10-16 立ち込める暗雲11
「くか~……」
「……この男、良くこの状況で寝ていられるな……」
剣を抱いて寝息を立てるバローにナルハが半眼を向け呟いたが、ハリハリは手を振った。
「これから激しい戦いがある事をバロー殿は本能的に悟っているのですよ。その時に剣を鈍らせぬように体を休めているだけです。それに、外に居るユウ殿とギルザード殿に対する絶対の信頼もありますかね」
「ですが、そろそろ1時間にもなります。交代しなくても大丈夫なのですか?」
「貧弱なエルフの尺度で師を推し量るなど愚かな事だ。師と姉君なら時間さえあればあの『機械人形』共が絶えるまで戦い続ける事も容易い」
「……ふん、妄信も甚だしい、馬鹿げている」
大袈裟な物言いをナルハは鼻で笑ったが、シュルツは鋭い視線で射竦めた。
「何も知らぬ貴様は黙って体を休めていればいい。その狭い常識が今日の事態を招いたのだとよくよく思い知る事だ」
「何だと……!」
「やめましょうよ2人共!! 外で僕らを休ませる為に戦っているユウ先生やギルザードさんに失礼です!!」
いくらか強い口調で窘めるアルトにシュルツは無言でナルハから視線を切った。そうなるとナルハも矛の向ける先を失い、不満そうにしながらも黙り込む。
その重い沈黙の中に斥候に出ていたプリムが帰還した。
「ただいまー!」
「おっと、お帰りなさいプリム殿。ご無事で何よりです」
「うん。でも、見つかりそうになって焦ったよ~。ハリハリの言う通り、一番大きい天幕に居たでっかいドワーフがすっごい鋭くてさ~」
「でっかいドワーフ、だと!? まさか、ドスカイオス自ら攻めて来たというのか!?」
聞き耳だけは立てていたナルハがプリムに詰め寄ったが、プリムは首を傾げた。
「違うと思うよ。だって、お付きの人が若って呼んでたし、話の中でも陛下が~とか言ってたし」
「という事は……ザガリアスか!! 第一王子自ら率いてとは、ドワーフ共め……!」
歯を軋らせるナルハを置いて、プリムは手に入れた情報を伝える為にメモを開いた。
「ハリハリにエルフとドワーフの言葉を習っておいて良かったよ。早口な所もあったけど、何とか聞き取れたもんね」
「おう、偉いぞプリム」
「やーん!」
「バロー殿、起きていたのですか?」
胸を張るプリムの頭を指でグリグリと撫でるバローは大きくあくびを一つして、シュルツとナルハを交互に見やった。
「人が寝てるってのに横でケンカするバカが2人ほど居やがったからな、目も覚めるってモンよ」
「はいはい、新たな燃料を投下しないで下さいね。プリム殿、お願いします」
「じゃ、始めるよー」
そうしてプリムが持ち帰った情報を吟味する為に皆一様に口を閉ざしてプリムが語る話に耳を傾けたのだった。
「……どうやら強攻策一択ですね」
アリーシアの窮状を知ったハリハリはそう決断を下さざるを得なかった。アルトは心情的にはそれに同意しつつも、一応現実的な危機について意見を述べた。
「ですがハリハリ先生、オーニール湿原は情報通りなら包囲されているはずです。数千にも及ぶ『機械人形』、いえ、『機導兵』を突破するのは……」
「いくら数千と言っても包囲という陣を敷いている限り一度に相手をする数は百がいい所です。その薄い一点を突き破り、オーニール湿原の中に飛び込めば重量のある『機導兵』は並の兵士に成り下がるでしょう。我々の目的は『機導兵』の殲滅では無く、シアの救出ですから」
「朝になったら引き上げるみてぇだけど、それを待ってりゃあのおっかねえ女王サマでも死ぬかもしれねぇしな。危険を承知で突っ込むしかねぇだろ」
ハリハリの提案にバローも賛意を示したが、そこに一言付け加えるのを忘れなかった。
「だがなハリハリ、今プリムが話した内容にゃ、ちょいと無視出来ない話題が幾つか混じってるぜ? エルフィンシードに戻ったら詳しい話を聞かせろよな」
「……はい、分かっています」
普段のバローとハリハリでは有り得ない緊張感を破ったのはバロー本人だ。
「ま、だからって救助に手を抜くようなマネは絶対にしねぇよ。だからサッサと作戦を考えな」
肩を竦めて軽く流したバローのお陰で重い空気は霧散し、ハリハリは目礼してナルハに向き直った。
「ナルハ殿、この200年でオーニール周辺の地形に変化はありましたか?」
「多少広がりはしましたが、大きくは変化していません。その点では地の利は我々にあるかと」
「ふむ……」
この場からオーニールに行く道筋をハリハリは地図を見ながら指で幾つか辿り、どれもピンと来ないのか難しい顔で黙り込んでいたが、やがて一つの道を見い出した。
「……一度船に戻りましょう。少し前にある支流からオーニールを目指し、包囲の一点を破ります」
支流からオーニールに向かえば陸路を取るより早く到着する事が出来ると判断したハリハリに他の者達も賛同し、一行はオーニールを目指して再び動き出したのだった。
