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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-7 立ち込める暗雲2

《しかし、何度繋ごうとしてもユウとの連絡がつかず、私も段々焦ってしまい……醜態を晒しました……》


話している間に多少客観的な視点を取り戻したナターリアは恥入るように小さな声で呟いた。悠への通信は『竜ノ微睡オーバードーズ』の結界で遮断されており、藁にも縋りたいナターリアはさぞ心細い思いをした事であろう。


「……ユウ殿、事は一刻を争います。ワタクシの予測が正しければ、このままでは女王の右腕であるナルハ殿のお命すら危うい」


「ハリハリ、お前の予測を聞かせろ」


固いハリハリの言葉の先を悠が促すと、ハリハリは心を落ち着けるように目を閉じ語り出した。


「……最後の伝令の内容でワタクシには何があったのか想像がつきます。エルフの誇りとは卓越した魔法と弓術に他なりません……つまり、ドワーフは手に入れたのでしょう、エルフの魔法を無効化する術を……。そうでなくてはシアが容易く負けるはずがありません。『魔法鎧マジックアーマー』もワタクシが作った時よりも洗練されているでしょうが、魔法戦闘能力を強化するというコンセプトは変わっていないはずです。魔法阻害に対してもある程度は対策はなされているのかもしれませんが、完全な阻害は不可能です。エルフには神鋼鉄オリハルコンはおろか、精霊鋼ソウルリーダーも無いのですから」


エルフの『魔法鎧』は身体能力の強化、魔法高速化、周囲の魔力マナ吸収や防御力向上効果が付与されているが、魔法を使えなくされてしまえば身体能力の強化と防御力向上くらいしか用をなさない。それもエルフの身体能力と耐久力の低さを補う為の物で、ドワーフと接近戦で殴り合うには如何にも力不足だ。


《この様な願いが厚かましいという事は重々承知しております……ですが、もう他に頼める所が私には無いのです!!! どうか、我々を助けて下さい!!!》


必死の嘆願をされるまでも無く、悠とハリハリは頷き合った。ナターリアの話を聞いた上でどちらを先に訪れるか判断する予定であったが、事ここに至れば最優先でアリーシアの身柄を確保しなければならないのは明白だった。


「了解した、俺はすぐにそのアガレス平原に向かう事にする。……ハリハリ、何人連れて行ける?」


「今回は魔法使いを連れて行くのは悪手です。ですが、ワタクシは付いて行きますよ。移動の他に道案内も必要でしょうから1パーティー6人という所ですね、内訳はワタクシとユウ殿の他に……」


必要なのは魔法に頼らぬ戦士職である。ハリハリは阻害の可能性のある才能ギフト能力スキルの使い手を省き、名を挙げた。


「バロー殿、シュルツ殿、ギルザード殿、それと……アルト殿」


アルトの名に悠が反応するが、ハリハリは機先を制して理由を述べた。


「ご懸念があるのはもっともですが、アルト殿は大貴族の嫡男で、今後エルフとの交渉に臨む可能性を考えれば外せない人物です。我々だけでは大義名分が立ちませんから、直接戦闘に出さなくても意味はあります。安全を確保してから顔を出すようでは見下されますし、客観的に見てアルト殿が一番総合力で優れており、生存能力も高いのです。戦闘だけならトモキ殿、逃亡も視野に入れるとカンナ殿という人選もありますが、軍との戦いよりも個人戦に特化したお2人では不覚を取る事も考えられますので」


アルトに求められるのは戦闘よりも交渉というのがハリハリの意見であった。元々交渉役として考えていたアルトを最初から関わらせる事でエルフの心象を少しでも良くしたいという思惑もある。軟弱な交渉役では侮られてしまうのだ。


