10-35 試練の時2
ハリハリの絶技に喝采が送られる中、十分な間を取ってクリスティーナは口を開いた。
《……ご覧になりましたか、皆さん? これがハリーティア・ハリベルという方であり大賢者なのです! その力を疑っていた方々もこれで理解されたのではないでしょうか? ハリーティア様こそエルフの至宝、そのお力に些かの翳りもありません。……いえ、より強大な力と叡智を蓄え、我らをお救い下さる救世主なのです!!》
クリスティーナの煽動にシルフィードは沸きに沸いた。伝説は色褪せるどころか更なる輝きを放ちその姿を現したのである。アリーシアという精神的支柱を失っていた民衆にとって、それは大いなる希望であった。
その光景にクリスティーナはほくそ笑む。ハリハリをエルフ達に認めさせる事は叶った。アリーシアが居ない今、新たな伝説となったハリハリに正面から逆らえる者は居ないだろう。それは王家の者であってもだ。
……後はハリハリにくっついている邪魔な者達を排除するだけである。
《……さて、ハリーティア様のお力は示されましたが、それを生かすも殺すも次の方々次第です。人族の彼らは果たして我々の信頼を勝ち取れるのでしょうか? その結末は皆さんの目でお確かめ頂きたいと思います。これより30分の後に第二の試練としてアルト・フェルゼニアス、その30分後に最終試練としてユウ、この両名に私の用意した者と戦って頂きますわ。負ければ当然命で償う事になると予め明言しておきましょう。あっさりと終わらぬよう、奮戦を期待致します》
邪気を感じさせない笑顔で締め括ると、クリスティーナは『浮遊投影』を一旦中断させた。
「では皆様方、私は準備がございますので一度席を外します。始まる前には戻りますわ」
「次からは戦闘のようだが、対戦相手は誰だ? ティアリング家の私兵か?」
ナターリアの直接的な質問にクリスティーナは笑みを深めて答えた。
「……それは秘密ですの。その方が殿下も楽しめると思いますわ。お任せ頂いた以上、最後まで私をお信じ下さいませ」
ナターリアが険のある目で睨んでも、クリスティーナはニコニコとそれを受け流した。一度言質を与えてしまっている以上、ナターリアにもこれ以上強硬に迫る事は不可能だ。
「……分かった、クリスティーナに任せよう」
「では失礼致します」
楽し気な歩調でクリスティーナが去ると、戻って来たハリハリは乱れた髪を掻き上げながら憮然とした表情で口を開いた。
「勝手にワタクシを救世主とやらにしないで頂きたいものですねえ。いくら強力な魔法が使えても、魔法無効化を受けていては無意味なのですから」
「クリスティーナに常識的な言葉は無意味でしょう。かの女はどうやらハリーティア様に偉くご執心の様子ですし……」
「……」
ナルハとセレスティが半眼でハリハリを睨むと、ハリハリは慌てて両手と首を激しく左右に振って否定した。
「じ、冗談じゃありません!!! あの方と懇ろになるくらいならベム君と一線を超える方がずっとマシですよ!!!」
「えっ!? ……は、ハリー様……その……ボクは……」
「ヒィィィィイ!? ほ、本気にするんじゃありません!!! 比喩です比喩!!!」
何故か顔を赤らめモジモジし出すベームリューにハリハリが更に激しく首を振った。昔から冗談が通じなかったが、こういう時くらい機転を利かせて欲しいものだと切に思う。
「ハリーティア様……ジュリアとは誰です? 一緒に修行とは、随分親しいようですが?」
「ジュリアは良い人間だぞ? 私の友達なんだ」
「姫様!?」
場が混沌として来た事に眩暈を感じつつもハリハリは強引に話題を切り替えた。
「そんな話は後でいくらでも出来ます! それより皆さんはティアリング家の事で何か知りませんか? あの様子だと、どうもユウ殿の予想したように相手がエルフでは無いように思えるのです」
「エルフでは無い? ……ナルハ、心当たりは無いか?」
「いえ、存じませんね。もしかしたら陛下なら知っていらしたかもしれませんが……ティアリング家は王家には協力的でしたし、悪い噂も特に……多少耳に入っているといえば、探索者達から何かを買い取っているという噂くらいです。かなりの高額に上るようですが、金銭の出所にも不審な点はありませんから詳しく調べてはおりません」
「幾つか研究所を持っていますね。探索者から買い取った品はそれらの場所で研究・消費されているようです。ボクも魔法開発を行っている研究所に招かれた事はありますけど、特にどうという事はありませんでした」
「研究内容が多岐に渡るとは聞いていましたが、貴族は皆多かれ少なかれその手の事業に金を出しています。ティアリング家は公爵家、その規模が他より大きい事に疑問はありませんでしたが……?」
各々の話にハリハリは腕組みをして唸った。分かった事といえばティアリング家が多くの分野の研究に手を出しており、それなりの金銭を投じているという事実だけだ。肝心の一体何をやっているかという点が全く分からない。
多分、昨日の時点で気付いていても何も分からなかっただろう。ハリハリの推測では大部分の研究は周囲に対する目くらましでしかなく、本命は巧妙に偽装しているはずなのだ。
だが、調査が一朝一夕で終わるはずもなく、その成果がこの話に繋がるなら調べるまでもなくこれから開陳されるのであり、主導権は完全にクリスティーナの手の中にあった。
(流石はシアを相手に渡り合ってきただけの能力の持ち主ですね。ワタクシが関わりたがらない事すら利用して意のままにしようという気ですか……)
クリスティーナが用意したのが新しい魔法か装備か戦力かはハリハリにも分からないが、人族を封殺するだけの自信がある事は間違い無さそうだった。そして、アルトや悠が死の間際まで追い込まれればハリハリはクリスティーナに助命を嘆願するしかない。クリスティーナはきっと渋る振りをしながらもそれを受け入れるだろう。しかし、その代償が安かろうはずがなかった。
アルトが追い込まれてバローや悠が手助けしても同じ事だ。試練達成が条件という大義名分がクリスティーナにある限り、ハリハリがそれに荷担すればアリーシアやナターリアがその責任を取らなければならなくなる。それらのしがらみがある以上、ハリハリだけはここから逃げる事は出来ないのだ。
結果として待っているのはエルフィンシードが滅びるまでクリスティーナと過ごす、互いに喰らい合う鮮血と背徳の日々である。それは死んでも御免であった。
「そういえば……」
そんな暗い思索に耽るハリハリに、ベームリューがふと思い出した事を呟いた。
「何ですか?」
「いえ、別に関係のない事だと思うんですが……10年ほど前にボクがお手伝いをしに行った時、クリスティーナさんが何かしら研究の手応えを感じた時に「早速お爺様に聞いてみて……」って呟いたんです。ボクがおかしいなと思って聞き返したら空耳ではないですのって誤魔化されてしまいましたが、今思うと酷く奇妙な台詞でした」
「確かに、それはおかしいな……」
すぐに同調したナターリアにナルハやセレスティも頷いたが、ハリハリにはその理由が分からず、首を傾げて尋ねた。
「何か変ですか? 普通の会話だと思うのですが……?」
認識の齟齬を感じたハリハリだったが、その疑問にはナルハが答えた。
「……ハリーティア様、ティアリング公爵家の祖父と呼ばれるべき者は百年も前に死去しております。そしてクリスティーナは公爵家現当主であり、敬称で「お爺様」と呼ぶような人物は身内以外に一人として存在しません」
突如浮かび上がった謎は、その場に重い沈黙をもたらしたのだった。
俄かにホラー風味。そしてBL風味(違)




