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9-103 三王会議5

「あ、ヤベ……」


悠に肩を貸したまま部屋を出ようとしたサイコだったが、ふと思い出した情報に舌打ちした。


「どうした?」


「いや……実はオレァ生きて帰るつもりも無かったからよォ、今回の暗殺にゃ結構力を入れてたんだよなァ……姫様以外は殺すつもりだったし……」


「そういえば街にも火の手が上がっていたな。協力者が居るのか?」


「ああ、大抵は裏社会の組織にも入れて貰えねェよォな屑に顔を隠して金でやらせたんだがよ、護衛につく奴らはそれぞれの国の名うてばっかりだし、駆けつけられると面倒なんでな、ちょっと値の張る奴を雇ったんだよ。お陰でコツコツ貯めた金が銅貨1枚ありゃしねェ。残った金もぜーんぶミーノスの孤児院にくれてやっちまったしよォ」


「「……」」


国としては有難いが、その王をついでで殺そうとしたサイコにルーファウスとローランは複雑な表情を浮かべた。世界に混沌を撒き散らそうとする一方で意味不明の善行をなすサイコの精神はやはり理解し難い。寄付先がノースハイアやアライアットで無いのは当然だろうが。


「下手したら全員死んでるかもしれねェぜ? それでもオレは無罪放免なのか?」


「おいおい、護衛が誰だと思っているんだい? ウチのベルトルーゼに剣名高い近衛隊長ミルマイズ殿、不敗の親衛隊長モーンド殿を突破出来るはずが無いだろうに。それこそ五強でも連れて来ない限りは――」


そこでローランは極大の悪寒に襲われ言葉を切った。


サイコが財布を空にする覚悟で雇う相手。生還確率が0に等しい中で行われる暗殺。名うての猛者にも怯まない戦闘能力。それらの条件を満たす人物がただ一人、人間の中に存在したからだ。


他の者達もサリエル以外は該当者に思い至り、顔から血の気を引かせた。


「……まさか、それって……」


意図せず固くなる口調で尋ねるローランに、サイコはあっさりと正解を告げた。


「テメーらも知ってるだろ? 餅は餅屋、暗殺は暗殺者だ。高かったけど相手が良かったからよォ、引き受けてくれたぜ、『影刃シャドーエッジ』」




「っ! 右上っ!」


「ぐあっ!!!」


「チッ!」


モーンドの警告にベルトルーゼが盾を構え、吹き飛ばされている間にミルマイズが素早く剣閃を解き放つが、それはあっさりと回避された。


「おのれぇ!!」


「なんと頑丈な女子か……ミーノスの騎士団長は『不死身イモータル』と呼ばれているとは聞いていたが……」


鼻息荒く起き上がったベルトルーゼにミロは若干呆れたような目を向けたが、ミロ自身は傷一つ無いままであった。


対して護衛の3人はボロボロである。特にベルトルーゼは鎧も盾も傷や凹み、剥落が酷く、兜は用をなさずに転がっていた。危機察知能力に優れるモーンドは軽症だが、攻撃役アタッカーを務めるミルマイズは左手に浅くない傷を負って右手だけで剣を構えていた。