「……分かった、アルトが受けるならアルトも連れて行こう。待機するメンバーに関しては?」


「ここからではエルフ領に些か遠いので、アザリアの街に待機して貰うのがいいでしょう。今のユウ殿は力が制限されています、支援はなるべく近い方が望ましいと……」


「よし、その案を採用する。各方面への連絡と出発準備を急げ。1時間以内だ」


「了解です!」


本当は誰よりも先に救出に向かいたいであろうハリハリが己を殺して提示した案に悠は了承を返した。今は巧遅よりも拙速が求められるタイミングだった。


「ナターリア姫、もう少しだけご辛抱下さい。必ずシア……いえ、陛下は我々が見つけて連れ帰りますから」


《お願いします、ハリーおじ様……ユウ、くれぐれも無事で……》


「任せろ。ナターリアは国内の混乱を収めるのに尽力してくれ」


こうして穏便に(?)進められるはずであった2国の訪問は、戦地への救出作戦という強攻策を余儀無くされたのだった。




「カロン殿、ワタクシの装備はもう完成していますか?」


「一応使えるとは思いますが、本当はもう少し詳細を煮詰めたい所ですな。私もこれらに関しては専門では無いので、細かな調節はハリハリさん本人にやって貰わなければ……」


「いえ、上等です。間に合わせて頂いて感謝致しますよ」


カロンの手から受け取った不思議な形状の杖を握り、自分の思う効果を発揮していると確認したハリハリはもう一つ、そばに安置されている金属鎧に向き直った。


「こんなに早く出番が来るとは思いませんでしたが、出し惜しみをして大切なものを失う訳には行きません。たとえそれが忌むべき過去を繰り返す事になろうとも、ワタクシは……」


迷いを振り切るように、ハリハリはその鎧に手を掛けた。




「多少覚悟はしてたけどよ、どうも厄介な所から始まりそうだな?」


「我らは自分のやるべき事をやるだけだ。立ち塞がるならドワーフだろうがエルフだろうが斬り捨てるのみ」


「いや、一応エルフの救援なのだからエルフは斬るな……相手が敵対するならその限りではないが」


「……」


選出されたメンバーは準備しつつこれからの事態に備えていた。必要以上に取り乱す事が無いのはこれまでの経験ゆえだろう。そして、危険は伴うがそんな戦場に連れて行かれても存分に働けると悠に見込まれたという事でもあり、彼らの士気は高かった。例外は青い顔をしたアルトだけだ。


「……おいおいアルト、今からそんなに緊張してたってどうにもならんぜ? もっと楽にしろ楽に」


「バロー先生……ですが……」


「先に言っとくが、命懸けで戦おうなんて考えるんじゃねぇぞ? ユウもハリハリもお前にそんな事は望んじゃいねぇんだからな。戦闘で役に立とうなんて色気出してんじゃねえ」


内心を言い当てられ、アルトはギクリと体を固くした。


「お前はよぉ、選ばれたからにはちゃんと役に立たなけりゃならないなんてクソ真面目な事考えてっから緊張すんだよ。シュルツのバカが珍しくいい事言ったじゃねぇか、お前はお前に出来る事をやれる範囲でやりゃいいのさ。おっと」


バカ呼ばわりされたシュルツの裏拳をひょいとかわし、バローは不敵に笑ってみせた。


「くれぐれも身の丈を超えたマネは慎めよ。……でなけりゃ前のドラゴンの件と合わせてペケ2つって事で、ユウは二度とアルトをどこかに連れて行っちゃくれなくなると思いな。これは汚名返上の好機なんだ」


