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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-28 麗しのシルフィード7

会食が終わり、部屋に戻ってからの一幕。


「……ハリハリよぉ、お前あんなのが居るんなら言えよ!!」


「ワタクシだって忘れていたんですよ!! こっそりパイに自分の小指を混ぜて食べさせるような女性の事くらい忘れさせて下さい!!」


ハリハリの言葉に神経が太いはずのバローも流石に鼻白んだ。


「はあ!? ……マジでイカレてんじゃねぇか……」 


「詳しく話すのは本当にご勘弁願うとして、重要なのは頭の回転という点においてクリスティーナはシアと渡り合えるほど優秀だという事です。今回口を出したのは貴族同士で連携してという訳では無く、単にワタクシに対する嫌がらせでしょう。そういう個人的欲求で動くタイプなんです。エルフが滅びるとかクリスティーナにはどうでもいいんですよ」


「頭のいいバカかよ、最悪だな……」


「しかもシアが表に立てない今、その発言力は王家に匹敵します。敵に回したくはありませんが、味方にもしたくありません」


青い顔で愚痴るハリハリに一同は黙り込んだが、悠はそれに構わず事実だけを取り上げて口を開いた。


「だが、口に出した事を翻すタイプの女では無いと見た。上位貴族の言質はそれだけ重かろう。これを乗り越えれば少なくとも協力関係を築く事は出来るはずだ」


「アルトを戦わせる気か!?」


バローが声を荒げるが、悠はアルトと視線を合わせて問いかけた。


「……アルト、どうするかはお前が決めろ」


「やるこたぁねーぞアルト!!」


「僕は……」


バローが自分が強く制止した事こそが、逆説的にアルトの答えを悟っているのだと理解していた。そして、やはりそれはその通りになった。


「……バロー先生、せっかく心配して頂いたのに申し訳ありません。ですが、僕は自分の言葉を証明する為に受けようと思います。どうか僕の我儘を許して下さい」


「っ! お前はそういう奴だよこのクソ真面目がっ!!!」


一点の曇りも無いアルトの瞳にバローは整えていた頭を掻き毟り、アルトの胸倉を掴み上げた。


「お前をここでボコボコにしてしばらく動けなくしてやってもいいんだぜ!?」


「それでも、僕は出ます。バロー先生が怒るのも当然ですから殴られても構いません」


「このっ……!」


振り被ったバローにアルトは全てを受け入れて目を閉じたが、予想していた衝撃が訪れる事は無く、しばらくしてトンとアルトの胸にバローの拳が添えられ、アルトが目を開くと苦り切ったバローの顔が正面にあった。


「…………お前は普段はこれ以上無いくらい物分かりがいいってのに、こういう時はユウ並に聞き分けが悪いよな……」


たとえアルトを動けなくなるまで痛めつけても、それどころか腕を斬り落としてもアルトが意見を変えないと、説得を諦めたバローが手を放すとアルトはもう一度無言で頭を下げた。


「分かった、もう「今は」止めねえ。……だが、一つだけ言っておくぜ。俺はお前が死にそうだと判断したら誰が何と言おうと止めに入るからな!? 邪魔する奴ぁ全員ブッ殺してでもお前をミーノスに連れて帰るぜ!! そうなりゃエルフとの友好関係なんぞご破算だろうが知ったこっちゃねえ!! 覚悟しとけ!!!」


「はい!!」


限定的なバローの許可にアルトは満面の笑みで応え、バローは踵を返すと悠の胸をアルトの時よりも強く叩いた。


「ユウ、俺はマジだぜ。俺にとっちゃエルフ全員よりもアルト一人の方がずっと重いからな?」


「俺はアルトの意志を尊重する。この世界で生きていくアルトをいつまでも過保護にするつもりは無い。が、お前の覚悟は胸に留めておこう」


「……」


悠と睨み合うバローが手をどけると、ハリハリが溜息を吐いた。


「やると決めたならばとやかく言っても仕方ありませんね。アルト殿、クリスティーナはワタクシ以外は殺す気でいます。出て来る相手も『六将』クラスの精鋭でしょう。今晩の内に対魔法使いのおさらいをやりますよ」


