9-107 闖入者2
ファルキュラスの治療は後でじっくりと行う事に決め、悠はサイサリスとウィスティリアの側で準備に掛かった。
「『強制転化』を使うと低位活動モードに落ちるから自分の力で竜器になって貰うぞ。レイラ、スフィーロ」
《私はウィスティリアを担当するわ》
《ならばサイサリスは我が導こう》
レイラとスフィーロが首肯すると、悠は『竜騎士』へと変じ(悠が変身の掛け声で『竜騎士』になるのを見たサイコはその場で笑い転げていた)、『仮契約』でスフィーロとも繋がり、ウィスティリアとサイサリスの頭に手を置いた。
「竜には本能的に竜器となる力が眠っているが、今からお前達の中にそのイメージを送り込む。上手く捉えてその身を転じるのだ」
「うむ、始めてくれ」
「いつでもいいぞ」
受け入れる態勢が整ったと判断したレイラとスフィーロの力が流れ込み、脳内を圧迫する莫大な情報の奔流に2人の顔が歪んだが、やがて全身が発光し、ゆっくりと形を崩していった。
神秘的な光景に静寂が訪れたが、次第に光は小さく収束し、悠の手の中に収まっていった。
完全に光が失われた時、悠の手中には異なる二色の竜器が握られていた。
それを見届けた悠は『竜騎士』化を解き、竜器となった2人に話し掛けた。
「2人とも、意識はあるか?」
《……あ、ああ……何というか、とても奇妙な感覚だ……体の感覚はあるし、動かしている気配はあるのに実際には存在していないのだな……》
《曖昧模糊としていると言えばいいのか? 意識しなければ宙に浮かんでいるように頼りない気分だな……》
《ドラゴンの持つ干渉力を常に意識しなさい。肉体があるとどうしても物質体に意識を持って行かれちゃうから。自分がどう構成されているのか深く認識するのが鍛練の第一歩よ》
初体験に戸惑う2人にレイラがアドバイスを施し、それによって2人の違和感はようやく薄れてきた。
「これで今度こそ準備完了という事――」
ビーッ!!! ビーッ!!! ビーッ!!!
ハリハリが締めようとした瞬間、屋敷内にけたたましい警報が響き渡った。
「な、何事ですか!?」
《第一級敵性反応感知。今すぐ迎撃か逃亡の準備をお願い致します!!》
普段よりも固い口調の葵のアラートに弛緩した気配が吹き払われた。
「誰だ相手は!? 数は?」
《数は1ですが、過去のデータに該当する反応です。ほぼ100%の確率で対象は『影刃』ミロ。危険度Ⅷ(エイス)》
「ミロですって!?」
「野郎……朝っぱらから奇襲たぁやってくれんじゃねぇか!! 出るぞハリハリ、シュルツ!! ユウ、お前は消耗を抑えて待機してろよ!!」
「はい!!」
「言われるまでもない!」
「ジュリア殿は万一に備えてアオイ殿と一緒に結界を頼みます!!」
「分かりました!!」
「なんや、敵か? ウチも手伝ったろか?」
「一人で敵地に乗り込むとは罠の可能性も……」
「ミロはそういう搦め手は……」
一瞬で沸騰した場の中で平常のままの者が2人、正確に言えば2人と2体存在した。
「……」
「……」
《……》
《……》
「……サイコ」
「あん?」
「お前、ミロが来ると伝えなかったのか?」
「んン~~~? …………ああっ!? いっけねェ、忘れちまってたZE☆」
舌を出し自分にコツンと拳骨を入れるサイコはこれが見たくてあえて言わなかったに違いない。
どうやら悠を困らせて楽しむのがサイコのライフワークになりつつあるようだ。
《迂闊だったわ……私が言っておくべきだったのに……》
「いや……勝手にサイコが伝えると思い込んだ俺の過失でもある。皆には悪いが今から伝えるしかあるまい……」
散々独断専行を責められている悠としてはこういう事は早く伝えておきたいのだが、今更言っても無意味な仮定であろう。しかも、こういう時に限って普段は不真面目なバローやハリハリの戦意が漲っているのが尚更申し訳なさを助長していた。
「待てバロー、実は――」
