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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-10 立ち込める暗雲5

「ちょっと待ってて下さいね。ナルハ殿を苛める悪い人形はやっつけちゃいますから」


言葉を失うナルハの前でハリハリは杖を跳ね上げ、『魔空杖アポクリファ』に魔力マナを流す。十文字槍のように広がる5本の爪が闇に溶けるように黒光を纏うと、躊躇う事無くハリハリは『機械人形マシンドール』に杖を振り下ろした。




ズバッ!!




大して力を込めたようにも見えないその一撃は何の抵抗も無く『機械人形』を縦に分断、断面を晒しつつ『機械人形』は床に喧しい金属音を鳴らしつつ散らばった。


「……ふむ、流石は龍王の鱗から作られた杖ですね。『次元断ディメンションカッター』の動作確認は良好です。やはり媒体を用いた接触発動型の魔法を阻害する事は出来ない様ですね。ここからハリハリ無双が始まるという期待をワタクシ隠し切れません!」


ビシッとポーズを決めるハリハリだったが、他の者達の反応は冷淡だった。


「バカヤロー、何がハリハリ無双だよ。俺達はとっくに片付けたっつーの」


「身体強化で誤魔化しても腰が入っていないのが見え透いている。それで拙者を上回ろうとは笑止千万」


「ハリハリは理論は凄いが調子に乗り易く、何よりバカなのが欠点だな」


「無双も何も一体倒しただけだろうが、油断するな」


「キイイイイッ!!! 今はワタクシのターンでしょうがーッ!!!」


ぷんすかと地団駄を踏むハリハリだったが、そこにアルトが済まなそうに声を掛けた。


「あの……それよりも他の船の救援に行った方が……」


「む? ……仕方ありません、ここにナルハ殿を置いて行く訳には参りませんしね。ユウ殿、ワタクシとギルザード殿、アルト殿はこの船を確保しておきますので、『機械人形』の排除をお願い出来ますか?」


「分かった。バロー、シュルツ、3手に分かれて生存者を助けるぞ」


「あいよ」


「畏まりました」


旗艦を拠点とし、悠達は生存者救助に動き始めた。この船に居る分は倒したと言っても、まだ魔法の阻害は続いており、『機械人形』を全滅させた訳では無いのだ。


「……さて、ナルハ殿、立てますか? どこか怪我をしていたりは?」


「……本当に、本当にハリーティア様なのですか……?」


「ヤハハ、そうだと申し上げたではありませんか? ……あ、もしかしてワタクシの顔なんて忘れちゃいました?」


「忘れる、なんて……忘れるなんて!!」


立ち上がったナルハは流れる涙を隠そうともせず、手を差し伸べたハリハリの胸に飛び込んだ。


「誰が忘れるものですか!!! 今までどこに居たんです!? お姉様はこの事を知ってらっしゃるのですか!? 私がどれだけ泣いたか分かってます!?」


「ちょ、ちょっとナルハ殿っ」


ボロボロと涙を零しハリハリに質問を叩き付けるナルハの顔にハリハリの眉がハの字を描いた。それが昔と変わらなくて、益々ナルハの涙腺を崩壊させる。


「うっく……うえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん!!!」


「こ、これ、淑女の泣き方では無いですよ!!! えーと……ああっ、鎧のせいでハンカチが取り出せません!!! 設計ミスです!!!」


「ぶえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん!!!」


「あ、アルト殿ぉぉおおお!!! ハンカチ、ハンカチ貸して下さいっ!!!」


「あ、ハイ」


理知的そうな人なのになぁという感想を心の奥底に仕舞い込み、アルトはなるべくそちらを見ないようにハンカチを手渡した。多分、素に戻った時が大変だろうが、それはハリハリに任せようと、ハンカチを渡すと距離を取る。この辺りの危機察知能力はアルトも磨かれたものである。


