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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-36 試練の時3

控え室として用意された部屋でアルトは自分の出番が来るのをじっと待っていた。既に体は解し終わっており、開始の合図でいつでも始められる状態だ。


そんな中で落ち着かないのはバローである。


「……なあアルト、やっぱりここは一つ俺が本物のアルト・フェルゼニアスだったって事にして――」


「そんな失敗面に髭を生やしたアルトが居るか、バカめ。ローランとの血縁など微塵も感じんわ」


「うるっせえよ覆面女!!」


まだアルトを戦わせる事に乗り気でないバローの提案をシュルツが一刀両断に切り捨てた。確かに、年齢から考えても非常に無理があるのでバローの反論も普段ほどの切れ味がない。


「大丈夫です、バロー先生。僕は先生方の弟子なんですから。恥ずかしい戦いはしないつもりです」


「いいんだよ恥ずかしかろうがみっともなかろうが!! あ゛ー畜生!!」


地面を蹴りつけるバローは試練に挑戦するもう一方の悠に目を向けたが、こちらは小憎らしいほどに凪いだ気配でその時を待っており、それもまた癇に障ったバローは悠に険のある声で尋ねた。


「……おいユウ、なんか助言とかねぇのか!?」


「無い。言える事があるとすれば全力で戦えという事だけだ。それに、既に俺の予測は外されている。あの女の思考は読めんが、並々ならぬ相手である事だけは間違いあるまい。であれば全力で戦えとしか言えん」


予想通りの言葉にバローは舌打ちして黙り込んだ。もう引き返す事は出来ないのだが、アルトはバローにとって目に入れても痛くない、初めての弟子だ。それなのに、何の力にもなれない自分が歯痒くて仕方がないのだった。


「失礼しますよ」


そこにハリハリが入室してくると、バローはすぐに反応して詰め寄った。


「ハリハリ、何か分かったか!?」


「……申し訳ありません、ティナ殿がどんな相手を用意しているのかは全く……」


「謝る必要はない。ご苦労だったな」


「いえ、お役に立てず申し訳ないです」


悠の言葉でバローはハリハリを労う事すら忘れていたのだと気付くと、バツの悪い顔で頬を掻いた。


「あ……悪ぃ。お前もやる事やってんだよな……」


「……おやおや、バロー殿らしくありませんねえ。「あの程度当然だろ!」くらいは言って欲しいものですよ、ヤハハ」


笑って流すハリハリが俄か表情を引き締める。


「ですが、相手が誰か、どんな技術を使うかは分からなくても、こちらの戦力から逆算すれば正体は見えてくるかもしれません」


ハリハリの発言に全員の視線が集中した。


「どういう事だ?」


「つまり、ティナ殿の自信はこちらの戦力を伝え聞いても揺るがない何かが源泉となっていると思うのです。……ワタクシ以外の方々は物理攻撃が主な攻撃方法ですが、ティナ殿の用意した何者かはそれを意に介さない、或いはほぼ無効化出来ると考えればどうでしょうか?」


「物理攻撃を受け付けない相手だと?」


悠の言葉にハリハリは頷いた。


「はい。アルト殿を剣士と判断するなら、剣によるダメージを意に介さず戦えるならあちらが負けるはずがありません。ですが、魔法は使えても大した事は無いと考えているなら、逆にそこが突破口になるかもしれませんね。ただ、あくまで予測でしかありませんし、圧倒的な魔法密度で接近を許さず蹂躙して来る可能性も否めません。……アルト殿、くれぐれも冷静に、引き際を見誤る事のないようにお願いします」


アルトに勝っては欲しいが、その命と引き換えにしてまでハリハリは勝利を求めてはいなかった。アルトを犠牲にするくらいなら、死ぬより嫌だがクリスティーナに嘆願する覚悟は既に決まっている。仮にも先生と呼ばれる者が教え子を犠牲にしていいはずがないとハリハリは信じていた。


「たとえどんな相手でも、僕は全力を尽くすだけです。命を粗末にするような事はしませんから安心して下さい」


命を懸けるべき戦いは存在するし負けて良い戦いなど真剣勝負には無いが、実際に命を落とし掛けて、アルトは自分の命が自分だけの物では無いのだと強く感じていた。沢山の者達に心配をかけ、泣かれ、怒られ、そして命がある事を喜ばれるという経験はアルトを一つ成長させたのだ。


