10-34 試練の時1
《さて……ここからは僭越ながら私クリスティーナ・ティアリングが司会を務めさせて頂きますわ。今回の試練は公平性を保つ為に私が準備を整えました。はっきりと申しまして、『六将』の方々であっても簡単には打ち破れない試練となったと自負しておりますの》
ニコリと笑って語るクリスティーナの背後のセレスティの眉間に皺が寄るが、隣のベームリューが肘でつついて首を振ると不満顔を引っ込めた。引き合いに出されるのは愉快では無いが、確かにそのくらいの難度が無ければ納得は得られないだろう。
《最初はハリーティア様に試練を受けて頂きたいと思いますが……実は、請け負ったはいいものの、我が家の者達はハリーティア様に弓引くような真似などとんでもない、そんな不敬な事は当主の命令であろうと出来ないと申しまして……私、それを嬉しく思いつつも困ってしまいました》
いきなり試練の筋書きを無視するクリスティーナに、ハリハリは苦い表情を浮かべた。どうやらハリハリの思惑を外す為なら手段を選ばないつもりらしい。
《ですが、ハリーティア様のお力を拝見しない事にはお話になりません。ですので、ハリーティア様には陛下以上の魔法使いであるという事を示して頂きたいと思いますの。……ご存知ですわよね、王位を継ぐべくアリーシア様が行ったアレを》
《……『崩魔壁砕』をワタクシに?》
《はい、あれが一番端的に力を示せると思いますの》
クリスティーナの肯定にシルフィードの街が揺れた。『崩魔壁砕』は王家の継承者が受ける試練の一つであり、これを特定数こなせない者は王位継承を許されないという、由緒正しき儀式であるというのがハリハリの中にある知識である。
内容自体は非常に単純で、試験官となるエルフ達が各々が得意とする防壁を張り、試練を受ける者はそれをどれだけ破砕出来るかを示す一種の力試しだ。その様子は国民にも開示され、力不足を晒せば王家として末代まで残る大きな恥辱になると言われている。
《ちなみにアリーシア様は王位に就かれるにあたり、歴代でも最高の12枚抜きを達成致しました。この時用いた『風塵衝』は確かハリーティア様考案の魔法でしたわね。それまでの平均が6枚程度であった事を考えれば驚異的な成果であると思います。流石はアリーシア様ですわね!》
《……しかし、王位継承に用いられる儀式をワタクシなどが行うのは不敬に当たりませんか?》
クリスティーナがどんな罠を張っているか分からないので、ハリハリは差し当たって問題になりそうな点を質したが、クリスティーナの答えは明快であった。
《国を離れていたハリーティア様はご存じないかもしれませんが、『崩魔壁砕』は探索者達の中では腕試しとして度々行われておりますのよ。それに、王位継承の試練以外に『崩魔壁砕』を行ってはならないという法はございませんし、年に一度の聖魔祭では国中から腕自慢が集って大会すら開かれています。民もこれを見た事が無い者は居ないと断言出来るくらい人気なのですわ》
ハリハリがチラリとナターリアを見ると、ナターリアも肯定の頷きを送った。いつの間にか由緒正しき儀式は娯楽の一つとして広まっていたようだ。民衆が沸いていたのも名高い大賢者がどれほどの魔法を使うのかに大いに興味があったからである。
《つまり、ワタクシに陛下ほどの成果を見せろと?》
《それでは足りません》
ハリハリの言葉をクリスティーナは笑顔で否定した。
《「陛下以上」の成果を見せて下さい。最低でも12枚以上抜かなければ人族の滞在許可は取り消し、法に則った対応をさせて頂きます》
法に則った対応、つまりは人族の無断入国であり、極刑が相当する。ハリハリが失敗した時点で悠達は試練を受けるまでも無く罪人になるという意味である。
《ちなみに、陛下の12枚抜きはこの200年破られておりません。探索者の中には10枚抜きを達成した凄腕もおりますが、『六将』の方々ですら5枚前後が平均です。……そうでしたわね、セレスティさん?》
《……その通りだ》
セレスティもこの余興に付き合って試した事があるが、その結果は5枚であった。しかし、光属性魔法の使い手としてはこの数は凄まじい結果と言っていい。光属性の魔法は単純な破壊力に乏しく、普通なら1枚抜くのが精一杯なのだ。それに、この『崩魔壁砕』は魔法使いの火力を試す試練であって、結果=魔法使いの実力を示す物では無い。セレスティ以上に抜けたからといって、彼女より強い魔法使いという事にはならないのである。
それでも『崩魔壁砕』の結果は分かり易く、民衆の中にはこの結果こそが魔法使いの実力のバロメーターであると考える者が少なくない。破壊に特化した『火将』である故オビュエンスは8枚抜きを達成し、『六将』ではアリーシアに次ぐ実力者と見做される事もあったが、それを封じられて死亡している。
つまり、魔法を封じられてなお生き残ったアリーシアと同等以上の実力を見せなければハリハリの実力も疑問視されるという事であった。
(強引な理屈ですが、全く根拠が無いと言えなくもありませんか。いつの間にか火力至上主義が蔓延っているのは嘆かわしい事ですが……)
