10-3 竜器使い1
「次だな……」
悠は懐から二つの竜器を取り出した。
「竜器使いを選定する。誰が選ばれるか、または選ばれないかは俺にも分からん。とりあえず広間に移るぞ」
「いよいよか……」
パンと拳を打ち付けるバローの目には真剣な光があった。激化する戦いを悠と共に戦い抜くには力が必要なのだ。
「力んでも結果は変わりませんよ、バロー殿。粛々と受け入れましょう」
「そうですね、たとえ竜器に選ばれなくても、私達なりの修行の成果があります。竜器使いにだってそうそう負けませんよ」
竜器を得られれば最良だが、そうでなくてもこの半年で戦闘の幅は広げて来た面々だ。技も装備も半年前とは一味も二味も違うのである。
「前に言った通り、我々魔法使いは遠慮しますよ。恒常的に竜気を使って戦うのは難しいですからね。戦場に出さない子供達とミロ殿も除外するとなると……」
自分とルーレイ、それに子供達を抜いてハリハリは指を折った。
「バロー殿、シュルツ殿、ケイ殿、ジュリア殿、カンナ殿、ソーナ殿、トモキ殿、ミリー殿、アルト殿、リーン殿、ギルザード殿、シャロン殿、ヒストリア殿、サイコ殿……以上14名が対象という事で宜しいですか?」
「あ、私は外して下さい。私の役割は指揮官なので勿体無いですから」
「私も辞退します。私の持ち場はこのお屋敷の中の事ですので……」
「ふむ、そうですね。ジュリア殿には前線で戦って貰うよりも指揮に徹して貰った方がいいでしょう。ケイ殿もあまり竜器は必要となさいませんね」
樹里亜と恵が辞退し12名が選出され、広間に移動した悠はテーブルの上にサイサリスとウィスティリアの竜器を置いた。名を挙げられた12人はそれを囲む様にして椅子に腰掛ける。
「これより選定を行う。サイサリス、ウィスティリア、己の目で、心で、魂で共鳴する者を選べ。複数人存在するなら全て名を挙げてくれ」
《うむ》
《心得た》
サイサリスとウィスティリアの竜器がそれぞれの鱗と同じ色で光り始め、一同は固唾を呑んでそれを見守った。
蒼凪はその空気に珍しく緊張しているのか、両手を組み、祈る様な姿勢できつく目を閉じていた。
(お願いします、どうか私を『竜騎士』に……ずっと悠先生の側に居させて下さい……!)
この中で一番『竜騎士』になりたいと心から願っているのは蒼凪だっただろう。他の者達の思いが弱い訳では無いが、それでも蒼凪は誰よりも早く『竜騎士』の力を求めていたのだ。この半年間も修行を怠った事は無く、誰よりも努力した自負はあった。
だが、竜と他の生命との相性はそれとは無縁の所に存在する。こればかりは努力だけでは埋まらないのだ。
それを象徴するかのように、サイサリスとウィスティリアの答えが告げられた。
《私はユウとバローだ。だが……》
《……ユウ、シュルツ、シャロン、ミリー……だな。しかし……》
それぞれの竜の言葉に蒼凪は強い落胆を覚え組んだ手を握り締めたが、彼女らの言葉の歯切れの悪さに喜び掛けたバローは肩透かしを食っていた。
「な、何だよ、煮え切らねえ返事だな?」
《う、む……どうやらウィスティリアも同じようだな……》
《ああ。……ならば正直に言うが……》
同じ理由で歯切れが悪いらしいと悟り、ウィスティリアはその理由を語った。
《ユウ以外は辛うじて波長が合いそうだというレベルに過ぎん。悠を100とすると、バローは10あるかどうかという所だ。サイサリスもか?》
《そうだ。特にアルトは全くと言っていいほど私の力を受け付けないように感じる。アルトに比べればまだハリハリやルーレイの方が合いそうだ》
「ふむ……ユウ殿、どうしたものでしょうか?」
ハリハリが悠の意見を求めたが、これは悠やレイラにもどうしようもない事であった。
「俺がこれ以上竜器を持っても意味は無いな。現状ですらスフィーロとは一時的に『仮契約』を用いて繋がるに過ぎんのだ」
「この相性で『契約』は出来るのですか?」
