9-106 闖入者1
翌朝、悠の屋敷にはウィスティリアも訪れていた。
「本当にやるのか? 元に戻れる保障は一切無いのだぞ?」
「サイサリスが覚悟を決めているのに私が怖気づく訳にはいかないさ。それに、私ももっと強くならなければこの先同胞を守る事も覚束ないからな。スフィーロ殿も飛躍的に力を付けたと言うし……」
「全く、お前は生真面目過ぎるな。ドラゴンはもっと自由に生きるものだ」
「夫に殉じる良妻に言われるのは心外だが?」
そう言って笑うウィスティリアがここを訪れた理由はサイサリスと共に竜器となる事であった。敵に竜器ならぬ龍器を持つ者達が居る以上、こちらもせめて竜器使いを揃えるべきだというのがレイラの言である。リターンとしてはレイラによる特訓で短期間に強くなれるという条件だ。
《物理的な損傷を与えるだけじゃこの先倒せない敵が出て来る可能性は高いわ。出来れば2人、最低でも1人は竜器を扱えるようになってくれればユウの負担がぐっと軽くなるから。真龍鉄で擬似的に竜の力を再現する事は出来るけど、燃費が悪いしね》
「一発使った程度でブッ倒れるんじゃ危なくて使えねぇもんな」
『竜気装纏』で身に染みているバローが深く頷いた。連戦で使えないのではこの先敵が物量で押してきた時に対応出来ないのは明白だったからだ。
《と言っても相性って物があるから単純に強ければいいっていう物じゃ無いけどね。それに、魔法使いは『竜騎士』にならない方がいいと思うの。竜気は出力は高いけど、その分回復に時間が掛かるし、瞬間的な出力が必要なら真龍鉄で十分よ》
「ワタクシもその意見に賛成です。威力を調節しにくい竜気より普段は魔力を使う方が効率がいいですから」
ハリハリの言う通り、魔法は単純に出力が強ければ良いという物ではない。臨機応変に強弱を切り替えられ、回復が容易なのが魔力の長所なのである。悠の『火竜ノ槍』のような大火力ではオーバーキルになるような雑魚にその力を用いるのは勿体無いだけだった。
「ですが、『竜騎士』を目指せとは言わないのですね?」
レイラが求めたのはあくまで竜器使いであって『竜騎士』では無い理由をハリハリが尋ねると、ごく単純な答えが返ってきた。
《そうね、最終的には『竜騎士』になれるものならそれが一番だけど、この短期間だと……ハリハリ、あなた精神を崩壊寸前にまで痛めつけられて発狂半歩手前まで追い詰められるのに何回くらい耐えられそう?》
「…………すいません、聞かなかった事にして下さい……」
冗談の気配皆無なレイラの言葉にハリハリは質問を打ち切った。洒落で3回くらいとでも言おうものならレイラは本気で3回発狂寸前まで追い詰めると確信したからだ。悪いが1度でも耐えられる気はしなかった。
《まあ、正直ここに居るメンバーは技量だけならそろそろ竜器使いの範疇だしね。後は精神力と相性の問題だけよ》
「精神力は分かりますが、度々仰る相性っていうのがよく分かりませんね。悪いと駄目なのですか?」
《勿論。むしろ、これが一番重要なんだから。私達はパートナーになる人間と魂を共有しているんだけど、魂には波長があって、それと近しい波長の持ち主じゃないと力を発揮出来ないのよ。蓬莱には竜器が沢山あったから自分に合うものを探せたけど、ここではそんな贅沢は出来ないわ。竜器化に耐えられそうなのが現状ではサイサリス、ウィスティリア、プラムド、ヘリオンの4体しか居ないし、ドラゴンズクレイドルの主力を何体も引き抜く訳にはいかないもの。こればかりは鍛練でどうにかなる類の物じゃ無く運ね》
レイラの説明にハリハリは納得して頷いた。波長云々はまるで理解出来ないが、魂を直接見る事が出来る竜には自明の事なのだろう。
《ま、たとえ竜器を持てなくても鍛えて損はないわ。鍛練が終わりに近付いたら試すって事でしばらくはひたすら修行よ。特にハリハリはやる事が多いんだから覚悟しなさい》
