2-13 猛き戦場の風3
遅れてきたベロウに仕方無く朝食を用意すると、余程腹が減っていたのか、ベロウはぺろりとそれらを平らげた。
「食ったな、おい兵士、さっさと出るぞ」
「だ、ダンナぁ、そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないですかね?俺にはちゃんとベロウって名前があるんですが?」
「いいだろう。しかし貴様が俺を旦那とは呼ぶな。そう呼んでいる知人に悪いからな。俺の事は神崎と呼べ」
「はい・・・色々理不尽な人だなもう・・・」
「何か言ったか?」
「何も言っていません、ハイ」
多少は打ち解けて来たのだろうか、昨日より言葉遣いに固さは無くなっていたベロウだったが、悠はまだ歩み寄ろうという気にはならなかった。何より、この男の処遇も決まっていないのだ。それが決まってからでも遅くはあるまい。最悪の場合は・・・
「か、カンザキさん、何か不穏な事を考えてやしませんか?」
「いや、全く」
別に不穏な事では無く当然の事なので、悠は正直に答える事が出来た。
「それで、その戦場へはここからどのくらいかかるか貴様に分かるか?」
「夜にどの方向にどのくらい飛んだかで変わりますが・・・」
「俺は南に真っ直ぐ飛んできた。飛行時間と速度からして、ノースハイア城から南に50キロといった所だろう」
悠のその言葉から、ベロウは頭の中の地図でおおよその場所に見当を付け、アライアット方面への距離を概算して悠に伝えた。
「戦場へはここからなら東へ200キロといった所だと・・・戦場が移動してなければ、の話ですがね」
「そうか、ではさっさと行くぞ」
「あ、あの~、昨日みたいな運び方は遠慮してくれると助かるんですが。怖いわ寒いわで死ぬかと思いましたよ、俺」
「そうか、残念だったな」
「ちょ!?悼む前に少しは考えて下さい!」
《ユウ、途中で死なれても邪魔だから、何か椅子みたいな物をぶら下げて飛べばいいんじゃないかしら?寒いのは毛布でも巻いておけばいいでしょ》
悠はベロウが途中で凍えようが落ちて召されようがどうでもいいのだが、確かにまだこの男には用がある。また誰かを捕まえるより、ベロウを拷問・・・尋問した方が楽だ。
「あれ?今どこかから声が・・・?」
周りをキョロキョロを見回すベロウだったが、悠はそれを無視して冷たく告げた。
「防寒具は無いから、部屋から毛布を持って来い。俺は玄関に居る。100数える間に来なかったら、その髪の毛を頭皮ごと毟り取ってやる。さあ行け」
「お、脅しが一々怖いんですよっ!」
そう言いつつもベロウは部屋に向かって走り出した。この男なら言った以上仕方無いからやる、程度の気持ちで皮膚から禿にしかねないからだ。
ベロウが去った後、悠も居間から椅子を、そして自室から紐を持って来て、それを椅子の手摺に結び付けた。
出来上がった椅子を持って悠が玄関に着く頃には、息を切らせたベロウも玄関で待機していた。
「結構。では行くぞ」
「ま、待って下さいよぅ~」
労いの言葉一つ無く外に出る悠をベロウは慌てて追いかけたのだった。
それから一時間ほど飛行した所で、悠は一度休憩を取る事にした。
悠には必要無いのだが、これから冬になろうという季節の中、時速100キロで空を飛ぶのはタダの人間であるベロウにはきつかったようだ。
「ざ・・・ざむい・・・」
「貴様、それでも兵士か?この程度で音を上げている様では大した任務も務まらんだろうに」
気温10℃前後で、しかも外で100キロもの速度に1時間も晒されては、常人なら体を壊すのも無理は無いが、悠は罰には丁度いいと思ってそのまま飛び続けた。しかし、ベロウが返答不能になるに当たって、少し休ませる事にしたのだ。
悠の罵倒にも返答せずに、ベロウはただガチガチと歯を鳴らしている。
「仕方無い、これ以上は面倒だな。レイラ、物理防壁をかけてくれ。後は真っ直ぐらしいから、ここからは飛ばして行く」
《そうね、これで多少は懲りたでしょうから。許しはしないけどね》
そう言って悠はベロウに物理防壁をかけた。これがあると寒さを遮断する事が出来るのだ。また、速度による負荷から体を保護する効果もある。
体感温度は気温、湿度、風速によって変わるので、風の影響が無いならほぼ気温通りの温度を肌は感じる事になる。ベロウにとっては極寒の地から春の陽気に戻って来たかの様な気持ちだろう。
「よし、では行くぞ」
椅子に縮こまるベロウが返答する前に、悠はまた戦場に向かって矢の様にその場から飛び去ったのだった。
「ん、あれか?」
《そのようね。もう始まっているわ》
「おい、子供達はどこに配されている?」
物理防壁のおかげで大分楽になったベロウが空から戦場を俯瞰して、軍の大体の所在を掴むと、前方を指差した。
「召喚した者は最前線で使いますから、あの黒い旗の辺りにいるはずです・・・お、俺は待っていてもいいですよね?」
「ああ、足手まといはいらん」
悠はここにベロウを置いていく事にした。戦いは見た目にも中々の激戦で、もうベロウに構っている暇が無いというのが本音だったが。
「行って来る。帰りに拾うからここにいろ。いいな」
それだけ言い捨てると、悠は再び宙を舞い、戦場の最前線へとその身を投じたのだった。
悠が黒い旗の下に辿り着いた時、そこには一人の少女が呆然と突っ立っていた。その恐らく10歳くらいの少女に向かって、前方から火球が今まさに放たれた所のようだ。何故か少女は棒立ちで、それを回避しようとする意思が無いらしく、目を閉じてその殺意に身を委ねようとしていた。
悠は全速で少女の前に立ち塞がり、既に目の前に迫っていた火球を左手で握り締めると、その少女に声を掛けたのだった。
「戦闘中に目を閉じるな、少女」
プロローグに追いつきました!
一月以上かかってしまい、すいませんです。




