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9-104 三王会議6

だが、ミロの喜悦はサイコに肩を借りる悠を捉えると急速に薄れていった。


「……ユウ、まさか貴様、サイコに不覚を取ったのか? 失望したぞ」


「早とちりしてんじゃねェよ戦闘バカ、オレの負けだ負け負け。ピュアなハァトを一刀両断だっての」


「む? ……どこも斬られてなどいないではないか?」


「うげ……テメー、ホント天然戦闘バカだな……まァいい、依頼は撤回だ、金はくれてやるからもォ帰れや。マーダーゴーホォムってこった」


用無しとばかりにシッシッと手を振るサイコにミロは鼻を鳴らした。


「フン……金など問題では無い。我は今楽しんでいるのだ、邪魔するなら殺すぞ」


「……オイオイ、何チョーシくれてんだコラ? 聞き分けのないクソ駄犬はバランバランにバラして手足逆にくっつけてやろうか?」


ミロとサイコの間に見えない火花が散るが、悠が割って入った。


「止めろ、戦闘が目的なら俺が相手をしてやる」


「女に肩を借りているような惰弱がか?」


「……サイコ、もういい」


まだ土気色に近い顔色のまま悠はサイコから体を離したが、ミロは納得しなかった。


「不調の貴様を殺すなど御免被る。それならまだそこの3人やサイコとやり合う方がマシだ」


「戦闘において言い訳などそれこそ惰弱の極みよ。好不調を口実に逃げるのか?」


悠から発せられる強大な闘気にミロが一瞬ゾクリと武者震いに震えたが、軽く頭を振って切り捨てた。


「……いや、最高の相手は最高の状態で戦わなければ意味が無い。挑発には乗らん」


ミロにとって弱った悠を殺すなど、最高の料理に泥をぶちまけて食らうに等しい行為であった。ミロの意志が固いと悟った悠はしばし考え、誰にも予想外の提案を行った。


「……ならば人に見つからんように明日、俺の屋敷に来い。満足するまで相手をしてやる。屋敷には俺以外にも強者が犇めいているぞ?」


「ほう?」


《ちょっ、ちょっとユウ、本気で言っているの!? ミロは生粋の暗殺者なのよ!?》


レイラが声を荒げるのも無理はない。ミロは世界一の暗殺者として長年恐れられた存在であり、サイコとは違って完全な裏の住人である。被保護者を抱えて迎えるには危険過ぎる人物であった。


しかし、悠の意見は異なっていた。


「情操教育に悪いのは確かだが、ミロは戦闘狂であって殺人狂ではない。俺はこいつが無駄な殺人をしているのを見た事は無いし、俺という標的が居る限り戦う気のない者に手を出したりはせんよ。『影刃衆』の仇討ちなどには興味が無いのだろう?」


「弱い者が無様に暴走して死んだ、それだけだ。どうも我には人を育てる才が無いらしいな……。そういう意味では交わった者達を強者に導く貴様の手腕には興味を覚える」


「バカとバカの会話が一周回ってかみ合ってやがる……」


呆れたと言わんばかりに肩を竦めるサイコだったが、悠が決めた事に口出しする気はないらしい。反抗的なのか従順なのか、サイコ自身にも分かっていないのかもしれない。


しかし、常識人を自認するレイラはそんな無責任な事は出来なかった。


(ユウ、まさかミロまで『竜ノ微睡オーバードーズ』に迎え入れるつもりなの!?)


(ああ。前々から思っていたのだが、ミロが単なる悪党とは思えんのだ。シュルツに師が居なければこうなっていたような気がしてな。一度時間を掛けて交われば、もしかしたらシュルツくらいには加減を覚えるかもしれん)


(だから危険だってば!!)


(俺達の道のりに危険でない事の方が少なかったではないか。ミロがこのまま悪のカリスマであり続けるより、単なる求道者として無闇な殺生をしなくなる方が世界の為だと思わんか?)


(ああもう、頑固なんだから……! なら勝手にしなさいよ!!!)


