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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-17 立ち込める暗雲12

「やっ……たあっ!?」


予想以上の新魔法にハリハリは快哉を叫び掛けたが、そのまま『次元破砕砲ディメンションクラッシャー』の軌跡を辿った船は水面を抉られて出来た凹みに突入、更に戻って来た水に乗り上げ、派手に船首を突き上げられた結果、ハリハリはその衝撃をモロに食らい、船の外に投げ出された。


「ハリーティア様!!!」


「わあああああああああっ!!!」


ハリハリだけが敵の真っただ中で置き去りにされるという、最悪の未来予想図にナルハが悲鳴を上げるが、それを見ていた悠はギルザードの手を掴むと左手の小手ガントレットを操作し、空中のハリハリを照準した。




バシュッ!!!




小手の手首付近から飛び出したワイヤーがハリハリに届き、悠が軽く手を捻るとワイヤーは胴体に巻き付いてハリハリをキャッチした。


「ぶべらっ!?」


しかし、悠に出来る事はハリハリを少しだけ水深の深い場所に不時着させる事くらいだ。結果として、ハリハリは船に水上を引き回される羽目になった。


「ぶあばばばっばばばばあ!!!」


「……あいつ、新しい魔法を使ったら何か起きないと気が済まねぇのか?」


「今すぐ船を……!」


「止めるな、せっかく散らした敵に囲まれては身動きが取れなくなる」


船を止めようとしたナルハを制し、悠はワイヤーを手繰り寄せてハリハリを引き上げた。


「ゲホッゲフッ!!! ……ゆ、ユウ殿、助けてくれた、事には、感謝しますが……エフッ……も、もうちょっと穏便な方法は、ありませんでしたか?」


「船の上に落とすと危ないのでな」


「まあいいではないか、こうして無事に助かったのだから」


「……はぁ、そう思う事にしますか……ワタクシとした事が、一生の不覚です」


「いや……お前割とこのくらいの事は――」


「一生の不覚です!!!」


あくまで稀な失敗であるとアピールするハリハリだったが、ナルハを含めても誰も信じはしなかった。


「それより、湿地に入ってから水深が更に浅くなったぞ。しかも入り組んでいるし、船で進むのはこれが限界だろう」


「ならばこの辺りで船を下りて先に進みましょう。帰りも使えればいいのですが、ワタクシも今ので8割方魔力を消費してしまいました。『機導兵マキナ』や魔物モンスターはお任せしても良いですか?」


「任せておけよ。……しっかし、このぬかるみの中を進むのは骨が折れるぜ」


停泊した船から降りたバローは一面水たまりと泥土に覆われた光景にげんなりと愚痴を漏らした。既にブーツは泥に埋まり始めており、重い足を抜き取り踏み出すと更にその足が埋まるという悪循環である。


「全員、これを腰に巻いておけ」


進む前に悠が鞄からリング状の何かを取り出し、バローに放った。


「なんだこりゃ?」


「前に使った海の魔物の浮き袋を縛って空気を入れたものだ。その浮力を利用して進めば足を取られる事もあるまい」


「ほー……おっ、ちとバランスが崩れるが確かに楽だなこりゃ」


早速腰に巻いたバローが腰まで水に浸かる場所で試すと、足が埋まる事も無く進む事が出来た。


「いっそ泳いだ方が早いかもしれんが、暗闇で魔物が居る場所では奇襲を受けかねんからな。ハリハリは灯りを持て。人工の光はエルフ達への合図になる」


「魔物や『機導兵』も引き寄せられて来るかもしれませんが?」


「ある程度は俺が引き受ける。……シッ!」


「ゲゴッ!?」


悠の手から飛んだ投げナイフがこちらの隙を窺っていた一抱えほどもある蛙の脳天を貫き絶命させた。


「雑魚相手に龍鉄を使い捨てにするのは勿体無いんじゃねぇか?」


「これは始に作って貰ったただの鉄の投げナイフだ。使い捨てにするつもりで作って貰ったから構わん」


「用意のいい事で……」


「行くぞ、おそらく敵から逃れてこの場に来たのなら、エルフが逃げ込むのは中心付近だろう。ギルザードは最後尾で警戒を。先頭はバローとシュルツが並べ。普段より動きが制限されている事を忘れるな」


悠は先頭2人の後ろに入り、投げナイフで中衛を務める布陣だ。全方位を攻撃する為には前後どちらにも偏らない方がやりやすいからである。


そうして全員が濁り水と泥に塗れつつ、未だ暗いオーニール湿原へと踏み込んで行ったのだった。




「クソッ、しつこい!!」


アリーシアの副官を務めるサクハは近衛兵を散開させつつ『機導兵』の振り下ろしをギリギリの所で避けた。


「今だ!!」


「「はっ!」」


その隙を突いて跳び掛かった近衛兵は別の『機導兵』から奪った魔銀ミスリルの剣を『機導兵』の腕に叩き付け、その剣を弾き飛ばした。もう一人の近衛兵がそれを拾い、あとは2人でしゃにむに泥に足を取られる『機導兵』に剣を叩き込み続けると、ズタボロになるまで斬り付けられた『機導兵』はようやくその活動を停止した。