ハリハリは魔法の火力こそが至上であると考えた事は無い。攻城魔法ならまだしも、特殊な敵でなければ必要十分なダメージを与えれば死ぬのだから、魔法は強く使うよりも上手く使うのが本道であると考えていた。アリーシアやセレスティも同じ様に考えているはずだが、魔法を深く知らない者達にとっては目に見える威力に心を奪われるのだろう。それを両立させていたアリーシアが絶対の尊敬を得ていた事も頷ける話である。
《分かりました。やりましょう》
《はい、では防壁はこちらで用意させて頂きますわ。直接ハリーティア様と対峙するのは畏れ多くても、そのくらいであればさせられますし。15枚もあればいいでしょう》
そう言って歩み出て来る者達はハリハリに向かって一礼すると練兵場に散っていった。
《使用する魔法に制限は?》
《ございませんが、防壁を維持している者達に傷を負わせる事は慎んで下さいませ。出来るだけ収束率の高い魔法の方がその危険は少ないでしょうね》
となると、精度の甘い『次元破砕砲』は使えないという事だ。アリーシアと同様に『風塵衝』を使うという手もあるが、ハリハリであってもアリーシア以上の威力を出すのは難しい。そして、目に見える形でアリーシアを上回らなければならないのなら、ハリハリも全力を振り絞るしかないだろう。
クリスティーナが頷くと魔法使い達が炎壁や氷壁などの防壁を展開する。その各種防壁の精度から、ハリハリは全員が一流の魔法使いであると見積もった。クリスティーナは一人の力ではハリハリに拮抗し得ないと判断し、多数の魔法使いでそれを補おうと考えたのだろう。それぞれの属性に特化した防壁は普通の魔法使いより強固であり、アリーシアと並ぶにはアリーシアの『風塵衝』の倍程度の威力が必要だとハリハリは瞬時に判断した。少々アンフェアだが、それを言い立てても自分の株を下げるだけと、ハリハリは息を吐く。やれと言うならばやるしかない。
《開始の合図から30秒以内に魔法を放たなければ失敗と見做しますのでお気を付け下さいませ……では、開始!》
クリスティーナの宣言で『浮遊投影』に全ての者達の視線が集中する。防壁の中には金属壁や光壁も混じっており、単一属性では突破し難いように作られていて、セレスティも6番目に設置されていた闇壁に阻まれた事を思い出していた。
(ハリー先生であれば破壊力のある複合属性の魔法もご存知だろうが、それでも陛下以上の火力を出せるだろうか?)
セレスティの記憶の中のハリハリは器用な魔法使いではあったが、力押しで制圧するタイプの魔法使いではなかったはずだ。状況に応じて使う魔法を切り替え、相手の対応力を飽和させるのを得意としており、セレスティもそれを自分なりに解釈して最速の光属性魔法による高速魔法戦を信条として『光将』になりおおせたのである。
そんな不安を抱いて他の者達の顔色を窺ったが、セレスティ以外の者達の意見は全く異なるようだった。
ベームリューは食い入るようにハリハリがやろうとしている事を注視していたが目に不安は無く、ただこれから起こる事を必死に目に焼き付けようとしていたし、ナルハやナターリアは表情に余裕すら見受けられた。
だが、最も奇妙なのはクリスティーナが一番不安を感じていないように見えた事だ。変わらぬ笑みを浮かべるクリスティーナはハリハリがこの程度でしくじったりしないという事を誰よりも信じているようであった。
そのセレスティの予測は正鵠を射ている。事実、クリスティーナはハリハリなら必ずやりおおせると信じているのだ。……そうでなければ自分がこれほど心を奪われるはずがないという狂人の理屈であったとしても、それは揺るぐ事は無い。
ハリハリは手にした杖を地面に刺し、両手を防壁に向けて構えた。……ハリハリもまた、この程度で諦める気は無かったのである。
《……ヤハハ、ジュリア殿との練習が無駄にならなくて良かったですよ。対ドラゴンの切り札のつもりでしたが、とくとその目に焼き付けなさい!》
ハリハリの『真式魔法鎧・改』がハリハリの魔力を受けて光を放ち始め、そこから感じる魔力にセレスティは目を見張った。
「やはり複合魔法! これは、3……いや、4種複合だと!?」
「こ、こんな魔法を一人で制御!?」
ハリハリの眼前に強力な魔力が渦を巻き、服や髪が乱されるが、奇跡を前にして見守る者達は声も無かった。
《『四方』……》
混ざり合う魔力が魔法として形成され、ドリルのような円錐を防壁に向け、
《『対極』……》
防壁を形成したエルフ達の自信が儚く崩れ落ち、
《『烈破弾』!!!》
ハリハリの大魔法が瞬時に防壁に突撃した。
《――――!!!》
様々な防壁と干渉し合う発光と大音響は『浮遊投影』の音声限界点を超過し、不協和音として耳鳴りをもたらし、見ていた者達は思わず目を背け――
音と光が収まって再び目を戻した時には、貫徹された15枚の防壁に空いた穴を見て微笑むハリハリの顔が映し出されると、やがて大歓声へと取って変わったのである。
ハリハリの修行の成果です。新しい鎧のお陰で暴発の危険性も少なく、個人使用出来るように仕様変更されていますが、『次元破砕砲』よりも目に見える魔法の難度としてはずっと上です。




