10-9 立ち込める暗雲4
3メートル近くも飛び上がり正面に位置していたシュルツに短剣を振り下ろす兵士に、シュルツの両手が左右に流れる星のように閃いた。
ココンッ!
硬質な音が連続し兵士の首と胴に平行な斬線が走り、空中で3つに分断されて地面に転がった。人間であれば確実な致命傷だ。
だが、斬ったシュルツは訝しげに眉を顰めた。
「なんだこの手応えは……」
「どうしましたシュルツ殿?」
「……此奴、尋常な生物では無いぞ。肉の感触が全く伝わって来んし血も流れぬ」
剣で分断された兵士を差すシュルツの言葉に悠はしゃがみ込んでその死体を確認した。
「……これは……機械、か?」
断面を見た悠が首を傾げた。歯車や鉄骨、コードのような物を悠の知識に照らし合わせるなら、それは機械人形とでも言うべき代物であった。つまりは、ロボットだ。
「ハリハリ、ドワーフはこんなに高度な機械文化を持っているのか?」
「……いえ、こんな物は見た事もありません。『石人形』とは全く異なるようですし、ワタクシが知らない間に技術革新があったのかもしれませんが、こんな技術があるなら前にシア達に会った時に話題の一つとして上がっていなければ不自然です」
《ユウ、そいつの頭の中から力の流れを感じるぞ》
ハリハリが首を振りスフィーロが促すと、悠はナイフで機械兵士の顔を縦に切り裂いた。
「この手応えは魔銀か。それよりも硬い気がするが……む?」
頭部は様々なコードが張り巡らされ、その中心には10センチほどの透明な玉が納められており、何本かのコードがその玉から直接伸びていた。悠がコードを毟り玉を引き抜くと、僅かに発光していた玉は完全に光を失った。
《ん? 魔法の阻害効果が若干薄れたぞ》
「なるほど、この機械兵士自体が阻害装置の役割を果たしているのか。戦力と攪乱を同時に賄え、防御力も高い。こんな物が大量にあればエルフでは分が悪過ぎるな……『機械人形』とでも言う物か。よくよくミザリィは手軽な戦力として人形を与えるのが好きなようだな」
どういう原理で阻害効果が発生しているのかは解明出来ないが、今は原因だけでも分かれば十分だろう。完成度からしてドワーフが単一で作り上げた技術とは思えず、悠は物証としてバラバラになった『機械人形』を鞄に仕舞い、周囲を窺った。
「まだ魔法阻害効果が晴れていないという事は、近くにこいつらが居るはずだ。一々相手にしていてはキリがない、先を急ぐぞ」
「ハリハリ、お前付いて来れるか?」
「短時間であれば身体強化が働いていますから支障はありません。急ぎましょう」
頷き合い、再び川に沿って進んでいくと、すぐに前方から金属同士をぶつけ合う音が聞こえ始めた。それに加えてエルフの物であろう怒号や絶叫が響き、悠は今まさにエルフ達が襲われているのだと悟った。
「恐らく捜索に向かったナルハ殿の船団です!!」
「バロー、シュルツは俺に続け! ギルザードはハリハリとアルトと一緒に待機!」
「ワタクシも行きます! 面通し役は必要なはずです!」
ハリハリが冷静さを失っているなら悠は連れて行くつもりは無かったが、多少熱くはなっていてもまだ冷静さを残していると判断した悠は無言で頷いた。
藪を抜け、悠達の前に姿を現した船団は既に幾多の『機械人形』に取り付かれ、壊滅寸前であった。
鼻を突く血臭と断末魔の叫び、そして川面に浮かぶ死体からして、エルフが壊滅寸前になっている事は明白である。
「ユウ、これでは安全な後方など存在せん!! 一塊で行動すべきだ!!」
「ああ、ギルザードとアルトは俺達の背後で警戒してくれ」
数十体の『機械人形』を見て若干作戦に変更を加え、悠はハリハリの指示に従ってナルハが乗船する旗艦を目指した。犠牲になっているエルフには悪いが、指揮官を失えばそれこそ全滅は必至である。まずは命令を下せるナルハの身柄を確保しなければならなかった。
