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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第十章 二種族抗争編
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10-5 竜器使い3

「蒼凪……」


悠はもう一度、蒼凪の名を呼んだ。だが、その声には一切の甘さは存在しなかった。


「お前にとって俺がどういう風に見えているのかは知らんが、あまり俺を舐めんでくれんか?」


「……え?」


サッと血の気の引いた蒼凪の顎の下に悠が手を添えて固定し、至近距離から目と目を合わせた。それは一切の嘘と感情を見抜く深淵のような瞳であった。


「お前が俺の事を理解しているというのなら、俺がここで情欲のままにお前を抱くとは思っていまい。よしんば抱かれるならそれはそれでいい、そうでなくても俺が何か優しい答えをくれるだろうと、今のお前はそう思っているだろう?」


「っ!?」


ギクリと体を強張らせる蒼凪だったが、体を引く事は悠の手が許さなかった。


その時になって初めて蒼凪は悠が深く怒っているのだと、遅まきながらに気が付いた。


「お前がもう一人前であるのなら言っておこう。……甘ったれるなよ小娘、たった2年分ほど努力して『竜騎士』になれないから自暴自棄だと? お前は何処の天才様のつもりだ? そんな心根で『竜騎士』になれると思ったか?」


反論を許さない重圧に蒼凪は金縛りにあったかのように体を強ばらせ、悠の言葉に身を縮めた。


「俺を頼るのは別に構わんが、依存するのはもうやめろ。俺は強い女が好きだが、それは単に戦闘能力が高い事を指しているのでは無いぞ? 何よりも一本の芯がある、心の強い女が好きだ」


「わ、私には、何より、それがありません……!」


「いいや、ある」


「ありません!!!」


「ある!!!」


蒼凪の否定の言葉を打ち砕くように、悠は力強く断言した。


「出発点で持っていなかったから蒼凪はまだ気付いていないだけで、それはもうお前の心の中にあるんだ。俺はそういう風にお前を鍛えた。『竜騎士』になれないからどうした? それだけが戦う力では無いのをお前はその目で見て来たはずだ。手に入れた力に胡座を掻いている奴らばかりだったが、それは俺にも言える事だ。慢心すれば、俺とてただの一撃で死にかねんのだぞ?」


悠は自分が最強だと思った事は無い。頭を吹き飛ばされれば『再生リジェネレーション』をする間もなく死ぬし、竜気が尽きて『再生』が使えなければ普通の大怪我でも死んでしまう。『竜騎士』化を恒常的に維持する事は出来ないし、油断すれば屍を晒す羽目になる、脆弱な生命体である。


だからこそ悠は心を鍛えたのだ。すり潰される部下を見ても、肩を並べて戦う同僚が倒れても、それに気を取られて敗れる事は許されないのだ。そうした心の弱さがより多くの人々を死に追いやるのだと知る故に。


「俺が一敗地に塗れても、お前達は生きて行かなければならん。前を向き、その先に歩いて行かなければならんのだ。安易に居場所を求めて俺に心身を委ねるのがお前の本意なのか? それを受け入れる俺は、お前が好いてくれた俺なのか? もしそうだと思っているのなら……」




――俺は、とても悲しい。




悠の瞳に浮かぶ怒りの背景に、それを圧する悲しみが広がっている事に、蒼凪は自分こそがこの瞬間にも悠を深く傷付けているのだとようやく悟った。そして、それを言わせてしまった自分の愚かさに身震いし口元を戦慄わななかせた。


「ぅ……ぁ……」


「この世界では成人と見做されようと、お前はまだ若い。いや、幼いと言ってもいい。俺はまだ自分の足で立っていない者を抱くつもりは無いし、生涯を共に出来るとは思えない。……蒼凪、俺を理由に思考を止めるな。誰かを心の支えにしても、お前の人生を生きているのはお前自身に他ならん。もっと自分の力を信じてやれ。俺ももう力だけで生涯の伴侶を選ばんと誓ったのだからな」


