10-4 竜器使い2
若干アダルティですが、多分規約範囲内。
「……」
蒼凪は血の気を失ったまま終始無言であった。ハリハリの仮説は蒼凪から『竜騎士』の可能性を奪い取るものだ。悠に付いて行く事を望む蒼凪には到底受け入れる事は出来なかった。
隣に座るシャロンはそんな蒼凪の様子に気付いていたが、適合した自分には何も言えないのだと気付き途方に暮れた。どんな慰めを口にしてもシャロンの言葉は蒼凪を傷付けるだろう。
生気の無い表情のまま立ち上がった蒼凪はフラフラと広間を出て行き、困ったシャロンは悠に視線を向ける。
「……名を呼ばれた者達はサイサリスとウィスティリアから『仮契約』のレクチャーを受けておけ。後で俺からも手解きをしよう」
そう言って散会を命じた悠は蒼凪を追って部屋を出ていった。
「仮説とはいえ、酷な事を言ってしまいましたかね……」
「後で事実を突き付けられるよりは良かったんじゃないですか? それに、これはあくまで仮説であって確定している訳じゃありませんし、悠先生にお任せしましょう。ハリハリ先生の仮説通りだとしても、デメリットばかりでは無いですよ」
『仮契約』で力を引き出すメリットとして竜が意識を消失しない事が挙げられる。基本的に蓬莱では人間と『契約』を結ぶと竜の意識は消失し、次に目覚めるのは『竜騎士』に覚醒する時を待たねばならない。協力して戦うというスタイルならば、むしろ『仮契約』で戦う方が魔力と竜気の観点からも効率的と言えた。出力不足はやむをえないデメリットだろう。
「ところで、リーンはやっぱり何か才能か能力が有りそうよね?」
「え!? ……あ、仮説に沿うならそういう事になる、ね?」
『能力鑑定』を受けていない為、自分ではピンと来ないらしいリーンだったが、他の者から見ればそれは確定的な事実であった。
「多分、槍に関する才能だと思いますよ。いくらユウ殿の教示があると言ってもその前からリーン殿は槍の技量だけが突出して高かったですからね。一度『能力鑑定』を受けておくといいと思いますが?」
「……でも、それで有名になってまた指南役になったりするのは……」
既に年齢からは想像出来ない技量を有するリーンである。この上才能まで評判になって引っ張り回されるのはリーンとしては御免被りたい所だ。リーンの目標は冒険者であって槍の師範では無いのである。
「正しい知識を持っておくのは悪い事ではありませんよ。どうしても隠しておきたいのなら伝手もありますし」
「本当ですか!?」
「うん、秘密にしてくれるなら大丈夫だと思うわ」
ハリハリの言う伝手とはエリーの事だ。国の専属も居るが、そちらは近々制度が改正され、庶民にも手が届く価格で解放される事になっていた。もはや『能力鑑定』は金がある者達だけが利用出来る才能では無くなるのだ。
しかし、その分秘匿性が失われるのは仕方がない事である。自分の才能や能力を知りたいと思う反面、禁忌に抵触する才能や能力を発見されるリスクもあり、皆が皆『能力鑑定』を望むとは限らないのである。
悠は才能や能力によって差別したり隔離したりする事には反対であり、シャロンの存在は現状の制度に対し真正面から喧嘩を売っていると言える。ヒストリアや明も場合によっては非常に危うい存在であるが、制御や倫理を身につけさせたり有効に活用し生きていける場を探すのがまずやるべき事のはずだ。殺したり隔離したりするのは楽な対応だが、ただの思考停止でしかないし、シャロンの悲劇はそうして引き起こされたのだから。
「そもそも、今回の食糧難だってその2人の力で乗り越えたようなものよ。国の偉い人達には十分に反省して次に活かして貰わないとね」
樹里亜にも才能や能力には複雑な思いがある。自分の命を繋いできたのは間違い無くこの結界能力だが、これが無ければ前線に駆り出される事も無かったはずだ。もっとも、そうであれば今頃生きているかどうか怪しいものだが……。
「才能や能力が無い事も、また有る事も我々には否定出来ません。ならばどう生きるのかをユウ殿は見つけて欲しいのだと思いますよ。リーン殿に指南役を経験させたのもその一環でしょう。それを糧にするか無駄にするかはリーン殿次第です。自分の力と向き合い、その上でどうするのか決めるといいでしょう。まだリーン殿はお若いのですから……」
「ハリハリ先生に比べれば人間はお婆さんでも若いと思いますけど?」
「その通り! つまり、生き方など幾つになっても決められるのだという有り難いお話でした!」
「はぁ……これが無ければ多少は見れる人なのに……」
「「「アハハハハ!!」」」
少し自分の力に対する重苦しさが晴れる思いのしたリーンであった。
一方、そうポジティブに考えられないのが蒼凪である。
蒼凪は悠の役に立つ事こそが生き甲斐であり、その為に『竜騎士』の力を欲していた。その『竜騎士』になれないのであれば自分はただの足手纏いでしかないと、テラスで拳を握り締めた。
強くなったはずだった。この世界に来た当時から考えれば、それは100倍でも追いつかないくらいに。
だが、強くなればなるほどに悠との絶望的な差ははっきりと自覚されるようになっていった。
力が強い。魔力が強い。戦闘技術は底が知れない。そして何より心が途方も無く、強過ぎる。翻って自分はどうか?