強制的に『心通話テレパシー』が遮断され、レイラはむくれて沈黙してしまった。


「ミロ、今は退け。姿を見られると厄介だ」


「……約束を忘れるなよ」


悠の言葉に従った訳では無いだろうが、ミロはそれ以上粘着する事も無く、虚空に腕を振るうと離れた壁が何かによって切り裂かれ、そのまま外へと駆け出していった。


「3人とも済まんがミロの事は口外せんようにしてくれ。王宮を襲った賊は撃退し、死体は俺が消し飛ばした事にする」


「それは構いませんが……陛下はご無事なのでしょうか? それに、何故ここにサイコが?」


「……たまたま近くに居合わせて賊の撃退に協力してくれた、という事で頼む。向こうも問題無い」


「はぁ……?」


ミルマイズやモーンドは裏で色々あったのだろうと悟って頷いたが、ベルトルーゼはそんな事はどうでもいいとばかりに怒鳴った。


「くっ、せっかくの大物をみすみす逃すとは……! ユウ、鎧が壊れてしまったぞ、直せ!!!」


「カロンに頼んでやるから脱げ。それと、口元の血くらいは拭いておけよ。人でも喰らったようだぞ」


「ふん、次に出会ったら噛み付いてやる!!!」


「バカの臭いがプンプンしやがるぜ……」


血を撒き散らしながらガチガチと歯を噛み合わせて鎧を外すベルトルーゼを原始人を見るような目で見たが、悠は我関せずとばかりにモーンドとミルマイズに治療を施した。


「無事で良かった。ミロ相手に殺られずに持ちこたえたのはお前達が初めてなのではないか?」


「先にユウ殿が成し遂げておりますよ。それに、頂いた武器が無ければ我らはとっくに現世の住人ではありませんでした。それと、モーンド殿の指示が的確だったお陰です。流石強兵を抱えるアライアットで不敗と呼ばれる親衛隊を率いる方だと感服致しました」


「とんでもない! お恥ずかしい話、私は部下も連れていないこの状況で相手が『影刃』だと分かった瞬間、「ああ、死んだな……」と思ったものです。卓絶したミルマイズ殿の技量無くば、今頃私は血だまりの骸でしたよ」


互いに褒め合うミルマイズとモーンドだったが、多少は謙遜が含まれてはいただろう。しかし、ブツブツ言いながら鎧を外すベルトルーゼに視線を移した時、2人の目には純粋な敬意が浮かんでいた。


「ですが、何と言っても……」


「ええ。ミロが相手でも、何度転がされても立ち上がるベルトルーゼ殿が居たからこそ我らは諦めずに戦えました。技は拙くとも、兵を率いる者はああで無くてはなりません。こうして共に戦えた事を誇りに思いますよ」


頭の回る者達にとってベルトルーゼは単なる猪突猛進の単細胞だろう。しかし、肩を並べて戦う者達からすれば、決して怯まず倒れぬ将は精神的支柱になり得るのであった。事実として前線で苦労を共にするベルトルーゼは兵からの人気は非常に高いのだ。


「バカと何とやらは使いよう、か。確かに死にそうにねェな」


「理詰めで戦うお前には愚かに見えるだろうが、不純な物が無いベルトルーゼは強いぞ。これまで生き延びたのは幸運もあろうが、決してまぐれではないという事だ」


「知ってらァ、敵にするのは計算通り動かないバカが一番厄介だ。……なんせ、説得する為にワザと死に掛けるバカが居やがったからなァ……」


そう言ってギロリと睨むサイコは悠の行動がよほど腹に据えかねたようで、レイラのフォローも無い今、悠に返す言葉は無かった。


「……さて、そろそろ城下の火も鎮火しただろう。民衆の混乱を収めねば」


悠としては珍しい事に、現実的な提案に逃げるしかなかったのであった。

サイコにミロ……ヒストリアやオリビアを合わせれば凄い濃い空間が出来上がりそうですね。仲間外れのバルバドス……。


ちなみにミロは恨みとかで暗殺したりしないので危険はあまり無いと思います(悠以外)。

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