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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-40 試練の時7

一撃でフォレストウルフモドキ達を撃破したアルトはホッと胸を撫で下ろした。ギリギリの発動になったせいで服のあちこちに『千変万化シェイプシフター』の飛沫が飛び多少穴が開いたが、この程度で済めば御の字と言うべきであろう。この調子で……。


「アルト、油断をするな。『千変万化』の本体を観察しろ」


と、悠に気の緩みを指摘され、アルトはハッと『千変万化』に目を移した。


すると今まで見えなかった変化が『千変万化』に起こっていた。まだまだアルトよりもずっと大きいが、最初の時より明らかにサイズが減っていたのだ。これはフォレストウルフモドキを倒した分、『千変万化』の体積が減少したからであろう。つまりは、ダメージを与えたという事に他ならない。


「やってくれたね……アルトクン」


吹き付ける殺気にアルトの視線がその出所に向けられる。ローブの男は怒りの為か僅かに震えているように見えたが、すぐにそれは霧散し、平常心を表すように肩を竦めた。


「……済まないね、どうやらアルトクンを舐めていたのはこちらの方だったみたいだ。近距離全周雷撃魔法なんて高度な魔法を使えるとは思わなかったよ。多分、能力スキルの影響なんだろうけど……いや、それにしてもこれは……」


フードで隠れていて分からないが、自分をまじまじと見つめる気配にアルトは首を傾げた。しかし、アルトが問いを発する前にローブの男は自分の考えを振り払うかのように首を振る。


「……惜しいな。誰かを惜しいと思うのは数百年ぶりの事だよ。だけど、私にも約束があってね、君の事を惜しんで手を抜く訳にはいかないんだ。もっと別の場所で会えたなら或いは……いや、よそう。ここからは本当に本気でやらせて貰う事にするよ」


「本気?」


「そう、本気さ。まさかここまで君が粘るとは思わなかったけど……アルトクン、先ほど言った言葉は訂正しよう。……君も、君の師もバカなんかじゃない。……だけど」


ローブの男が杖を掲げてにこやかに言い放った。


「君にはまだ経験が足りないね。私がただ無意味な独白をしていたと思ったのかい? 周囲をよく見てご覧よ」


男の発言の意味がアルトには咄嗟に理解出来なかったが、よくよく注意して周囲を観察してみればそれは明白に表れていた。


倒したはずのフォレストウルフモドキ達の残骸がその場から消えている。そしてその形を失った残骸は音も無く『千変万化』の本体へと辿り着き、合流を果たしていた。


「っ!? しまった!!」


「形を保てなくなっても消滅した訳じゃないんだから、本体に吸収されればある程度戻せるのさ。それでも結構減らされたけど……もう近付けないと思ってくれたまえ」


再び体積を増した『千変万化』の本体が再び蠢き始め、アルトは咄嗟に『電撃ライトニング』の魔法を放ったが、『千変万化』から分離した一部が壁のように広がり、アルトの『電撃』と相殺して消滅した。


一瞬遮られた視界が晴れた時、アルトは心臓がドクンと一つ、強く鼓動するのを自覚した。剣を持った手にじわりと汗が浮かび、ごくりと唾を飲み込む。


それは死闘の記憶が呼び起こされたゆえの緊張だ。


長い首と優美さを感じさせる巨体、別の生き物のように蠢く尾。開いた口には透明な牙が並び、鋭い目がアルトを射竦める。その魔物モンスターが何なのか、アルトは身に染みてよく知っていた。


「……ドラゴン……!」


「そう、ドラゴンだ。『千変万化』の吸収した中でも最強の存在さ。こいつを取り込ませるのにはとても苦労してね、私も手伝ったけど運の要素が強かったなぁ……さあアルトクン、この『千変万化』のドラゴン形態フォームを倒してみたまえ。一つ言っておくと、これは本物のドラゴンと殆ど遜色は無いよ。例えば……」


ローブの男の言葉よりも『千変万化』の首を後ろに逸らす動作に極大の悪寒を感じたアルトは全力で背後に飛び、更に『千変万化』が首を引き戻す動きに合わせて体を左に投げ出した。




ジャアアアアアッ!!!