「ええ、覚悟していますよ。……正直、半年と言わず一年欲しいんですが、故郷の為なら泣き言は言えません。……あの、ところでこれで全員揃いましたよね?」
ウィスティリアが到着しても『竜ノ微睡』に入る気配のない悠とレイラにハリハリが疑問を呈すると、答えようとした悠の海王の腕輪が光を放った。
「ファルか? ハリハリ、『水幕』を頼む」
「はいはい」
悠の要請に応えハリハリが『水幕』を展開すると、暗い部屋が映し出され顔を隠したファルキュラスの声が届いた。
「どうしたファル?」
《…………ユウやん、ちょっとウチの事助けてくれんかなぁ……?》
普段は快活なファルキュラスが沈んだ声で悠に頼み事とは穏やかな案件ではあるまいと、悠の顔に緊張が走る。
「……最近顔を見せんが、それと関係があるのか?」
《……》
悠の問いにファルキュラスは小さく頷き、意を決して部屋に明かりを灯した。
「……」
《これは……》
そこに浮かび上がったのは焼け爛れたファルキュラスの無惨な半面であった。見ているだけで痛みまで伝わって来そうな火傷に、特に火傷にトラウマがある智樹が悪いと思いつつも青い顔で目を背ける。
そんな火傷を見ても悠の表情は変わらない。悠にとって無惨な傷など日常に属する事柄であり、特筆に値しないのだった。そしてレイラはそれが何の傷なのか、ファルキュラスが顔を隠していた時期から見当がついたようだった。
《……なるほど、直接看てないから断定は出来ないけど、タチの悪い火を食らったわね? おそらくは高位ドラゴンの攻撃でしょ?》
《そ、そうなんや!! 色々薬や魔法も試したけど効かへんし、ずっと痛むし、でもユウやんに見られたなかったし……》
状況から察するに、相手はドラゴンズクレイドルで対峙したルドルベキアであろう。よほど参っているのか、しまいには涙声になるファルキュラスにレイラは努めて優しく語り掛けた。
《バカね、気持ちは分かるけど、すぐ私達に相談しないさいよ。待ってて、今からユウと迎えに行ってあげるから》
《ぐす……コレ治るん?》
《ええ、ちゃんとキレイに治るわ。だから泣き止みなさい?》
《お、おおきに、おおきにレイラやん!!》
益々涙の量を増やすファルキュラスだったが、通信を切る前に待ったをかけた。
《ちょお待ち!! わざわざこっちに来る手間は掛けさせられんわ、今からすぐにウチがそっち行くさかい!!》
そう言ったファルキュラスに声を掛ける間もなくファルキュラスが何らかの魔法を行使し始めると、黙って見守っていたハリハリが映像に食らいついた。
「あっ、ま、まさか!?」
可視出来るほどの海気が描く魔法陣にハリハリが驚愕している間にファルキュラスの魔法は完成し、ファルキュラスが映像に向かって手を伸ばす。
《『水鏡越界』》
伸ばした手が『水幕』一杯に触れるほど近付き、次の瞬間に水面を突き破って青白い手が出現した。
「ギャーーーッッッ!!!」
神奈、絶叫&失神。
「「「わああああああっ!?」」」
地球組、貞○を連想して恐慌。
「凄い凄い!! 水を介した瞬間移動術ですか!?」
ハリハリ狂喜乱舞。
「んんん~っ……ぷはっ!!」
そして水際に両手をついて踏ん張ったファルキュラスが姿を現し、ズルリと体を引き抜く頃には半数以上は後ずさっていた。
「ふぃぃ~……やっぱ体に堪えるわぁ。ここがユウやんの家やな? ついでに何日か泊めたってや~」
「何日かというか、半年になるがな……」
ようやく普段の笑顔を見せるファルキュラスには悠の言葉は届いていないようだった。
ウィスティリア&ファルキュラス乱入。ウィスティリアは修行の為にプラムドを説得してここに来ています。
ファルは完全イレギュラーですが、ドラゴンズクレイドル戦終了後から伏線は張っていました。たまたまタイミングが被ったという事で。
そして次で九章完結&真打登場。




