10-32 麗しのシルフィード11
「……いくら公爵といえどこちらには姫様を始めとして『六将』の内の3人が揃っているのだし、このような茶番は反故に出来ない?」
「それは無理だな。この試練は姫様も了承済みの事。実際問題、内外に存在と力を知らしめておかなければハリーティア様はともかく人族が国内で活動する事は難しい。姫様はこれを機に人族との伝手を作っておきたいとお考えだ」
「……気が乗らないわ」
セレスティの率直な感想にハリハリは苦笑を浮かべた。
「エルフだけではシアを救い出す事は叶いませんでした。危険な戦場に飛び込み、尚且つそれを成し遂げた彼らに何の報いも無いのではエルフの器量が疑われます。力を示す機会くらいは与えられても良いとは思いませんか?」
「それだけの力が人族にはあると?」
「あります。今回連れてきた方々は人族の最高峰と言っても過言ではありません。魔法ありで戦っても『六将』に引けは取らないでしょう」
ハリハリの評にセレスティの眉が寄る。
「百年も生きられない人族が我らに並ぶと?」
「はい。特に彼らのリーダーであるユウ殿の実力は一騎当千、万夫不当と言うに相応しいものです。本気でやり合えばここに居る全員で掛かっても一分保ちません」
セレスティとベームリューはとても信じられないという表情だったが、ハリハリとナターリアは当然としてそれを受け入れており、ナルハも薄々そうなるだろうとむっつりと黙り込んだ。
「俄かには信じられませんが……」
「だからこそその目で見て頂きたいのですよ。そして、もしそれに相応しい技量を示したなら彼らを受け入れて欲しいのです。……エルフは少々閉鎖的に生き過ぎました。それでは世界の変化についていけません。事実、こうしてドワーフに歴史的な大敗を喫してしまいましたしね」
今回の戦争でエルフが被ったのは単なる大敗という範疇では語れない、巨大な損失である。最強のエルフの女王として長年君臨して来たアリーシアの敗北と『火将』『闇将』の戦死、軍の半壊はエルフ達に亡国の危機を強く意識させていた。その原因はミザリィにあるが、もし人間と交流を持っていればこの事態はいくらか軽くする事が出来たであろうし、情報不足のままアリーシアが戦場に赴く事も無かったであろう。全てはエルフの排他性が招いたのである。
「ここに居る者達はハリーティア様の薫陶を受けた、私がこの国で最も信頼する将だ。だからこそ皆の協力が欲しい。陛下が目を覚ましたら叱責を受けるかもしれんが、それまでに私はエルフィンシードをもっと開かれた国に変えて行きたいと思う。我々は人族を見下して来たが、その驕りが敗戦を招いたとなれば意識を変えて行かなければ生き残れない」
「ワタクシも別に人族に下手に出ろと言いたいのではありません。ただ、手を取るに足ると思える者とそうではない者の区別は付けましょうと言いたいのです。彼らは陛下をお救いする事で善意を示しました。この上で力を示したなら、それは手を取るに足る者達だと思うのですよ。どうかその目で見極めて下さいませんか?」
「「……」」
セレスティとベームリューは2人の言葉に考え込んだが、先に口を開いたのはベームリューであった。
「……姫様とハリー様がそこまで仰るのなら、ボクはご協力しても良いと思います」
「ベームリュー!?」
思わず詰問口調になるセレスティだったが、ベームリューは首を振った。
「セレスさん、たとえボク達が一緒に付いて行っていたとしても陛下をお救いする事は叶いませんでした。単に死体の数が増えただけです。正直に言って、ボクは魔法を封じられてはドワーフどころか普通の人族と戦っても勝てる気はしません。ですがボクも『土将』、この国を守る為に力を尽くさねばなりません。その為ならば長年の鎖国を解いて人族と交流を持つのも一つの手段です」
「だが、人族の寿命は短い。今は手を携えられても数十年もすればまた野心を持った者達がエルフを脅かすかもしれないのだぞ!?」
「未来の危険を謳っても今ここにある危機の対応にはなりませんよ。セレスさんの言う通りになるかもしれませんが、ならないかもしれない。先の事なんて誰にも分かりません。少なくとも、ボクは今この国が滅びない様に手を打つだけで精一杯です。ですが、ボク達には人族と比べ物にならないくらいの長い寿命があります。この危惧を覚えておき対策を講じる事が出来るはずです。要は、ボクらがしっかりしていれば良いとは思いませんか?」
「……っ」
現状を打開する案の無いセレスティに反論する事は出来なかった。そもそもセレスティが受け入れ難いと感じているのは人族に対する先入観でしか無く、何ら論理的な理由では無いからだ。
「それに……」
ベームリューは悲しみを込めた瞳でハリハリの方を向いて呟いた。
「ボクは、今度こそハリー様のお力になりたいのです。力不足で頼り甲斐の無いままハリー様を失望させるような事は二度としたくはありません」
