2-18 治療3
(どうやら峠は越えた様だな)
(ええ、もうこの子は大丈夫だと思うわ。精神も安定したし、星幽体も定着してる。ただ、衰弱はしてるから、このまま起きるまでは続けた方がいいわね)
悠とレイラは『心通話』で会話して相談した。今も悠の右手をしっかりと握る少女からは、昼までの生気の無さを感じさせない、生きようとする力を感じたのだ。
(しかし、この子はいいとして・・・こちらの子は反応が無いな)
(強い精神抵抗を感じるわ。恐らく、生きる事を強固に拒んでいるのね。このまま続けても治る見込みは低いわね)
気力を取り戻した樹里亜とは違い、拒食症の少女からは相変わらず生気を感じない。治療が効果を上げているとは思い難い状況であった。
(とりあえずは起きるまでは続けてみよう。それまでに変化があるかもしれん。もしそれでも効果が無い様なら・・・この子の精神に潜ってみる)
(!?ユウ、それは危険よ!貴方でも精神世界の崩壊にでも飲み込まれれば帰って来れないかもしれないのよ?)
(全て承知の上だ。子供達からこれ以上失わせる訳にはいかん。唯一の大人である俺の役目だろう)
悠はレイラの手助けによって相手の精神に自分の精神を送り込む事が出来る。それによって直接心に語りかける事が出来るのだ。
しかし、肉体に寄らない精神とは非常に脆い。送り込んだ先の精神の状態によっては、悠自身に危険が及ぶ可能性があった。
それでもこの少女を助ける事が出来るのは現状では悠しか居ない。ならばそれを行う事に躊躇いを覚える様な男では無かった。
(・・・分かったわ。でもその前に、あっちの子達の治療を済ませてからにして)
レイラは万一に備えて悠にそう提案した。悠に何かあったら、子供達を治す事が出来なくなってしまうからだ。
(ああ、今日はあちらの治療を先に済ませよう)
悠はそう了承して再び治癒に意識を傾け、そのまま朝を迎えるのだった。
明くる日の朝6時。恵はいち早く目を覚ますと、悠の様子を伺う為に大部屋へとやって来ていた。
悠は結局、昼過ぎから治療を始めて、その間は飲まず食わず、そして眠らずで治療を続けていた。恵が部屋に入った時、まだ奥から赤い光が見えたので、延々16時間もの間、それを続けていたらしい。
恵はそろそろ悠を休ませた方がいいと思い、足音を殺してそっと悠に近づいた。
悠は目を閉じて座っており、パッと見には眠っているかの様だが、恵が近づくと目を開けて、朝の挨拶をして来た。
「恵、おはよう」
「おはようございます、悠さん。そろそろ休みませんか?ご飯も睡眠も取らないんじゃ体に悪いですよ」
「この子が起きたらそうさせて貰おう。それまでは俺の事はいいから、子供達に朝食を作ってやってくれないか?」
「・・・分かりました。でも本当にちゃんと休んで下さいね?悠さんに何かあったら、子供達が悲しみますから・・・わ、私も」
最後のセリフは消え入る様に言って、恵は悠の前から足早に歩き去った。これが15歳である恵の精一杯だった。
「ん・・・」
それから2時間後、ベットの樹里亜が再び意識を覚醒させた。
そしてぼんやりと自分の手を見て、そのまま腕を伝って悠の顔に視点を定めた樹里亜は、微笑みながら改めて礼を言った。
「ありがとうございました。・・・えっと、お名前は?」
「俺は神崎 悠だ。君は?」
「私は東堂 樹里亜です。神崎さんが私を助けてくれたのですか?」
「一応はそうなる。だが、最終的に君を生かしたのは、君の心の強さだ。俺はそれを手助けしたに過ぎんよ」
その言葉に樹里亜は大きく首を横に振って答えた。
「いいえ。神崎さんのその手助けが無かったら、私きっと死んでいました。もう殆ど諦めていたんです。生きるのが・・・つ、辛くて・・・」
徐々に涙ぐみながら樹里亜は心の内を吐露し続けた。
「こ、この世界の人は・・・ぐす、誰も優しくしてはくれないし、せ、戦争なんて・・・ふぐっ、い、嫌だけど、行かないと痛く、されるし・・・ひっ、こ、子供達も、死ん、死んじゃう、から、だから、だから私・・・」
樹里亜とて、芯が強かろうと、所詮はまだ15歳の少女に過ぎないのだ。子供達の為に頑張ろうとは思っても、与えられる痛みに心が挫けそうになっても仕方が無い。それでも樹里亜が最後に諦めそうになったのは自分の命であって、決して子供達の命では無かった。
そんな風に涙を流す樹里亜の頭に悠は左手を乗せ、言った。
「君は強いな、樹里亜」
頭を撫でる悠はそのまま言葉を続けた。
「君の傷を見た。後ろから何度も刺された傷だったな。君は、今までも子供達を庇って来たのだろう?俺は、それは君自身の強さだと思う」
「で、でも、私、こんな、傷ばっかりに、なっちゃって・・・き、汚い、でしょう?」
悠の言葉を嬉しくは思いながらも、樹里亜は年頃の少女として当然の悩みを打ち明けた。直人の回復術は相当な怪我でも塞ぐ事が出来たが、それでも大きい物は傷跡として残ってしまった。その事実は直人に感謝しながらも、やはり樹里亜を本当の意味では治せていなかったのだ。
悠はそんな樹里亜を見て、自分の軍服を脱ぎ始めた。肌が露になり、シャツを脱ぐと悠の上半身が完全に露出すると、それを見た樹里亜は思わず泣いているのも忘れてそれを見た。
悠の上半身は余す所無く傷で覆われていた。それは樹里亜の比では無く、その大きさも桁違いだった。幾度も切られ、擦り切れ、焼かれ、千切られて来た事が肉体に刻印されている。
「樹里亜、俺の体もこんな物だ。君の体を汚いなどと思う事は無い。それ以前に俺は君が汚いなどとは思わない。守る為に体を張ってきた人間をどうして汚いなどと思うだろうか?」
樹里亜は涙を流す事すら忘れて悠の体を見つめていた。それは自分とは比べ物にならないくらいの期間、誰かを守る為にその体を捧げて来た、自分の先輩の体だった。
樹里亜はその傷だらけの体を、なぜだかとても美しく、そして気高く思えた。そして、それが自分の体にもある事を誇りに思えたのだ。
「傷は汚いか?樹里亜」
「・・・いいえ、いいえ!神崎さんの傷を見ていると、私・・・なんだか・・・とっても・・・」
「俺は過去を忘れない様に傷は消さずに来た。それに、男にとって傷は恥では無いからな。だが樹里亜、君の傷は俺が責任を持って綺麗にすると約束しよう。少し時間はかかるが、また綺麗な体に戻れるはずだ」
その言葉に樹里亜は再び涙を流し始めた。傷に誇りは持てても、やはり綺麗な体に対する憧れはまだあったのだ。それでも樹里亜は悠に一つお願いを告げた。
「あり、ありがとう、ございます。で、でも、一つだけ、残しておいて、くれませんか?」
「構わないが、いいのか?」
「はい、わ、私も忘れない為の、証が欲しいんです。これからも、好きな自分で、いる為に」
もう一つの隠された思いは樹里亜は言わなかった。
「分かった、一つだけ、目立たない場所の物を残しておこう」
それは目の前に居る、この誇り高い男と同じ証を共有したかったという、敬愛の念だった。
傷は男の勲章とは言いますが、今はそんな時代では無いのでしょうね。
それでも悠はその思いを体に刻んで来ました。なので、自分の傷は消しません。




