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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-39 試練の時6

全ての属性を試みた結果にアルトの表情は曇っていた。


(剣と大して変わらないな……特に火と光、水は不味い)


火に続いて放った『光の矢ライトアロー』は『千変万化シェイプシフター』の内部を乱反射してアルトに撃ち返されてしまった。火のように沸き立つ事も無かったが、効かないという意味では火よりも上だろう。『水の矢ウォーターアロー』は取り込まれてしまい何の変化も生じる事は無く、むしろ回復させてしまったような手応えすら感じたくらいだ。


そして風、土は全く効果無し。だが、単純物理攻撃が効かないのであればこれは予想の範疇であった。


単純属性で多少変化が見られたものと言えば『闇の矢ダークアロー』だ。闇属性の矢は破壊力には乏しいが浸食性があり、当たった相手を腐食させる効果があるのだが、『千変万化』はそれを弾いたのだ。同属性による干渉と考えると、『千変万化』の体は腐食性を帯びているのではないかというのがアルトの予想であった。


「ヒストリアさんの『自在奈落ムービングアビス』なら無理矢理削り取る事も出来るんだろうけど……」


だが、アルトの魔法の腕前ではヒストリアの再現は不可能だ。ハリハリや闇属性に特化している蒼凪ならば可能だが、出来ない事を考えても仕方が無い。


基本六属性を試したアルトに残された手段は少なかったが、まずはやってみようと『千変万化』の触手のような一撃を回避し、地面に手をついた。


「『氷蔦アイスヴァイン』!」


アルトの手から発せられた魔力が地面を走り、『千変万化』に命中すると地面に接している箇所がピキピキと乾いた音を立てて凍り付く。


「効いた!?」


初めて魔法がちゃんとした効果を発揮し希望を見い出したアルトだったが、喜びも束の間、凍り付いた箇所はすぐに融け始めた。


「僕の魔法じゃ弱いのか! だったら今の内に……!」


その場に張り付けられている内にと、アルトは地面に手をついたままもう一度魔法を唱えた。


「『雷蔦ライトニングヴァイン』!」


身動きが取れない『千変万化』に電撃の蔦が這い上ると、『千変万化』が驚いたようにその身を捩った。この反応は、ダメージを受けた生物の動きだ。


「弱点はこれか!!」


「おお、よく粘って調べたね。エライエライ」


遠くで見ていたローブの男はアルトの奮闘に愉快そうだったが、まるで危機感は抱いていないようだった。


「……でもね、その小利口さが命取りだよ。『千変万化』が恐ろしいのはこれからさ」


何故なら、アルトが小手調べであるように、『千変万化』もまた本気では無かったからだ。


その言葉を裏付けるように『千変万化』の体が蠢くと、そこから何かが一つ二つと飛び出した。


「何だ?」


ベチャッと地面に落ちた『千変万化』の一部が蠢き、徐々に形を変えていく。


グニグニと粘土をこねるように各部を伸ばし、ヌルリと四本の足が生え、頭と尻尾伸びる。そして細部が整っていくと、それが何なのかアルトにも理解出来た。


「これは……フォレストウルフ、なのか!?」


「ご名答。基本形だけでは手間が掛かると『千変万化』は判断したみたいだね。この子は、自分が過去に取り込んだ物を模倣する事が出来るのさ。……ほら、早く対処しないとどんどん増えてしまうよ?」


ローブの男の言う通り『千変万化』は更に4つ5つと自分の一部を射出すると、それは次々とフォレストウルフの形を取り始めた。


「くっ!?」


このままではどれだけ増えるか分かったものではないと、アルトは『電撃ライトニング』を発動し、手近なフォレストウルフモドキに向かって解き放つ。


(むしろこれは好機なんだ! 少しずつでも減らせれば……!)


『千変万化』本体を削るには自分の普段・・扱う魔法では出力不足だとアルトには理解出来ていた。だが、サイズの小さいこの形態であれば……。


ヴォバババ!!!


「!?」


アルトの『電撃』に撃たれたフォレストウルフモドキは声を出す機能は与えられていないのか、ビクビクと痙攣した後、デロリと溶け崩れてその場に蟠った。


(よし、この調子で……っ!?)


拳を握り、次の相手を狙おうとしたアルトの体がギクリと硬直した。それを見越していたかのように、ローブの男の悪意に満ちた声がアルトに届く。


「ああ、気付いたかい? 残念だけど、1匹くらい倒しても全くダメージにはなってないよ。だって、まだまだ作れるんだからサ」


いつの間にかフォレストウルフモドキは10体以上にその数を増やしていた。それが意味する所は、アルトの殲滅速度よりも『千変万化』がフォレストウルフモドキを生み出す速度の方が早いという事だ。


一体一体であれば問題は無い。だが、圧倒的な数の暴力の前にアルトの心に焦りが生まれた。ローブの男はそれが予定調和であるかのように小首を傾げてアルトに続けた。


「アルトクンだっけ? 今君が考えている事を当ててあげようか……そうだな、さしずめ、「僕の魔力マナが尽きるまでにこの『千変万化』を倒せるだろうか?」っていう所じゃないのかなぁ?」


