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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-43 試練の時10

ドバゴッ!!!!!




悠とデメトリウスの刹那の交錯で何が起こったのか理解出来た者は数えるほどしか居なかったが、その瞬間を捉えていたバローはヒュウと口笛を吹いた。


「見えたかアルト?」


「は、はい、辛うじてですけど……」


「なぁに、アレが見えてりゃ大したモンだ。確か、クロスカウンターとか言ったっけな」


映像の中央には悠が拳を振り抜いた状態で佇んでおり、その遙か先には崩壊した壁があった。そこでようやく人々は悠がデメトリウスを殴り飛ばしたのだと理解に至ったが、悠と壁までの距離は少なくとも50メートルは離れており、軽そうだとはいえデメトリウスを届かせただけでは無く頑丈な壁を崩壊させた破壊力に戦慄を隠せなかった。


クロスカウンターは相手のパンチと交差するように放つ最高級のパンチテクニックであり、その威力は自分のパンチ力と相手の突進力の総和となる。つまりこの結果は悠の力もさることながら、デメトリウスの腕力もやはり並々ならぬものであるという証明であった。


人間やエルフなら生きているかどうかを確認するより棺桶を用意すべきだったが、悠は構えを解かない。


《やったか?》


「いや、手応えがおかしかった。神鋼鉄オリハリコンでも殴ったかのようだ」


悠の手には粉砕の手応えは無かった。ただひたすらに堅い物を殴った感触が残るのみである。


それを裏付けるように、瓦礫と化した壁から黒い人影が立ち上がった。


「……まるで魔法だ、何をされたのかさっぱり分からなかったよ。しかし、どんな威力だろうと私には効かない」


特にダメージを受けた様子もないデメトリウスはローブの土埃を払い、健在をアピールするように両手を広げて見せる。


「物理攻撃が効かんという触れ込みは本当らしいな」


「これで満足したかな? 君に言っても理解出来ないだろうけど、私を倒したければもっと次元の違う干渉力が必要――」




ピキッ。




小さな乾いた音と、僅かに走る痛みが得意げに語るデメトリウスの言葉を中断させた。指で頬骨をなぞれば1センチほどの亀裂が刻まれているのが分かり、デメトリウスが震える。


「馬鹿、な……!」


不死者アンデッドに痛覚は無い。睡眠や食欲と共にそれらは失われているはずなのである。しかし、頬を刺す感覚は、間違い無く痛みと呼ぶべきものであった。


「なるほど、高度な物質体制御と高硬度の骨格が物理攻撃が効かない理由らしいが、無敵の証明にはならんぞ。今の俺が扱える物質体制御力でも一点に絞り込めばお前を傷付ける事は出来る。……が、油断した相手を倒しても他の者にそれが伝わらないのでは困るのでな。もう少し頑張って伝説級の力とやらを示してくれんか?」


悠の言葉は挑発であると同時に本音でもあった。ここで碌に力を示していないデメトリウスを倒しても、ただの見掛け倒しだったではあまり意味が無いのだ。……と、悠は考えていたが、それはあくまで悠の基準であって、今の攻撃でほぼノーダメージのデメトリウスにシルフィードの住人達は既に十分驚愕していた。エルフであれば今のクロスカウンターは100回死んでもお釣りが来る即死攻撃である。生身なら原型を留めているかどうかすら怪しいだろう。


「……『蝕滅餓蠅軍エクリプスソウルズ』……」


俯くデメトリウスがポツリと呟くと、その周囲に小さな闇色の球が幾つも浮かび上がる。


いや、それは幾つもなどと数えられる範疇の数では無い。十が百になり、百が千に増えるまでに要した時間はほんの数秒であった。


「……力を示せ、だと? ならば見せてやろう!! 初代『闇将』の力を思い知れ人族!!!」


デメトリウスの言葉で闇の蠅達が奔流となって悠に押し寄せる。


正面から受け止めるのは愚策と判断した悠がその場を跳び、標的を失った蠅の群れは練兵場の石畳に着弾したが、石で出来ているはずの床は一瞬も耐えられず、蠅の群れに抉り取られてしまった。


浮遊投影フロートビジョン』からそれを見ていたセレスティが驚きの声を上げる。


「あれはジャネスティの『蝕滅餓蠅軍』!? いや、ジャネスティよりも格段に……!」


デメトリウスが使った魔法は簡単に言えば擬似生命体を作り出す魔法であるが、この系統をを得意としていた『闇将』ジャネスティでも精々百ほどを操るのが限界だったはずである。魔銀ミスリルすら侵蝕する闇の生命体は制御が難しく、しかも操る数に比例して莫大な魔力マナを消耗する『闇将』の最大魔法奥義なのだ。初手で使うには強力過ぎるどころか、あの場に誰かが残っていれば必ず巻き添えを食ったに違いなかった。


「これは……一つ一つ潰していては埒が明きませんね……」


「ハリー先生、落ち着いて解説している場合ではありません!! あんな魔法が使われては練兵場が消滅しますよ!?」


「かと言って取り乱してもしょうがないでしょう? それに、ご覧なさい、ワタクシなどよりももっと落ち着いている方があの場にいらっしゃいますよ?」


肩を竦めるハリハリの言葉にセレスティが映像に目を戻すと、そこには闇蠅を軽快に回避する悠の姿が映し出されていた。跳び、捻り、宙返りを打つ悠の顔に真剣さはあっても、追い詰められた者特有の焦燥は微塵も存在していない。投げナイフを投げたり小手ではぐれた闇蠅を払ったりして観察に徹しているようだった。