「はーい泣き止みましょうね~、ほら、チーンてして下さいチーンて」


「……」


あのハンカチはもうダメだ。


アルトは背後を窺うのは止め、周囲の警戒に全神経を注ぐ事にした。


「……全く、『水将』にまで上り詰めたエルフが死を前にして諦めるなど言語道断ですよ? 何とか間に合ったからいいようなものを……」


「……いつからです?」


「はい?」


何とか涙を止めたナルハは恨みがましい視線でハリハリを突き刺しつつ問うた。


「姫様は自分の伝手で援軍を頼んでみると仰っていました。という事は姫様はハリーティア様がご存命だと知ってらっしゃったはずです。……今にして考えると以前お2人が共に外出された後からお姉……陛下も随分と機嫌が宜しいようでしたし、急に姫様を直接鍛えたりし始めて……何か関係があるのではないですか?」


「えー……ちょっと話し始めるととても長いので今は……」


「ナルハはちっとも知りませんでした。陛下や姫様には伝えていたのに、ナルハは除け者ですか? ハリーティア様にとって、ナルハは取るに足りない有象無象だったのですか?」


「だからそうでは無くて……!」


どこか幼い頃の口調に戻っているナルハに弱り果てたハリハリがどうすればいいかと頭を悩ませている間にナルハはハリハリが最も返答に窮する質問を口にした。


「……何故、エルフを捨てたのですか……? 国の者達は皆ハリーティア様こそ陛下と共に亡きエースロット様の仇を討って下さると信じておりましたのに……」


「……」


それはハリハリにとって逃れる事の出来ない罪であり問いであった。じっと見つめてくるナルハの視線は、この国に住まう全てのエルフを代弁しているかのようだ。


ハリハリはその問いに正直に答えた。


「ナルハ殿……ワタクシもエースが殺された当時は怒り狂い、全てのドワーフを殺して弔いにしようと躍起になりました。寝食を惜しんでこの『魔法鎧マジックアーマー』を作り上げ、より効率的に、より残酷な魔法を組み上げ、より多くのドワーフを殺す事こそがシアの心と自分の心を慰める唯一の手段であると思っていたのです。……いえ、自分の喪失感をドワーフの血で埋めようと必死だった。ですが、それは誤りでした」


憂いを込めた瞳でハリハリは語った。


「どれだけドワーフを殺しても、シアはちっとも幸せそうではありませんでした。それも当然です、エースを失った悲しみをドワーフの血で贖う事は出来ないのですから……。いくらドワーフを殺してもエースは返ってきません。そして、ふと気付いた時、ワタクシは慄然としました。まるで虫を殺すようにドワーフを殺す同胞達の顔に。楽しんで生き物を殺す卑しさに……。ああ、それはエースが最も望まない同胞の姿であったのだと、ワタクシは知っていたはずなのに……!」


激しい後悔がハリハリの胸中に渦巻き、ハリハリは胸の前で拳を握り締めた。


「もっと強い魔法を、もっと殺しやすい魔法をと望む同胞を見て、ワタクシはようやく悟りました。……ワタクシが、ワタクシこそがエルフを殺戮を好む野蛮な種に変えてしまったのだと!! ワタクシがエルフの国に留まるという事は、同胞達の手とエースの理想を血で汚し続ける事なのだと、分かってしまったのです……。だからワタクシは自分の存在を消し去る為に事故を装って死んだ事にしました。そしてエースが傾倒していた本物の英雄をこの目で見て、いつか誰かの力になるような物語を残そうと心に決めたのです。……所詮はただの逃避に過ぎませんでしたが……」


世界の変化に何の寄与もしない生き方は確かに楽だった。責任も無ければ重圧も無く、ハリハリにはエルフとしての長命と自由が残された。


だが、英雄と呼ばれるような者がそんなに簡単に現れるはずが無かった。噂ほどの実力を持たない者、性格が下劣な者、途中で倒れて消えていく者……ハリハリは長い放浪生活で次第に理想を磨滅させてしまった。


「申し訳ありません、ナルハ殿。魔法はただ敵を打ち倒すだけの力では無いと賢しらにあなたに説いておきながら、ワタクシは魔法を復讐の道具に貶めてしまいました。そしてエルフをその復讐に巻き込んで殺戮に追いやってしまった。謝って済む事ではありませんが、本当にごめんなさい」


何度も謝罪を繰り返すハリハリをナルハが大きく息を吐いた。

ナルハはある一線までは非常に理知的で、それを踏み越えると感情豊かになるタイプです。ハリハリにとっては歳の離れた妹みたいなものですね。

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