10-12 立ち込める暗雲7
バローがミルヒを連れて後方の兵士達を救出している間に、悠は負傷したエルフを連れて旗艦に戻っていた。道中の前方の船はシュルツが敵を殲滅したらしく、スムーズに戻れたのは有り難い事であった。
既に旗艦には無事だった兵士が集まり始めており、悠が肩を貸すエルフに気付いたナルハが近寄って来た。
「ロメロ、無事だったか!」
「ナルハ様こそ!! ……申し訳御座いません、預かった兵を死なせてしまいました……!」
悠の肩から抜け出したロメロはその場で這い蹲ってナルハに謝罪を繰り返したが、ナルハは首を振った。
「それは私も同じだ。姫様から注意を受けていたにも関わらず一方的に押し込まれてしまった……。これでは無能の誹りは免れまい」
「いえ、生きてさえいれば再戦の機会は必ず!! その時は我ら兄妹が……」
そう言いながら周囲を見回したロメロは探している顔が見当たらない事に血の気を引かせた。
「……ナルハ様、ミルヒは、我が妹はまさか……!」
「案ずるな、ミルヒはハリーティア様の仲間と後方船団の救援に向かっている。すぐに戻って来るだろう」
「ハリーティア様? それに仲間とは……」
「ユウ殿、前方はどうでしたか?」
そこにハリハリが現れ、悠に話し掛けた。
「全滅だな。助けられたのはその男だけで、殲滅は途中ですれ違ったシュルツに任せた」
「旗艦を含め前方船団が全滅という事は、生き残りは全体の4割に届くかどうか、ですか……」
「もう軍として行動するのは不可能だ。救助が済めば引き返すしかあるまい」
「そんな事は出来ん!!」
悠とハリハリの会話にナルハが割り込んだ。
「陛下を発見せずにおめおめと引き返せるものか!!」
「ナルハ殿、現実的に考えて下さい。既に軍はその戦力を失い、エルフは魔法を封じられてはいます。この上進んでも徒に兵士を死なせるだけですよ?」
「ハリーティア様はそれでいいのですか!? 陛下を見捨てて逃げるなど……!」
猛るナルハに微笑み、ハリハリはナルハの肩を叩いた。
「おやおや、誤解がありますね? ワタクシ達は先に進みますよ。ワタクシはその為にここまで来たのですから」
「なっ!?」
「ワタクシの仲間は魔法を使えない事を苦にしませんからね。ワタクシも魔法が不自由な程度で陛下を諦める事は出来ません。ですが、将であるあなたの役割は正確な情報を得て、兵士を生かして帰す事です。ここは我らにお任せなさい」
「そんな!? ハリーティア様が行かれるのに『水将』に任じられている私が帰るなど姫様に合わせる顔がありません!!!」
「辛くともそれが指揮官の務めです。そこのロメロ殿が言う通り、今は敵わなくとも命あれば再戦も叶います。誇りの為に『水将』を失う事は出来ないのですよ」
「こんな……こんな地位の為に私は戦場に赴いたのではありません!!!」
そう叫ぶと、ナルハは『水将』を示す徽章を肩から引き千切り、床に投げ捨てた。
「ご同行をお許し下さい!! いえ、お許し頂けなくても、私は1人でも陛下の捜索を続けます!!」
「弱りましたねぇ、これ以上説得している暇は無いのですが……」
チラリと悠に視線を送ったハリハリだったが、悠は首を振った。
「船団は引き揚げさせろ。この先に進むのは犬死にだ。……が、その上で個人として、立場を捨ててでも付いて来るというのなら後は自己責任だ。自殺志願者と押し問答する間も惜しい」
「出来ればナルハ殿を失神させるなりして欲しかったんですが……」
「自分でやれ。そろそろ魔法も回復しているはずだぞ」
「あ……これはワタクシが迂闊でした」
魔法が働かないからこそ悠に任せようとしていたハリハリだったが、『機械人形』の殲滅は済んでいたらしく、2人の会話を聞いていたナルハに警戒されてしまっていた。
「絶対に私は行きますからね!! たとえ意識を奪われても、気付いたら引き返して来ます!! その手段もあるんですから!!」
「…………はぁ……分かりました、分かりましたよ。もう止めません。ですが、手段とは?」
不退転の意志(と歯を)剥き出しにするナルハにハリハリは渋々折れた。それならまだ行動を共にする方が多少は安全だ。
「この旗艦にはいざという時の為の高速脱出艇が備えられています。魔力推進式ですが接触して稼働させられますので相当な速度を出す事が可能ですし、魔力が枯渇している時の為に魔石を動力にして動かす事も出来ます」
「ほほう……ユウ殿、それを使えば我々も陸路よりも早くアガレス平原に辿り着けそうですよ。ちなみに何人乗りですか?」
「8人まで乗船出来ます。と言ってもエルフの成人の体重で換算してですから、そちらの者達と私が乗れば定員一杯でしょうけど……」
アルト、シュルツ、ハリハリ以外は一般的なエルフよりも体格が良く、ギルザードの全身鎧などから推し量ってナルハが答えると悠は了承した。
