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9-102 三王会議4

本日2話目。久しぶりですなぁ。

聖戦ジ・ハード』を発動したサイコの自意識は完全に封じられている訳では無く、勝手に動く自分の体の中で外界をただ認識していた。


(仏頂面はとんでもなく強ェからな……適当に逃げ回ってる内にオレの寿命が尽きるだろ。もう、どォでもいいや……オレが居なけりゃ平和に暮らせるっつーんなら、それでいいだろ……)


『聖戦』は設定した相手以外を積極的に襲う事は無いので、極論すれば悠がこの場から逃げ続ければ先にサイコの命が燃え尽きて死ぬだろう。要は暴走を装った自殺だ。


そもそも最初からサイコはカザエルとバーナード(ついでにルーファウス)を殺した後は死ぬつもりであった。流れで他の3人も殺すなどとは言ったが、サイコは子供は殺さないと決めており、サリエルは適当な理由で逃がす腹積もりだったのだ。そうなれば結局サリエルの証言でサイコの犯行は発覚するので、サイコに生き残る道はないのである。


それでもサイコは構わなかった。サイコは心底この世界を嫌っており、いつか自分達を戦争に巻き込んだカザエルとバーナードを殺す事だけを生き甲斐にこれまで生き抜いて来たのだ。だが、その目的は無意味になっていた。カザエルとバーナードは既に賢王としての本分を取り戻し立派に民を治めていて、ここで彼らを殺すのは治世を破壊し乱世を呼び戻す結果となり、無意味以上に害悪でしかない。


そう頭で理解していても、サイコには割り切れなかった。感情を理性で解こうとしても満足のいく答えが出るはずが無いのだ。


平和。実に結構な事だ。だが、その礎にされた人間の悲哀は誰が晴らすのか? 今は悔い改めているのだから過去の所業は水に流して認めろと言うのか?


冗談では無い。たとえ生まれた世界が違うのだとしても人の命がそんなに軽いはずが無い。誰かが『異邦人マレビト』の無念を世界に刻み、思い知らせなければならない。


誰もサイコを助けてはくれなかったのだ。せめて誰か一人でも本気でサイコに手を差し伸べてくれる人間が居ればサイコは変われたかもしれないが、そんな人間は居なかったのだから無意味な仮定で……


(……いや、最後の最後で一人だけ居やがったなァ……)


腕を斬り飛ばされても逆の手を差し出してみせた眼前の悠にサイコは内心で苦笑した。サッサと自分など叩きのめしてしまえば良かったのに、悠はそうしようとはしなかった。サイコの恨みを受け止め、何とかその激情を慰めようとしていた。


それが口先だけの事なのかそうでないかは目を見れば理解出来た。この期に及んで悠の目には、一片の怒りも恨みも存在しなかったから……。


それを見たからこそ、サイコはどうでも良くなってしまった。カザエルとバーナードに対する恨みは依然として深く心を浸食していたが、もうそれはサイコの中で最大の目的では無くなっていた。


(強ェよな……勝てねェよ……。オレはもォいいや。なんか、スゲー疲れた……)


肩肘張って生きるのは限界だった。騙し騙され斬られ斬り返し血塗れになりながら生きるのは辛かった。もっと普通に生きて、そして死にたかった。サイコでは無く、野上 彩子の人生を歩みたかった。


悠がこちらに向けて駆けてくる。殺す気がないのは殺気を感じない事で明白だが、未だに害意の無い悠にサイコは笑った。


自分の体が迎撃姿勢を取るが、この程度は軽くかわしてくれるだろう。物理攻撃は通用しない体だが、剣は実体のままだ。それを捌いている間に自分は死ぬ。


その攻防を冥土の土産にしようとサイコは悠の動きに意識を集中し――




「…………え?」




悠の体を深く貫いた瞬間、体の制御を取り戻した。




致命傷を与えたと判断したサイコの『聖戦』が解け、サイコが実体を取り戻すと同時に肺を貫かれた悠の口から大量の血液が吐瀉されサイコを赤く染め上げた。


「あ……」


サイコの手から力が抜け柄から離れたが、やはり剣は幻覚でも何でも無く悠の体に突き立っていた。


「「《《ユウ!!!》》」」


「来る、なと言った」


口の中の血を吐き捨て、悠は背後から駆け寄ろうとする者達を制しサイコの肩を掴んだ。


「『聖戦』は、解けている、な?」


「ば……バカ野郎!!! おま、お前、その為だけにこんなマネしやがったのか!? オレの攻撃なんざ当たらねェんじゃなかったのかよ!?」


「お前に、まだ……言っていない事が、ある……」


再び喀血する悠の足元は血塗れで顔にも色濃い死相が表れていたが、苦痛を無理矢理精神力で抑えつけサイコの肩に掛けていた手を後頭部に差し込むと、自分の側に引き寄せ、耳元で言った。




