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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-13 立ち込める暗雲8

モーターボートの様に快調に進む高速艇の上で動力部に魔力マナを注ぎながらナルハが口を開いた。


「簡単な自己紹介くらいはしておこう。……私はナルハ・リリークラフト伯爵。『六将』が一角、『水将』を務めている」


「冒険者の悠だ」


「同じくバローだぜ」


「シュルツ」


「居候のギルザードだよ」


「皆さん、もうちょっと詳しくやって下さいよ……」


ぞんざいな自己紹介に川を下るハリハリが半眼で訴えると、残されたアルトだけは背筋を正して頭を下げた。


「あの、ミーノス宰相ローラン・フェルゼニアス公爵が一子、アルト・フェルゼニアスです。この度の戦災には誠に――」


「ミーノス? しかもフェルゼニアスだと!?」


憎しみの込められた目で睨まれ、アルトは以降の言葉を紡ぎ出せずに空しく口を凍らせた。その理由にはすぐに思い当たり、アルトは慌てて手を振る。


「あっ、ち、違います!! エルフ領侵攻を企んだ祖父はもう鬼籍に入っていますし、父ローランはエルフとの友好関係を望んで……」


「信用出来ないな」


アルトに皆まで言わせず、ナルハはきっぱりと拒絶した。


「あの男の厭らしい策略でどれだけエルフが迷惑したか分かっているのか? その子や孫がこれから仲良くしようと言われて簡単に信じる者はエルフには居ないと思え」


「胸が小さいと心も狭いのかね……」


「何か言ったか?」


ぼそりと呟くバローを睨んだナルハだったが、バローは明後日の方向を向いて口笛を吹いた。


「ナルハ殿、アルト殿に絡むのはおよしなさい。アルト殿やローラン殿は心からエルフとの友好を望んでおります。その証拠にエルフへの干渉はここ数年、一切行われていないはずですが?」


「確かに戦闘は行われておりませんが、アザリア山脈周辺で密かに木々や植物を伐採している者は居ります。規模からして領地を接するフェルゼニアスが主導している事は疑いありません」


「そちらは既に綱紀粛正されました。現町長のクエイド殿はそのような不正を許しませんし、そのクエイド殿を任命したのはローラン殿です」


「……どうしてハリーティア様は人族の肩ばかり持つのですか!?」


アルトに寄り添った発言を繰り返すハリハリにナルハが語気を荒げたが、ハリハリは肩を竦めた。


「人間の全てが清廉潔白だなどとはワタクシも思っておりませんが、アルト殿はその稀有な人間の一人ですから。政治話が綺麗事で上手く行くなど有り得ませんが、ワタクシが有り得ないと思う事とアルト殿がそれを成したいと思う事は別の話です。それに、些か矛盾していますが、もしそんな事が可能ならワタクシは見てみたいとも思うのですよ。……それは亡き親友の理想でもありました」


ハリハリがアルトに肩入れする最たる理由はそれだ。人間相手よりも遥かに交渉相手として難度の高い仇敵ドワーフが相手ですらエースロットは踏み出したのだ。その結果帰らぬ者となったが、あの時エースロットと行動を共にしていればという後悔はハリハリの中に燻り続けていた。


「先王陛下の二の舞を演じるだけです!!」


「そんな事はワタクシがさせません。……いえ、ワタクシ一人の力では無理ですが、それを助けて下さる人達が居ます。やる前からやれぬと諦めていれば何事も成す事は出来ないのです。……と、今は政治や理想を語っている場合ではありませんね」


ナルハが言い返す前に、魔法阻害のレーダーとして灯していた『光源ライト』の明かりが急速に小さくなっていくのを見てハリハリは警告を発した。


「『機械人形マシンドール』の阻害範囲に入りました。両岸を警戒して下さい」


「先ほどの足の遅い船と違いこちらはそれなりの速度がある。川の中心を突っ切れ」


「魔法が使えりゃ撃ち落とすのに苦労はねぇんだがなあ」


ナルハ以外の全員が戦闘態勢に入り、悠はハリハリに視線を切らずに問い掛けた。


「ハリハリ、アガレス平原まではどの程度かかる?」


「このまま進めればあと20分という所でしょう。しかし、妨害があればその限りではありません」


「だろうな。俺の見た所、『機械人形』の総数は恐らく千を超えている。更にドワーフの軍まで相手にしていれば俺達も危ういぞ」


『機械人形』の運用の仕方から悠は総数を推し量っていた。それだけの兵力を自分達だけで殲滅するのは如何にも厳しい。


「これまで『機械人形』は見かけてもドワーフは現れておらん。しかし、まだここに『機械人形』を残しているという事はアガレス平原にドワーフが居る可能性は高い。それに、エルフの敗残兵もな。この『機械人形』は敗残兵狩りの為に動かしているか、更なる侵攻の為に露払いをさせる為の物であると考えるのが自然だ」


「ならば我々が目指すべきは敗残兵の発見ですか?」


「ああ。もしかしたらその中にアリーシア、陛下が紛れている可能性もある」


呼び捨てにしかけた悠はナルハにジロリと睨まれて敬称を付け加えた。ハリハリ以外には略称は許さないという事だろう。


「エルフ達が逃亡を図るとすれば、その方向は予測出来るか?」


「素直に逃げるなら北に位置するこの辺りで発見出来てもおかしくはないのですが……これほど深く『機械人形』が入り込んでいる所を見ると、アガレス平原で全滅した可能性を除外すれば南のドワーフ領以外の何処かでしょう。しかし、アガレス平原の東は『煉獄砂牢』の異名を持つダル・ガンダル大砂漠が広がっています。体力に劣るエルフが逃げ込んで生き残れる環境ではありません。この砂漠は人族とエルフ、ドワーフの緩衝地の役割を果たしていて、もし越えられれば小国群に通じていますが、水魔法が殆ど使えないほどの乾いた大地を越えた者は居ないと言われていますし、凶悪な魔物モンスターも多数生息していますから一時の避難場所としてでも選択しないと思いますよ」


