2-16 治療1
屋敷に帰った悠を子供達は総員で出迎えた。そして二人の新しい仲間の帰還を喜ぶと共に、他の6人の姿が無い事を不思議に思った。
「助けられたのはこの二人だけだった。後の子達は残念だが・・・」
その言葉に子供達の顔に暗い影が落ちた。中でも何度か戦争を経験した子供達はやはりとでもいう様な表情を浮かべている。戦争へ連れて行かれると、必ずいつも誰かが帰って来れなかったのだ。
「皆、悲しいのは分かる。だが、まずは傷付いている子達を元気にしてやらねばならん。この二人に寝床を用意してやってくれないか?」
悠の諭す様な言葉を聞き、汚れている少女を見て、子供達は何かをしてあげたいという気持ちが沸いてきた様だった。恵が指示して子供達の何人かがベットの用意をしに大部屋へと駆けて行った。恵自身も何人か連れて、体を拭くためのお湯やタオルに着替え、お茶の用意などをする為にこの場を離れる。
それを見た悠は、自分が背負っている子とベロウに背負わせている子を大部屋で寝かせるべく、子供達に付いて行ったのだった。
悠とベロウが部屋に着く頃には、もうベットは用意されており、悠はベロウに指示して最初に保護した少女を丁重に横にさせると、自身も死にかけていた少女を奥の怪我人を纏めているベットへと横たえた。
血と土に汚れた少女の服を捲くる前に、悠は恵に頼んで心配そうに取り巻く子供達を連れて行く様に言った。
「今からこの子の診察と治療をする。皆は居間で待っていてくれ。兵士、貴様は部屋で待て。子供達が怯える」
この死にかけている少女は見た所、恵と同じくらいの年頃に見える。小さいとはいえ、男の目にはなるべく触れさせない方が良いだろうと悠は思ったのだ。
「皆、今から悠先生がこのお姉ちゃんを治すから、皆は居間で待っていましょう。いいわね?」
恵が優しく促すと、子供達は後ろ髪を引かれながらもその言葉に従い、居間へと移動して行った。
「恵、すまんが子供達を頼む」
「分かりました。・・・悠さん、その子達をお願いします」
恵は頭を下げると子供達を追って部屋を出て行った。ベロウも扱いの違いに不平を漏らすでも無く部屋へと帰っていく。そろそろ名前を呼んでくれないかなとは思ったが、言っても無駄だろう。
悠はそれを見届けると少女に向き直り、再びレイラによる診察を開始した。
「レイラ、容態に変化は?」
《・・・・・・体はとりあえずは何とかなるわ。でも、精神はまだ消えかけだし、星幽体も定着していない。今晩が山ね》
レイラの見立てでは相変わらず厳しい。体のダメージが大き過ぎて、精神が強く死を意識し、それに伴って魂が抜けかかっているのだ。
「『精神治癒』は効くか?」
《隣の子もそうだけど、ここまでの状態だと気休めより少しマシってくらいね。でもやらないよりいいはずよ》
『精神治癒』は文字通り、心を癒す技である。しかし、心が完全に消滅、または手遅れなほどに崩壊していると、効果を得られない事がある。この二人の少女は控え目に言っても手遅れに近かった。
それでもやっと助かった命を悠は諦める気は無かった。最善を尽くして力の及ぶ限りの治療を施すしか無い。
悠は汚れた少女の服を脱がし、タオルをお湯に浸してから絞り、その体にこびり付いた汚れを丹念に拭き取っていった。少女の肌はあちこちに古傷が残っており、それがどれだけ酷使されて出来た物かを雄弁に伝えてくる。
そして一通り拭き終わると、清潔な服を着せて毛布をかけた。そのまま部屋の隅にある椅子を二人の少女の間に持ってくると、そこに腰掛けて二人の手をとり、レイラに『精神治癒』を起動させた。
「レイラ、『精神治癒』を頼む。本当は全員にかけてやりたい所だが、俺の手は二本しかない。まずこの二人を優先する」
《了解よ、ユウ。『豊穣』があるおかげで、何とか現状の竜気の維持は可能よ》
「ああ、可能な限り続ける。今日は徹夜だな」
現在昼の3時といった所だが、『精神治癒』は元々かけてすぐに回復する様な技では無い。それに、ここまで重症だと更に時間が掛かると見るのが正しいだろう。
悠は超人的ではあっても、人間である事に変わりは無い。やらなければいけない事は山積みであり、頼れる人間は少ない。それでも自分にしか出来ない事であるなら、たとえどれほど辛かろうともそれを投げ出すつもりは無かった。
そして悠は『精神治癒』の赤い光を二人に流しながら、長期戦を覚悟して目を閉じたのだった。