「汚名、返上……」


バローの台詞を深刻な表情で繰り返すアルトにバローは呆れ、アルトの髪をグシャグシャと掻き回した。


「うわあああっ!?」


「だーかーら、思い詰めるなって言ってんだろーが!! いいか、無闇に危ないマネしやがったらユウだけじゃなく俺だってタダじゃおかねーからな!?」


「わ、分かりました! 分かりましたから!!」


アルトが慌てて首肯するとバローはようやくアルトを解放した。


「なら頭を整えて来な。イイ男ってのはどんな時でも身嗜みに拘るモンだ」


「バロー先生がやったのに……」


アルトにしては珍しく愚痴を零し、出発に間に合うように急いで部屋を出て行くと、部屋の中は俄かに緊張感を帯びた。


「……アルトにゃああ言ったが、状況は相当厳しいと思っておいた方がいいぜ。俺らも五体満足にゃ帰れねぇかもしれねえ」


「で、あろうな……ドワーフの精強さは伝聞ですら一筋縄では行かん。エルフの精鋭が揃った軍が容易く打ち破られるほどであれば……」


「死線を潜る事になる可能性は高い、か……。私はともかく、生身のお前達は一歩間違えば死にかねん。いざという時はアルトを連れて逃げろよ」


「そんな状況になったら一人の足止めで逃げられるとは思えねーよ。最悪、ここに居る奴らは死んでもユウとアルトだけは逃がすぜ。どうせお前らも同じ事を考えてるんだろ?」


「「……」」


バローの確認の言葉に2人は無言で頷いた。アルトの前では自信ありげに見せたが、戦場に絶対は有り得ないのだ。その時にどう動くべきか、彼らの中では決まっていた。


悠を失う事は世界の終わりと同義であり、決して失う事は出来ない。そしてアルトは生きていれば必ず大事を成す人間になるというのが大人達の共通認識であった。こんな所で死なせるのは人類全体の損失である。




「その通りです。アルト殿を失う訳にはいきません。アルト殿はエルフと人間の架け橋となってくれるかもしれませんから」




そこにハリハリの声が割り込み、振り返ったバローは意外感に首を傾げた。


「……ハリハリ、お前がそんな物々しい格好をするなんて珍しいな?」


「今回は出し惜しみしている場合ではありませんからね、ワタクシも本気でやります。この『真式魔法鎧・改エンハンスメントアーマー・カスタム』と『魔空杖アポクリファ』があれば理論上、どんな場合でも対応出来るはずです」


そう言ってハリハリは他の3人に深々と頭を下げた。


「おい、ハリハリ……」


「いえ、言わせて下さい。……今回は危険な作戦に巻き込んでしまい申し訳ありません。ですが、ワタクシはどうしてもシアを助けたいのです!! ……正直に言いまして、シアが生きている可能性は低いでしょう。魔法を奪われたエルフがドワーフの軍勢を相手に生き残る確率は小指の先ほどもあるかどうか……ですが、ワタクシはこの目でそれを見ない内は諦めたくないのです!!」


明晰な頭脳を持つハリハリには既に分かっていた。アリーシアが生きている可能性は殆ど無いという事を。それを探す為に戦争の前線に赴くなど、無駄に近い徒労でしか無い事を。


だが、可能性が小さいからと切り捨てるには、アリーシアはハリハリにとって重過ぎた。もし悠に提案が受け入れられなければ、ハリハリは自分だけでもエルフ領に赴いただろう。たとえ、それが死を意味するとしてもだ。


ならばバローの返事は決まっていた。


「……いつまでも野暮なマネしてんじゃねぇよ。惚れた女を助けようってダチを見て見ぬ振りをするほど、俺は冷めちゃいないぜ? それに、お前にゃエルフの綺麗所を紹介して貰う約束を果たして貰わねぇとなぁ?」


「バロー殿……」


「お前とは種族も歳も違うがよ、今までバカやりながらも楽しくやって来たじゃねぇか。だったら俺らはダチだろ? ちょっとは俺にもカッコつけさせろや」


男臭い笑みを浮かべるバローは頭を上げたハリハリの肩を叩いた。


バローは密かにハリハリに感謝していたのだ。バローの過去を知りながら、ハリハリは一度としてバローを過去の所業で詰った事は無かった。アルトですらその話を聞いた時は身構えたというのに、ハリハリは「そうですか」の一言でそれ以降追及する事は無かったのである。


それは無関心だからでは無い。ハリハリは過去で人を見るのではなく、今のバローを見て判断したからだ。深く過去を悔い、今を正しく生きようとするバローが本物であると感じたから過去を理由に軽蔑しなかったのだ。バローにはそれがどれだけ難しい事なのか、良く分かっていた。


「そろそろ出発するぞ」


「おう、今行くぜ!」


部屋の外から聞こえる悠に返答し、バローはサッサと歩み去ったが、ハリハリはその背にもう一度深く頭を下げるのだった。


突入メンバーはハリハリ以外近接職です。しかし、相手は下手すると万単位にもなりますので、『竜騎士』になれない悠では殲滅は不可能でしょう。持っている技術も一部を除いて不明ですし、厳しい戦いになります。

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