蒼凪の目にみるみる涙がたまり、堰を切ったように溢れた。


蒼凪は不安だったのだ。『竜騎士』の素養の無い自分に悠が失望したのでは無いかと思い、怖かったのだ。


「ご、ごめんな、さい……! わ、私、いつも、言葉にして、貰わないと、分からなくて……でも、辛く、てっ……!」


蒼凪の涙ながらの懺悔に、悠の怒りの気配は霧散していき、悠は蒼凪の顎から手を放してそっと頭を抱き寄せた。


「蒼凪は自分と合わせてもう少し他人も信じた方がいい。この屋敷に居る者でお前を謀ろうとする者は居らんし、皆運命を共にしているのだ。何もかも疑うばかりでは人生詰まらんぞ?」


「はい……」


悠の胸元に顔を埋め、くぐもった声で蒼凪は頷いた。いい加減、人の誠意や善意まで疑うのは止めにしなければならないと強く思った。


だから、これを最後にしようと蒼凪は小さく悠に尋ねた。


「……最後に、一つだけ質問してもいいですか?」


「俺に答えられる事なら構わんが?」


悠の言葉に蒼凪は深呼吸し、体の震えを止めて質問を吐き出した。


「……わ、私は、悠先生の選択肢に、ちゃんと入っていますかっ?」


血の気が引いていた顔から一転し、耳の先まで赤くしながら、早口で捲くし立てる蒼凪の質問に悠も表情の選択には苦慮したが、答えはすぐに浮かび、蒼凪の耳元に口を寄せた。


「―――」


紡がれた答えは他の誰も知らない。


ただ、悠の背に手を回す蒼凪だけが知っていた。




「よう、お姫様の機嫌は直ったか?」


「蒼凪はもう一人で立てる。ご機嫌取りなど必要は無い」


《ユウの部屋で休ませてるわ。ちょっと休めば大丈夫よ》


「安心しました。ワタクシがつい口を滑らせてしまったせいでソーナ殿を追い詰めてしまったようで……」


恐縮するハリハリに悠は首を振った。


「傷付ける意図で発した言葉では無いのだから気にするな。謝られても蒼凪も困るだろう。竜器が使えるからと言って手軽に強くなどなれんのだからな」


「まぁな……」


それを体感したバローが苦い顔で頷いた。サイサリスと『仮契約』を交わしてみたバローは急に上がった身体能力と能力を使いこなせず、転倒するは自爆しかけるはで砂埃に汚れており説得力があった。


「他も似たようなモンだぜ。足を止めてりゃまだマシだがよ、動きながらじゃ厳しいな。そういう意味じゃ魔法で戦えるシャロンが一番上手く扱えるんじゃねぇか?」


「そんな情けない事では困るな。常に『竜気装纏プラーナバースト』で動けるくらいにはなって貰わねば」


「相変わらず厳しい事を簡単に言ってくれるぜ……」


態度はげんなりとしつつも、バローの目は新たな力に燃えていた。いつまでも雪人にバカにされたままではいられないというのが大きかったかもしれないが、傍から見るハリハリにはその思考が既に雪人の思惑通りで思わず笑いが漏れそうになる。


竜気プラーナの問題もありますし、当分は真龍鉄での『竜気装纏』をメニューに組み込んで頑張るしかありませんね。ワタクシもここでは試せなかった新魔法が幾つかありますし……」


ハリハリが作り出した魔法の中にはその性質上、結界の中では実践し難い物も存在した。それらの実験は『竜ノ微睡オーバードーズ』が解かれてから行われる予定だ。


「蒼凪が俺に付いて来るというのなら、蓬莱で竜器を探しても遅くは無い。一つ二つ合わなかったからと結論を急ぐのは早計だ。俺の同僚にもただ一つの竜器としか相性が合わなかった男が居たからな」


