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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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閑話 饗応

「……シュトーレンの者はたとえ口約束であろうとそれを違えたりはせぬ。殿下から直々に饗応役ホストを請け負ったからには相手が人族であろうと誠心誠意もてなし、これをもってエルフィンシードの貴族の模範たらん事を自ら示す事で私はこの国難を全力で乗り越えるのだという気概を――」


「おーい、口上長ぇ上に固ぇよ兄」


「最後まで聞かんか人族!!!」


「バロー殿、兄は嬉しいと口数が多くなるのです。ご容赦下さい」


「ミルヒッ!!!」


「まあ、後は飲みながら食いながらでいいだろ。ほれ、乾杯の音頭を取ってくれよ」


「ぐぬぬ……! まだ話は半分も済んでおらんというのに……! ええい、乾杯!!!」


「「「かんぱーい!!!」」」


ヤケクソ気味にロメロが杯を掲げると、テーブルについた一行も同じく杯を掲げて唱和した。


ここはシルフィードにあるシュトーレン家の屋敷である。試練を終えたバロー達は約束通りロメロとミルヒに招待され、こうして饗応を受けているのである。


「へぇ……ちと肉が足らねえが、エルフのメシも悪くねぇな」


「僕、この味好きです」


「それは近隣で採れる木の実を砕いてだな……」


酒が入り始めるとロメロは益々饒舌に語り出したが、一人黙然と食事を口に運んでいたシュルツはチラリと周囲に視線を飛ばした。


(……嫌悪と軽蔑か。もう少し上手く隠せば良かろうに)


シュルツが見ているのは屋敷で働くメイドや執事達である。全員では無いが、料理を運ぶ時、酒を注ぐ時、空いた皿を下げる時にそれらの感情が僅かに透けるのをシュルツは感じ取っていた。いくら主が連れ帰った客であっても、長年培った偏見はそう簡単には拭えないらしい。


(師のお言葉を聞いてもまだ自分達の置かれている状況が理解出来んとは、エルフも存外頭が悪い。これだから平和ボケした輩は好かん)


シュルツは一行の中では最もエルフに対して同情の念が薄かった。


理由は人族に対するエルフ達の態度である。別に自分がどう扱われようとシュルツは意に介さないが、悠やアルトを蔑ろにするエルフの態度が腹に据えかねるのだ。


(あのような茶番で師が血を流す必要など無いというのに……殺そうと思えば師は最初の一撃で殺せたのだ。本当に加減されていた・・・・・・・・・・のだと誰も気付かんのか?)


悠があの戦いでこの半年の成果を出していないのだと知るのはシュルツ達だけだ。何の制限も無ければ……。


人知れず不満を溜め込むシュルツだったが、それを解消したのは予想外の人物であった。


「……ローリエ」


「はい」


バローと口喧嘩に近いやり取りをしていたかと思ったロメロが側に控えていた一番格の高そうなメイドを呼ぶとロメロは何事かを囁き、それを聴いたローリエは軽く目を見開き、深々と腰を折った。


「……申し訳御座いませんロメロ様。私の教育不足です」


「謝罪は後にしろ、今は接客中だ」


「はい、失礼します」


もう一度頭を下げ、ローリエがロメロの背後を外れて給仕役のメイド達に近付くと、その耳にロメロと同じように何事かを囁いた。


「っ!? で、でもメイド長……!」


「反論は結構。早く下がりなさい」


「……っ」


ローリエが声を掛けたメイドは納得がいかない表情を浮かべていたが、ローリエの厳然とした態度を前に翻意は不可と諦め、一礼して退室していった。その後も何人かが退室して行くと、シュルツにもその退室の基準が理解出来た。


(この男……存外細やかな気遣いが出来るのか)


出て行った者達は全てこちらに対し隔意を抱いていると思われる者ばかりであった。何も見ていないようで、ロメロはしっかりとメイド達を観察していたようだ。ナターリアが彼らを饗応役に任命したのは単に縁があるからというだけでなく、こういう心配りが出来ると知っていたからなのかもしれない。


ふとバローと目が合うと、バローは意味深な視線をシュルツに向けていた。どこか責める色を感じたのは気のせいでは無いだろう。だが、バローは口に出しては世間話のようにロメロに話しかけた。


「……饗応役ってのも貧乏くじだよな。一人一人に気を遣わなけりゃならねぇしよ」


「それが饗応役というものだ。客を不快なまま返しては貴族としての器量を疑われるだろうが」


そこでようやくシュルツは自分が気分を害しているのを察したからこそロメロがメイド達を下げたのだと気付いた。そう思えば自分の態度こそ幼稚に思え、シュルツはロメロに頭を下げた。