《……》
結論を求めるハリハリにサイサリスはしばし迷い、言葉を紡いだ。
《……恒常的な『契約』状態を維持するのは多分無理だ。使うなら今のユウとスフィーロのように、一時的に力を貸すのが精々だろう。それでも無いよりはマシだと思うぞ》
「『仮契約』ですか……」
「畜生!! せっかくの力が制限付きかよ!!」
選ばれた喜びとその後の落胆にバローは髪をかき混ぜながら天を仰いだ。
「大体、なんでユウばっか相性バッチリなんだよ!?」
「それを俺に言われても困るが? そもそも俺は最初からレイラと一緒だったからな、レイラ以外のパートナーを求めた事は無い」
「ふ~む、何だか共通点がありそうですねぇ……あ……」
ハリハリが何かを思い付いた表情で手を打ち、サイサリスに尋ねた。
「ワタクシやルーレイは他の方々よりも合いそうだと感じられるのですよね?」
《あくまで他に比べたらだがな》
「それって、シャロン殿は例外として、才能や能力を持っていない人達じゃないですか?」
そうハリハリに言われて挙がった名を思い出してみれば、シャロンを抜かせば悠、バロー、シュルツ、ミリー、ハリハリ、ルーレイは才能や能力を所持していない。シャロンは生命体として特殊であるし、名前の挙がらなかったギルザードは才能も能力も持っていないはずだがデュラハンという通常の生命体とは異なる魔物である。
「才能や能力を持っている生命体は竜のと親和性が低いという事ですか?」
「完全に立証する証拠も無いのであくまで仮説に過ぎませんが、才能や能力が魂に影響を与えていると考えれば有り得なくはありません。それに現実としてシャロン殿以外、それらを持たない者ばかりが選ばれるのは些か偏りが大きいと思いませんか?」
「それは……確かに……でも……」
「だけどユウも『能力鑑定』の時におかしな事になっただろ? 正体不明だけどよ……」
樹里亜の疑問を遮り、暗に悠にも才能や能力があるのでは無いかとバローが口にしたが、ハリハリは少し首を傾げて自説を説いた。
「それって、今にして思えばユウ殿の『竜騎士』が才能として現れたのではないでしょうか?」
「あん?」
つまりですね、と前置きしハリハリは言葉を続けた。
「ユウ殿は蓬莱で既に『竜騎士』という才能を持っていたとする説です。エリー殿がユウ殿の『能力鑑定』をした時におかしな具合になったのも、この世界の才能では無い『竜騎士』を表そうとしたからなのでは無いでしょうか? 才能や能力に関してワタクシは門外漢ですが、そう考えると理屈が通るのではないかと思うんですよ」
ハリハリも推論に推論を重ねているので自信なさげであったが、『竜騎士』を才能として捉えるならば一応説明がつかなくも無かった。
「逆にアルト殿が全く共鳴しないのは既に竜の力の一部をその身に宿しているからではないかと……アルト殿は竜の力を限定的に扱う事が出来ますからね」
「そうですか……」
そう言われてもアルトは落胆の色は隠せなかった。アルトにとって『竜騎士』は憧れなのである。
「しかし、一時的とは言え、サイサリス殿やウィスティリア殿の力を用いない手はありません。サイサリス殿はバロー殿が持つのが良いでしょうし、ウィスティリア殿に関してはシュルツ殿、ミリー殿、シャロン殿が状況に応じて持つのが宜しいかと思いますよ」
「そうだな、それが良かろう。これ以上推測を重ねても仕方がない。バロー、サイサリスはお前に預けるぞ」
悠はテーブルの上のサイサリスを掴むと、それをバローに差し出した。
「……ケチはついたが力は力だ、よろしくな、サイサリス」
《上手く使えよ。不甲斐ない戦い方をするようなら見限るからな》
こうしてサイサリスはバローに預けられる事になったのである。
ハリハリの考察は現段階ではあくまで推測に過ぎません。シャロンやギルザードについての根拠も薄弱です。
その他にも一人、名を挙げられていない人も居ますしね。




