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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-41 試練の時8

「いよっしゃあああああ!!!」


「わあっ!?」


映像に向けて手を振っていたアルトの首にバローの腕が巻きつき、アルトを地面に押し倒した。


「やっぱやるときゃやる奴だぜお前はよ!!」


「ちょ、バロー先生!?」


まるで我が事のように喜びを露わにするバローはテンションもそのままに、混乱しているアルトを担ぐと強引に肩車をしてアルトを持ち上げ、画面に向かって大見得を切る。


「見たかよ、コイツ、俺の一番弟子なんだぜ!!!」


「ば、バロー先生っ、恥ずかしいですよ!!」


「バーロー!! 弟子が勝って喜ばない師匠が居るかよ!! なぁユウ?」


「そうだな。アルト、よくやった。小言も幾つか無いではないが、それは後で良かろう」


反省点がある事はアルトも自覚していたが、悠の雰囲気がどことなく柔らかい事とバローのはしゃぎっぷりに、ようやくじわじわと勝利の喜びが実感として湧いてきた。


だが、何と言ってもこの勝利の切っ掛けは悠から渡された剣である。


「ユウ先生、この剣ってもしかして……」


「ああ、もう気付いていると思うが、その剣はヘリオンの鱗から作った真龍鉄の剣だ。銘は『吸魔剣ヘリオン』、ハリハリの『魔空杖アポクリファ』がアポクリファの空間制御能力を限定的に再現するように、『吸魔剣』は触れた相手の魔力を奪う剣だ。『千変万化シェイプシフター』を斬った時、魔力が回復しただろう?」


「はい、そのお陰で最後の『纏雷ライトニングプレッシャー』に全力を込められました。……でも、これで『千変万化』が斬れたのは……?」


「それは『千変万化』が魔力で動く魔法生物だからですよ、アルト殿」


アルトの疑問に答えたのは駆けつけたハリハリであった。


「来たな解説役」


「誰が解説役ですか。ワタクシは回復役として来たのですよ」


澄ました顔でそう述べたハリハリはアルトに回復魔法を施しながら、それでも一番詳しい者として解説役を買って出た。


「魔法生物というものは基本的に大量の魔力でその体を支えているのです。特にああいう形態の生物は単なる物理攻撃はほぼ無効化されますし、そういう意味で言えばワタクシの空間分断攻撃でも殆どダメージは与えられません。ですが、アルト殿の『吸魔剣』は切断面から魔力を吸収する為に切断が可能なのです。魔力を失った切断面は再接合出来ませんし。魔力回復は今回の場合、副次的な効果に過ぎませんね」


「あれは細胞の一つ一つ……言い換えれば極小の生命の集合体であり、それが大量に集まって一つの巨大な生命体として機能しているのだろう。だからこそ自分の意志で体を切り離し自立行動を取らせる事も、また戻す事も可能なのだと推測出来る。電撃が有効なのはその極小生命同士の連結や情報交換に干渉するからだ。アルトは火属性攻撃を捨てたが、もっと広い場所か毒煙への対処が出来るなら火も有効な攻撃手段になったはすだ。だが、せっかく安全で有効な攻撃手段があるのだから使わない手は無い」


「つまり、その『吸魔剣』は魔法生物を殺すのに最適な武器という訳です」


ハリハリと悠は『千変万化』の性質をほぼ正確に見抜いていた。ハリハリは主に知識によってだが、悠の場合はアルトとの戦闘を見た結果としてだ。実際に拳を交えなくてもそこまで観察によって予測を立てられるのだと、アルトは自分の未熟を恥じて赤面した。


「もっと良く相手を見ないと駄目ですね……」


「なぁに、戦闘技術は及第点だろ。お前も中々逞しく……」


フォローを入れたバローの言葉が不意に途切れ、真剣な表情に切り替わる。アルトも急に黙ったバローに不安を抱いて肩の上で首を傾げたが、バローは真剣な表情のまま呟いた。


「逞しく、は違うか……だって今のアルトにゃ付いて・・・ねーもんな!!!」




…………。




アルトの下腹部に後頭部を当てて真剣な表情のまま言い放つバローに、アルトはそれが何を指すのかに思い至り、違う意味で赤面し、バローの首を絞めつけた。


「バ・ロ・ー・先・生!!!」


「ぐえええええっ!!!」


「……ちょっといい事言ったのかと思ったら、割と平気で最低な事を言いますね、バロー殿は」


「ハリハリ、よく覚えておくといいが、新しい魔法を試している時のお前は大体あんな風だぞ。猛省しろ」


「そ、そんなバカな!?」


本気でショックを受けているハリハリとアルトのお仕置きを受けているバローを放置し、悠は入り口に佇むローブの男に視線を向け尋ねた。


「……さて、俺も『千変万化』とやればいいのか? 言っておくがその程度の代物では俺は殺れんぞ?」




ドゴンッ!!!