「ならばそれを使わせて貰う事にしよう」
「待て待て、勝手に話を進めるな!!」
話しが纏まり掛けた所でロメロがそれに待ったをかけた。
「ナルハ様をお一人で、どこの馬の骨とも知れん者達に任せて死地に送れるか!!!」
「怪我人は黙っていろ」
悠が軽くロメロの腕を叩くと、それだけでロメロは痛みで悶絶した。
「ぐああああああああっ!!」
「ロメロ、お前は私に代わり、船団を率いて帰還してくれ。姫様には「援軍は受け取りました、ナルハは『水将』の責務を果たすまで帰りません」と言付けを」
「ぐっ、し、しかし……!」
「ここは退きましょう、兄上」
食い下がる気配を見せるロメロに戻って来たミルヒの声が制止を掛けた。
「ミルヒ!」
「劣勢の今、ここで我々が殲滅されては残された者達が一層苦境に立たされます。今はバロー殿とそのお仲間のお言葉に甘えましょう。ナルハ様の代わりが務まるのは兄上しかもう残っていないのです」
「……っ」
旗艦に戻った周囲の兵士達の憔悴した姿に、ロメロは歯軋りを漏らしたが、やがてがくりと肩を落として頷いた。
「……了解しました、私は動ける船を率いて戻ります……ですが、ナルハ様も決して無理はされませんようお願い致します!!」
「済まない、苦労を掛けるが頼んだぞ」
「おい貴様ら、ナルハ様にもしもの事があったら、私は貴様らを絶対に許さんからな!!! ……だが、治療の件は、礼を言う……」
後半の台詞をボソボソと呟き、ロメロは体を引きずる様にして下がって行った。
「素直なのかそうじゃねぇのか……」
「兄は良くも悪くも裏表がありませんから。……バロー殿、御武運をお祈りしています」
「……ちょっと違うんだよなぁ……」
「え?」
生真面目な表情で堅苦しく口にするミルヒに向け、バローはチョキを作ってミルヒの口角をむにっと上に引き上げた。
「ば、バロー殿、何を!?」
「シリアスなのは戦場についてからで十分だ。そこに向かう奴ぁ笑顔で送り出すのが生きて帰るコツってモンなんだぜ?」
そう言ってニカッ笑うバローに、ミルヒもつい可笑しくなって目元を緩めた。
「……そういう流儀は存じませんでしたが、努力しましょう」
「おう、じゃあまたな!」
軽く手を振り、バローは悠に向き直った。
「ミルヒが笑うとは珍しいな……」
「悪い男に気を付けてあげないとダメですよ、ナルハ殿。ああいう真面目なタイプは案外コロリと騙されて……あたっ!?」
「人聞きが悪い事を吹き込むなっ! それにお前も一緒じゃねぇか!!」
「それよりも高速艇は何処だ?」
「船内後部だ、付いて来い」
先導するナルハの後ろにつき、戻ってきたシュルツと合流して悠達は船内を進んだ。途中で物資保管室に立ち寄ったナルハだったが、持ってきた武器では『機械人形』を相手にするには不足と諦め、薬類だけを持ち出した。
「武器が無いならこれを使え」
「これは?」
「良質の金属で作った細剣だ。それなら『機械人形』の装甲でも貫ける」
鞄から鞘ごと取り出した細剣を悠はナルハに手渡した。ナルハはハリハリの方を見たが、ハリハリが頷いたのでナルハは細剣を手に取り、鞘から抜き放った。
「これは……相当な業物だという事は分かるが……」
薄赤く光る刀身で試しにとばかりに壁を突いてみると殆ど抵抗も無く根元近くまで埋まり、ナルハは慌てて引き抜いた。
「うわっ!?」
「貫通力が非常に高いので気を付けて下さいね。それと、『機械人形』の弱点は頭の中にある玉です、攻撃する時はそこを狙いなさい」
「な、何ですかこれは!? いくら私に身体強化が働いているからといって、この貫通力は異常過ぎますよ!?」
「えーと…………何か、スゴイ剣です、ハイ」
「明らかに説明が手抜きではないですか!! こんな剣が簡単に手に入るはずがありません!!」
「じゃあ聖剣でいいですよもう!」
「怒った振りをしても誤魔化されません!!」
龍鉄の事を話し始めると長くなるので逆ギレを演出したハリハリだったがナルハは誤魔化されてはくれなかった。子供の頃とは違い、やりにくくなったと内心でハリハリは嘆いたが、よく考えれば昔もそんなに誤魔化せなかった気がしたので考えるのをやめた。
「……はぁ……シアを助け出したらまるっと説明しますから、今は良い物を貰ったと思っておいて下さい」
「全部ですよ? その黒杖や纏っている『魔法鎧』、お姉様や姫様との経緯、共に行動している彼らの事やハリーティア様が何をしようとしているのかを洗いざらい教えて貰いますからね!?」
「ゆっくり話す暇があれば良いのですがね……」
苦く笑うハリハリの目に、一瞬だが真剣な翳が見えた。
ロメロという名前を出すと奇抜な関節技を掛けたくなるのですが、グッと堪えて次回です。