まだ自分に悠のような真似は出来ない。どんな相手とも正々堂々と正面からぶつかり、それを打ち破れるほど自分は強くないのだとアルトは自覚した。


だから今はただ、精一杯戦うだけだ。華麗でなくとも、泥に塗れようとも戦い、そして生き残る。それがアルト・フェルゼニアスの全力である。


アルトの決意にドアをノックする音が重なった。


「……そろそろ時間です。アルト殿は練兵場に移動して下さい」


「はい!」


ミルヒの声にアルトは立ち上がり、愛剣を握り締めた。動きの妨げにならない程度の胸部鎧ブレストアーマーと視界を遮らないオープンフェイスのヘルムはバロー譲りのスタイルであり、剣はこの日の為に悠が用意した、アルトの為の剣である。


剣を握ると勇気が湧いて来るような気がするのは何故だろう? 


スラリと抜き放った剣に一点の曇りも無く、その切っ先にアルトは自分の先を行く者達の背中を幻視した。


シュルツの、ギルザードの、ハリハリの、バローの……そして遥か先に、点のように小さくだが、悠の背中を。


剣を持つと少しだけ強くなれた。錯覚などでは無い。ただの金属の板でしかないが、これがあればいつか憧れている者達に追い着ける。そんな確信がアルトの迷いを消し去ってくれるのだ。


鞘に剣を戻すと、体の高揚はそのままに、頭に冷気が滑り込んだ。決して熱くなって我を忘れてはならない。動くべきに動き、静まるべきに静まる。それが悠の教えだ。


「……先生方、行って参ります」


「ああ、行け。そして勝って来い」


「アルト殿、御武運を」


「アルト、敵をよく見極めろ。今のお前なら負けぬ」


「可愛い顔をしていても、君は獅子の子だ。猫と侮る輩であれば噛み付いてやるといい」


それぞれの激励の最後に、バローは何とも表現し難い表情でアルトの両肩に手を叩き付けたが、それを無理矢理笑顔に変えると強く言い放った。


「……もう言う事ぁ何もねぇよ、エルフに向こう50年はミーノスに攻め込む気すら起こらねぇようにしてこい!!! アルト・フェルゼニアスをエルフに見せてやれ!!!」


「はい!!」


「よっしゃ!!」


バシンとアルトの背中を叩き、バローはアルトを送り出したのだった。




もう一方の控室にはクリスティーナと、そんなクリスティーナよりも更に細い、枯れ枝の様なシルエットを持つ、擦り切れたローブを張り付けた人物の姿だけがあった。それ以外に目に止まる物と言えば、彼らの前に存在する、大きく蠢く「ナニカ」だけだ。


「お爺様、どうですか?」


「ん……ああ、問題は無いよティナ。しかし、人族如きに使うのは気が引けるね。これは対ドワーフ用じゃ無かったのかい?」


お爺様と呼ばれながらも、目深に被ったフードの奥から答えた声は若々しかった。しかし、どこか虚ろな印象を拭えない、奇妙な不安感を煽る声音である。


だが、クリスティーナは全く意に介さず笑みを浮かべて答えた。


「残念ですが量産が利く物ではありませんし、今の状態ではこれ一つでドワーフを全滅させる事は出来ませんわね。もっと時間があれば話は違ったのでしょうけれど……」


「ああ、偶然の産物とはいえ、これは私の最高傑作になり得たんだが……ティナが生きている間には完成は難しいね。まぁ、後は気長に完成させるさ。あと数百年ほどで完成するはずだよ」


「うふ、ハリーティア様と一緒に遠くで見守っていますわ」


「完成したらドワーフもついでに滅ぼしておいてあげるよ。もう君ほどの協力者は得られないだろうからね、そのお礼さ」


クリスティーナの言う遠くが物理的な距離を指す言葉でないことをその人物は理解していたが、特に気に留めた様子も無く眼前の蠢く「ナニカ」に杖を掲げた。


「さ、行こうか。少しは粘ってくれると有り難いのだけれど……」


ゴポリ、と「ナニカ」は答える様に蠢いた。

次回、バトル開始。ここからはガチです。

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