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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-29 麗しのシルフィード8

その日の深夜。王宮に向け姿無き闇の住人達が密かに迫っていた。


彼らはグレンデール家に所属する暗殺懲罰部隊である。私兵の中でも特に優秀な者達を選出し、更に『透明化インビジブル』に適性が高い者で構成された彼らの姿は誰の目にも映らない。影もなく音もなく任務を成し遂げる彼らは『幽霊部隊ファントム』と呼ばれエルフの間で恐れられていた。


当然、裏の仕事を任務とする彼らが動いているという事は相手が居るという事になるのだが……。




「レクサ、あの人族共を殺せ!! 特に髭面と黒髪の男は死体を五分刻みにしろ!! 礼儀を知らぬ蛮族に死をもって償わせるのだ!!」


彼の主人であるケストラーは王宮から帰った途端に烈火の如く怒り狂い、使用人達を殴っても発散出来ない怒りを『幽霊部隊』に吐き出した。この怒りを明日まで持ち越すなど、短気なケストラーには不可能であった。


『幽霊部隊』の長であるレクサは内心でケストラーの器量不足を嘆いたが、口に出しては慇懃に諭した。


「……しかし、形の上では殿下の客人である人族共を殺してはケストラー様に疑いの目がいくのではありませんか? せめて明日の夜以降を待つべきでは……」


「だからどうした!? 陛下ならまだしも何故俺があの小娘の顔色を窺わねばならんのだ!! 賢しらな事を言う間があったらさっさと動け愚図が!!」


顔を裏手で叩かれたレクサは口の端から一筋の血を垂らしながらも恭しく頭を下げた。


「……畏まりました、早速準備にかかります」


「最初からそう言えばいいのだ!! 奴らは王宮端の客間に纏められている、証拠は残すなよ!!」


言うだけ言って、ケストラーは足音高く部屋を出て行った。おそらく怒りを静める為に女でも抱きに行ったのだろう。


無表情に血を拭い、レクサは背後に控える部下達を振り返った。


「聞いての通りだ、王宮客間の人族を殲滅する。王宮に火が回っては不味い、装備、戦闘プランは室内戦を想定しておけ」


「……レクサ様、たとえ人族だとしても王族の客人に手を出せば我々もただでは済みません! ケストラー様は怒りに我を忘れているようですが、証拠が無い暗殺こそ我らが動いた何よりの証明となります。最悪、任務に成功しても我々は切り捨てられる事も……」


「言うなトゥリス、孤児だった我らを拾ってくれた先代の恩に報いる為にも、ケストラー様のご命令には逆らえん……最後の任務になるかもしれんが、だからこそ失敗は許されないと思え。まぁ、相手が人族ではお前達も拍子抜けだろうがな」


薄く笑って場の空気を変えようとしたレクサだったが、艱難辛苦を共にしたトゥリス以下の者達はレクサがこの任務の成否に問わず死を覚悟しているのだと悟っていた。失敗すればケストラーの気性からして許すはずが無く、成功しても『幽霊部隊』の仕業と知れればケストラーはレクサをナターリアに差し出しこの男の独断でしたとでも釈明するだろう。だからこそトゥリスは暗にレクサに不服従を仄めかしたのだが、レクサに命を惜しむ気はないようだった。


レクサは裏の仕事に従事する身でありながら、いや、だからこそ主人との間には信頼関係が必要だと考える。有用であれば有用であるほど疑念を抱かれるのが裏という仕事であり、金や権力に仕えていれば裏切りを警戒され、いつかは見限られるからだ。その点先代当主は聡明で義を解し、幼稚な激情のままにレクサ達を用いる事は無く、レクサもそれに応え職務に精励する事が出来た。


しかし、先代が急逝しケストラーに代替わりしてその関係はただの雇用主と雇用者という無味乾燥なものに変質した。先代から詳しい事を聞く前に受け継いだケストラーは『幽霊部隊』を単なる力としてしか見ておらず、汚れ仕事に従事する彼らを見下していたのだった。


以来、『幽霊部隊』はケストラーが気に食わない者を痛めつけ、或いは抹消する暴力機関に成り下がった。心得違いのエルフを懲罰する部隊として畏敬を集めていた彼らの名声は地に落ちたのだ。


レクサは自分一人ならばその悪名に耐えられたが、苦楽を共にした部下達までが同じように蔑まれるのはこれ以上耐えられそうになかった。


(この上は『幽霊部隊』の長としての責任を果たすまで。我らの正体が白日の下に晒されればケストラー様は『幽霊部隊』の解体を余儀無くされよう。俺が捕縛され、処刑される前に洗いざらい話せばそうせざるを得ん。『幽霊部隊』の名はこのレクサと共にあの世に持って行くべきなのだ……)