「っ!」


まるでアルトの心を直接読み取っているようなローブの男にアルトは心理的な劣勢を感じて一歩下がった。


アルトは才能豊かな「人間」である。そう、「エルフ」では無いのだ。それはつまり、アルトの人間という種族としての限界を表していた。


「人族の魔力の総量はエルフの半分にも満たないね。だからいくらアルトクンがその年齢に見合わない強さがあってもさ、無い物は使えないんだよ。その金属の板は役に立たないし、魔力が尽きた時点でアルトクンは残念ながら終わりだね。『千変万化』の耐性を試す為に色々魔法も使ってしまったし……これは皮肉でも何でも無い、ただの事実だよ」


ローブの男の言葉が『千変万化』の攻撃のようにアルトの心を徐々に浸食していった。これが嘘ならまだいいが、男が語る言葉は悪意はあっても事実である。


(勝つ方法が、無いのか……?)


アルトの胸中の恐れが更に一歩下げようと無意識に足を浮かしたが、その時アルトの背後から怒声が轟いた。




「下がるなアルト!!!」




その声にアルトの足が空中で止まった。


「……バロー、先生?」


振り返らなくてもアルトには分かる。この声は控え室に居るはずのバローの声だ。


「そんな枯れ枝野郎の言う事を気にしてビビッてんじゃねーぞコラ!!! 諦める前に全力で足掻け!!! それでも駄目なら俺が一緒に死んでやらあ!!!」


「アルト、お前も剣士の端くれなら己の剣を信じろ。それはお前の為だけの剣だ。諦めなければきっと道は切り開ける」


「ユウ先生まで……」


わざわざ控え室から応援に駆け付けてくれたのだと悟ったアルトの空中で止まっていた足が、後ろでは無く前に踏み出された。心を侵食していた暗雲が晴れ、目に輝きが漲る。


「おやおや……これはこれは、何とも麗しい師弟愛だね。私も涙が流せるのなら感涙に咽び泣いている所だよ……だが、この状況でそんな精神論しか吐けないとは、アルトクンも愚かな師を持って可哀想にねえ?」


「……愚か?」


ローブの男の言葉に、アルトの眉が跳ねた。


「そう、愚か者だよ。「頑張れば道は開けるー」だの、「諦めなければ勝機はあるー」だの、それで勝てるなら苦労しないよ。結局は能力が全てを決めるのさ。さっきも言ったろう? 無い物は無いんだって。アドバイスならもっと具体的にしてあげるべきだと思うね。まぁ、出来ないんだろうけどさ! ハッハッハ!!」


「……よ」


「……ん? 何か言ったかい?」


笑っていてアルトの呟きを聞き逃した男がアルトに聞き返すと、アルトははっきりと言い返した。


「具体的なアドバイスなんて必要ないんですよ。この戦場を切り抜けるだけの鍛練を先生方は僕に施して下さいました。だから具体的なアドバイスなんて要らないんです。……あなたの狭い常識で僕の先生方を中傷するのは止めて下さい、とても不愉快です」


「……」


アルトに正面から言い返されたローブの男はキョトンとして言葉を失ったが、そこから立ち直る頃には濃密な殺気を身に纏っていた。それはアルトですら思わず身構えてしまったほどの強烈な殺意である。


「やれやれ……師がバカなら弟子もバカか! 『千変万化』、もう遊ぶのは止めだ!! さっさとそこの人族を溶かし殺せ!!!」


男の殺気に反応したのか、更に数を増やしていた『千変万化』の放ったフォレストウルフモドキが一斉に地を蹴り、アルトに殺到する。だが、アルトも気分は害していてもやるべき事は見失ったりはしなかった。


「その言葉、僕が勝って取り消して貰います!!! 『覚醒アウェイクン』!!!」


鎧の上からでは分からないが、アルトの体に劇的な変化が生じた。腰は僅かに丸みを帯び、胸部が膨れ、中性的だった顔が女性としての色気を宿す。『覚醒』に伴う女性化はあまり良い気分では無かったが、今はそんな事に拘っている場合では無い。


『千変万化』にはアルトの変化は感じ取れなかった。それを感じ取れたのはユウ達と、離れて見ていたローブの男だけだ。


「『千変万化』、待――」


ローブの男がアルトから湧き上がる魔力に制止を命じようとしたが、時既に遅く、アルトの魔法は完成していた。それは、普段のアルトでは発動出来ない、ウィスティリアが得意としていた上位電撃魔法である。




「食らえ、『纏雷ライトニングプレッシャー』!!!」




アルトの体から強力な電撃が四方八方に撒き散らされた結果、飛んで火にいる夏の虫とばかりにフォレストウルフモドキ達は残らず電撃に撃ち伏せられたのだった。

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