「ならば西か?」


悠の問いにハリハリは首を縦に振った。


「正確には北側を含む北西方向が最も可能性が高いと思われます。そちらにはオーニール湿原地帯が広がっていますから、重量のあるドワーフや『機械人形』は足を取られやすいと思うのですよ。エルフは軽いですからね」


「と、いう事くらいはドワーフも承知しているだろうな」


「ええ……むしろ、ジワジワと包囲されているかもしれません。湿原も砂漠よりはマシですが、魔物が多く生き抜くには辛い環境である事に変わりはありません。そこを抜けて北の森に入っても、『機械人形』が回り込んでいますからね……」


つまり、安全な逃亡先など四方の何処にも存在しないという事だ。そして何より、アガレス平原で全滅した可能性が最も高いのである。


「……ならばアガレス平原で情報を収集し、次いでオーニール湿原を捜索するという手順だな?」


「それが最善かと。しかし、何処まで近付けるか……」


ハリハリの懸念はそれから10分も経たない内に現実の者となったのだった。




「クソッ!! 数が多過ぎなんだよ!!」


バローの剣が『機械人形』を数体纏めて斬り飛ばしたが、敵全体から見て減ったようには思えなかった。あの後、岸から飛んでも叩き落とされると学習したのか、『機械人形』達は理性ある生物では成し得ない強行手段で悠達の行く手を遮ったのだ。


悠達の前方に次々と飛び込んだ『機械人形』達は更にその仲間の上に着水し、川自体を封鎖したのである。魔法が使えない状況でこの物量作戦で作られた堰を突破する事は出来ないと判断した悠はやむなく高速艇に上陸を促した。


だが、森の中は先ほどの襲撃とは比べ物にならないほどの『機械人形』で溢れており、念入りに殺されたであろうエルフ兵の死体も散見された。


つまりは、死地だ。


「木の上にも居るぞ!! 警戒を怠るな!!」


上から降って来た『機械人形』を殴り飛ばし、ギルザードが叫んだ。


これほど多く入り込んでいるとは悠の想像以上であった。恐らくこの場だけで200以上は居るだろう。そしてまだまだ集まって来る気配が色濃かった。


「……魔銀ミスリルでは無い、これは……鉄製か?」


「どうやら魔銀の個体だけでは無く、もっとありふれた金属でも手駒を増やしていたようですね。エルフが組織立った反抗を出来なくなってから投入されたか最初から投入されていたかは分かりませんが……」


背後にナルハとアルトを庇い、ハリハリが杖を振るって『機械人形』を引き裂く。しかし、やはり焼け石に水であった。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、……くっ、こんな雑兵共に……!」


全員で死角を消しながら先を目指したが、やはり最初に体力が尽き始めたのはナルハだった。襲撃後、ロクに休む時間も無く動き続けていたナルハは身体強化込みでも他の全員に大きく劣っていたのだ。


「不味いですねえ、四方八方から責められ続けてはユウ殿以外はいずれやられます、ナルハ殿、何処かに隘路や洞窟なんてありませんか?」


「ちょっと待って、下さい……」


ナルハは思考の鈍る頭を何とか回転させ、現在位置と脳内地図を照らし合わせて答えを出した。


「……ここから20分ほど、東に進んだ場所に、人が2人並んで入るのが、ギリギリの幅の洞窟があります。そこなら交代で、入り口を守るか、魔法、いえ、何とかして塞げば……」


普段ならその入り口に厚い氷の壁でも作れば避難場所になり得るが、魔法を封じられている状態ではそれは叶わないだろう。それに、洞窟は出口が無い袋小路であり、追い詰められると言っても過言では無い。


「ならばそこで少し数を減らすか。ギルザード、ナルハを背負ってくれ。俺は先頭で道を切り開く」


「了解した」


「待て、そのような無様な事はっ!?」


ナルハがそれを拒否しようとしたが、その時にはギルザードはナルハの腰に手を回しヒョイと持ち上げていた。


「済まないが文句を聞いている場合じゃないんだよ、お嬢さん。アルト、ハリハリ、私の左右を頼む」


「お任せ下さい!」


「誰も通しませんよ。ナルハ殿は道案内に専念して下さい。ナルハ殿以外に正確な場所を知りませんから」


「わ、かりました……」


(『水将』が荷物の如く運ばれるとは……! だが……)


自分が足を引っ張っているという事実をナルハは認めない訳にはいかなかった。幾つかの攻撃が体を掠めていたが、それで済んでいるのは隣を走るアルトがそれとなく敵を引き受けてくれたからだ。『水将』として味方を助ける事はあっても助けられる事など久しく無かったナルハは子供に助けられている現実に長い耳の先まで赤くして恥じた。


(魔法を使えないエルフとはこんなにも弱かったのか? それとも、私が自分で思っていたよりも弱かったのだろうか……)


細剣術もそれなりに鍛えたつもりだったが、周囲の者達の実力から鑑みるにあくまでそれなりでしか無かったのだとナルハは深く落ち込んだ。ハリハリなどこの魔法制限下ですら独自の技術で接触発動に限定されているとはいえ魔法で戦っているのだ。ただ誇りがどうのと空回っている自分が酷く滑稽な存在に思えた。


「このまま、しばらく直進だ……そこからは追って指示する……」


ナビゲートを始めたナルハの気持ちはこの晩、晴れる事は無かった。

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