「おっと、お前は休んでろって言ったろ? へへっ、心配してんのか? まぁ見てろよ、俺だっていつまでも有名人にビビってばっかりじゃ無いんだぜ! なぁハリハリ!!」
「そうですとも!! 皆で力を合わせれば、必ずや『影刃』ミロであっても打ち倒せるに違いありません!!」
「終わったら祝杯をあげようぜ!」
「陰険暗殺者との腐れ縁が切れると思うと感慨深いものがありますね……当然、手柄を立てた方に奢りですよ?」
「そいつぁ可哀想な事になっちまうな?」
覚悟を決めた男臭い笑みを交わし、拳を打ち付け合う2人に流石の悠も益々口と気が重くなるが、言わずに済ませるには事態も重過ぎた。背後で背中を向けて震えている(多分必死で笑いを堪えている)サイコのように責任放棄は許されないのだ。
「……いや、そうでは無くてな――」
「師よ、ここは珍しく髭の言う通りです。まだ病み上がりなのですから大事を取ってお休み下さい。……残念だったな貴様等、拙者が居るからには今日は酒にはありつけんぞ?」
「ほう……面白え、ここらでユウを抜かして誰が『戦塵』最強なのかハッキリさせておくのも悪くねえ」
「待て待て、それは聞き捨てならんな。人間とは一線を画するこの力、今一度その目に焼き付けさせてやろうではないか!」
更に困った事に、こういう熱血系の会話には滅多に参加しないシュルツまでもが乗り気らしく、その上空気に当てられたギルザードまで参加を表明し悠の言葉が遠のいていく。サイコは遂に床に転がって無音で爆笑していた。
「おし、じゃあミロを倒した奴が一日だけ他の奴に何でも言う事聞かせられるって事にしようぜ!! 名前を呼ぶ時は様付けな!!」
「良かろう、精々今の内にシュルツ様と呼ぶ練習でもしておくのだな」
「そういう事ならひーも参加してやる。これを機にばろを調教しておくのも悪くない」
「いやぁ、ワタクシ様付けで呼ばれるのなんて200年振りですよ。何して貰いましょうかねぇ?」
「ハッハッハ、貧弱エルフは隅っこで「あ、あれはまさか!?」とか言って解説役をしているのがお似合いだぞ?」
「どうしてミロ相手に皆強気なのかしら……」
《ユウ……?》
際限なく高まり続けるテンションを前に、悠は普通に説得するのを諦めた。無言になった悠を尻目にサッサと部屋を出て行こうとするバロー達だったが、悠はジェスチャーで子供達に耳を押さえるように促し、大きく息を吸い込み……
「静聴ッッッ!!!!!」
耳を塞いでいても肌が痺れるほどの大音響に子供達が目を閉じ、バローはバランスを崩してハリハリともつれ合って倒れた。シュルツが片膝を付き、ギルザードが立ちくらみを起こす。窓ガラスも数枚割れ、その余韻が収まるまで誰もその場を動く事は叶わなかった。殆ど音響兵器である。
《……ユウ、やり過ぎ。これじゃ話なんて聞こえないわよ》
「……止まったから良しとしてくれ……」
問題を先送りにしたり、人任せにするのは良くないと当たり前の事に深く思いを馳せる悠であった。
「……いや、いやいやいや、お前何言ってんの? 血ぃ流し過ぎて頭イカレたのか?」
「血は薬で殆ど戻っている。虚血で脳がやられている訳でもない」
「馬鹿正直な答えが聞きたくて言ってんじゃねーよ!! よりによってミロをここに参加させるって、本物のバカかお前!!!」
「とりあえず半年な。バカな事かもしれんが、やってみる価値はあると思うぞ」
「ユウ殿はどうしてこう、問題のある人を集めたがるんですかね……」
「ハリハリは自分もその内の一人だと自覚した方がいいな」
「旧五強の内の4人がここに来た事になるのね……」
「拙者は構いませんが、子供らが危険なのでは?」
やはりと言うか、事情を聞いた大人達の反応は芳しいものでは無かった。そもそも生粋の暗殺者と半年の間一緒に暮らしてみるという発想が既にあり得ない。しかも相手はしっかりとこちらに明確な殺意を持っているのだ。