力はそれなり、魔力もそれなり、戦闘技術はこの2年気を失って倒れるまで鍛えたが、悠に通用するレベルだとは思えない。そして何より……。
「私は……悠先生が居ないと、生きては、いけない……!」
致命的なまでに心が、弱い。
誰にも言えないが、蒼凪には優先順位があった。当然その一位を占めるのは悠であり、2位はそこから大きく距離を取って恩人の1人である明だ。死んだ両親など既にランク外となって久しい。そのランク外には自分の命すら含まれていた。
そして、多分……蒼凪は2位までの誰を失っても自分が悲しみこそすれ耐えられるだろうと冷静に判断していた。苦しくて悲しくて気が狂いそうになっても、それでもギリギリで正気の世界に踏み止まっていられると思えた。
――だが悠は駄目だ。悠を失う事だけは耐えられない。自分は死んでもいいが、他の誰が死んでも耐えられるが、何を失っても歯を食い縛れるが、悠に「もうお前に用は無い」と言われる事だけは絶対に耐えられない。
勿論、悠はそんな事を言わないだろう。たとえ「役立たずの足手纏い」であっても絶対に見捨てないからこそ蒼凪は悠を敬愛し崇拝しているのである。
……そんな自分が蒼凪には許せないのだ。悠の役に立てないのなら生きている意味を感じ取れないのだ。ペットですら主人を和ませ癒すというのに、自分にはその価値すらないと蒼凪は益々拳を強く握り、その隙間から赤い雫が滴り落ちた。
『竜騎士』になればその背中くらいは見えるはずだった。どれほど遠くとも、ミクロよりなお小さくしか見えなくとも、同じ階に立つ事が出来るはずだった。その為の努力であった。
しかし、それは失われた。失われたと、蒼凪は思った。
どうすれば、どうすればという問いだけが蒼凪の焦燥を加速させていき……。
「蒼凪」
悠の声が蒼凪の心をくすぐった。
「……悠、先生……」
「一人で思い詰めてもロクな答えは出んぞ。自分で自分を痛めつけるのは心を冷やす」
悠の手が握られた蒼凪の手に触れ、『簡易治癒』がその傷を塞いでいった。それを確認した悠は蒼凪の肩に手を置き、中へと誘う。
「俺でも茶くらいは淹れられる。もっとも、恵ほどでは無いがな。広間に行くか?」
「……」
無言で首を振る蒼凪に、悠は誰にも会いたくない時もあろうと自室で茶を振る舞う事にし、蒼凪は無言ながら悠に導かれるまま部屋に入った。
必要な物以外は殆ど無い、悠の部屋だ。聞けば蓬莱でも似た様なものだったらしい。
「悠先生は……」
「ん?」
ベッドの上に腰掛けた蒼凪がポツリと漏らす。
「余計な物は持たないんですね……」
生気の無い蒼凪の質問に悠は茶を淹れながら答えた。
「あまり物欲が無くてな。買うのは食って無くなる食料品と多少の書籍くらいか。雪人に健全な成人男子の部屋とは思えんと良く言われたものだが……」
「……私も、ですか?」
悠の茶を淹れる手が止まった。
「……質問の意味を理解しかねるが?」
「私も、悠先生にとって余計なものですかと、聞いています」
湯を注いでいた薬缶を置き、幾分か低くなった声で悠が振り向いた。
「人を物と同一視するのは感心せ……」
言い切る前に言葉を止めた悠の視線の先には、いつの間にか服を脱ぎ捨てた蒼凪の姿があった。
「……悠先生にとって、必要なものって何ですか? 何でも言う事を聞く、都合のいい女じゃ駄目ですか? 私にあげられるのはこの体しかありません。これも余計なものですか?」
「蒼凪……」
立ち上がり、ゆっくりと悠の下に向かう蒼凪の顔には追い詰められた者特有の決死の気配があった。ぺたり、ぺたりと床を進む蒼凪は、少女から大人に変わる女としての妖しい色香を纏い、悠に問いを投げ続けた。
「どうすれば強くなれるんですか? どうすれば悠先生のお役に立てるんですか? 『竜騎士』になれない私は邪魔ですか? せめて抱いて貰おうと考えるのは、汚いですか?」
(おいレイラ、止めなくていいのか?)
(……私達が止めてどうにかなる? ソーナはユウ以外の答えなんて聞きはしないわよ。ユウに任せなさい)
あまり良くない精神状態だと感じたスフィーロがレイラに尋ねたが、レイラはこれは悠と蒼凪の間でしか答えが出ない事だと察し、口出しを禁じた。無条件に悠の側に有り続けるレイラの言葉は蒼凪には届かない。
悠の直近まで迫った蒼凪が悠の手を取り、自分の胸に押し付けた。薄い胸から伝わる鼓動は早鐘のように鳴り、悠の答えを待っていた。
蒼凪にヤンデレ化フラグが立ちましたが……。




