・だ・す・な!!」


口調は荒めだがバローの指導は理に適っており、初めて習う正式な剣術に探索者達はいつしか夢中になって剣を振り続けた。彼らにとってこれはまたと無い機会であり、貪欲に技術を吸収していったのである。


「絶対はみ出さねぇようになったら少し速度を上げろ! 上手く行かなかったら体の使い方が悪いってこった! ゆっくりやってる時とどこが違うのか確認して修正しろよ!」


思っていたよりも覚えが早いが、バローはこの先の事を考えると頭の痛い気分であった。順胴の後は逆胴、切り下ろし、切り上げ、袈裟に逆袈裟、そして突きまで教えてようやく基本の型になるが、午後一杯を使っても今日出来るのは精々切り下ろしまでであろう。ここから先は彼らの勤勉さに賭けるしかないのだ。


「やれやれ……何人最後まで剣を振れるかな……」


日が暮れるまで動ける体力はエルフには期待出来ない。


(たまに褒めたりして疲労を意識させないように誤魔化すのと、「疲労した時こそ正確に体を動かす事が重要なんだ!」とかいう精神論で乗り切るか。明日から商売にならねぇかもしれねぇけど、俺の考えるこっちゃねぇやな。死ぬ気でやりゃそこそこ物になるだろうさ)


割と酷い事を考えながら、バローの指導は熱を帯びていった。

握り方、構え方、斬り方、動かし方、引き戻し方と、実際に教えるとなると山ほど手順がありますが、多少端折ってバローがどんな風に教えているのかを書いてみました。前回のミーノスではバローの描写が少なかったので。

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