10-52 壁の裏8
「俺達の知ってるドワーフって奴らは」
執務室に通された悠達はゲオルグのドワーフに耳を傾けた。テーブルに振る舞われているのが酒なのはバローの要望である。
「頑固で融通の利かない石頭だが、恩には恩を返す義理堅い種族だ。……まあ、恨みには恨みを返すのも義理堅いって言えるのかもな。裏切りは絶対に許さねぇし嘘も嫌う。大飯食らいで大酒飲み、手先が器用で鍛冶や細工が得意な奴が多い。だからドワーフの武器や防具は質が高いし、俺達の弓じゃ射抜くのは一苦労だ。腕力は最低でもエルフの数倍はあるし、頑健で多少の傷じゃ戦意が衰える事はねえ」
一口酒を口に含み、喉を湿してからゲオルグは先を続けた。
「その代わりあいつらは普通に魔法を使うのはからっきしでな。一番基本の『光源』すらまともに発動しねえ。古い慣用句に「エルフに斧を持たせる」、「ドワーフに魔法を教える」ってのがあるが、どっちも時間の無駄だからやめとけって意味だな。今は一概にそうとも言えないんだが……」
「エルフの『魔法鎧』とドワーフの魔道具、だろ?」
「その通り」
バローの言葉にゲオルグはカップを掲げて首肯した。
「ハリー様の最高傑作である『魔法鎧』のお陰でエルフの身体能力・継戦能力は格段に増した。だがドワーフもこちらの『魔法鎧』を解析して独自の魔道具装備を開発してそれに拮抗したんだ。これによってエルフは腕力と強靭さを、ドワーフは魔法戦能力を得た。長く戦争してるせいか、どっちも相手の持ってるモンが良く見えたんじゃねぇかな。『魔法鎧』はそこのエリートさんみたいに実力が無けりゃ国からは下賜されねぇが、多少は民間にも出回ってるぜ。高位の探索者は大抵持ってるし、ギルドでも独自に研究改良は続けてるが……残念ながらエルフにゃ超一流って言える鍛冶師が居ねぇんだよ。俺達は金属の扱いじゃドワーフに2歩も3歩も遅れてるんだ」
「つまり、鎧とは言いながらも防御力が低いという事だろう?」
「そうなんだよ……陛下の『賢王鎧』は少ないながらも神鋼鉄が使われてて機動性と防御力を両立させてるが、それ以外は普通の鎧よりも大分低いんだ。とてもじゃないがドワーフと白兵戦を出来る代物じゃないし、魔法補助装備と割り切るのが無難だな」
『魔法鎧』の防御力の低さは古くから指摘されていたが、根本的な解決策は発見されていなかった。防御力を上げようと金属の量を増やせば重量の増大を招き動きに支障を来すし、金属自体に硬度上昇の魔法陣を仕込めば使用者の魔力を消耗し継戦能力を損なうという二律背反のジレンマが存在するのだ。布や皮の装備よりは丈夫だが、『魔法鎧』の防御面の不安は今も完全には解消されてはいない。
「欠点を補い長所を強化する形で発展したエルフとドワーフだが、今回の魔法封鎖戦術はエルフにとっちゃ最悪だよ。たとえ身体強化が効いていてもエルフの装備じゃ魔銀を貫く事は難しいし、そもそも国の兵士は魔法偏重で集められてっから弓以外の武術に長けたエルフは殆ど居ねぇはずだ。そうだろ?」
ゲオルグに問われ、ロメロとミルヒは苦い顔で頷いた。『機導兵』に蹂躙された記憶はまだ生々しく彼らの脳裏に残っているのだ。
「……ああ。悔しいが、魔法を封じられては我々の力で奴らを倒すのは困難だ。敵一体に対し魔法抜きで集団で当たる方法を我々は知らぬ……」
「兵士は基本的に職業軍人だからな。対ドワーフ特化でそれ以外の相手が苦手なのは仕方ねぇさ。そういう手合いは探索者の方が慣れてるしよ」
ゲオルグの物言いに引っかかる物を感じたバローが小首を傾げ、ゲオルグに尋ねた。
「『機導兵』と戦う事を考えてるのか? ギルドの方針はバンザイしちまえってんじゃ無かったか?」
ゲオルグの言い方ではまるでドワーフに対抗する事を考えているように思えたバローの問いにゲオルグは苦笑して答えた。
「そりゃあ考えるさ。交渉で侵攻をやめてくれるとは限らねぇからな。探索者は現実主義だから戦っても無駄なら和平に持ち込んだ方がいいと言っているだけで、エルフがドワーフの奴隷になる事を勧めてる訳じゃねぇんだ。他に方法が無けりゃ戦うし、その覚悟くらいは出来てるぜ」
ゲオルグがロメロに視線を向ける。