だが、ようやく撃退したと安堵した瞬間、泥の中から1メートルほどの巨大な蛭が近衛兵の一人を押し倒し、毒を注ぎ込みつつ体内の血を貪った。


「ギャアアアアアアアアアア!!!」


「お、おのれっ!!」


必至に剣を振るって仲間を助けようとするも、使い慣れない剣と蓄積された疲労で思う様に体は動かず、蛭にトドメを刺す頃には近衛兵も既に息絶えていた。


「また、殺られたか……」


サクハの声には絶望が色濃く表れていた。既に軍などと呼べる兵は存在せず、近衛兵も残り一人だけだ。いや、残った一人もグラリと体を傾けると、泥の上にベチャリと倒れて痙攣を繰り返していた。おそらく前回の戦闘で毒持ちの魔物の攻撃を受けていたのだろう。それが分かったからといってサクハに出来る事は何も無かった。


「……サクハ……」


喘ぐような小さな声だったが、サクハは顔から絶望の色を消し、背後に向き直って膝を付いた。


「はっ、いかが致しましたか、陛下?」


泥の上に膝を崩して座っている者こそサクハが忠誠の全てを捧げる人物だ。泥に塗れ、片腕を無くし、血を失って死相が顔に現れていても、その眼光には些かの衰えも感じさせなかった。


アリーシア・ローゼンマイヤー。エルフの国の絶対女王。


だが、いくら気丈に振る舞おうと、アリーシアの命の灯火は尽き掛けていた。国王専用であり、希代の魔導士ハリーティア・ハリベルによって作られた『魔法鎧マジックアーマー』、『賢王鎧エースロット』の様々な防御機構が無ければすぐにでもそれは消し飛ぶ儚いものであった。


しかし、そんな事など気にしていないとでもいう風に、アリーシアはいつも通りの口調でサクハに言い放った。


「いい、よく聞きなさい……突然だけど、私は、王位を、ナターリアに禅譲する事に、決めたわ……。あなたは今すぐ、国に戻って、それを、伝えるの……分かった?」


「な……何を仰いますか!? 陛下は私が必ずお守り致します!!」


「サクハ……私は、出来ない事を、出来るって言う……っ、嘘吐きは、大嫌いなのよ……目障りだから、さっさと消えなさい……」


「い、嫌です!!! 私は最後まで陛下をお守りして――」




「舐めるな小娘っ!!!」




死にかけているとは思えないアリーシアの怒号に、サクハは気圧されてペタンと尻餅をついた。


「へっ、陛下……?」


「私はお願いしてるんじゃないの、命令してんのよ!! アンタの、どうせ助からないなら一緒に死にたいなんていう安っぽい少女趣味に付き合ってる暇なんか無いの!! 私の為を思うなら、無理でも何でもやり通しなさい!!」


ギラギラとした視線で刺し貫かれたサクハは、迷い迷った後に遂に決断した。


「……必ず、必ず戻ります!! どうかそれまで堪えて下さい、陛下!!」


「……ふん、最初から、そう言えばいいのよ……。結構痛手を食ったけど、エルフはまだ、負けた訳じゃないわ……ナターリアなら、あの者達ならば……」


アリーシアの声は細り、サクハには後半の言葉は聞き取れなかったが、アリーシアはそれに構わずサクハに言い含めた。


「サクハ、あなたは引き続き、ナターリアに仕えなさい。ナルハが居れば、当面の間は内政面にも、不備は無いはずよ……あなた達姉妹には苦労を掛けるけど……」


「いえ、姉にもしかと伝えます!!」


「それと……アスタにも、この戦場で起こった事を伝えて……」


アリーシアの言葉に、初めてサクハの顔に隠し難い不快感が浮かんだが、アリーシアは首を振った。


「気に食わないのは、分かるけど……あの男の力が、必要なの……いいわね?」


「……陛下の仰せであれば」


それでも最後になるかもしれないアリーシアの命に、サクハは深く頭を垂れた。言う事は言ったとアリーシアの目から読み取ったサクハは転がっている魔銀の剣を拾い上げた。


「頼りないですが、これで御身をお守り下さい。では!!」


泥を踏みしめ去っていくサクハの背を眺めつつ、アリーシアは片手で魔銀の剣を持ち上げようとし……果たせずに取り落として突き立った剣にもたれ掛かった。


「あは……もう、剣も持てない、か……エルフの女王が、聞いて呆れるわ……」


自嘲気味に笑い、アリーシアはここには居ない者達を思った。


(ナターリア、踏ん張りなさいよ。エルフの未来はあなたの肩に掛かっているんだから。ユウの力を借りられればきっと状況を打破出来るわ。……ハリー、ナターリアを助けてあげて。あなたの大嫌いな戦争だけど、やっぱりあなたの知恵がエルフには必要なのよ。今でも私の事を友人だと思ってくれているのなら、お願い……!)


混濁し始めた意識の中で、アリーシアはポツリと呟いた。




「エースぅ……私、がんばったよ、ねぇ……?」




それきり、アリーシアの意識は暗闇に飲み込まれていった。

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