「これが『影刃』か……」


「数多の勇者名手が討ち取られたという実力は本当のようだな。我らもユウ殿から頂いたこの装備が無ければ今頃その仲間入りをしていた事だろう」


「何を感心している!!! 王宮に忍び込まれただけでも恥と言うのに、無傷で帰したとなれば我らは終生笑い物だぞ!!!」


「なに、たった3人で我を相手に生きているだけでも貴様らは勇者と呼ばれる資格があろう。つくづくユウと交わった者達は面白い。年甲斐もなく興奮を覚えるぞ」


ミロの目が細く弧を描く。そこに歪んだ嗜虐心が浮かんでいれば付け入る隙もあるかとミルマイズは思ったが、ミロの瞳にあるのは好敵手を迎えた闘者の喜びだけである。


周囲に兵士は一人も居ないが、これはミロに対して多勢で当たっても死体が増えるだけと3人が遠ざけたのだ。


「まぁ、もう少し我と遊べ。余計なしがらみが無くなって暇なのだ」


「暇潰しついでに命を置いていけっ!!!」


激昂したベルトルーゼが得物を構えミロに肉迫していく。その勢いはさながら戦車のようだったが、ミロは逆に自分から距離を詰めていった。


ベルトルーゼの両斧槍ハルバードを難なく回避して懐に飛び込んだミロは直下に両手をつき、逆立ちの要領でベルトルーゼの顎を打ち抜いた。


「ごっ!?」


首をへし折りかねない垂直蹴りにベルトルーゼの足が地面から浮き上がったが、失神必至の蹴撃を食らいながらもベルトルーゼはミロに向かって空中で足を振り抜いた。


「むっ?」


逆さまのままだったミロの顔面を蹴りが襲うが、ミロは腕を十字に組みベルトルーゼの蹴りを受け止める。


空中で姿勢を崩したままの蹴りなど普通は何の力も籠もらないはずが、ミロは防御姿勢のまま背後に飛ばされた。


「無茶をする!」


「だが好機!」


初めてミロに一撃を加えた好機にミルマイズとモーンドが左右からミロに迫った。


「来い!」


ミロは床を殴り、その反動で体勢を立て直すと左にミルマイズ、右にモーンドを迎えて腰のナイフを抜き放つ。


タイミングを合わせた剣がミロの上段中段に迫るが、ミロはモーンドの剣の腹にナイフを当てて弾き、ミルマイズの剣をスウェーでかわす。剣を弾かれたモーンドは無理矢理反動を押さえ込み、踏み込んだ追撃の刃がミロの黒装束をごく浅く切り裂いた。


だが、全身全霊の一撃を放ったモーンドの体はそれ以上前には出れず硬直し、スウェーから復帰したミロが踏み出して曲がった膝を踏み台にモーンドの額に膝を叩き込む。


「ぬぐあっ!?」


察知出来ても回避出来ない打撃にモーンドが背後に飛ばされるが、その時にはミルマイズの体勢は整っていた。


「『無影斬』!!」


ミルマイズが渾身の力を込めて真横に剣を振り抜く。まだ『絶影』に開眼していないミルマイズが行える最速の斬撃が『無影斬』であり、ミルマイズのオリジナルである。神鋼鉄オリハルコンの軽さと飛刀斬撃を組み合わせた技で、バローの『無明絶影』の劣化版と言える。


それでもこの技を受けられる者は人間には殆ど存在しないであろう。


だが、ミロはその数少ない内の一人であった。


「『影気収束シャドーコート』!」


体勢を崩していたミロの手が暗い闇を纏い、ミルマイズの斬撃を両手で挟み込んだ。足が威力に押されて滑るが、壁にぶつかった所で闇と光は食い合って共に消滅した。


「……ククク、面白い……実に面白い! 我に奥の手を使わせる標的はここ20年は居なかったぞ!! さあ立て、もっと死合おうではないか!!!」


「これも通用せんのか、化け物め……!」


ミロは依然戦闘意欲に溢れていたが、ミルマイズ達は満身創痍であった。今の一撃に全力を注ぎ込んだミルマイズの息は荒く、モーンドは脳震盪を起こしたのかフラついていて戦力になりそうもない。例外は一人だけだ。


「望む所だ!!! 貴様を斬り捨てて私が五強入りしてやる!!!」


口からダラダラと血を流し、それでも獰猛に笑うベルトルーゼにミルマイズは場違いなおかしさを覚えて苦笑した。技はこの中で一番未熟なのに、戦いに掛ける純粋さはミロよりも上かもしれない。


少し気は楽になったが、状況が改善した訳では無い。自分達はこれ以上無いくらい本気だが、ミロはまだ本気では無いようだった。その証拠に今の攻防でミロは『影刃』を使用しなかった。これは接近戦でどの程度やれるのか、こちらを試したのだろう。


一応合格したらしいが、それは更なる闘争の始まりでもあった。


――その命懸けの闘争は第三者の介入で止められた。




「そこまでだ」




重く響く声が踏み出し掛けていたミロの足を止める。代わりに浮かぶのは喜悦だ。


「待ちわびたぞ、ユウ!!!」


新たな激闘の予感にミロが声高く吼えた。

神鋼鉄装備で固めた一流3人相手に圧倒するミロは絶対前より強くなってますね。


戦闘狂同士ベルトルーゼとの相性は良いようですが、常識人のモーンドとミルマイズが可哀想……。

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