悠の挑発的な言動にローブの男の拳が壁に叩き付けられると、その枯れ枝のような拳は壁を破砕して深々と埋め込まれた。その音に沸いていた練兵場内が静まり返る。


「……私の可愛い『千変万化』をよくもここまで滅茶苦茶にしてくれたね……」


「そんなに大事な物なら箱に入れて仕舞っておくんだな。ここは試練の場、お気に入りの玩具を壊されたなどという子供の泣き言などを垂れ流す場所では無いが?」


「……クリスティーナ、私が出る。私がこの人族を殺す」


バローやハリハリすら真顔になるほどの、練兵場を覆い尽くさんばかりの殺意がアルトの善戦に緩む練兵場を凍り付かせた。映像でしか見ていないはずのシルフィードの住人達も漏れ伝わる気配に思わず金縛りに遭う者達が続出する。


「宜しいんですの、お爺様?」


「構わないよ、私が誰だか分かっても、この国の法で私は縛れない。その範疇を超えて久しいからね。とはいえ覚悟は必要か……」


流石に少し青い顔で尋ねるクリスティーナだったが、ローブの男は問題ないとばかりに首を振った。ならばクリスティーナに彼を止める術はない。


「……殿下、この場の兵をお下げ下さい。そして殿下も場所を移して頂きます。ここは、今から戦場になりますので」


『千変万化』を持ち出した時でも言わなかったクリスティーナの避難勧告にナターリアはローブの男を睨みながら席を立った。


「……貴様、一体何者だ? クリスティーナの祖父殿は他界して久しいはず。公爵たるクリスティーナが身内以外に従う相手など王家しかあり得んが、王家に老齢のエルフは居らん。名と顔を表せ!」


「殿下に問われて名乗らぬは不敬。しかし、見てもお分かりになるかどうか……」


ローブの男の手がフードに掛かり、ゆっくりと後ろに引き下げると、その様相を見たナターリアは思わず息を呑んだ。


ドス黒くツルリとした頭部にはエルフの最大の特徴である長い耳は無い。いや、より正確に言うならば「何も無い」と言うべきであった。頭髪も眼球も鼻梁も肉も存在しない、虚ろな黒い髑髏は続いてローブの前を開くと、胸板も内臓も一切見当たらない体を見せつけた。


「な……!?」


「ご覧の通り、私には人相などという物はありませんのでね。いや、骨相ならばありますか、ハッハッハ!」


喉も無いのにどうやって発音しているのかは知る由もないが、背後のハリハリがその体を見て呟いた。


「……リッチ、いや、その理性の残り方はエルダーリッチですか!?」


「残念ながら大賢者といえど魔物モンスターの分類にはお詳しくは無い様だ。私はその上、『エンシェントリッチ(悠久の大魔導士)』だよ。……申し遅れました殿下、私はデメトリウス・ティアリング。ティアリング家の始祖・・として建国王ザルバドール様にお仕えした者です」


「ティアリング家の始祖だと!?」


「いかにも。あの熱き日々は肉を失った今も色褪せる事無くこの胸に……」


エルフの歴史はまだ国を持たない、氏族単位での小集団の時代にまで遡る。有力な族長の下に付き従うエルフ達は、異なる氏族との小競り合いに明け暮れていた。


だが、繁殖力の低いエルフにとって他氏族との戦争は人口停滞の禍となっていて、エルフが国を持てない原因となった。


それを束ねるべく行動を起こしたのが建国王でありナターリアの始祖でもあるザルバドール・ローゼンマイヤーである。ザルバドールはエルフの中でも隔絶する魔力を秘めたハイエルフであり、唱える魔法は当時の他の氏族のエルフ達を圧倒していた。


だが、そんなザルバドールにも欠点があった。早くに族長家を継いだゆえに彼は他人に斟酌するという視点を持たず、そこに持って生まれた力も加わり、ザルバドールを短慮で力のみに頼る粗雑な暴王に育ててしまったのだ。彼は強かったが、それが逆に周囲の氏族の危機感を煽り、敵を団結させてしまうという局面を生み出してしまった。


