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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-49 壁の裏5

「……陛下相手にそれを言ってのける度胸は認めるが、もう少し言葉を選ぶべきだとは思わんか?」


ナターリアは努めて冷静な口調を保ったつもりであったが、言葉の端々に怒りが滲むのを止める事は出来なかった。ナルハやセレスティはもっと顕著に気分を害して殺気を纏っており、ナターリアが抑えていなければゲオルグに魔法の一発も放っていてもおかしくはない。その殺気を敏感に察したコローナがゲオルグの袖を引っ張ったが、ゲオルグは態度を改めようとはしなかった。


「と、言われましても言いたい事は結局変わりませんので」


「我々には戦う理由がある!! 亡きエースロット様のご無念を晴らし、悪逆なるドワーフ共を成敗するという崇高な理由が――」


「おや、陛下にはくれぐれも殿下にエース様の死に関する話はするなと釘を刺されておりましたが、どうやらもう殿下はご存じのようですね。ならば話は早い」


ナルハの口上を遮り、ゲオルグはナターリアと目を合わせて言葉を続けた。


「殿下、エースロット様の崩御は確かにドワーフを憎むに値する重要事項でしょう。ですが、それは家族である王家や貴族の方々にとっては大きな意味を持っていますが、多くの国民にとっては次の王が国家を上手く運営してくれさえすれば次第に薄れていくものなのです。ドワーフの言っている事が真実なのかどうかは私には分かりませんが、少なくともドワーフもゴルドラン王を失いました。ならば両者ともに王を失ったという事実をもって痛み分けとして戦争を終結させる事は出来ませんか?」


「先王陛下の死を軽んずるか!!!」


遂に我慢の限界に達したセレスティの周囲に光の球が浮かび上がり、ゲオルグを照準するとコローナも堪りかねてゲオルグの腕を引っ張った。


「ゲオルグ様、言い過ぎですよ!!!」


「何を言っているコローナ、韜晦するべきでは無い場所では物事は率直に言うべきだぞ? 誤解されるほど恐ろしい事は無いからなぁ」


「誤解じゃないから危ないって言っているんですよ!!! ゲオルグ様はここに喧嘩を売りに来たのですか!?」


「そんなつもりは全く無いが、結果として喧嘩になる可能性はあるな」


悪びれないゲオルグに補佐を務めているコローナが絶句し、それと同時にゲオルグが自分に詳しい内容を話さなかった理由にも察しがついた。


「……ゲオルグ様、私を巻き込まない為に教えてくれませんでしたね?」


「言えば反対されるか止められるかするだろう?」


そう言ってコローナの手を外し、ゲオルグは再びナターリアを見据えた。


「殿下はドワーフをどうなさりたいのですか? アリーシア陛下にお尋ねした時、陛下は「エースの名を汚す者は悉く殺す」と仰いました。ですがそれは全てのドワーフを殺すという宣言に等しいものです。最近は心境の変化があったのか派兵は控えておられたようですが、攻め込まれたと知るや自ら兵を率いて出陣なさった事を鑑みてもドワーフへの憎悪が衰えた訳では御座いますまい。敗戦は結果でしかありませんのでそれについてはとやかく申しませんが、事実としてエルフはドワーフに生命力という点で遠く及ばないという事はお分かりでしょう。過去にエルフが一時的にドワーフの存続を脅かした事は御座いましたが、その度にドワーフはそれを乗り越え、より強くなって我々の前に立ち塞がりました」


ゲオルグが語る内容は客観性に富み、反感を感じているナルハも否定する事は難しかった。


そしてゲオルグはナターリアから目を逸らさぬまま、会話を締め括る。


「結論として、ドワーフを翻意させる事も滅ぼす事もほぼ不可能と探索者ギルドは考えます。エルフの未来の為に、殿下にはご英断を切にお願い申し上げる」


「黙れ痴れ者が!!!」


セレスティの堪忍袋の緒が切れ、光球が一条の線と化してゲオルグに放たれたが、伸ばされたシュルツの剣がその光線を遮った。


「おっと、まさか助けて貰えるとは思わなかったぜ」


「邪魔立てするか!?」


「拙者が一番近かったから手を出したまで。それに、一軍の将ともあろう者が御前を血で汚すような真似は慎むべきではあるまいか?」


細く煙を上げる剣を払い、シュルツが剣を納めるとセレスティもここが謁見の間である事を思い出して光球を霧散させた。ナターリアから命令が出ていない以上、セレスティの行動は独断専行なのである。


「……っ」


そのナターリアは皆の注目を浴びる中、必死に怒りに耐えていた。


ナターリアがエースロットの死について知ったのはごく最近の事である。もし父であるエースロットがドワーフに弑されたのであれば家族としても王家としてもナターリアはドワーフを許せないし許す理由が無いが、戦争の継続を国民が望んでいないとすれば、それはただの私怨になるのではないだろうか?