「よろしくお願いします」


クリスティーナの余裕のある態度からハリハリは相手の戦力をそのくらいに見積もっていた。ナルハを見れば分かるが、魔法を使えるか使えないかでエルフの戦闘能力は桁が変わる。そしてクリスティーナの子飼いともなれば、あえて『六将』にせず自分で抱え込んでいる凄腕の一人や二人は居ると考えるのが自然であった。


「そんな事をやれる場所はあんのかよ?」


「姫が場所を貸して下さるそうですよ」


「ならばバローとシュルツは2人の護衛についてくれ。今日の様子では襲撃は有り得る」


「そのつもりだ」


「畏まりました」


手早く相談を纏めると、部屋の中には悠とギルザードだけが残された。


「私だけを残したのはユウの護衛は私という解釈でいいのかな?」


「ああ。『竜ノ微睡オーバードーズ』の影響で俺の竜気プラーナはあまり回復していないのでな。明日の相手がエルフならば・・・・・・支障はないが……」


悠の言い回しにギルザードは小首を傾げた。


「ユウは明日の相手がエルフでは無いと考えているのか?」


「少しな。あのクリスティーナという女、アリーシアと渡り合うだけの策謀家だというならこちらの誤解を助長する程度は朝飯前だろう。俺の近くには性格がひね曲がっている男が居たからな、何となく言い回しに引っかかる物を感じている。第一、クリスティーナは一度も対戦相手がエルフだなどと明言してはいない。頭の回る者が明言を避ける場合、そこに隠したい真実があると俺は見た。ハリハリは苦手意識ゆえに気付いていないのかもしれんが……」


悠の解説にギルザードはいつの間にか自分達が相手をエルフだと信じ切っていた事に気が付いた。そんな中、ただ一人悠だけが別の可能性を捨てなかった事に思わず感嘆を漏らす。


「……ユウが最後まで生き残れた理由の一端を理解出来た気がするよ。その、性格の悪い同僚に感謝すべきだな。しかし、そうするとハリハリ達の特訓は無駄になるのではないか?」


「無駄な経験などありはしない。それに、順当に考えれば相手がエルフである可能性の方が高かろう。特にハリハリの相手は『六将』クラスのエルフをぶつけて来るはずだ。その方がハリハリの実力が際立つし、見ている者達にも伝わり易いからな」


雪人とコンビを組んでいた悠は政治的な視点で物事を見る事も可能であった。雪人ならば更に深い洞察力を発揮するであろうが、悠でもこのくらいの予測は立てられるのである。


「だから問題は俺達の相手なのだ。ハリハリのもたらした情報の信頼度はかなり高いと思われるし、俺達が魔法よりも物理攻撃を得意としている事が伝わっているなら、剣に特化したバローとシュルツよりアルトの方がかえって意表を突けるかもしれん。いや、誰であってもむざむざ完封されるようなやわな鍛え方はしていないがな。今の段階では舐めてくれている方が有り難い」


「ならばそう言ってやればいいだろうに」


「これから先にも難敵や強敵、正体不明の相手くらいいくらでも出て来る。あいつらにはそういう実戦経験が必要だ。どんな相手でも冷静に戦える心を養う経験がな……」


鍛練で力を付ける事は可能だが、本物の戦闘経験は命のやり取りの中でしか得る事は出来ない。相手が殺す気があるか無いかという差は同じ戦闘であっても全くの別物であると悠は知っていた。以前アルトが初めてそれを経験したのは遥かに格下のゴブリン(小鬼)であったが、それでもアルトは極度の緊張を強いられたし、それを経験したゆえに格上であるドラゴンのアラマンダーと善戦する事が出来たのである。


「相手が温い内に経験を積ませようという腹か……つくづくお前は先生なのだな」


やれやれと肩を竦めるギルザードは部屋の真ん中に陣取ると、剣を杖にして柄に両手を置いた。


「戦わなければ強くはなれない。しかし、戦うと死ぬかもしれない。闘者はこの業からは逃れられないんだろう。私も一度はそれを経験した身だ。他の者達がそうならないように守るよ」


「では頼んだぞ」


そうして悠は一足先に床に就いたのだった。

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