恐ろしい勢いで放出される強酸のブレスが練兵場の床を浸食し、瞬く間に溶かし一本の長い道を作り出す。それは本物のドラゴンが吐くものと遜色の無い、強烈なブレスであった。


「おや? ……もしかしてアルトクン、君はドラゴンと戦った事があるんじゃないのかい!? 初見じゃあ今のはかわせないと思ったんだが、いやいや、その歳で凄いね君は!!」


ブレスの一撃で勝負が決まると思っていたローブの男は杖を脇に挟み、手袋をした手を打ち合わせてアルトに掛け値無しの賞賛を送ったが、アルトにそれに応える余裕など残されてはいなかった。


サイサリスに協力して貰い何度も鍛練に付き合っては貰ったが、勿論それは安全に配慮しての事であり、アルトの本物の対ドラゴンの経験と言えばやはり危うく命を落とし掛けたアラマンダー戦である。『千変万化』の纏う空気はその時の気配に近く、否応無しにアルトに生と死の境目を意識させた。


だが一方でアルトの冷静な部分が囁く。


――『千変万化』の取り込んだドラゴンの格はサイサリスには及ばない、と。


まずブレスの溜めが長過ぎる。もっと高位のドラゴンならアルトの回避は際どいものになっていたはずだ。だが、実際にはサイサリスのタイミングに慣れていたアルトは完全に回避する事が出来た。それはつまり、『千変万化』の取り込んだドラゴンはアラマンダーとそう変わらないという事を示唆していた。


未だ成人すらしていない人間がドラゴンを前にパニックを起こさず冷静な思考を保てるという事実は、既にアルトが超一流の領域に足を踏み入れ始めている証拠であったが、当のアルトの頭にあるのはただ、精一杯戦い抜く事だけだ。


(迂闊に近付くとアラマンダーの時みたいに鱗を飛ばしてくるかもしれない……でも、近付かないとまたあの膜みたいなので防がれる。それ以前にもう魔力が……!)


焦りが最善を求めるアルトの思考を乱そうと脳裏を掠めたが、その時アルトは自分の持っている剣が薄っすらと空色の光を放っている事に気が付いた。


……ふと、悠の言葉が蘇る。


(アルト、お前も剣士の端くれなら己の剣を信じろ。それはお前の為だけの剣だ。諦めなければきっと道は切り開ける)


あれはどういう意味だったのか? 


アルトに諦めるなと伝えたかったという意味は当然あるだろう。だが、悠は切り開けと言ったのだ。それは状況を打開するという意味の他に、この剣の事を指していたのではないか?


ハリハリの『魔空杖アポクリファ』の黒とは違うこの剣の輝きが何を指しているのかはアルトには分からない。


アルトは一瞬だけ遠くで見ている悠達に目を向けた。


地面に胡坐を掻いてアルトの戦いを見逃すまいと目を凝らすバロー、腕を組み黙然と見守るシュルツ、腰に手を当てて兜をずらすギルザード、興奮した面持ちで戦いの行方を見守るロメロ&ミルヒ。


そして刹那――アルトと視線が絡み合い小さく頷く悠。


それでアルトの腹は決まった。


剣をあくまで牽制の道具としていたアルトはその切っ先を改めて『千変万化』へと向け直す。それを見たローブの男から微かな苛立ちの気配が漏れた。


「……諦めて突撃なんて興醒めな真似は止めて欲しいな。まだ少しは魔力が残ってるはずだろう?」


アルトの構えを特攻と見たローブの男は残念そうにアルトの翻意を促したが、アルトは構えを解かず、質問とはまるで関係の無い質問をローブの男に返した。


「……そう言えば、一つ聞いておくのを忘れました。あなたは何と言うお名前なのですか?」


「ん? 私の名を聞いているのかい?」


「はい、そうです」


「今から死んでしまう君がそれを聞いても意味は無いと思うなぁ。冥途の土産に聞いておきたいのかもしれないが……」


「そんな事の為に聞きたいんじゃありませんよ。だって……」


ローブの男に向かって、アルトははっきりと言い放った。


「ドラゴンとの再戦の機会と汚名を返上する好機を与えて下さったあなたにちゃんとお礼が言いたかったんです。いつまでも先生方にあの時の事で心配をおかけしたままなのは心苦しかったので。ありがとうございます」