「こいつ……恐怖を感じないのか!?」


「ユウ殿が取り乱すほど恐怖した敵をワタクシは見た事はありませんね。多分、死ぬ時でも取り乱したりしないでしょうし。……『蝕滅餓蠅軍』の擬似生命体は先ほどの『千変万化』ほどの物理耐性を持たないですからきっと何とかしますよ」


呆然と呟くセレスティにハリハリが解説するが、映像の中の『蝕滅餓蠅軍』は益々その数を増し奔流が弾け、悠を中心に散開して練兵場を覆い尽くした。闇蠅が『浮遊投影』にぶつかるとその部分に穴が空き、『浮遊投影』を維持しているエルフ達は魔法を再構成するのに掛かり切りとなる。


床に壁にと穴を空ける闇蠅に完全包囲された悠にデメトリウスの声が届いた。その声は悍ましい事に闇蠅達から発せられているようだ。


「……ユウ、今すぐその場に平伏して私にこれまでの無礼を謝罪すれば楽に殺してやろう。だが、この申し出を拒否するなら体の末端から徐々に蠅共に食わせてやる!! さあ、膝を折りたまえ!!!」


「安易に死を求めるほど生に絶望してはおらんよ。そちらこそ今謝ればこれ以上痛い目に遭わせないでおいてやってもいいが?」


「ならば無残な死を味わうがいい!!!」


デメトリウスが遠くで手を振り下ろすと、闇蠅達が全方位から悠に向かって殺到する。流石の悠であっても隙間無く突撃して来る闇蠅達は叩き落す事もすり抜ける事も不可能だ。


だが、諦めるなどこの男にとっては論外である。


左右に開いた悠の両手に赤光が宿る。真紅の輝きは魔法による炎の煌めきであった。


「両手で『火竜ノ槍クリムゾンスピア』……『火竜ノ円刃クリムゾンチャクラム』で焼き払う気か!?」


「で、でも、それだと上からの攻撃を防御出来ません!!」


「回転技は中心に弱点があるという事くらい師は重々承知しているはず。きっと何か考えが……」


相手の力量が『六将』以上だと肌で感じたバロー達は瞬きもせずに『浮遊投影』に釘付けになったが、そこで悠の魔法が発動した。


両手から伸びる火線が回転によって360度の闇蠅を瞬時に蒸発させる。予測通り『火竜ノ円刃』は水平方向の敵を殲滅したが、やはり上からの襲撃者は防げず悠を抉り取らんとその身に迫った。


「くっ!? じ、人族のクセに中々凄まじい魔法を使うが、やはり私の勝ちだな!!! 蠅共に集られる気分は……む?」


炎から身を守り勝利を確信したデメトリウスだったが、そこで初めて自分の操る闇蠅達の動きが鈍っている事に気が付いた。あと一歩で悠に食い付かせる事が出来るはずなのに、闇蠅達はその周囲に縫い付けられたように止まっていたのだ。


「ど、どうした!? 何故従わない!? 魔力の供給に不備は無いはずだ!!」


デメトリウスにも理解不能な現象であった。更に魔力を込めてみたが、やはり動かない。いや、それどころか徐々に悠から闇蠅達が離されて行くではないか。


その異常の原因を最初に突き止めたのはやはりハリハリであった。


「……そういう事ですか……!」


「どういう事ですかハリー様?」


「ベム君、あれは『火竜ノ円刃』という魔法です。いえ、最初はワタクシもそう思っていました。あの魔法は本来なら高出力の火線を放ち1回転して周囲を焼き払う魔法なのですが……見て下さい、ユウ殿は止まっていません! いえ、それどころか益々回転を速めて……!」


そこまで説明した所でハリハリは映像に見入っていたナターリアの手を掴んだ。


「は、ハリーおじ様!?」


「説明は後です!! もっと練兵場から離れますよ!!」


「一体何が……っ!?」


突如吹き始めた風にセレスティは髪を押さえたが、ハリハリはその手を取って強引に移動し始めた。


「わっわっわっ!?」


「いいから離れるんです!!」


「あーん、殿下とセレスティさんだけずるいですわ!」


「そ、そうです!」


「ぼ、ボクも!」


「ぐぬぬぬああああっ!!!」


両手にナターリアとセレスティ、背後に服を掴むクリスティーナとナルハ、そして何故が背中にしがみ付くベームリューにハリハリは新手の苦行かと突っ込みそうになるが、今は移動するのが先決である。


「おーい、何してんだよハリハリ」


「ば、バロー殿! 助けて下さい!!」


天祐とばかりにハリハリの顔が輝くが、体中にエルフ達を張り付けたハリハリを見て視線の温度が下がり、悪態が漏れた。


「……チッ、美形ばっかり侍らせてる野郎なんざ死ね。行こうぜアルト、ミルヒ」


「そんな!? バロー殿だって似た様なものじゃないですか!!」


「おい、ミルヒに馴れ馴れしく触れるんじゃない!!」


よく見ればバローだけでは無くアルト達も一緒に行動しており、ハリハリの物問いたげな視線を察したアルトはハリハリ達に説明した。


「えっと、ユウ先生からなるべくここを離れろって……」


「やはりそうですか。……というか、ユウ殿も大丈夫なんでしょうか、アレ……」


かなり距離を置いて振り返った一行の目に映ったのは、空を焦がさんばかりの炎の竜巻の姿であった。

練兵場内はシリアスなのに外野は割と余裕ありますね……。


そして誰も居なくなった練兵場を遠慮なく破壊し始める悠。

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