更にナターリアは悠が異種族同士の全面戦争に否定的な立場である事を知っている。その為に悠はこの国に来ているのであり、ゲオルグの提案に一定の道理がある事も理解は出来る。


国民からの意見を求めたのはナターリアで、ここで怒ってゲオルグを退けるのは前言を翻す事になり、信頼の低下を招くだろう。ゲオルグは民間に対して大きな発言力を持つ探索者ギルドの長なのだ。


だが、ゲオルグに対する反論は別の人物の口から語られた。


「……ドワーフはゴルドラン王を失い、エルフはエースロット王を失った。ゲオルグギルド長の言う通り、被った損害は両者共に等しいかもしれん。が、どうやってドワーフを説得するつもりか?」


「ユウ殿?」


割って入ったのは悠であった。ナターリアはそれを意外に思ったが、何か考えがあるのだろうと目でゲオルグを促し、ゲオルグも悠の言葉に応じた。


「どう、とは?」


「これまでに聞いた限り、ドワーフとは一度抱いた決意を簡単に放棄する種族では無い。両国とも王を失ったのだから痛み分けとして戦争をやめようなどと言って引き下がるとは思えん。自国の主張が間違っているなどと思ってはいないのだからな。そもそも現状で押し込まれているのはエルフであり、弱腰の交渉はただの命乞いの詭弁と取られるだろう。そういう交渉は自国が優位にある時にするべきで、今ドワーフにそんな提案をしても世迷言と一蹴されるのがオチだ」


「……」


戦争否定派のはずの悠の言葉にナターリアの意外感は深まっていた。ナターリアは悠がゲオルグの主張に共鳴すると思っていたのだ。しかし、現実には悠はゲオルグの意見に異を唱えていた。


「命乞いの詭弁で悪いか? それでエルフが助かるのなら……」


「自国に非があったと認めるならばそれも良かろうが、ドワーフが求めているのはこの件においてドワーフに恥じる点は無く、エルフに開戦の責任があると認めさせ謝罪させる事だ。場合によっては戦犯の首も要求されるかもしれん。民の為に命を張るのは王族の務めなれど、真実定かならん理由で折れれば歴史に汚点を残すぞ。エースロット王は乱心してゴルドラン王を暗殺し、復讐に狂ったアリーシア王は善良なドワーフを虐殺した愚か者であったという事が歴史として記され、エルフは不義の種族として後世まで蔑まれる。停戦の交渉がなされるとしても、エルフが一方的な悪として裁かれなければならない理由は現状は存在しない。エルフの主張はドワーフと同じくドワーフこそがこの戦争の責任を負っており、こちらには非が無いという事だ。王家が背負っているのは民の命だけでは無く、エルフという種としての誇りと尊厳も担っているのだと知るべきであろう」


「ならば誇りと共に滅びろと言うのか!?」


吐き捨てるようなゲオルグの言葉に、悠は首を振った。


「そのような精神論に殉じる話では無い。……必要なのは真実だ。エースロット王とゴルドラン王の交渉において何があったのか、それを調査し認めるべきは認め、禍根を残さぬように両国で話し合う事だ。王の喪失という事象に目を奪われそれを怠ったからこそ両国は戦争を止められぬ。解き明かされた真実がドワーフに非と出れば信義を謳うドワーフは兵を退くしかあるまいし、エルフに非と出れば……」


そこで初めて悠はナターリアと目を合わせた。


悠が何故熱弁を振るっているのか、ナターリアは話を聞く内に悟っていた。悠は、エルフの事を信じてくれているのだ。そして、エルフが貶められる必要など無いと代弁してくれているのだ。


ナターリアは胸中の怒りが温もりで解れていくのを感じていた。この信頼に全力で応えなければならないと、ナターリアは息を整えた。

謁見の間での魔法の無断使用は戒められております。『六将』なら暗殺を意図していない限り厳重注意くらいですが。

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