9-100 三王会議2
ビリーウェルズはこの状況を打開する為に必死に頭を働かせていた。自分という戦力を最大限に生かし、救援が来るまで何としても時間を稼がねばならない。
だが、迂闊な会話は賊を苛立たせるだけで無意味どころか有害になり得ると思えばよほど相手が無視出来ない言葉を放つ必要があった。
(何か、何か無いか?)
賊の顔は布に覆われていて伺い知る事は出来ず、手掛かりになるのは神鋼鉄の剣だけだ。だが、そこにビリーウェルズは引っ掛かりを感じていた。
(何だ、俺は何が引っ掛かって……)
その時、苦しそうに喘ぐサリエルとビリーウェルズの視線が交錯し、サリエルの口が無音の発声を紡いだ事でビリーウェルズの中で欠けていた情報のピースが急速に形を成していった。
神鋼鉄の剣、カザエルとバーナードに拘る理由、そして、サリエルが決死の覚悟でもたらした情報と漠然とした既視感がビリーウェルズの脳裏に一人の人物を組み上げ、ポツリと漏れた。
「…………サイ、コ?」
ビリーウェルズの至った回答に賊の眉が跳ねる。
「サイコ、だと!?」
「多分ですが……俺はミーノスの冒険者ギルドで一度だけユウのアニキがサイコと戦っていたのを見た事があります。装飾は違いますが神鋼鉄の剣を持っている凄腕の剣士なんて世界に何人も居ませんし、それが女となればサイコしか該当者が居ません」
ビリーウェルズの答えにサイコと呼ばれた賊はしばし無言だったが、一つ溜息を吐くと、意識して変えていた口調を戻して口を開いた。
「……チッ、小利口なオージサマのせいで全員殺さなけりゃならなくなったじゃねェか。せっかくこのオレ様が脇役共は見逃してやろうと思ったのによォ?」
「やはり貴様サイコかっ!?」
「ああ、『外道勇者』サイコさんだァよ。ったく、面倒臭ェ事してくれやがって!」
憎々しげにサリエルに添えていた剣をビリーウェルズに突き付け、サイコは吐き捨てた。
ビリーウェルズは何故サイコがこんな暴挙に出たのかを事情を知るゆえに察したが、あえて時間を稼ぐ為に何も知らない風を装って尋ねた。
「……どうしてお前が陛下達の命を奪おうとするんだ? 『外道勇者』の名で呼ばれてはいても、お前が国と正面切って敵対行動を起こした事は無かったはずだ!」
「リスクとリターンを天秤に掛けた結果っつー事ジャン? 折り合えばオレは誰だって殺るぜェ?」
言外に依頼人と金銭を匂わせるサイコだったが、これは間違い無く作り話であろう。単なる金目当てにしては事が大き過ぎ、リスクが高過ぎた。もしこれが世間に知られれば、サイコは死ぬまで指名手配を受け続ける事になるのだ。
だが、ビリーウェルズはそれを指摘せずに会話を続けた。
「……幾らで雇われたかは知らないが、ここに居るのは国を預かる王族だぞ? それに、フェルゼニアス公爵もいらっしゃる。その依頼人の倍額を払うから退かないか?」
「テメーがオレの正体をバラしちまった以上、それは聞けねーよ。残念だったなァ?」
「依頼人を白状して陛下達に手出ししないと約束するのであれば追っ手は掛けないと約束してもいい。賊は俺が撃退した事にして不問にする」
「ハァ? ……オイオイオイ、頭大丈夫かよオージサマァ? お前らなんか信用出来っと思ってんのかよバァァァカ!!」
やはりと言うか、サイコはビリーウェルズの提案を一蹴した。本当の目的が違うのだから、たとえどんな言葉であってもサイコが受け入れるはずが無い事は分かりきっているが、ビリーウェルズは無視出来ない質問によって可能な限りの時間を稼ぎきった。
サイコの手の中のサリエルが無言で視線を穴の空いた壁に向けられた事で、ビリーウェルズはその注意を引き付けるように鞘を外し、眼前でサイコに見せ付けるように納刀する。
「……分かった、どうやら説得は無意味なようだな。ならば剣を捨てるから俺から斬れ。先にサリエル王女を斬るつもりなら敵わないまでも助けが来るまで死ぬ気で抵抗してやる!! この剣があればたとえ聖剣相手でも時間稼ぎくらいは出来るぞ!!」
「先に死にてェのか? ハッ、いいだろう、解放はしねェがオージサマから先に首チョンパしてやらァ」
目だけで笑うサイコに見せ付けるようにビリーウェルズが鞘ごと剣を手放した。ゆっくりと落下する剣にその場の視線が集まり、甲高い音を立てた瞬間。
ボシュッ!!!