「貴族様や王族の方々が簡単に退けないのは分かってるし、俺の知ってるドワーフって奴らも同じだ。だがな、それに運命を託さなけりゃならない民衆の事も少しは気にして欲しいんだよ。昔、陛下に進言した時は切羽詰ってなかったからこっちが退かせて貰ったが、今度ばかりはギルドも退けねえ。国が民衆を道連れに心中するのを黙って受け入れるつもりはねえ」
「っ!」
反射的に言い返しかけ、ロメロは唇を噛んで言葉を飲み込んだ。貴族の誇りを庶民に説いても立場の違いが浮き彫りになるだけで具体的な方針にはなり得ないのだ。貴族であるロメロとゲオルグでは守るべき物が異なるのである。
「……とは言うものの、さっき言った通り多少は抵抗する手段くらいは確保しておきたいとは思ってる。そこでユウとバローに相談なんだが……ちょっくらウチのギルドの奴らを鍛えてやっちゃあ貰えんかね?」
「あん? 俺達に教官やれってのか?」
「平たく言えばそういう事だ。『機導兵』の戦闘経験者として武器術と集団戦闘術を探索者に仕込んでやって欲しいんだよ。兵士じゃ従わないかもしれんが、さっきも言った通り探索者は現実主義者が多い。多少の反発はあっても有益なら従うぜ」
ゲオルグが高位の冒険者を求めたのはその為と言っていい。ギルド長として備えられるだけ備えておきたいという事であろう。探索者でも高位の者が低位の者を統率するのはよくある事であった。
「どうする、ユウ?」
「……雇われ教官をする事には異論は無いが、教えると決めたなら泣き言に耳は貸さんぞ? 僅かな時間でそれなりの成果を上げるには相当な訓練が必要だ」
「言っとくが、ユウの指導はハンパじゃねぇぞ? 俺でも血反吐ブチ撒けるのは日常茶飯事だ、虚弱なエルフがついて来れるとは思えねぇぜ?」
「む……」
脅しでも何でもないバローの台詞にゲオルグが渋面を作って考え込んだが、その時床板が勢いよく開かれデュオとコレットが喚いた。
「勿体ぶるな人族!!」
「そうだそうだ!! 早く教えろ!!」
「……おいゲオルグ、この執務室の防諜ザルだぞ」
「この、クソガキ共……!」
青筋を立てるゲオルグにデュオとコレットは即座に床下に消え、ゲオルグは大きく溜息を吐いた。
「……俺が危ぶんでるのは、若い奴らの戦闘経験が不足してる事だ。だからああいう風に敵を舐めてるバカも居る。血反吐を吐く? 構わねぇ、大いにやってくれ。現実は甘くねぇって事を今の内に知っておかなけりゃ、後悔する間もなく死んじまう」
「親心だねぇ……ま、それはそれとして、依頼なら冒険者でも探索者でも必要なモンがあるよな?」
悪い笑顔で指で輪を作るバローに、同じ笑顔でゲオルグが耳元で囁いた。
「……女衆と晩飯接待付きなんてのには興味ねぇか?」
「乗った!!!」
一瞬で食い付いたバローがゲオルグの肩に手を回して宣言する。
「ギルド長たっての頼みじゃ仕方ねえ、ここでエルフを見捨てちゃ男が廃るってな!! 俺達に任せな!!」
「分かって貰えて嬉しいぜ!」
「打算の気配を感じますが……」
共に肩に手を回して意気投合する2人を胡散臭そうに睨むコローナだったが、探索者の質向上には異論は無いのでそれ以上追求はしなかった。
「ならば医療品の用意と訓練場所の手配、それと講義用に『浮遊投影』の使用許可を。まずは座学、その後に訓練に入ろう。バロー、お前は剣術を教えてやれ」
「おう、分かったぜ」
「ならば我々も参加しよう」
「お前達は見ているだけで務めは果たせるはずだが……?」
そこにロメロが名乗りを上げ、悠の言葉に首を振った。
「探索者に劣る我々がのんびりしている訳にはいかん。時間が無いのなら早急に力を付け、兵に有効な戦術を教え込まねばならんのだ。それには指揮官が身をもって知っておかねば……」
「クソ真面目な奴……」
「分かった。だが、俺は知り合いだからといって手は抜かん。その覚悟はしておいてくれ」
冗談の気配が微塵も無いのは悠の目を見れば分かる事だったが、ロメロとミルヒはしっかりと頷いてみせた。
「なら昼の鐘がなったら始めるとするか。場所はギルドの鍛練場でいいだろ。コローナ、至急準備と通達を頼む」
「了解しました!」
こうして悠達はエルフィンシードでも教官職を体験する事になったのだった。
エルフが死屍累々となっている未来が見えます。




