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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-47 壁の裏3

「ドワーフにとっての真実……」


あてがわれた客間のベッドでハリハリは悠の言葉を思い出していた。


実際、本当はドワーフの宣戦布告に何か理由があるのではないかとハリハリも考えないでは無かったのだ。ドワーフは信義を何よりも大切にする種族であるし、200年経った今でも変わる事なくエルフを恨み続けているのにはそれ相応の理由があるはずであった。


だが、いくらハリハリが大賢者と呼ばれていようが、全てに達観した聖者では有り得なかった。僅かに届く理性の声に耳を塞ぎ、己の復讐に邁進する事でしかその時は前に進む事が出来なかったのだ。


(ワタクシはエースを失った事が許せなかった……しかし……)


ここから先を考えるのはハリハリにとって臓腑を抉られるような痛みを伴う事であった。


エースロットの首と対面した時のアリーシアの顔が思い出せない。いや、もしかしたら直視出来なかったのかもしれない。覚えているのはアリーシアの慟哭と心が砕け散ったかのような喪失感、そして……。


「シアを自分の物に出来るかもしれないという、期待……」


自分で口に出しておいて吐き気が込み上げた。まるで腹に溜まったドス黒い欲望が出口を探しているように感じられたが、ハリハリは必死にそれを飲み下した。


否定したくて否定したくて堪らないが、それは微かであっても確かにハリハリの中にあった感情なのだ。今のハリハリには当時よりも冷静に自己判断を下す事が出来た。


自分には力がある。大賢者と呼ばれる名声と、それを支える実力がある。実績を積み上げ、手を伸ばせばアリーシアを掴み取る事が出来るはずなのだ。エースロットはもうどこにも居ないのだから……。


最初はその横恋慕を純粋な復讐心と錯覚出来るだけの怒りがあった。自分は亡きエースロットの為、悲しむアリーシアの為、エルフ達の為に戦っているのだと本気で思う事が出来ていた。事実、ハリハリを突き動かしていた最大の理由はエースロットの弔いであり仇を討つ事であったからだ。


だが、いつまでも怒りの鮮度を保つ事は叶わなかった。なぜならエースロットほどでは無いにしろ、ハリハリも戦闘や戦争、殺し合いを好いてはいなかったからだ。怒りを持ち続けるには、エルフの生は長過ぎたのだ。


やがて頭が冷え周囲が見えるようになった時、後悔が津波のようにハリハリに襲いかかった。


ドワーフを殺す事を楽しみ始めた同胞達。その報告を嬉しそうに受け取るアリーシア。力を提供した自分。


若かった。そしてそれ以上に愚かだった。どこか遠い場所でエースロットが自分を悲しそうな目で見ているような気がした。


「これがワタクシの語れない裏事情という事になるんでしょうか……或いは、ドワーフも……」


悠にもバローにも、ナルハにも決して語れぬ、語ってはならぬ自分自身の心の暗部であった。


明日からも今日以上に忙しくなるだろう。ハリハリは冴える目を無理矢理閉じ、浅い眠りに手を伸ばすのだった。




「まさかこれほどとはな……」


悠達と共に早朝から王宮を目指したロメロとミルヒは馬車の窓から顔を出し、状況を悟って呆然と呟いた。


王宮はまだ朝の鐘が鳴ったばかりだというのに長い行列が出来上がっていた。老若男女……と言ってもエルフの外見年齢には大差はないが、挙動や言動で多少なりとも窺い知る事は可能であった。


彼らは昨日のナターリアの言葉に触発されて集った者達だ。兵士に志願する為に駆けつけた若者、意見の陳述を期して紙束を握り締める学者、既に兵役を終えながら再び軍への復帰を願う退役兵や退役将校、単に興味本位で成り行きを見物に来た者など内訳は様々だが、少なからず昨日の試練や演説に心を動かされた者達である。


「多頭引きの馬車では邪魔になりますね。歩きますか」


「そうだな。俺達の顔を見りゃ満足して帰る奴も居るかもしれねぇしよ」


「襲われるかもしれんぞ?」


「ハリハリとロメロ達が居るのに襲ったらただの犯罪者だろ。コソコソしてるから勘ぐられるんだよ、堂々と行こうぜ」


ロメロが止める暇もなく、バローは馬車のドアを開くとひょいと外に飛び降りた。ハリハリや悠もそれに続き、仕方なくロメロも馬車を降りると周囲の視線は一瞬で一行をフォーカスする。


「おい、あれ!」


「ハリーティア様だ! 頭を下げろ!」


「人族も一緒なのか……」


その反応は様々だ。ハリハリに対して不躾な視線を送る者は少ないが、悠達を無遠慮に眺める(睨んでいる者も居るが)視線は多かった。特に昨日試練を受けたアルトと悠を注視する者は複雑な表情を浮かべていた。


