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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-25 麗しのシルフィード4

「ところでユウ、誰が代表になるんだ?」


浴場で戦闘の垢を落とし、湯船に浸かるバローが悠に尋ねた。


「順当に考えて、俺とギルザードで良かろう」


「やめた方がいいぜそれは」


バローの指摘に悠は閉じていた目をバローに向けた。


「何故だ?」


「お前、たまに素でボケるよな……忘れてんのかもしれねぇが、ギルザードはデュラハンだぜ? 代表者2名の内の一人には数えて貰えない可能性が高いって事だよ。精々がハリハリの使い魔ってトコだろ。むしろそうしておかねぇとギルザードの説明が付かねえよ」


ギルザードは正確には『真祖トゥルーバンパイア』シャロンの使い魔である。しかし、ランクⅥのデュラハンを使役する者などそれこそ伝説の中にしか登場しない。であればギルザードはハリハリが召喚したのだとしておくより他に無いのだ。自由意志で動いているなどと言っても絶対に信じて貰えないだろう。


「つまり、ユウはいいとして、もう一人は俺にしとけって事だ」


「バロー先生、僕も……」


最初から除外されていると感じたアルトが口を挟んだが、バローは首を振った。


「お前は交渉って役割があるだろ? 言っておくが、俺はお前が負けるかもしれねぇなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇぜ? だが、交渉役がエルフをボコボコにしたんじゃ感情的にも美味くねえんだよ」


バローが未熟を理由にするならばアルトは食い下がるつもりだったが、真っ当に正論で諭されると反論が浮かばずに苦い顔になった。


「……ずるいですよ、そういう時ばっかり大人として振る舞うのは……」


「大人ってなそういう使い分けが出来るようになるって事だ」


ニヤリと笑うバローに悠も頷いた。


「そうだな、それで良かろう。だが、そういう理屈ならシュルツも名乗りをあげると思うがな」


「ダメダメ、シュルツに任せたらエルフの細切れ死体が出来上がるぜ。相手は俺らを殺すつもりかもしれねぇが、俺らがエルフを殺しちゃあ誰も耳なんか貸さねぇよ。ユウ、お前も手加減しろよ」


「殺さなければいいのだろう、任せておけ」


「……ちょこっと気絶させるくらいでいいんだよ……」


生きてさえいれば手加減したと言うのは暴論である。


「それと、多分数を集めてからっていうんなら今日はここに泊まる事になるだろうが、闇討ちくらいはあると思っておいた方がいいぜ。アリーシアならともかく、ナターリアは代理だろ。従わねぇ奴が動く事はあり得る」


「暗殺ですか?」


アルトの言葉にバローは首を縦に振った。


「ハリハリとナターリアが抑えたからこそあの場は収まったが、そうで無けりゃ殺し合いになっただろうよ。とにかく排他的だぜ、エルフって奴らは」


「気が抜けませんね……あ、でも、そうすると今も危険なんじゃ?」


丸腰である事をアルトが指摘すると、バローはニヤリと笑って湯船から手を上げると、そこにはナイフが握られていた。


「一応の備えはしてあるぜ。敵地で丸腰になるほど俺はお人好しじゃないんでね。ユウは素手で十分だろ」


襲撃の危険に備えていた悠とバローにアルトはうかうかと丸腰になった自分の不用意さに赤面した。一番弱い者に危機感が無いのでは話にならない。


「可能性は殆ど無かろう。我らの周囲は常に監視されているし、それを許せば監視の兵の失態だ」


「つー事であくまで気構えの話さ、アルトも気にすんなよ」


「はぁ……」


自分の至らなさを痛感しながら、アルトは気合いを入れ直すのだった。




「『機導兵マキナ』か……ものの見事にエルフの急所を突いているな……」


忌々しげに組んだ腕を指で叩き、ナターリアは苦悩に顔を歪めた。エルフから魔法を奪えば生殺与奪は思いのままだ。


「はっきり言って致命的です。動く『災禍の嵐ディザスターストーム』と言って差し支えないでしょう。私はまだ『魔法鎧マジックアーマー』の身体強化が効いていましたからマシでしたが、一般兵では100人居ても敵いません。その威力の凄まじさは『火将』『闇将』が討ち取られ『風将』であるアリーシア陛下がこれほどまで追い込まれた事からも分かって頂けるのではないかと」


