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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-15 立ち込める暗雲10

未明の異国の空をプリムは月明りを頼りに飛び続けていた。


「ん~……やっぱりもっと近付かないと見えないな~」


アガレス平原に目を凝らしてみても、多少は夜目の利くプリムであっても広大な平原全てを見通す事は不可能だ。夜明け前は最も世界が昏くなる時間であった。


だが、皆が自分を待っていると思えばプリムの胸の中に大きな使命感と勇気が湧いて来た。ハリハリがスゴイお菓子をくれると言っていたし、ちゃんと情報を持ち帰れば悠もきっと褒めてくれるだろう。


「それに、あのナルハとかいうエルフにもわたしがどれだけ役に立つか見せてやるんだから!」


ぐっと気合を込め、プリムはアガレス平原に向けて一直線に飛び去って行った。




アガレス平原の大天幕でドワーフを率いる第一王子ザガリアス・ビスカヤー・グラン・ガランは侍従長ドルガンの報告する戦果に大きな溜息を吐いた。


「……『機導兵マキナ』の力がこれほどとはな……」


「ええ、これだけの戦果を上げれば反対していた者達も認めない訳にはいきますまい。……自分の生きている内にエルフと雌雄を決する事になるとは思いませんでしたが……」


「爺、何を弱気な事を言っておるか。たとえこのような物が無かろうと、俺は爺がくたばる前にアリーシア達の細首など残らず刎ねてやるつもりだったぞ?」


「カッカッカ、流石は若、良き覇気に御座います。……ですが、やはり『機導兵』は気に食いませぬか?」


「……俺も子供では無い、あの悪逆非道なエルフを一刻も早く駆逐する為であれば我儘など言わぬ」


「ほうほう、左様ですか左様ですか」


長年世話役として見ているだけあって、ドルガンにはザガリアスの心中は透けているらしかった。ニコニコと笑顔を絶やさないドルガンにザガリアスも、やがて憮然とした表情で真情を吐露した。


「……正直、奴らの首は是非ともこの手で刎ねてやりたいとは思っていた。特に今回出張って来た『火将』オビュエンスと『闇将』ジャネスティは我らが同胞を遊び半分に殺し続けて来た許し難き仇敵、本来ならこれほどあっさりと殺してしまったのでは祖霊の方々に申し訳が立たぬ所だ。その点だけは無駄に嬲らぬアリーシアは敵の王ながら認めてやってもいい。……必ず殺すがな」


そう言ってドルガンの脇に視線を向けると、そこには苦悶に歪むエルフの首が2つ転がっていた。更にその隣には腕が一本、無造作に放置されている。


ザガリアスは立ち上がり、転がっている首の前に立った。


「ドワーフはエルフのような気取った下種とは違う。だからオビュエンス、貴様の様に体を少しずつ焼いて拷問の果てに殺すような真似はせぬし、ジャネスティ、貴様の様に同胞の精神を蝕んで狂い悶える様を見て滑稽だと笑ったりはせぬ。ただ等しく死、あるべしだ。数百年に渡る同胞の恨みを抱いて逝け」


「……」


その2つの首は『火将』オビュエンスと『闇将』ジャネスティの物であった。その死に顔からして、よほどの絶望と苦痛を味わったのは想像に難くない。


理性と憎悪の狭間で流れるザガリアスの言葉にドルガンは目を閉じた。


「……これまで、幾多の良きドワーフ達がこの長耳共に殺された事でしょう。何度絶滅の危機に晒された事でしょう。その度に我らは知恵を絞り、時には若人を生かす為に老兵が戦場の礎となりました。しかし、全てはこの時の為であったと思えば……!」


「気が早いぞ、爺。まだアリーシアや『六将』全ての首を取った訳では無いのだ。腕だけでは陛下にお知らせするのも気が引けるというもの。泣くのはエルフィンシードを攻略するまで待て」


「戦場で涙を流すほど耄碌してはおりませぬ……と、意地を張るには儂も些か老いましたな……」


閉じた瞳の端に光る雫を拭い、ドルガンは苦笑した。


「そうだ、笑って今宵の勝利を受け止めよ。元々エルフの難癖から始まった下らん侵略戦争だが、だからこそ我らから矛を収める事は無い。エルフが過ちを認めぬ限り我らドワーフは最後の一人になっても戦い抜くのだという事を思い知らせてやらねば」


「ですが、もう数時間もすれば夜が明けます。『機導兵』も朝の鐘が鳴る頃には収容せねばなりません。魔銀ミスリルシリーズ1000体、鋼鉄スティールシリーズ5000体を12時間稼働させるだけで魔石は年間採掘量の半分に匹敵し、それを一戦場で消費するのは我らが王国の力をもってしても相当な覚悟が必要でした」


