2-19 治療4
樹里亜が落ち着くのを待って、悠は再び話し始めた。
「とりあえず、動ける様になるまでは休め。その後は俺を手伝ってくれると助かる」
「手伝うとは?」
悠は今人手を欲していた。それは、信頼のおける、という修飾語が付くという前提のだ。これからもここを離れがちになる悠の代わりに子供達を守り、悠を助けてくれる存在は必須と言って良かった。いくら強かろうが、悠の体は一つだけで、その腕は二本しか無いのだ。一人で出来る事には限界があった。
「俺は今、召喚されて来た子供達を保護している。その子達を養う為にも、そしてこの世界の謎を解き明かす為にも、俺はここをしばしば留守にしなければならん。その間、子供達には信頼の出来る者を置いておきたい。今の所、年長者でそれが出来るのが一人しか居なくてな。それを君に手伝って欲しいと思っている」
その要請に、樹里亜は目を見開いて驚きを露にした。それは樹里亜が夢見ていた物であり、必ず叶えたいと願った思いそのものだったからだ。
「み、みんなを助けてくれたんですか!?」
「全てでは無いかもしれない。俺が助けたのは、ノースハイアに召喚された子供達だけだからな。他に居るかどうかも分からんが、その捜索も続けるつもりだ。そして、その元凶を潰す」
「ああ、ああ・・・良かった・・・みんな・・・良かった・・・」
樹里亜は悠の言葉に感激してまた泣き出してしまった。余りの状況の好転振りに心が付いていかなかったのだ。
「ぐす・・・神崎さん、私何でもします。何でもお手伝いします!いえ、させて下さい!!」
そう言って樹里亜は横になったまま、深々と悠に頭を下げた。
「そう畏まらなくていい。俺も君に助けて貰う。これからよろしくな、東堂先生」
その悠なりの冗談は決して上手い物では無かったが、樹里亜は微笑んでそれに乗っかる事にした。
「そこは樹里亜先生って呼んで欲しいですね。この世界ならジュリアの方が通りが良さそうですから。私も悠先生って呼びたいです」
「了解した、樹里亜先生」
そして二人は親愛の握手を交わしたのだった。
「さて、体と心は一応治したが、樹里亜はまだ血も体力も回復してはいないだろう。あと3日ほどは寝ていて貰うぞ」
「え、でも、私も早くお手伝いを・・・」
そう言って起きようとする樹里亜の肩を悠は優しく押さえてベットに戻した。
「樹里亜の心は嬉しく思う。だが、それで無理をしても俺は嬉しくは無い。まずはしっかり体を治して、そして元気になったら俺を助けてくれ。頼む」
恩人である悠にそう言われては、樹里亜に返す言葉は無く、残念そうに頷いた。
「今は他の患者が立て込んでいて、少々待たせるが・・・」
悠は周囲に居る怪我人の子供達に目をやりながら言った。樹里亜もそれに釣られて周囲を見て驚いた。
「神奈!それに智樹君に蒼凪ちゃんまで!?皆無事だったの!?」
思わず起き上がりそうになった樹里亜を制して、悠は三人の状態を話した。
「この三人は特に酷くてな。一応命は取り留めてあるが、治療にはもう少しかかる。特にこの痩せた少女はな・・・」
「蒼凪ちゃん・・・」
樹里亜は顔だけはそちらを向いて心配そうな目を蒼凪に送った。
「蒼凪ちゃんは召喚されたばかりだったんですけど、その頃からご飯を食べなくて・・・戦力にもならないって言われて、病室に放り込まれたんです。まだ、誰とも口を聞いていなくて・・・」
「そうか・・・後の二人は?」
「神奈は私と同い年の子です。前衛で戦う事が多くて、この前の戦いで手と足を無くしてしまって・・・空手をやっていた神奈は凄く落ち込んで、直人君・・・えと、回復術を使える子が居たんですが、せめて傷を塞ごうとしたら、魔力の無駄だからほっておけって・・・もう駄目かと思っていました・・・」
樹里亜は数少ない友人が生きていた事に心底ほっとした。今回の戦争に行く時の別れが最期の別れになると思っていたのだ。
「でも神奈、やっぱりまだ落ち込んでるかな・・・手と足はもう治らないし・・・」
友人の姿に暗い顔をした樹里亜だったが、悠は事も無げに否定した。
「いや、治るぞ?」
「え?」
そう言って悠は椅子から立ち上がると、神奈の喪失部分の肩に触れ、レイラに『再生』を頼んだ。
「レイラ『再生』を頼む」
《了解よ、悠》
どこからか聞こえてきた声に樹里亜がキョロキョロと辺りを見回しているが、それに構わず『再生』が発動した。
それは神奈の肩を覆い、徐々に伸びていって、不意に晴れた時には、そこには傷一つ無い腕が再生されていた。
「え・・・え!?うそ!!な、無くなった物を治すなんて・・・」
樹里亜は常識外れの回復術を見て目を白黒させた。これまでで一番の腕前の回復術の使い手である直人ですら、切り落とされた腕があってなんとか治せるかどうかだったのだ。しかも時間が桁違いに早い。接合などしようと思ったら、少なくとも10分程度は掛かってもおかしくないのに。
「この通り、治す事は可能だ。足はまた後で治そう。もし途中で起きたら、ちゃんと治るという事を伝えてやってくれ。俺は少々仮眠と飯を取ってくる」
驚愕から立ち直れない樹里亜に、悠はそう言って部屋を後にしようとした。そして、一つ言い忘れた事を思い出して、それを樹里亜に告げた。
「ああ、それと、君が守った少女もあっちのベットで寝ている。よく頑張ったな」
その言葉に樹里亜は悠の視線の方に目をやると、そこにはすやすやと眠る小雪の姿があった。
「あの子も消耗していたが、命に別状は無く怪我も無い。それだけ伝えたかった。ではな」
樹里亜は悠がずるいと思っていた。いくら泣くなと言われたって、こんなにも沢山の奇跡を見せられては無理だ。自分の手から零れ落ちてしまったいくつもの大切な物を悠はその大きな手で全て掬い取って、あるいは救い出してしまった。もう、自分はこの人には一生頭が上がらない。
毛布に染みを作る樹里亜を今度は止めずに、悠は部屋を出た。心を癒すには時間が何よりだと知っていたので。