「エルフ最強たる母上がこうなるのなら、他の誰が戦っても同じかそれ以下の結果にしかならん。つまり、何らかの対抗策を次に攻め込まれるまでに見つけねば、エルフは滅びるな……」


「『機導兵』を相手にするには強い武器とそれを扱う技術、そして頑健な肉体が必要ですが、それらは全てドワーフが持つべきものであり、エルフのものではありません」


アリーシアの寝室でナルハやサクハから事情を聞いたナターリアはすぐに救援を頼んだ自分の判断が間違っていなかった事を安堵した。もししばらく様子を見てからなどと悠長な事をしていれば、間違いなくアリーシアは失われていたであろう。


しかし、まだ当座を凌いだだけで危機が去った訳ではないのだ。


「……姫様、ハリーティア様はともかく、あの人族達を頼るのは危険ではないでしょうか?」


「そんな事は……」


無い、と断言しかけ、ナターリアは言葉を止めた。ナターリアは悠達が私心無く助けれくれたのだと知っているが、他の者は知らないのだ。あくまでナターリアが知っていたのはハリハリの生存だけであり、今の段階でナターリアが悠達と親しくするのは好ましい事ではない。


「か、彼らもハリーティア様が認めたほどの者なら大丈夫だと思うぞ。そしてそれは明日、エルフの目の前で証明されるはずだ。そうなれば私は古い慣習を変え、人族と交流を持ってもいいとすら思っている」


「そんな!?」


「私もそれに異議は御座いません。サクハ、私もお前も彼らに命を救われたのだ、少々の無礼には目を瞑ってやれないか?」


「お、恩は確かにありますが、陛下がお許しになるはずがありません!」


「陛下は後事をナターリア様に託された。ならば陛下が復調されるまで、我らの王はナターリア様だ。……正直、絶対的な力でエルフの信頼を勝ち取っていたアリーシア様を欠いた事で王家への信頼は揺らいでいる。こういう時こそ臣下でナターリア様を奉じ動揺を治めなければならないと思わないか?」


「……っ!」


いつ目を覚ますともしれないアリーシアに泣きそうな視線を向け、サクハは首を振った。


「陛下は必ずや目を覚まし、我らエルフを導いて下さいます!!! 失礼!!!」


「サクハ!!」


ナルハの制止を振り切り、サクハは部屋を飛び出していった。


「ご無礼申し訳御座いません、サクハはアリーシア陛下を神聖視している所がありまして……頭では理解しているのでしょうが……」


「いや、いい。サクハのお陰で母上は救援が間に合ったのだ。それに、私が母上に大きく劣っているのは事実だからな。政治も魔法も体術も母上には敵わないが、だからといって王族の責務を放り出す事は出来ない。ならば、人族の力だろうがなんだろうが、エルフィンシードを救う為なら私は取り入れるつもりだ。……実際に見た彼らの力はどうだった?」


「……その誰もが間違いなく国を代表するに足る恐ろしいほどの手練です。魔法に頼らぬ彼らは凄まじい戦闘能力で『機導兵』を撃破致しました。特にリーダー格らしいユウという男とギルザードという者は我々が洞窟で休んでいる間、一体も『機導兵』を背後に通す事はありませんでした。しかも私の見た所、彼らはまだ全力を出してはいません。ハリーティア様は一体どこであのような者達を見つけてきたのか……」