既に万一返り討ちにあった時の為にそれを証明する書類は密かに用意してあった。それを示唆するヒントとなる物を持っていれば死体となっても伝えられるだろう。そこには自分以外のメンバーの助命嘆願も添えられている。


最後の相手が人族になるとは思っていなかったが、エルフほど魔法に精通していない彼らは何も分からぬまま死ぬ事になるだろう。エルフを懲罰する立場であったレクサは人族に対する嫌悪感をあまり持っておらず、自作自演に付き合わされる彼らに申し訳なさすら感じていた。


(俺もすぐに行くから恨まんでくれ。部下と人族を天秤にはかけられんのだ……)


心の中だけで詫びを入れ、レクサは最後の任務を開始したのだった。




王宮の守りは普段よりもずっとお粗末な物であった。アリーシアと共に戦争に赴いた精兵達の多くは永遠に帰らぬ者となり、深刻な質の低下を招いていたのである。僅かに残った優秀な兵士達はまず何よりもアリーシアとナターリアを重点的に守らざるを得ず、その結果ただの客人である悠達の護衛に手が回らなくなったのは当然だった。


よほど鋭い者でも『透明化』を行使した者を見つける事は困難だ。接近戦が得意では無いエルフだが、この魔法の開発によって幾多のドワーフの古強者達を至近距離から屠って来たのである。


(その開発者たる大賢者ハリーティア・ハリベル様の客人をこの魔法で襲うというのは皮肉としか言いようがないな……)


王宮の外れにある客間の部屋までは拍子抜けするほどにあっさりと到達する事が出来、見張りも無く、冷遇されているとしか思えない人族に対して感じる憐憫をレクサは軽く頭を振っておいやった。


(流石に偽善が過ぎる。今から死んで貰う者に情けは無用)


手を繋いで互いを確認しているレクサは前進の合図を送ると速度を揃えて窓に接近し――




「客人を訪ねるには遅い時間だと思うが? それに、ここには一応だが淑女レディも寝ているのでね。時間を改めるのが礼儀ではないかな?」




届いた声にレクサは急停止の合図を送りその場で姿勢を低くした。まだ見つかったと決まった訳では無いのだ。ほんの少しの違和感にカマをかけている可能性も捨てきれない。


が、その声の主はそんな希望的観測をあっさりと打ち砕いた。


「1、2、3、4、5……一人一殺という訳か。ハリハリは護衛付きの豪華な部屋で寝ているから襲えないだろうし……まぁいい、どうしてもやるというのなら私が相手になるよ」


部屋の窓が開き、鎧姿の騎士がヒョイと外に降り立った。一体どのような体術か鎧の性能かは分からないが一切金属音をさせずに降り立った騎士にレクサの頭に警告が閃く。


(……これが人族? バカな、そんなありきたりの実力の持ち主では無いぞ!)


「ん……いつまでも手を繋いで仲が良さそうだが、もしかして姿を消して月夜の散歩していただけだったかな? 生憎、エルフの流儀には詳しくなくてね、邪魔をしたなら謝るよ。……だが」


左手で鞘を掴み、左右にゆっくりと開いて行くと騎士の手は長大な大剣グレートソードを抜き放っていた。


「もし戦う気ならここにエルフの死体が5つ出来上がる事になるぞ! なに、運が良ければ私と同類になれるかもしれないさ。このギルザードのようにな……!」


鞘を捨て、空いた手で兜を掴んでそれを外すと、そこにはあるべきはずの頭部が存在しなかった。虚ろな鎧の穴から瘴気とも言うべき背筋を凍らせる気配がその場に充満し、レクサは握っている部下達が恐怖で震えているのを感じ後ずさった。


(デュラハンだと!? 何故こんな所に……誰かが使役しているのか!?)


