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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-26 麗しのシルフィード5

「……」


「……」


無言で廊下を歩く悠とサクハだったが、先を行くサクハがそわそわと落ち着きがないのに対し、後ろを行く悠は全くの無表情かつ泰然自若とした雰囲気を崩さなかった。サクハが悠を意識しているのは明らかだが、中々それを行動に移す事は出来ずに悶々とした鬱積は途中ですれ違う者達に何度目かの説明をしてやり過ごした時限界に達し、意を決して悠に話しかけた。


「……何故陛下の治療を申し出た?」


「まだ治療の途中だからだ」


「そういう事を聞いているのでは無い!」


悠の答えに納得がいかないサクハが声を荒げて足を止める。サクハが聞きたいのはそんな言葉では無いのだ。


「何故もっと取り乱さない!? 何故この期に及んで陛下の身を案じる!? もし自分の医療技術に自信があるならそれを交換条件に保身を図ればよいではないか!! 博愛主義の聖人気取りか!?」


「何を怒っているのか俺には分からんが……もしかして、心配してくれているのか?」


悠の言葉を聞いた瞬間、サクハは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。


「ばっ、馬鹿を言うな!!! 私はただ疑問を口にしているだけだ!!!」


「そうか、それは済まん」


この辺りがレイラにデリカシーがないと言われる悠の鈍さであろう。フォローの必要を感じ、悠は言葉を続けた。


「そうだな……別に俺は恩を売り物にする気は無い。だが、陛下の治療を手掛けたのは俺で、ハリハリが陛下の治癒を望むのであればそれを叶えてやりたいと思う。そこに俺の保身は関係の無い事だ。自分の生は自分で掴むべきだと考えているからな」


「……陛下を治したとなれば褒美として保身が叶うかもしれんのだぞ? それも自分の力ではないのか?」


「一度は死の一線を越えた陛下がすぐに回復する事は無かろう。1日の投薬には限度があり、薬を大量に投与すれば治るものでも無い……それに、治療とは患者と向き合うものであって、自分の為にやるものでは無いと心得ている。俺が出来るのはその手助けだけだ。何より、そういう下心で命と向き合うのは好かん。目的と手段を取り違えると碌な結果にならんのでな」


この治療が保身に繋がらない事など百も承知とばかりに滔々と理由を述べる悠にますますサクハは理解し難いと顔を歪めた。サクハはまさにそれを狙って悠が治療を申し出たと考えていたからだ。


「……貴様、本職は医者か? だから助けたいのか?」


「俺は本職は軍人だ。……いや、この世界に来る前に職を辞したから無職と言うべきか。だから職業倫理とは無縁だな」


悠の言葉に視線を逸らし、サクハは再び歩き始めた。


「……軍人だというのならこの戦……勝てるか?」


願望の透けた問いにサクハは羞恥で顔を赤くしたが、悠の答えは簡潔だった。


「まず勝てんよ。ドワーフは完全にエルフの急所を突き、一戦でほぼ戦いの趨勢を決した。如何なる策を講じようとここからエルフが大逆転するなどというのは絵空事だとサクハも理解しているだろう?」


「そんな事は、分かっている……だが、だからといって座して滅びを待てるか!!」


「早合点するな、勝てぬが負けるとも言ってはいない」


肩を怒らせて歩いていたサクハは悠の言葉にもう一度足を止めて振り返った。


「……」


サクハの目はその答えを欲していたが、それをただの人間に問う事に大きな心理的抵抗を感じ、口から漏れる事は無かった。悠も元軍人としてその心理を察し、小さく首を振った。