「全く、ドワーフの兵器らしく大食らいな事だ。……オーニールに逃れたと見られるアリーシアは未だ発見出来んか?」


「残念ながら、我らも『機導兵』も湿原での行動は得手ではありませぬゆえ。今も攻め手は緩めてはおりませんが……」


「後数時間でというのは厳しい、か……」


大物を逸した無念さがザガリアスにドワーフ本隊だけでも戦場に残ってアリーシアを討ち果たすべきではないかという選択肢を浮かばせたが、ドルガンはそれを読み取ってザガリアスを諫めた。


「若、この場での戦闘は『機導兵』の力を測るというのが第一義でした。『火将』『闇将』に加え『風将』であり国王でもあるアリーシアに痛手を与え、この上その首までと望むのは少々欲張りで御座いますよ」


「む……爺、俺の心を読むな。たまたまアリーシアが居ただけだという事は理解している。エルフ軍を半壊させ二将を討ち取った事だけをとってもこの戦は上々の戦果を上げたという事もな。ただ、陛下ならばこの場面でどうされたかと思うてな……」


「無論、陛下ならそう考えた瞬間にはオーニールに単騎でも駆け出しておりますよ!」


「やはりそうか!」


豪快に笑い合うザガリアスとドルガンだったが、不意にドルガンが表情を改めた。


「……陛下のお加減は?」


「あまり良くない。が、エルフを絶やすまでは絶対に死なんと気を吐いておるよ。酒も鍛練も女も止めん」


「あの方はまさにドワーフそのものですなぁ……」


共に駆けた戦場を思い出すような目をするドルガンに、ザガリアスも頷いた。


「俺は『機導兵』は好かんし陛下も同じだ。だが、それでも俺は陛下が崩御する前に、あの嘘吐き共が駆逐された、平和な世界を見せて差し上げたいのだ。……もはやエルフなど恐るるに足りんという事は良く分かった。次に攻める時がエルフとの最後の大戦になろう」


「ええ、我らが手に入れた最終兵器、『機導兵』の完成形である――」


「待て!!!」


ドルガンの台詞を遮り、ザガリアスは素早く自分の得物を手に取ると、天幕から飛び出した。


「おや、どうされましたかな?」


「……今、天幕に誰か近付いたか?」


鋭く周囲を見回しながら尋ねるザガリアスにドワーフ兵は首を振った。


「ご命令通り誰も近付けておりませぬ。しかもここは魔法が遮断されておりますからな。小賢しいエルフであっても不可能です」


「そう、だな……いや、俺の勘違いか。済まなかった」


「いえいえ、とんでもない」


得物を下ろし、ザガリアスは天幕に戻るとドルガンに向かって苦笑した。


「俺とした事が、どうにも上手く行き過ぎるので疑心暗鬼に駆られたらしい。誰かがこの天幕を窺っているような気がしてな……」


「散々悩まされた『千里蝶クレアボヤンスバタフライ』が猛威を振るったのも今は昔、エルフに手立てはありません。それに、アリーシアにしても重傷を与えたのは間違い無いのです。魔法での回復も望めない中、時間ギリギリまでオーニールを包囲し続ければかなり高い確率で死ぬのではないかと。今更我らの手の内が分かってもエルフに対策を講じる時間はありません。……たとえ、あのハリーティア・ハリベルが生きていたとしてもです」


「忌むべきエルフの『大愚者ザ・フール』か……。今頃は歯噛みして悔しがっておるかもしれんな。その顔を見られない事だけは残念だ」


ザガリアスは顔から表情を消し、床に転がる首に視線を向けて言った。


「よく見える場所に検分台を設置して首と腕を晒しておけ。立て札に「愚か者共の末路」とでも書いてな。命は取るが首は返すのが200年来の我らの流儀だ。一つは腕だが、手「首」がついておるから間違いでもあるまい?」


「ハハハ、その洒落がエルフに伝わりますかな?」


「なに、怒り狂うならそれはそれで良い。同胞を殺して笑っておった奴らだ、戦争が洒落や酔狂では済まんという事を思い知らせてやるわ!」


笑顔というには獰猛過ぎる迫力で、ザガリアスは嗤った。




「……ふぅ、危なかったぁ~……見た目よりずっと鋭いなんて反則よね! 最後まで聞けなかったけど、早くユウに知らせなきゃ!」


アガレス平原を飛び去る影にザガリアスが気付く事は遂に無かったのである。

本日2話目です。


ドワーフの王子様ザガリアス登場。エルフから聞いている種族像とは齟齬があるように思われますが、それは後々紐解いて行きます。


ハリハリのドワーフ側での異名が酷い件。

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