「心根の方はどうだ?」


悠が褒められて頬がヒクつくのを必死に堪え、ナターリアは再度尋ねた。


「……あくまで私見ですが、彼らはアリーシア様を助ける為に力を尽くしてくれたと思います。私自身と部下も救われては文句のつけようはありません」


「その公正な意見が聞きたかったのだ。流石はナルハ、相手が人族だからといって目を曇らせたりはせんようだな! ならば彼らに便宜を図ってやってくれるか?」


「私はここを動けませんので、ちょうど縁のあるロメロとミルヒの二人を彼らの世話役に当てましょう。それが明日までになるかこれからも続くかは彼ら次第ですが、いかにティアリング公爵が国一番の勢力を誇ろうと、彼らならば突破してみせるかと。仮にもハリーティア様が信用する者達ですから」


「頼んだぞ。とりあえず今日の所は彼らはまだ客人だ、ハリーティア様共々もてなすとしようか」


ナターリアの言葉にナルハは頭を下げたのだった。




「何してんだユウ?」


「アリーシアの治療の準備だ。エルフならば『再生リジェネレーション』クラスの回復魔法を知っているかもしれんが、失った血液を魔法では補えんからな。レイラが居ればもっと詳細な診断結果が得られるが、居ないのであればしょうがない」


実の所、悠達は魔法が使えない可能性を予測していた。これはミザリィの思考を先読みしたと言えるし、エルフが処刑に用いる『災禍の嵐』対策でもあったが、魔法制限下での戦闘・回復に対応する装備に抜かりはない。


その中でも悠の医療知識は異質である。アーヴェルカインではまだ臓器の働きが詳しく解明されておらず、毒と病の線引きも曖昧だ。それどころか、種族によっては体の作りが根本的に異なっている事すら有り得る。アリーシアの治療も手探りの感は否めず、今の内に出来る限りの治療は施しておきたいというのが悠の本音だった。


「ここの見張りに言ってどうにかなるもんか分かんねぇが、一応聞いてみるか。おーい!」


部屋の中からドアをノックして見張りの兵士を呼び出すと、開いたドアから現れたのはミルヒとロメロであった。


「ありゃ、お前さんらが俺らの監視か?」


「少し休ませて貰い、今交代した所です。ナターリア姫とナルハ様から可能な限りあなた方が過ごし易いようにと……バロー殿、各々方、ご無事でなによりです」


「……しぶとい奴らだ。だが、陛下とナルハ様の事は、感謝する……」


「おう、アニキの方は相変わらずだが、妹の方はちょっとは分かってきたみてぇだな」


薄く笑みを浮かべるミルヒと仏頂面で呟くロメロにバローは笑いかけた。


「ところで何用でしょうか?」


「うちのリーダーが陛下の診察と治療をしたいんだとよ。戦場でやったのはあくまで応急処置だからな」


その言葉にミルヒとロメロは考え込んだ。


「……我々の権限では皆さんを病身の陛下の下にお連れする事は出来ません」


「客人扱いと言ってもお前達の立場は仮のものだ、自由に出歩かせる訳にはいかん」


「そのくらいは分かってるが、いくらエルフでもあの状態の陛下をすぐに回復させられる訳じゃねぇだろ? ユウはああいう状態の患者を診てきた経験があるからな、ユウだけでも行かしてやってくれねぇか? 何せ、俺達は明日の身の保障も無いんでね」


バローの言葉にミルヒとロメロは尚更苦悩を露にしたが、そこにサクハが通りかかった。


「何をしている?」


「あ、サクハ様」


サクハがここを通りかかったのは何となく足が向いたからだと自分では考えていたが、本当の所は悠達の事が気になったからであろう。しかし、上位権限を持っている者であれば今はありがたかった。


「……事情は分かった、ならばユウという者だけ私に付いて来い。他の者達は夕食に呼ばれるまでここを動く事はまかりならん。それでいいな?」


「……よろしいのですか?」


サクハに承諾されたのが意外だったミルヒだが、サクハはさっさと背を向けた。


「その男の腕は私がこの目で確認している。付いて来い」


「ああ」


「……くれぐれも無礼な真似は慎めよ? 皆が皆、我らのように寛容だとは思わぬ事だ」


部屋を出る悠にたまらずといった感じで声を掛けたロメロに頷き、悠はサクハと共にアリーシアの部屋を目指したのだった。

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