「……何?」


アルトの勝利宣言とも受け取れる言葉の意味をローブの男が咀嚼する前に、アルトの体は矢のように『千変万化』に向けて放たれていた。


人間に出せるとは思えない速度で疾駆するアルトだったが、ドラゴンの能力を得ている『千変万化』はその動きに付いて行っていた。ある程度の戦闘思考を有する『千変万化』が一番に思い付いたのは剣で攻撃すると見せかけて至近距離で再度『纏雷』をアルトが放つ事だ。懐深くに入り込まれて『纏雷』を食らえば少なからずダメージを負うと判断した『千変万化』はブレスでは動き回るアルトを捉えられないと見切り、周囲に体の一部をばら撒く。それは瞬時に膨張して薄い膜となり、アルトの接近を遮った。アルトが不用意に接近すれば、その強酸の膜にぶつかって戦いは終わるだろう。


そして『千変万化』は更に手を打っていた。膜の一部分だけならばアルトは『電撃』で相殺し接近を果たすかもしれない。ならばそれに備えようと、アルトの動きに注視してそっと尾をくねらせる。アルトが膜を突破したら、そこを尾で叩くのだ。逃げ場を失い、大質量かつ超高速の尻尾の一撃は容易にその五体を砕き、融解させる事は間違い無い。


凝縮された時間の中でアルトの手から『電撃』が迸り、膜とぶつかって消失する。そのまま突入してくるアルトに向かって振られる尻尾に『千変万化』もローブの男も同じく戦闘の終結を確信し――




……ドッ。




アルトの真っすぐに振り下ろされた剣が尾を分断する鈍い音に意識に空白が生まれた。


「…………え?」


斬れるはずの無い物が斬れた。『千変万化』がアルトの剣に合わせて自分で尾を切り離した訳では無い証拠に、アルトに断ち切られた尾の先はフォレストウルフモドキを倒した時のようにビクビクと痙攣し、やがてただの水分として形を崩壊させた。


何故こんな結果を引き起こしたのか分からないのは剣を振るったアルトも同じだったが、アルトは自分の体に生じた事実と断ち切れたという結果から幾つかの確信を得ていた。だが、考えるのは勝負を決してからだ。


何が起こったのか分からず動きを止めている『千変万化』の体にアルトは空色に輝く剣を突き立てると、回復した・・・・魔力の全てを込め、決着の一撃を叩き込んだ。


「これで終わりだ!! 『纏雷』!!!」


剣を媒介に大電流が『千変万化』の体内を荒れ狂うが、苦手とする電撃を体内に流された『千変万化』は逃れる事も出来ず……。


ダメージが限界を超えた瞬間、まるで粘性を失ったかのように崩れ落ちる『千変万化』から飛びずさったアルトはそこで膝をついた。


しばしの沈黙の後、感情が抜け落ちたクリスティーナの声が告げる。


《……勝者、アルト・フェルゼニアスですわ》


「……ありがとうございます……はは、勝ったあ……」


エルフにとっては望まぬ結末であり決着であった。呆然自失として頭の中が空白になっている者も少なくない。だが、その時これまで鋭く凛々しく引き締められていたアルトが、全ての緊張から解き放たれたように笑うと、『浮遊投影』の画面に大輪の花が咲いたかのように人々の心を捉えた。


強酸に晒された服はボロボロで、転がり回ったせいで顔も体も土埃に塗れている。こうして戦いが終わってみればアルトは年齢なりのあどけなさを残した少年だった。決して華麗な姿ではないが、その瑞々しい生の息吹を感じさせる表情は野に咲く花のように可憐であった。




……パチ……パチパチ……パチパチパチパチ。




一つの音から始まった拍手は共感を呼び、やがて大きな拍手へと連なって行く。仇敵のはずのエルフ達が、知らず知らずの内にアルトに向けて、その勝利を祝うように手を叩き合った。


自らの力でエルフの信頼を掴み取ったアルトにナターリアやハリハリ、ナルハ達も同じく拍手を送る。ようやく自分に拍手が送られているのだと知ったアルトは驚き、赤面しながらも感謝の意を込めてもう一度、微笑んだのだった。

一気に決着まで持って行きたかったのでちょっと長めでした。


勘のいい方はアルトの剣の秘密に気付いているでしょうが、『千変万化』の事と合わせて次回で説明致します。

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