「……助けに来るのが、遅れて、済まなかった……ずっと、辛かった、な……?」




死に瀕しているとは思えない力強さでサイコの頭を抱き寄せる悠の想いが、心が、サイコの感情の堰に最後の一滴となって流れ込み、溜め込んだ全てを決壊させた。




「う……あ、ああああああああああああああああッ!!!」




とうの昔に枯れ果てたはずの涙が零れ、悠の服に染み込んでいく。最後まで無意味な人生が急速に色彩を取り戻していく感覚に、サイコは啼いた。


「ま、待てよ、死ぬな……! 死なないでくれよ!! オレを、わ、を、また一人にしないでよ!!! ユウーーーッ!!!」


泣きじゃくるサイコに『外道勇者』の面影は既に残されていなかった。そこに居るのは『異邦人』野上 彩子だった。


「誰か、誰かユウを助けて!!! 助けてよ!!!」


悠の血で真っ赤に染まったサイコの叫びでようやくその場の者達の呪縛が解かれ、一斉に悠に駆け寄ったが、当の悠がサイコの肩を掴み、体を離した。


「心配せんでも、俺は、死なん……」


《馬鹿ッ、いくらユウでも死ぬわよ!!! 早く剣を抜きなさい!!! ビリー、『高位治癒薬ハイポーション』!!! 早くッ!!!》


「は、はいっ!!」


非常にレアなレイラの怒声に、ビリーウェルズが弾かれたように常備していた『高位治癒薬』を漁った。その間に悠は剣の柄に手をかけ、一気に引き抜いた。


新たな大出血が床を濡らすが、悠は素早く手で傷を塞ぎ、『再生リジェネレーション』を発動する。


ほんの数秒で塞がった傷にサイコが瞠目するが、悠の体はゆっくりと崩れ落ちていった。


「ユウ!!!」


「アニキ!!」


咄嗟にサイコが抱き留めたが、まるで死人の体のようで、その体の冷たさに総毛立った。大量に失われた血が物理的に体温を奪ってしまっていたのだ。悠の体格であれば常人よりも多く血液が循環しているが、それでも3リットルにも及ぼうかという失血は普通であれば意識は混濁しショック状態で死んでいてもおかしくはない。こうして意識を保ち明瞭な口調で話せる事が既に異常である。


「カザエル、バーナード……」


それでも悠は自分の事よりも今やるべき事を優先した。


「さっきビリーが言った通りに、事を収めろ。賊は消し炭にして、死体の欠片も残っていないと、言っておけ……サイコは、こちらで預かる……」


そう言って悠は小刻みに震える手を壁の穴に向けた。


「……『火竜ノ槍クリムゾンスピア』」


普段の倍ほども時間を掛けて発動した魔法がサイコの侵入の痕跡ごと吹き飛ばした。


「人の城を壊しよって……まぁいい、後はこちらで上手くやっておく。サイコは偶然この街に居合わせ、賊の撃退に協力した事にしておくから貴様はサッサと帰れ。……それとサイコよ」


溜息一つで了承したカザエルは涙を流し続けるサイコに宣言した。


「余の首が欲しいのならいつでもくれてやる。土台、この生で贖罪が済むとは思っておらん。だが、全ては余の所業ゆえ、バーナード王とルーファウス王には手を出すでない。特にルーファウス王は単なるとばっちりでしかないようだしな。妻も子も無く死ぬのは哀れであろう」


「ほぉらルーファウス様、他国の王にまで揶揄されていますよ?」


「ローラン、頼むから黙ってくれ……」


そんなカザエルの宣言にサイコは視線すら向けずに答えた。


「……ウルセー、もォテメーらなんざどうでもいい。勝手に生きて勝手にくたばっちまえ。オレの知った事か」


サイコの視線は悠にだけ向けられており、ビリーウェルズが取り出した『高位治癒薬』をひったくると、慎重な手つきで悠の口にそれを含ませた。


「助かる」


「ったく、ホントクソバカヤロウだよテメーはァ!! いいか、二度と同じ真似が通用すると思うなよ!? もっぺん同じ事をやってみろ、今度こそわた、……オレがブッ殺してやる!!!」


《あら、もう無理して突っ張らなくてもいいのに》


「だ、誰だコラァ!?」


レイラの事を知らないサイコが女性という事でサリエルを睨みつけたが、サリエルはブンブンと首を振って否定した。レイラも腹に据えかねているらしく、フォローも無い。


「しかし、これでよく分かった。やはり戦うよりも説得する方がずっと骨が折れる。死に掛けたのは半年振りだ……」


感慨深そうな悠の言葉に総ツッコミが入ったのは言うまでもない。

サイコがデレました。すぐ戻りましたが。


実はサイコは加入ルート、不加入ルートが幾つか分岐していたのですが、今回はロッテローゼの件を踏まえて胸糞ルートを取りませんでした。分岐点としては樹里亜の情報発見、イライザの『千里眼』、悠の選択など色々ありますが、こういうのを妄想しているのもまたゲーム的で楽しいものです。


ビリーがバローから剣を受け取っているか否かも割りと重要なシーンだったのです。あれが無いとここでカザエルが死んでしまったりもするので。


でも、一番不幸なのはついでで殺されそうだったルーファウスじゃないかなぁ……。

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