「まだ何の立場も無い俺が言うべき話では無かろう。ハリハリが然るべき場所で知恵を出すはずだ。俺は陛下の治療の為に案内して貰っている身なのだからな」


「……その通りだ、余計な話はしなくていい。それと……」


踵を返し、サクハは聞こえるか聞こえないかの境目の音量で呟いた。


「――――」


返答など求めていないとばかりに大股で歩き出すサクハに、悠も黙って従ったのだった。




「ここだ、私は見張りとして外に居るからお前だけ入れ」


「ああ」


先ほど飛び出しておいて顔を合わせるのが気まずいのか、サクハは悠だけに入室を促した。


「失礼、悠だが陛下の様子を伺いに参った。入室の許可を頂けるか?」


「む……いいだろう、入れ」


中から聞こえてきたナルハの声に悠が部屋に入ると、そこにはハリハリとナターリアも居合わせていた。


「ここに居たのか、ハリハリ」


「ええ、シアの様子が気になりまして……それに、一人で居ると怖い女性に目を付けられそうでしたし……」


ブルリと震えるハリハリの言葉の意味は分からなかったが、ここにやって来た目的はアリーシアの治療なので、悠は早速準備に掛かった。


「ナルハ、お前も治療を見ておいてくれんか? 明日も俺が無事な保障は無いのでな、出来れば基本的な事だけでも覚えておいて欲しい」


「随分と弱気な台詞を吐くではないか、ユウ? 傲岸不遜なお前らしくも無いぞ」


「……コホン、姫、そんなにまだユウ殿の事を知らないでしょう?」


「あっ、と……そ、そうハリーおじ様が言っていたのだ!!」


ついつい普段の調子で悠に話しかけたナターリアに注意したハリハリだったが、ナターリアは動揺で目が泳ぎまくっており、それを見たナルハは大きく溜息を吐いた。


「はぁ……姫様、私には誤魔化さなくて結構ですよ。姫様がハリーティア様と連絡を取り合っていたなら、ハリーティア様の仲間であるユウと面識があっても不思議ではありません。先ほどの説明にはありませんでしたが、おそらく以前あったドラゴンを追い払ったと言っていた時に顔を合わせたのではないですか?」


「ナルハ殿に隠しておく意味は無いですねえ」


「……ふん、ナルハなら構わんか……。一つ訂正しておくと、私が調査に赴いた時に会ったのはユウとバロー、それにここには居ないアイオーンという人間だけだった。ハリーおじ様とはその後ユウに礼の品を渡しに行った時に紹介されたのだ。……だが、そこに母上が現れてハリーおじ様をボコボコに……」


ナルハの洞察力の高さに誤魔化すのを諦めたナターリアは正直に事情を話す事に決め、ハリハリからアリーシアの話を聞いていたナルハはナターリアの話とぴたりと符合するその説明に納得した。


「ではあの時ドラゴンを追い払ったのは……」


「さっき挙げた3人だ。ついでに言えばドラゴンも3体居て、その内一体は今もここに居るぞ」


《別に我の事を言わずとも良かろう。説明に手間取るだけだぞ》


「うわっ!?」


この場に突然加わった第三者の声にナルハが驚くが、この手の反応は慣れっこの悠は黙々と治療の準備を続けていた。


「サイサリスと戦った時はナターリアも参加していたのだから俺達だけという事もあるまい。ナルハ、そろそろ始めるからよく見ておいてくれ」


知られた途端敬称を外して話し出した悠にナルハは目を白黒させたが、悠は構わずに薬の説明に入った。


「これは怪我の治療薬、これは体力回復薬、これは体内の水分を補う補液、そしてこれが解毒薬だ。これらを症状に合わせてこの器具で吸い上げ、中の空気を抜いて血の管に差込み体内に注入する。詳しい方法はこの紙に書き記したから熟読してくれ」


半年間の間に怪我の治療以外の薬にも着手していた悠はベッドの脇のサイドテーブルに順に薬を置き、アリーシアの診察に入った。


「……こんな医療知識は見た事も無い……」


「異世界は魔法が無い分、それ以外の分野が発達しているみたいですね。勿論、魔法のある異世界もあるのでしょうが」


そのまま一通りの診察を済ませた悠だったが、その顔には微かな憂慮が浮かんでいた。


「あまり良い状態とは言えんな。後遺症が出るかもしれん」


「どういう事だ!?」


不吉な言葉に青くなるナターリアに悠はアリーシアの服を戻しながら答えた。


「心臓と呼吸が止まっていた時間が長過ぎた。人間よりもエルフは身体的な強靭さでは劣るようだ。その分、体に残るダメージが大きいのかもしれん。レイラが居ない今、俺にははっきりとした診断は下せんが、脳にダメージを負っているとすると以前のように振舞う事は出来なくなる可能性がある。最悪、目を覚まさない事も考えられる」


「そんな……!」


「ユウ殿、どうにかならないのですか?」


縋るような目を向けるナターリア達に悠は首を振った。


「今の俺は『再生リジェネレーション』が使えん。しばらくは経過を見守るしかなかろう。ナターリア、俺達への試練とやらはいつやるのだ?」


「あ、明日だ。今日の内に国民に触れが出されているから……」


「ならばアリーシアの治療を続ける為にも勝たねばならんな」


「頼む、お前だけが頼りなのだ、ユウ……!」


肩を強く掴んで懇願するナターリアの手に悠が手を重ねた。


「心配するな、俺は誰にも負けんと言っただろう?」


「ああ、そうだったな……」


その力強い言葉にナターリアは小さく頷くのだった。

思っている以上にアリーシアの状態は良くないです。虚血状態が長過ぎたせいですね。


エルフは種族特性として身体能力が貧弱な分、怪我や病気に弱いという弱点があります。それを補っているのが魔法なのです。アリーシアは鍛えているのでこれでも強い方です。


誤字と導入部分を少し修正しました。

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