「あれがナルハ殿の船です!!」
他の船よりも装飾の豪華な船を見つけると、悠は思い切り飛び、船の縁を掴んで手を伸ばした。
バローがすぐに後を追って飛び、悠が船上に投げ上げるのに合わせてシュルツ、ハリハリ、ギルザード、アルトが次々に乗船して行く。乗船した者は警戒網を作り、最後に悠が船の上に降り立った。
それは一方的な虐殺であった。床はエルフ達の血で赤く染まり、切り裂かれたエルフ達の色を失った瞳が恨めし気に生者を射竦める。戦場を経験しているバローですら顔を顰め、アルトはあまりの悲惨さに顔を背けた。
「こっちだ」
そんな悲惨な戦場も悠の感情を揺り動かす事は無く、悠は先陣を切って未だ続く戦闘音目掛けて駆け出したのだった。
「魔法はまだ使えんか!?」
「駄目です!! 放出系の魔法は一切起動しません!!」
「もはやこれまでか……!」
ナルハは絶望しか残らない戦場で天を仰いだ。副武器として帯びていた細剣は既に折れ、矢筒の中の矢は一矢残らず撃ち尽くして立ち尽くす姿は、まさに刀折れ矢尽きたというそのままだ。
(お姉様……私では貴女をお救いする事は叶わぬようです……ご恩をお返し出来ない不肖の弟子をお許し下さい……)
死を覚悟したナルハが想うのは、我が身では無くアリーシアであった。大貴族の嫡子として生まれた幼いナルハに魔法を教えたのはアリーシアであり、そして……。
(……あの方が居れば、或いはこの様な敗北は免れたのだろうか……?)
走馬灯としてナルハの頭を過ぎるのは、先王エースロットと共にアリーシアの傍らに在り続けた、飄々とした一人のエルフだ。
『最も叡智ある者』と呼ばれエルフ全体から敬意を払われていたそのエルフは優れた魔法理論でエルフを支え、数百年先を行くとすら謳われた。今、ナルハの纏う『魔法鎧』もその男の作品であり、多少の改良は加えられていたが、現代に到るまでこれ以上の物は開発されてはいなかった。
だが、その男は永遠に失われていた。魔法実験の事故とも、親友であるエースロットを悼んで自殺したとも伝えられているが、要は死んだのだ。優れた頭脳が失われた影響は大きく、エルフは長い停滞を迎える事になった。
幼いナルハはよくその男にも手解きを受けたが、当時は言っている事が難し過ぎて半分も理解出来ない事が悔しくてよく泣かされたものだ。だが、ナルハを泣かせるとアリーシアが怒るので、その男は必死に謝りながら自分が理解出来るまで根気良く付き合ってくれたのだ。そんな様子が敬称と釣り合わなくて、ナルハもおかしくなって笑うのだった。
美しい思い出だ。……多分、初恋のフィルターが掛かっているが、それはナルハの最も光り輝いていると思えた青春の日々であった。
物言わぬ兵士の無粋な足音がナルハの追憶を打ち砕く。既にこの船の生き残りはナルハだけになっていた。
4体の兵士がナルハを囲み、跳躍姿勢を取るのを見てナルハは手にした剣を捨て、目を閉じた。
「お姉様、ナルハはお先に参ります…………ハリーティア様、また昔のように……」
一瞬後には己の命を断つであろう刃を前に、ナルハの閉じた瞳から涙が一つ零れ落ち……
ギンッ!!!
ナルハの体に埋まるはずの刃はその眼前で黒い杖に食い止められていた。
何事が生じたのかと目を開いたナルハに、追憶が重なった。
「……ふぅ、困りますねえ、そんな所に行かれてもまだワタクシは居ませんよ、ナルハ殿。旧交を温めるなら此方に居てくれないと。ね?」
有り得ない。こんな事は有り得ない。だが、自分がこの人の声を、顔を取り違える事こそ絶対に有り得ない。
「……ハリーティア、さま……?」
「はい、ナルハ殿」
色褪せた思い出が、色彩も鮮やかに月夜の下で微笑んだ。
本日2話目。明日になってからとも思いましたが、過不足無く推敲が済みましたので。