エルフは魔法を尊び、高位の魔法を操る者に敬意を払う。その傾向は古いエルフほど顕著であり、エルフの基準で見ても悠とアルトの魔法能力は敬意に値する物であった。特に悠が使った魔法は『火将』の最終奥義クラスと言っても差し支えない大魔法と言っていい。


これを使用したのがハリハリであれば何の問題もなく敬意に置き換わっただろうが、問題は悠とアルトが人間であるという点だ。


敬意は確かに感じているが、人族が自分より優れていると認めるのは首肯し難いという感情は、飾らずに言えば嫉妬と劣等感であろう。そしてそれらはまだ感受性の強い若年層ほど強いというのはエルフも人間も変わらないのだった。


幾人かに激発の気配を感じた悠はバローやシュルツに目配せすると内側にロメロ達を庇う隊列に組み替えた。ロメロはすぐにその意図を察して先頭に立とうと動いたが、最後尾のギルザードに肩を掴まれる。


「ロメロの貴族精神には敬意を表するが、こういう事はまた何度でもあるだろうからね。一つ格好を付けさせてくれないか?」


「……分かった、何かあるまでは私がでしゃばるのはよそう」


ギルザードの意を汲んだロメロが歩調を緩めると、悠達は周囲を警戒しつつ行列と平行に王宮へと歩みを進めた。いつ魔法や矢が飛んできてもおかしくはない空気に緊張感が増していくが、その時ヒョイと行列から外れた一人が悠達の前に立ち塞がり、空気が張り詰める。


「何か?」


先頭の悠が問いかけると、鍔の長い帽子を目深に被っていた人物が帽子に手をかけ、気取った仕草で腰を折った。


「お初にお目にかかる。しかし、この雰囲気はあまり一般人には優しくないとは思わないかね?」


「大賢者を輩出したエルフが一般市民を巻き込むような軽挙妄動に出るとは思えないな。それともこの国では代理とはいえ王命に逆らった者でも大手を振って歩けるほど治安が悪いのか?」


「……なるほど、エルフの民度を疑われては返す言葉も無い。もちろんそんな輩は「殆ど」居ないだろうが、何事にも例外は付き物でね。少数の扇動者に流されて万一が無いとも言えない」


「殿下がこの場に市民を招いたのは暴動を助長する為では無い。それを取り違える者があれば、この国の法で裁かれるだけの事。降りかかる火の粉であれば払いのけるが、何か腹案がおありか?」


重い空気の中で交わされる言葉に、帽子の人物は口元に笑みを浮かべると、帽子を頭から取り去って大声で告げた。




探索者ハンター共、ギルド長ゲオルグから直々に依頼だ!!! この場の治安維持に兵と協力して当たれ!!! 参加報酬は銀貨5枚、サボる野郎はいい依頼はしばらく回って来ねぇと思えよ!!!」




ゲオルグの声に対する反応は素早かった。行列から飛び出した探索者達は素早くその脇を固め、悠達への物理的な干渉を阻む壁となると、行列の中にあった危険な空気は薄らいでいった。


「……とまあ、こんなモンかな?」


「なんだ、ゲオルグさんじゃないですか。名も告げずに芝居とはつれないでは?」


肩を竦めるゲオルグがハリハリに頭を下げた。


「ハリー様もお久しぶりで。ま、俺もギルドを任される身分になったもんで、こういう腹芸の一つも必要って事です。……あ、敬語の方がいいですかね?」


「今更要りませんよ。それに腹芸なら口に出しては意味が無いと思いますがね。皆さん、こちらはゲオルグさんです。昔は探索者でしたが、今は出世して探索者ギルドのギルド長になったみたいです」


「ギルド長のゲオルグだ。よろしくな」


「冒険者の悠だ。エルフィンシード風に言えば探索者と言ってもいい」


そう言って差し出されたゲオルグの手を握ると、ゲオルグはヒュウと口笛を吹いた。国の関係者ばかりと話していたせいか、そういう砕けた態度のエルフは新鮮だなとアルトは密かに胸を撫で下ろす。


「ご同業かよ、それは是非話を聞いておきたいな!!」


「後で探索者ギルドには行くつもりでしたよ。こちらもお話がしたかったので」


「そりゃ大歓迎!! ……が、まずはこっちだな。同行しても?」


「ああ、構わん」


そう言ってゲオルグは一行に混じって歩き始めた。




「あーもー勝手に依頼出しちゃって!! ギルド長ー、補佐、補佐の私を置いて行かないでくださーい!! アナタの右腕はここですよーーー!!」


小さな体が災いし行列に埋もれてゲオルグに置いて行かれたギルド長補佐コローナは必死にその後を追い掛けるのだった。

ハリハリが国を離れた一番の理由は自分の責任を痛感したからですが、これ以上アリーシアの側に居られないというエースロットへの贖罪の意味もあります。ハリハリは恋よりも友情を優先するタイプなのです。

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