古戦場や廃城、またはダンジョンなどで稀に出現するデュラハンは『幽霊部隊』でも手に余る難敵だ。不死者アンデッドである為に疲労や睡眠、痛みとは無縁で、大抵は魔力を帯びた硬い鎧を身に纏っている。そして鎧を着ていながらその動きは俊敏かつ強靭であり、魔法攻撃にも物理攻撃にも高い耐性を持っていた。しかもこの個体は普通なら気付くはずのない自分達の『透明化』を見破ったのだ、普通のデュラハンよりも遥かに格上だと判断するしかない。少なくとも『透明化』を維持したままナイフで突いたりした程度で勝てる相手では無かった。


やむなくレクサは『透明化』を解除し一歩前に踏み出した。


「レクサ様!」


「トゥリス、お前は他の者達を連れて逃げろ……どうやら相手をただの人族と侮っていたのは俺達だったようだ。何ともしまらない最後だが、愚鈍な長のせいでお前達を道連れには出来ん。時間は俺が稼ぐ」


「駄目です! 逃げるならレクサ様が先に決まっています! 皆、足止めを!」


「「「はっ!」」」


「馬鹿な、こんな所で死んでどうなる!? 退けと言ったら退け!」


「嫌です! レクサ様は死ぬつもりでしょう!? こんな物まで用意して……!」


トゥリスが懐から取り出した書類を見てレクサはギョッとして目をを剥いた。そこにあるのは自分が告発の為に用意した書類だったからだ。


「ど、どうしてそれを!? 中身を見たのか!?」


「拝見致しました。……レクサ様、親の無い我らですが、だからこそ仲間だけは大切にしていこうと誓い合った仲ではありませんか。レクサ様を犠牲に生き残って我らが幸せだとお思いですか? それならいっそ一緒に死ねとお命じ下さい。エルフの国の大事にも拘わらず、このような下らない暗殺を命じる恥知らずな主に仕えるのはもう嫌です!」


「っ!」


姿を現したメンバー達はトゥリスの言う通りだとレクサを見つめていた。誇りの無い暗殺任務に辟易していたのは皆同じだったのだ。


「……済まん、俺が不甲斐ないばかりにお前達まで……」


レクサはナイフを仕舞いトゥリスから書類を受け取ると、剣を肩に担いで成り行きを見守っていたギルザードに歩み寄った。


「下らない茶番を見せて申し訳ない。しかし、あなたは問答無用で我々を排除しようとしなかった。使役者の意向かあなた自身の考えかは分からないが、この上はあなた方と矛を交えるのは無意味と判断し投降しようと思う。受け入れてくれるだろうか?」


「いいのか? 力を合わせて戦えば私くらいは倒せるかもしれないぞ?」


ギルザードの挑発的とも言える言葉に、レクサは苦笑して首を振った。


「忍んで戦えば『六将』であっても後れを取るつもりはないが、『透明化』を簡単に見破るデュラハンと接近戦をして勝てるとは思えないな。そんな不確かな戦闘を部下に強いる訳にはいかない」


「……だそうだよ、ユウ」


「ああ」


レクサ達の背後に呼び掛けたギルザードの声に応える者に、今度こそレクサ達は今日一番の驚愕を味わった。そこには指に5本の投げナイフを携えた悠が鎮座していたからだ。


「い、いつの間に!?」


レクサは一度もギルザードから視線を切らしてはいない。つまりはその背後にある窓から他に誰かが飛び出して回り込む暇など無かったはずなのだ。しかし、現実としてレクサ達は回り込まれ、既にその生殺与奪は相手の手中にあった。


「ギルザード、ミルヒかロメロを呼べ。あの2人なら信頼出来る。ナルハに任せれば悪い様にはせんだろう。主を見限ったのならいっそ王室のお抱えにでもするのが安全かもしれんな」


「任されたよ。……全く、寝ていていいと言ったのに……」


鞘を拾って嘆息したギルザードは剣を納めると再び物音一つ立てずに窓から部屋へと戻って行き、残されたレクサはナイフを仕舞う悠に問い掛けた。


「我々を殺さないのか? こちらは君らを殺すつもりで来たのだが……」


「殺されたいのか?」


「無論そんなはずは無い。だが、俺の命くらいは必要になると思ってはいたんだ。成功しても失敗してもな」


正直に語るレクサの目を見ながら悠は言葉を返した。


「主への忠心と妄信を取り違えないだけの器量のある男を無為に殺せんよ。今のエルフで戦闘に長けた者は貴重、以後は良き主に仕える事だな」


「そうか……」


やはり自分はどこかおかしいのかもしれない。エルフであり主人であったケストラーより、今日初めて出会い殺そうとした人族の方に共感を抱くとは。


だが、不思議とそれは嫌な気分では無かった。


「……皆、俺の我儘だがその命を預けてくれ」


「今更ですレクサ様、我らの命は最初からレクサ様にお預けしております。如何様にもお使い下さい」


そうして深夜の襲撃は一人の死者も出す事無く終息したのだった。

無能な主は見限られるんですなぁ……。

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