「ミロは殺しがしたくて暗殺者をやっている訳では無く、悪評があれば相手に事欠かないから暗殺者をしているだけだろう。殺しはするが無差別では無いし、ミロが単なる殺人狂なら活動していた期間を考えても万単位の人間を殺しているはずだ。それに、より強い敵が居るというのにわざわざ子供を手に掛けたりはせん」
「っていう仮定に過ぎねえだろうが!! 俺は反対だぜ!!」
「ユウ殿、やはり危険が大きいと思いますよ。頭ごなしに反対するつもりはありませんが、何か安全装置が無ければやはり容易には受け入れ難いと思います」
バローやハリハリが難色を示しているのはやはり子供達の存在が大きいのだろう。悠の話はミロが子供達を襲わないという仮定の上に成り立っているので、普通に考えれば妄言と取られても仕方ないのである。
ミロが迫る中、さてどうしたものかと微妙な空気が流れるが、興味なさげに前髪を弄っていたサイコがポツリと漏らした。
「……もォ来てるんだから今更ゴタゴタ言っても仕方ねェだろ。そんなに心配ならオレがミロの監視をしてやるよ。『異邦人』に何かしようとするならオレが斬ってやる。それでいいじゃねェか」
「そんな単純な問題じゃ――」
「つーかよォ……」
言いにくそうに反論を口にしかけたバローを遮り、サイコは鋭い光を宿して言い放った。
「テメーらも元々は社会不適合者か世の中を斜めに見て拗ねてたクチなんだろ? 自分らにはチャンスを貰っておいて、ミロは駄目な理由はなんなんだ? オレから見りゃどっちも何も変わらねェぜ? ……なぁ、元召喚監督役のベロウ・ノワール伯爵殿ォ?」
「っ!」
「サイコ殿!」
当時の役職で呼ばれ、バローの口が凍りついた。それは未だに逃れられない、バローの古傷だ。
「やれ『戦神』の右腕だの『龍殺し』だの呼ばれ慣れて忘れちまったのかなァ~? ……元々テメーは救いようの無いクズヤローだったんじゃねェか。ようやく現実が見えて過保護に目覚めたのか? 甘ェ……甘過ぎんぜ善人モドキ。ユウがミロを受け入れるって決めたなら、テメーらはそれを受けいれりゃいいんだよ。常識人ぶって正論垂れ流してんじゃねェ、反吐が出るぜ」
「サイコ、もういい」
「ふん……」
サイコの発言は毒に塗れてはいたが正論であり、バローは反論を完全に封じ込められた。悠に連れてこられた当時のバローは下手をすれば子供達を人質に逃亡を図っていても不思議では無かったのに、悠は恐怖で縛りはしたが屋敷に受け入れたのだ。それは自堕落な生活を送っていたハリハリやまともに人と接する事の無かったシュルツにしても同様であった。
その中でも特にシャロンを受け入れて貰ったギルザードには反論の余地の無い言葉だ。今でこそかなり力の制御が可能になったとはいえ、当時のシャロンは危険極まりない存在として受け入れ反対の嵐に晒されたのだから。危険を理由にミロを受け入れないのでは筋が通らないのである。この中でサイコの言葉に反論出来るのはミリーだけだった。
恐るべきはそれらの事情を詳しく知らないままに急所を見抜いたサイコの観察眼であろう。単なる腕っ節だけでサイコはこの世界を生き抜いて来たのでは無いのだ。
「バローやハリハリの心配も理解している。だから、まずはミロと交渉し俺以外を襲わない事、俺以外と戦うにしても命を奪わない事を徹底させる。その上でしばらくは子供達に近付かないように監視をつけるという事で了承してくれんか? ミロがそれを守れないようなら、俺が始末をつける」
悠の譲歩案に即答する者は居なかったが、やがてハリハリが溜息を漏らし頷いた。
「……まぁ、それが妥当な落とし所ですかね。我々も監視には協力しますよ、ね、バロー殿」
「……ああ……」
こうして、条件付きではあるがミロは悠の屋敷に迎え入れられる事になったのである。
誠に申し訳ないのですがもう一話続きます。思ったより文量が必要だったので……。
サイコは悠を助けたいのか困らせたいのか良く分かりませんね。気紛れな猫みたいな感じでしょうか。
……雪人とも相性悪そう……。




