10-33 麗しのシルフィード12
「皆さん、これから私と兄で皆さんを練兵場までお連れしますので付いて来て下さい」
部屋で待たされていた悠達はミルヒの言葉で試練が始まるのだと一斉に立ち上がった。
「練兵場か……てっきり俺ぁ観客席もある闘技場みてぇな場所で戦うのかと思ってたがな。民衆には見せねぇのか?」
「見せますよ。ただ、直接では無いと言うだけの事です」
「付いて来れば分かる」
言葉少なに踵を返すロメロにミルヒも従うと、悠達もその後ろについて歩き出した。
「アルト、調子はどうだ?」
「いつもと変わりません。……いえ、少し緊張しているかもしれませんが……」
「全く緊張してないなんて言っても信じねぇよ。……まぁ、ユウに限ってはしてねぇだろうが……」
「ああ、していない」
「わざわざ言うなっての……」
本当にいつもと変わらない悠にバローが溜息を吐くが、先を行くロメロが視線を前に向けたまま背後の悠に話し掛けた。
「……どうしても駄目だと思ったら命乞いでも何でもする事だ。我らも一緒に助命嘆願くらいしてやろう」
「そんな事をしてタダで済むとは思えんが?」
「当り前だ! ……だが、お前達には恩……借りがある。それを返さぬまま死なせてはシュトーレン家は忘恩の輩と成り下がるのだ!! そんな事は我が誇りが許さん!!」
足音荒く歩き続けるロメロだったが、あくまで悠達が心配だから言っているのではなく、家風として忠告しているのだという体を取った。その内心は透けていたが、ナルハの部下だけあって性根は悪くないらしい。
「そうですね……命の借りは命で返すのが筋でしょう。もしかしたら身分も取り上げられて路頭に迷った挙げ句、国を追い出されるかもしれません。それは少し困りますので頑張って下さい」
「少しで済ますには重い話ではないかなぁ……」
「そうなったら髭の領地で匿って貰えばいい。そのくらいの余裕はあるだろう」
「あのなぁ……事ある毎に犬猫みてぇに拾って来たらレフィーにまた怒られるだろうが!」
「「領地?」」
情けないバローの台詞では無く、シュルツの言葉にミルヒ達は反応したが、バローは手を振って誤魔化した。
「何でもねぇよ! ……ってか、そんな重いモンはいらねぇから、無事に済んだらメシでも食わしてくれ。酌をしてくれるってんなら尚いいな」
「ほ、誇りあるシュトーレンの屋敷に人族を招くのか……!」
考えただけで胃が痛いと言わんばかりにロメロは胃を押さえたが、妹であるミルヒはロメロの言葉を曲解したりはせず、正確に読み取っていた。
「兄も招く事に異論は無い様ですし構いませんよ。酌は……した事はありませんが、人族のお話をしてくれるならいいです」
「よっし、決まりだな! アルト、予定変更だ。街には明日繰り出そうぜ!」
「僕は行くって言っていないんですが……」
アルトの肩を揉みながら上機嫌に喋るバローが自分の緊張と解す為に言っているのだと理解していたアルトはそれでもいいかと苦笑した。良く出来た人間と言ってもアルトもまだまだ好奇心が盛んな年頃であり、エルフがどんな生活を送っているのかには大いに興味があったのである。
練兵場に近付くにつれ、エルフ達とすれ違う事も増えてきたが、大抵のエルフ達は蔑んだ瞳で悠達の事を見ていた。陰口や失笑も聞こえるが、そんな物で悠達が恐れ入るはずもない。
「フン……言いたい事があれば面と向かって言えば良かろうに、エルフの男の女々しい事この上ないな。人族相手に正面から物申す事も出来んか」
「言ってやるなシュルツ、去勢された枯れ木相手に怒っても空しいだけだぞ? まぁ、女としては物足りないがね」
「そう思えばロメロはまだ芯があるよな。お前さん、中々いい男だよ」
「ざ、戯言を抜かすな!!」
そう言って顔を赤くするロメロはやはり可愛げがあると言えるだろう。口では馴れ合いを拒否しても、その態度は既に心を許し始めている者のそれであった。
特に声を潜めている訳でも無いシュルツやギルザードの言葉に自尊心の高い者達は殺気立ったが、悠がそれに倍する殺気を視線に込めると慌てて顔を背けた。
そんな兵士達の中で、悠達に蔑みを向けない者達も存在した。目が合うと軽く目礼すら返す彼らは『水将』軍の兵士達だ。
「……何だよ、道理の分かる奴らも居るじゃねぇか」
「私達だって命を助けられて何も感じない生物ではないという事です。……あなた方に救われた者の全てでは無いにしろ、感謝の念を抱いている者はちゃんと居ますよ。エルフは確かに排他的かもしれませんが、それは認めた相手には敬意を払うという事でもあるんです」
「この国に居たいと思うのなら、自らの力で居場所を勝ち取ってみせろ」
ミルヒとロメロの励ましにも聞こえる台詞に悠は頷いた。
