2-15 猛き戦場の風5
悠は最早障害では無くなった兵士達を眼中から追い出し、積まれている子供達の下へと向かった。その遺体からはもう何色のオーラも見えず、その子供達が既に完全な死体である事を雄弁に伝えて来た。
「……間に合わなかったな……」
《ええ、残念だけど……》
悠は子供達の遺体を積まれた状態から一人一人に分けて丁寧に横たえると、その髪を一房だけ切り取ってそれぞれ懐に納めた。後で供養してやらなければと思って。
そして、それが終わるとレイラに子供達を土に還してやるよう頼んだ。
現在、竜気解放を行っているので今なら纏めて子供達をその酷い姿から解放してやれると思ったのだ。
《分かったわ。……みんな、さようなら》
レイラの言葉と共に、悠の手から赤い光が煌き、そのまま子供達に触れると、その姿が砂の様に風化していった。それを悠は一人一人に行い、最後の一人が風化した後に再び手を合わせた。
「行こう、レイラ。俺達には、まだ助けなければいけない人間が居る」
《ええ、せめてあの二人だけでも連れて帰りましょう。まだ治療が必要な子達も居るのだし》
そう言って悠は馬車の元に戻ると馬を切り離し、荷車の下に潜り込むと、そのまま持ち上げて空へ舞い上がり、戦場を後にした。後に残された両陣営の兵士達は呆然とその光景を見やるのみであった。
「ああ、どうすっかなぁ……逃げ……られればこんな事で悩みやしねぇのに……」
ベロウは林に身を隠しながらブツブツを愚痴をこぼしていた。さっきから今なら逃げられるかもしれないと思い一歩踏み出しては、いや、捕まったらどんな拷問をされるか分かったもんじゃないと二の足を踏み、結局引き返すという繰り返しだったのだ。
逃げてももうノースハイアにベロウの安住の地など無い。なにしろ、王であるカザエルに裏切り者として認識されているのだ。家は悠の口添えで取り潰しにはならないかもしれないが、帰っても厄介払いされるのが落ちだろう。今頃、新しい当主でも決めているかもしれない。
そして何より、あの両目を潰されて虚ろに呟くクライスの姿がベロウを萎縮させた。人間としてあんな風にだけはなりたくないと徹底的に思い知らされたのだ。あんな目に遭うくらいなら、まだ尻の穴でも差し出した方がマシだ。
そんなベロウの頭上が不意に翳った。天気でも崩れて来たのかと上を見上げたベロウの目に映った物は、馬車の荷車を担いで空を飛ぶ悠の姿だった。
最早乾いた笑いしか込み上げて来ない。
「おい、帰るぞ。さっさと貴様もこの中に入れ」
「は、はい、ただ今っ!」
どうやら自分はもう逃げられないらしいとここに至ってようやくベロウは完全に諦めたのだった。
一方その頃、今回の対アライアット戦の総大将として軍を率いていたノースハイア王国の王子、アグニエル・ミーニッツ・ノースハイアは機嫌が悪かった。
虎の子である召喚者の部隊の場所の情報が敵に漏れてしまい、奇襲によって殆どが討ち取られてしまったのだ。戦闘力に反比例して精神的に脆い召喚者達は次々に討ち取られてしまい、結局二名を残して全滅してしまっていた。
その二名のうち一名はかなりの傷を負い、もう一名は防御専門の術者である事を考えると、やはりもう全滅と言ってよく、その価値を失ったと判断したアグニエルは召喚者を前線に置き去りにして時間を稼ぎ、撤退の用意をしていた。失ったとはいえ、召喚者は所詮使い捨ての駒である。戦場で磨り潰すのに何ら躊躇いは無かった。
それに今頃本国では新たな召喚者が来ているはずだ。それを多少戦える様に『調教』し、また攻めて来ればいい。アグニエルはそう考えて心を静めた。
召喚者を酷使しているノースハイア軍の数はアライアット軍の半分にも満たない数であり、錬度も低い。召喚者頼みの戦い方をしているノースハイアは、この20年で軍をどんどん弱体化させて来た。戦いは殆ど召喚者を押し出しての高火力による力押しで、それ以外の兵士は残敵の掃討や身分の高い者の護衛が主な任務であるので、それも当然である。
「アライアットのゴミ共め、今は調子に乗っているがいい。この次は倍の数で圧倒してくれよう」
アグニエルは苛立ち紛れにそう呟いたが、彼の希望が叶う事は無かった。本国に戻ったアグニエルが見た物は、連れ去られてしまった召喚者、持ち去られた召喚器、そして牙を抜かれた王のカザエルらであったので。
悠の姿は空の上にあった。帰りはレイラが『虚数拠点』の座標を掴んでいるので、ベロウによる案内は不要の為、担いでいる荷車を物理防壁で覆い、速度も200キロ超の高速で飛んでいる。
その為、竜気の消費が中々に激しい。行きはまだ押さえられていたが、戦場での竜気解放、そして『竜ノ怨嗟』の使用、荷車を担いでいる筋力活性に物理防壁と高速飛翔。ここまで重なると、例え『豊穣』を使用していても(『竜ノ怨嗟』の時は『豊穣』を切っていたので尚更)消耗が激しくなるのも仕方が無い。現在の悠の竜気は50%ほどになっていた。
帰った後にも使う竜気を考えると、この辺りが使用限界と見るべきであろう。数日は屋敷で回復と情報収集、そして子供達の治療に専念しなければならない。
1時間ほどの飛行で屋敷に辿り着いた悠は、これからの事を思い、気を引き締めるのだった。