穴から侵入した光弾がサイコに迫った。
「なっ!?」
流石のサイコも突然の奇襲に刹那、反応が遅れる。正面からならサリエルを盾にする事も出来たかもしれないが、サイコは穴に対して真横に位置していたためにサリエルを盾にするにはぐるりと体勢を入れ替える必要があった。
サリエルを拘束したままでは避けられないコースを辿る高速光弾に対し、やむなくサイコは一瞬だけサリエルを放しその後に再拘束する事を瞬時に決断、体と体をぶつける反動でサリエルとの隙間を作ると、服を引き千切られながらも光弾の回避を成功させ、直後にサリエルに手を伸ばす。
だが、今度はサリエルもむざむざ捕まる事は無かった。
「結界発動!!」
ギュッとペンダントを握り締めるサリエルを発動した結界が包み、サイコの手を遮る。それを見たサイコは剣で斬りつけて結界の解除を試みたが、サリエルの作り出した結界は予想を遥かに上回る硬度で神鋼鉄の剣を受け止めた。
「っだと!?」
「如何に神鋼鉄の剣と言えど、竜気で作られた結界を腰の入っていない一太刀で破壊する事は出来んよ」
背中に氷塊を押し当てられるかのような殺気にサイコが下がり壁の穴に目をやれば、いつの間にかそこには見知った影があった。
「……ここでテメーが出てくんのかよ、仏頂面ァ!!」
「俺の名は悠だと名乗ったはずだがな。……無事かサリエル?」
「は、はい……ユウさんに頂いたお守りのお陰です」
その人影――悠がサリエルに歩み寄ると、サリエルは結界を解除して微笑んだ。サリエルの命を救ったのは悠がサリエルに渡したレイラの『分体』であった。途中からサリエルは『心通話』によって悠と意思の疎通を図り、突入のタイミングを合わせていたのである。
サリエルを背後に庇い、悠は続いてビリーウェルズに話し掛けた。
「よくやったビリー、お前が時間を稼いでくれたお陰で間に合ったぞ」
「あ、ありがとうございますアニキ!!」
「後は俺が始末をつける。お前は後ろで他の者達を頼む」
「はいっ!!」
サリエルを庇いつつ足元の剣を掴んだビリーウェルズは部屋の隅へと一団となって退いていった。
「さて……」
悠とサイコの間にある空気が粘性を帯びているかのように蟠った。濃密な殺気と怨念が心得の無いサリエルにすら感じられ、息苦しさが室内を席巻する。
「……オレの邪魔をすんな。そいつらと一緒に死にてェのか?」
「俺がこの場にある限り彼らに手出しは許さんよ」
「クソが……どいつもこいつも善人面して反吐が出らァ!! ならテメーから死ねよ仏頂面ァァァ!!!」
悠がそれ以上言葉を重ねる前にサイコの剣が剣閃を放つ。最初にビリーウェルズの剣を弾いた時よりも勢いが籠もったそれは回避も防御も不能に見えたが、悠はそっと剣閃の横に手を添えると、流れるような仕草で力の方向を操り壁の穴から放逐した。
「な、に……!」
「悪いがこの手の斬撃は飽きるほど見ているのでな。力技で防がなくても逸らせばいいだけだ。たとえ俺の背後から斬りつけてもお前の腕では捉える事は出来んよ」
「舐めてんじゃねェ!!!」
サイコの怒号に合わせ剣閃が2つ同時に悠へと放たれたが、僅かな時間差を持って迫る斬撃の初撃を同じようにいなし、二撃目を横から叩いて四散させた。
「ぐっ!?」
「一撃一撃の密度が薄まっている。そんな詰まらん手品は億千回試しても無駄だ」
厳しい表情で踏み出す悠に、サイコの顔が引き攣る。明らかに技量で遥か上を行かれてしまっており、このまま戦ってもほんの少し捕まるのが遅くなるだけだろうと察するのは容易であった。
(マジかよ……こいつ、前より強くなってるじゃねェか!! ……どうする、使うか?)
ジリジリと後退するサイコは切り札を切るべきかどうか迷った。この場で悠を退け、カザエルとバーナードを殺すにはもはやそれしか無いが、使えばサイコ自身もただでは済まない諸刃の剣である。それを思えば簡単に切れる札では無かった。
だが、恐ろしいまでの重圧を放っていた悠が不意に足を止めると、スッとその手をサイコに差し伸べた。
「……? 何の真似だァ?」
「……もういい加減にせんか、サイコ。……いや、『異邦人』野上 彩子と呼ぼうか?」
「ッ!!!」
それはビリーウェルズにサイコであると看破された時とは比べ物にならないくらいに劇的な反応を呼び起こした。
「し……らねェ……お、オレは、アヤコなんて女は知らねえッ!!!」
「昔のお前が写っている情報端末を見た。どうやってこの城から逃げ出したのかは知らんが、それは問うまい。その歳まで一人で生き抜くのには言葉では言い表せん苦労があった事は体を見れば分かる。……カザエルやバーナードを恨む気持ちは理解出来るつもりだが、今彼らが死ねば前の戦争以上の人が死ぬだろう。……彼らを許せとは言わん。しかし、改心し正道を歩む彼らに免じてその恨みを飲み込んでは貰えんか? 俺も元の世界に戻るに当たって可能な限り協力を約束するが?」
悠の言葉に、サイコが止まった。
これは悠にとってロッテローゼの時のリベンジに近い状況ですね。