《……私はナターリア・ローゼンマイヤー国王代理である。既に触れが出ていると思うが、我らが国王アリーシア・ローゼンマイヤー陛下はドワーフの恐るべき新兵器の前に傷を負われた。幸い命に別状は無いが、回復までしばし時間を要する傷だ。しかし、ドワーフの侵攻は待ってはくれぬ。『火将』オビュエンスと『闇将』ジャネスティが戦死し陛下が療養中と軍の戦力は半減した……が、民よ、恐れる事なかれ! この国難にエルフなら誰もが知る、あの方が戻られた! あの大賢者、ハリーティア・ハリベル様である!!!》
空中に投影される映像が(『浮遊投影』という魔法である)ナターリアから隣のハリハリを捉え、シルフィードの各地にハリハリの顔を送った。死んだはずの大賢者帰還の報に、民衆の驚きは瞬時に頂点に達する。
《どうも、ハリーティア・ハリベルです。初めましての方は初めまして、昔なら知っている方々はお久しぶりです。世間ではワタクシは死んだ事になっていたと思いますが、実際はこうして生きています。……もうワタクシの力など必要無くなったと判断して国を離れておりましたが、どうやらそういう訳にもいかなくなったようで舞い戻って参りました。ですが、皆様の中にはワタクシが本物のハリーティアか疑う方もいらっしゃるでしょう。それに、今回の帰還に際しワタクシは罪を犯しました。陛下を救出する為とはいえ、人族をこの国に引き入れました。これはワタクシのこれまでの功績を勘案しても百年ほど牢に入れられても仕方のない大罪と言えましょう》
尊敬する賢者の罪の告白に民衆は困惑するが、ハリハリは弾劾の言葉が上がる前に先を続けた。
《しかし、エルフは変革の時を迎えたのだとワタクシは確信しております。今、世界は大きな破局への流れの中にあるのです。もし今回、エルフが人族と多少なりとも交流を持っていれば今回の敗戦を免れたでしょう。もはや一国だけでその流れに抗う事は出来ないのです。ドワーフの新兵器はエルフから魔法を失わせる恐るべき力を持ち、その再侵攻まで一月あるかどうか……皆さんはそれに抗う策をお持ちですか? 魔法も使えず矢も通用しない相手と戦う術をお持ちですか? もし精神論以外で具体的な対策をお持ちであれば是非とも申し出て頂きたい。ワタクシは喜んで拝聴致します》
具体的なタイムリミットと脅威を示されると、反感を抱いていた者達もその意気は萎えていった。魔法が使えないとは、エルフにとってそれだけ衝撃的かつ屈辱的な事なのである。
一旦強い言葉で反論を封じ、ハリハリは更に言葉を続けた。
《そこで先ほどの話に戻りますが、ワタクシが禁を犯してまで彼らを連れ帰ったのは、彼らにその力があるからです。罪を犯す事に尻込みしていれば、エルフィンシードは偉大なる女王を失う事になったでしょう。そして遠からずワタクシは亡国の報に悔いた事でしょう。それを看過するくらいなら、ワタクシは喜んで罪人と呼ばれましょう。そう心から思えるくらいには、ワタクシは生まれ故郷であるエルフィンシードを愛しているからです》
ハリハリの言葉に静まり返るシルフィードにハリハリの言葉は独白のように響き渡った。
《しかし、その力を見た者は未だ一部に過ぎません。ならば示しましょう。これから行われる試練を乗り越える事が叶ったならば、皆さんにも少しだけ理解して頂きたいのです。ワタクシの言っている事がただの理想論では無く、現実的に即した対応であると。人族にもエルフに手を差し伸べてくれる者達が居るのだという事を……。国賓として扱えなどとは望みません。ですが、この国に滞在している間はせめて対等な存在として扱って頂きたい。それだけがワタクシの望みです》
《……彼らは陛下の救出を助けた功績があるゆえに今日限りの客人としての扱いを許した。その功績を無視して法に拘るのはエルフの信義に悖ると私は思う。この上は自らの力で道を切り開く機会くらいは与えても構わんだろう。それを受け入れられないというのは狭量に過ぎる。大賢者たっての願いとなれば尚更だ。……もし彼らがここで倒れるならばそれまでの事、ハリーティア様はその時でもお力をお貸し下さると確約されている。諸君にはその生き証人となって貰いたい。今、人族がどれほどの力を持っているのかが分かるだけでも収穫になろう。国王代理として、私はここに試練の開催を告げ、これを見事に果たしたならば人族の滞在を許可する!!》
ナターリアに従っていたナルハ、セレスティ、ベームリューら『六将』とハリハリが頭を下げ同意の旨を知らしめると、反感と納得は均衡し、民衆は試練の結果に従うべしという空気が醸造され始めた。未だ王家と軍部に強い権力があった事もそれを後押ししたに違いないが、ハリハリやナターリアの語る内容に心を動かされた者達も確かに存在した。
こうして、危ういながらも試練の開催は成ったのである。
ちょっと演説が長くなりました。次回からはハリハリが頑張ります。