「ギルザード殿、今後の方針が纏まりました」
「そうか、こちらも大体済んだかな?」
大剣を杖に振り向いたギルザードの背後では、悠がちょうど『機導兵』の最後の一体を叩き潰した所であった。暗闇の中に目を凝らしてみれば、そこかしこに『機導兵』の残骸が散らばっているのが分かる。
「済んだぞ。とりあえずという注釈はつくだろうが、この周辺には居らん」
「それは重畳。では早速船に戻りましょう。これから我々は支流からオーニールに進む事に決定しました」
「分かった、ギルザードはもう一度ナルハを背負ってくれ。時が肝要なのだろう?」
「はい、詳しい事は道すがらにでも」
ギルザードに背負われる事にナルハは難色を示したが、自分が一番体力に劣るのは確かなので、不承不承受け入れた。これから始まる戦いこそが本番であり、疲労して動けないのでは話にならないのだ。
船に戻る道中は近辺の『機導兵』を悠が全て排除したお陰でスムーズに行われ、行きの半分の時間で悠達は高速艇を泊めた場所まで戻って来る事が出来た。
「オーニールに近付くにつれ、『機導兵』の妨害が激しくなると思います。各人十分に注意して下さい」
船が壊されていない事を確認した一行は、早速オーニールに向けて船を走らせたのだった。
「……なるほど、アリーシア陛下は重体でオーニールに足止めされているという事だな」
「はい、他にも気になる点はあると思いますが、今は救助を優先させて下さい」
話を聞いた悠はハリハリの言葉に頷いた。
「どんな事実があろうともここで助けないという選択肢は無い。だが、魔法が封じられていては回復もままならん。薬の準備だけはしておけよ」
「了解です!」
バローと似た返答をした悠に頭を下げ、ハリハリは杖を構え直した。最初の包囲網に穴を空けるのはハリハリに託された役目である。
それから数分もすると両岸に『機導兵』の姿が散見されるようになった。つまり、既に通常手段での魔法は使用不可能である。
川の水深も浅くなり、濁りを増していくと、遂に目の前にオーニール湿原が姿を現した。
だが、河口には行く先を塞ぐようにして多数の『機導兵』が陣取っていた。その陣容は強行突破するには厚く、回避しようにも浅瀬が散在しており航路の自由は存在しない。
そこで満を持してハリハリが船首に立って前方に杖を掲げた。
「ちょっと大きいのを使います。ナルハ殿、このまま船の進路を変えないで下さい」
「ハリーティア様、魔法は封じられているのですよ!?」
慌てて注意を促すナルハにハリハリは複雑な表情を浮かべて答えた。
「一応、『災禍の嵐』の為に対策は練って来ています。……ドワーフ軍相手に必要になるとは思いませんでしたがね」
「おっと、全員ハリハリから離れようぜ。こんな所で全裸はカンベンだ」
「船から飛び降りる準備をしておいた方がいいんじゃないか?」
「いっそハリハリは何もしない方が……」
「こういう時くらい無条件に信じてくれませんかねえ!?」
青筋を立てて地団駄を踏むハリハリの肩を悠が叩いた。
「落ち着けハリハリ」
「おお! 流石ユウ殿だけはワタクシを信じて……!」
感涙に視界を滲ませるハリハリだったが、悠は無表情に首を傾げた。
「いや、俺は船の上で暴れずに魔法に集中しろと言いたかっただけだが?」
「ワタクシの涙を返して下さい!」
最後の望みとばかりにアルトとナルハの姿を探すハリハリだったが、その2人が仲良く船尾で目を逸らしているのを見て死体撃ちされている気分を深めるばかりであった。ハリハリの新魔法がいわく付きなのは当時から変わらなかったらしい。
「……先駆者は何時の時代も理解されないものなのですね……」
胸中の虚しさを埋めるように、ハリハリは持てる魔力の殆どを杖に集中させ始めた。それに伴い放射状に開いていた5本の先端部が蠢き、中ほどから曲がって指輪の宝石を支える爪のように変形する。
「『災禍の嵐』は魔力によって魔法陣の生成を阻害するのが骨子です。ならば、その中で魔法を使う為には、自分以外の魔力を通さない、隔離空間を作れば魔法は使える理屈となります。強化魔法が効果を発揮するのも肉体を包む魔力が『機導兵』の阻害効果と拮抗しているからに違いありません。その隔離空間を作るのが非常に難しいのですが、この『魔空杖』があれば……」
ハリハリの魔力に反応する黒杖が闇より更に昏い魔法陣を描き、ハリハリは自身の理論の正しさを確信した。
「『魔空杖』の空間遮断能力と最高の魔力伝達物質である『精霊鋼』があって初めて行使可能なこの魔法で突破口を開きます! 行きなさい、『次元破砕砲』!!!」
5本の爪に守られた杖の中心で練り上げられたハリハリの魔法は発射と同時に純粋な物理的破壊エネルギーに変換されて魔法阻害効果を無視、そのまま『機導兵』の群れの中心に突き刺さり……
ゾンッ!!!
見事に川の水や浅瀬ごと『機導兵』達を抉り取ったのだった。