いくら強かろうが、森を主戦場とするエルフ達をザルバドールの氏族だけで制圧する事は困難であり、ある戦で罠に掛けられたザルバドールは重症を負い、命からがらその場から逃げ出した。知らない森を彷徨いもはやこれまでかと思われたが、弱小氏族として反ザルバドール連合に加わる事すら許されなかったエルフ達の兄妹に発見され、保護される。その兄妹こそデメトリウスであり、妹のクラウディーネであった。


「……まあ、殿下も建国記は熟読されているのではないかと思いますので昔話は割愛致しましょう。重要なのはザルバドール様が我が妹クラウディーネを娶られ、私はその片腕としてエルフの統一を目指し、それを成し遂げたという事です。ですから、クリスティーナが私の事をお爺様と呼ぶ事には何もおかしな事など無いのですよ。ねえクリスティーナ?」


「はい、お爺様」


遠く離れてはいても、確かにデメトリウスはクリスティーナがそう呼んでもおかしくは無い存在だ。しかし、おかしいのは前提条件の方であった。


「おかしいに決まっているだろう!? 魔物が公爵家に入り込んでいたなど大問題だ!!」


「何故です?」


「何故って、それは……」


そこでナターリアは言葉に詰まった。魔物には理性が無く、民に害をなすからだというのが理由になるはずなのだが、姿形がいくら異形であってもデメトリウスは明確に理性を残しており、ナターリアに対し害意の欠片も見せていないのである。これまでにもティアリング家が民を害した事は無いのだ。


「魔法生物や召喚して魔物を使役する事もあるエルフの国で、私が駄目な理由など無いはずです。そこのデュラハンだって大賢者の従者なのでしょう?」


ギルザードの正体を見破っていたデメトリウスに、ギルザードは肩を竦めて頭を持ち上げて見せた。どうせバレているのなら隠すより公表した方がマシだろうという判断だ。


「お察しの通りさ。しかし、あなたの話を信じるなら、公爵家は魔物の意志で動いていた事になる。それはエルフの国としては些か不味いのではないかな?」


「誤解されては困るな。私はこの国の為に研究はしているが、当主はクリスティーナだ。時には乞われて助言をする事もあるが、私の意向でティアリング家が動いている訳では無いよ。事実として今日まで私の存在を明確に知っていたのはクリスティーナだけなんだ。もし気に食わないのならば、これが終わったら私はこの国を出て行ってもいい」


「お爺様が居なくなると困りますわ。私とちゃんとお話してくれる方なんて中々居ないんですもの」


「仕方が無いだろう? 私もこんな姿になってしまったけれどエルフの端くれだし、王家には逆らえないさ。クリスティーナが責めを負うのも困るし、『千変万化』を壊し掛けた彼らに私は怒りを感じている。特にユウ、君の物言いは許せない。……難儀な事にね、エンシェントリッチの呪われたさがというべきか、本気で殺したいと思ってしまうと切り替えが出来ないんだ」


魔物同士で話し合うという異様な状況に殆どの者達は飲まれてしまい言葉も無いが、その流れを断ち切ったのは悠であった。


「とにかく、俺がそこの黒骨と戦えば丸く収まるのだろう?」


「端折るな戦闘脳!!!」


「いや、その認識で結構だ。……ただ、その蛮勇、いや、勇気に免じて一つだけ良い条件を付けてあげよう」


勿体ぶった仕草でデメトリウスはバロー……の上のアルトをビッと指差した。


「アルトクン、私が勝ったら人族の中で君だけは生きて私に仕えて貰おう。本当ならユウが負ければ全員殺される所を君だけは助かるんだ、異論は無いだろう?」


「は!? な、何で僕だけ……!」


突然訳の分からない条件を提示するデメトリウスはカパッと口を開き(おそらく笑っているものと思われる)、片手で頭を撫で(おそらく髪を掻き上げる動作だと思われる)……。


「フッ……それはね……」


「そ、それは……?」


自分だけ生き残る事で深い罪悪感を味わわせてやるという事だろうかとアルトが固唾を呑んで言葉を待つ中で、デメトリウスは急に照れたように手で顔を隠しながら言った。




「き、君の事が気に入っちゃったんだよ……! 惜しい惜しいとずっと思っていたんだ!!!」




「ギャーーーーーッ!!!!!」


アルトの絶叫は練兵場に長く響き渡った。

デメトリウス、お前もか!


公爵家は業が深いというお話ですね!

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