「……」
ベームリューの真摯な言葉はセレスティよりもむしろハリハリに突き刺さっていた。エルフの国を出た事は無駄では無かったが、それと引き換えに多くの仲間達の心を傷付けたのだとハリハリは自覚せざるを得なかった。
「セレス殿、あなた方を傷付けたワタクシがお願いなど出来る立場では無いのですが、せめて彼らを見てから結論を出しては貰えませんか? 彼らはただ強いだけでは無く、信頼に値するのだとあなたにも知って欲しいのです」
だからハリハリには知謀では無く誠意でセレスティに願う事しか出来ない。言葉でやりこめたり権力で従わせても、それが信頼に繋がらない事を知っているからだ。
長い沈黙の末、セレスティは引き結んでいた口を開いた。
「……分かりました。全てはその人族を見てから判断致しましょう。しかしこれは決して人族を認めたからではありません。ハリー先生、あなたを信じているからだと心得ておいて下さい。そして、二度も機会は無いという事も」
「セレス殿、ありがとうございます!!」
立ち上がったハリハリがセレスティとベームリューに歩み寄り、それぞれの手を握って喜びを露わにするとベームリューは同じように喜んだが、セレスティは複雑な表情を浮かべ赤面して顔を逸らした。
「ま、まだ協力すると決まった訳ではありません!」
「いいえ、セレス殿はきっとワタクシ達に協力して下さいますよ。自分の事で確かな事など殆どありませんが、彼らは必ずやセレス殿の信頼を勝ち取ります。そうでなければエルフィンシードに連れてきたりはしません」
やけにはっきりと自信を持って断言するハリハリの言葉は、何故かセレスティの心に強く残ったのである。
「と、いう訳で軍部は味方に付けられたと思って頂いてかまいません。後は恙なく試練をクリアすればティアリング家も口出しは出来ないでしょう」
「そりゃ結構な事だが、貴族はどうなんだよ?」
バローは自身も貴族であり、その力を過小評価してはいなかった。あくまで人族排斥すべしという流れになれば、後々までその影響は尾を引くだろう。
しかし、ハリハリは首を振った。
「エルフィンシードは王家の力が最も強い国ですからね。ナターリア姫では若干影響力が落ちるのは否めませんが、文官より武官の方が格としては上です。エルフの尊ぶ魔法も弓術も武に属するのが最たる理由ですが、単純に戦時だからという側面もあるでしょう。その最高位である『六将』が王家に賛同しているなら貴族も逆らいません。『六将』は爵位と領地を持つ貴族でもありますし、影響力も大きいのですよ」
「そうか……それを聞いて安心したぜ」
つまり、力を示せば当座の問題は解決するという事だ。実際には細かな問題はあるだろうが、国の上層部が認めている以上、客人として法に守られるのである。
「ハリハリとユウは問題ねえだろうが、問題はアルトだ。……ユウはハリハリ以外の相手がエルフじゃねえんじゃねぇかって疑ってるぜ?」
「エルフじゃない?」
その予想はやはりハリハリの予想の範囲外だったようで、ハリハリは顎に手を当てその可能性を検証し始めた。
「……いえ、エルフィンシードでエルフ以上の戦力が居るとは思えませんが……」
「ユウもそれには異論は無いし、可能性としてはエルフの魔法上手が出て来る方が高いとは言ってたが、クリスティーナとかいう女の言動が臭うんだとよ。あの陰険毒舌野郎で慣れてるユウの予測だ、結構真実味はあるんじゃねぇかな」
「む……」
雪人という希代の参謀を持つ悠の予測はハリハリにも無視出来ない重みを持っていた。だが、ハリハリはクリスティーナを苦手とするあまり、その情報収集の密度が薄かった点は否めない。
「……ユウ殿は何と?」
「それでもアルトは乗り越えるってよ。どんな奴が相手でも戦えるくらいには鍛えたはずだって言ってたな」
「それは……流石ユウ殿は剛毅ですね。いや……」
そうではない。教え子を、アルトを信じているのだ。だからこそ危険を伴っても動じないのだろう。
だが、教え子を信じているのは悠だけでは無い。立派に成長したセレスティやベームリュー、ナルハをハリハリも信じているのだから。アルトはそこに付け加えても何ら遜色の無い、自分には過ぎた教え子である。
「……遅いかもしれませんが、ワタクシの伝手で探っておきますよ。アルト殿には決して無理をしないように言っておいて下さい」
「ユウには?」
軽く笑って尋ねるバローに、ハリハリもようやく表情を緩めて答えた。
「ユウ殿の心配をするくらいなら自分の心配でもしますよ。では、しばらく別行動ですが宜しくお願いします」
「おう、任せとけ」
拳と拳を軽く打ち合わせ、バローとハリハリはそれぞれの場所へと戻っていった。
――試練の時は迫る。
次回からは動きが激しくなるかと。