「私は不調法な者達を外しただけだ。シュトーレン家は満足に客ももてなせんなどという噂が立っては困るからな。他意などないぞ!」


そう言ってそっぽを向くロメロだったが、シュルツは内心でロメロへの評価を改めた。ロメロは思っていたよりも立派に貴族としての務めを果たしており、それを認めないのは悠に恥を掻かせる事になるのだ。それでは感情を見透かされていたメイド達と同じである。


(こういう所は髭には敵わんな……)


口には出さないが、バローの対人能力の高さは認めているシュルツであった。


だが、ロメロやミルヒもまた今夜の食事会でバローが言動ほどに粗野な人物では無いと気付いていた。こうしてしっかりと見れば、バローの所作は驚くほど洗練されており乱れた所が無いのだ。ミルヒに酌をさせるなどと言っていたからには何か良からぬ事をしでかすのでは無いかと思っていたロメロも当てが外れたと内心で首を捻る。


(……あの時は流されたが、恐らく本当に貴族だな、この男は……)


それがロメロの結論であった。生まれついての品という物は隠そうと思っても中々隠し切れる物では無いが、この逸脱した言動や態度がそれらを覆い隠しているのだろう。シュルツやメイド達の不満にも気付いていた節があり、見た目通りの無頼漢と決めてかかれば蔑まれるのはむしろこちらの方であろう。普段の言動にはそれを測る意味があるのかもしれない。


空気を変えるようにミルヒがバローに語り掛ける。


「そう言えば、お連れの方の具合はどうですか?」


「ユウか? なぁに、あいつは殺しても死なねぇよ。ここに来るまでにも色んな奴らとやりあったが、そいつらは大体あの世に行っちまったしな。ロメロも間近で見ただろ?」


「ん、あ、ああ」


ロメロの内心を知ってか知らずか、バローが話を振って来た。ロメロの脳裏には船上での悠の姿が浮かび、まだ完治していない傷がしくりと疼く。


バローに感じたのが生まれついての貴族だとすれば、悠に感じたのは生まれついての軍人という感覚だった。『機導兵マキナ』の残骸とエルフの死体の中で傲然と佇む姿は、この程度の戦場はいくつも超えて来たという自負に満ちているようにロメロには思われた。


それを示したのが先ほどの試練だ。『火将』もかくやと思われる魔法で練兵場を崩壊させ、自らも重傷を負いながらも勝敗が決するまで些かも戦意が途切れる事は無く、終わった後は凪いだ水面のように静かであった。あれだけ凄惨な戦闘を繰り広げておきながら血の熱狂に酔う事など無く、語る言葉はどこまでも理性的だ。同じ人物の中にあれだけの落差を感じるのはロメロにも初めての事であった。


アルトの存在もロメロには新鮮だ。仇敵の孫というレッテルを張られながらも全く卑屈な所が無い。あのギルモアの孫とは思えないほど筋の通った性格をしており、まだ成人していないとはとても信じられないほどの技量を示して見せたのだ。容姿も端麗でやや理想主義な所もあるが、捻くれているよりはロメロにとってはよほど好印象であった。


「それに比べて……」


思わず愚痴が声に出てしまい、ロメロは口を押さえた。だが、思わず口に出たという事はそれだけ痛感しているという事でもあった。


未だに人族への嫌悪感を捨てられない同胞は多いだろう。メイド達の態度はエルフィンシードの縮図に過ぎないのだ。ロメロもエルフの誇りを捨てるつもりは無いが、軍人としての冷静な判断がこの局面をエルフだけで乗り切るのは不可能だと告げていた。魔法を使えないエルフなど、陸に打ち上げられた魚に等しいのだ。


と、バローが杯を掲げる。


「つまらん事を悩みなさんな。死に掛けて生き残って、酒が飲めてメシが美味い。それが生きてるって事だろ。それより、ユウ達が来るまでに面白い話の一つも聞かせて欲しいね俺は。せっかく美人2人に囲まれていい気分なんだからよ」


「もう戻ってますよ!!」


憤慨するアルトを宥めるバローはやはり人の心の機微に敏いとロメロは軽く頭を振った。自分も少しはこの奔放な人族を見習うべきであろう。範を示すのは貴族の務めだ。


杯に残っていた酒を一気に飲み干し、ロメロは大きく息を吐く。語れというならとことん語ってやろう。


「フッ、良かろう、これから私がこの国に伝わる逸話をじっくりと教えてやろうではないか!! 長い歴史の中でエルフがいかに生き、そして何事を成して来たのかを建国記よりじっくりと……」


「ミルヒ、兄貴の失恋話とか知ってるか?」


「失恋話というよりは、兄は昔からナルハ様一筋ですね。その一念で『水将』軍の副官にまで上り詰めましたから。幾つか見合いの話もあったのですが……」


「み、ミルヒーーーッ!!!」


シュトーレン家の夜はまだまだ終わりそうにない気配であった。

特に重要では無い回です。ロメロを弄ると楽しいという事だけ覚えておいて貰えば……。

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