今頃仗はくしゃみの一つもしているかもしれない。


こうして悠達の半年に渡る修行は終わりの時を迎えたのだった。




翌朝、悠はミロと共に庭に出ていた。


「行くのか?」


「ああ、行く。ここで技術は練磨出来たが、次は体を鍛え直さねばならん」


ミロはすっかり旅支度を終え、決別を口にした。半年でミロを懐柔する事は叶わなかったが、何の収穫も無かった訳では無い。


「……案ずるな、もう暗殺は廃業だ。ここより戦力が揃っている場所は人間社会の何処にも無い。力試しがしたくなったら寄らせて貰う」


ミロは好敵手を求めて暗殺を生業としていたのであり、金を稼ぐ仕事として行っていた訳では無かったので、もう外に出ても暗殺はしないと悠に語った。その代わりに悠が相手をする訳だが、それはこの半年で散々行われて来た事だ。幾多の敗戦がミロのガス抜きを果たしたのかもしれなかった。


「……む?」


と、そこで玄関から現れたヒストリアがミロを見て顔を顰めた。次いで悠に向かってむくれた様子で口を開く。


「……ゆー、用事があるから来いというから来てみれば、何故こいつが居る?」


「ミロが一言あるそうだ」


「無いぞ」


「何でもいい、一言置いていけ」


「……」


ヒストリアとミロの両方から睨まれても、悠はどこ吹く風と冷静さを保ち、ミロは仕方なくヒストリアに目を向けた。


「……」


「……」


「……」


「……」


祖父と孫は無言で視線を交わしたが、名乗り出る気の無いミロと正体を知らないヒストリアの間に会話は成り立たない。それでも悠が『竜ノ微睡』を解く気配が感じられなかったミロは、小さく息を吐いて口を開いた。


「……ヒストリア、お前の『自在奈落ムービングアビス』と我の『影刃シャドーエッジ』は性質が似ている。しかし、『自在奈落』の可能性はもっと広いはずだ。今は自分を基点にしなければ使えんようだが、鍛えれば我の『影刃』のように離れた場所からでも使用出来るはず。精進するがいい」


結局ミロが語ったのは、自分が出来る範囲での戦闘のアドバイスという、およそ家族の温かさとは無縁のものだった。事実、それを聞いたヒストリアは鼻を鳴らし、踵を返す。


「ふん……お前に言われずともひーは日々進化している。話がそれだけならひーは行くぞ」


「……ああ」


「ホントに、最後まで訳の分からん奴だ……」


ブツブツ言いながら屋敷の中に戻って行くヒストリアの背に、ミロの口だけが言葉を紡いだ。


(…………)


ふと、声が聞こえたような気がして振り返るヒストリアだったが、ミロは既に興味などなさそうに視線を外しており、眉間に皺を寄せたヒストリアはやや乱暴に扉を閉めた。


何の意味も無い様なやり取りだったが、ミロを知る者であれば瞠目に値したであろう。ミロが一部とはいえ『影刃』の秘密を他者に語る事など絶対に有り得ない事だ。それは人と上手く交わる事の出来ない不器用な祖父が、孫娘に送った精一杯のメッセージだったのかもしれない。


「済んだぞ」


「ああ」


だが、悠もそれを問い質すような真似はしなかった。悠に焼ける世話は2人を引き合わせる事までだ。そこから踏み出すかどうかはミロの問題であり、ミロは自分なりの答えを出した。ならばもう悠に出来る事は無い。


悠が『竜ノ微睡』を解くと、同時にレイラの竜気が枯渇し眠りにつき、空間が色を取り戻して行く。外は夜の帳が下りていた。


ミロが一顧だにせず歩み、闇夜の中に融けて行く。別れの挨拶も無く、ただただ前に。


月だけが、その行く先を仄かに照らしているようであった。

年齢の若い子が多くて精神的フォローに振り回される悠なのでした。


……まぁ、悠の精神年齢からすると皆年齢の若い子に該当してしまうんですが……。


ちなみにこの日の晩は悠は違う部屋で寝ました。念の為。

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