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9-99 三王会議1

その日、王都ノースハイアに集まった人々は世界初の行事を前に浮き足立って見えた。ノースハイアの住人が一番多いのは勿論であるが、それ以外の国の兵士や旅人、冒険者も一様にその表情に高揚を浮かべている。


王と王が平和な状況下で顔を合わせるなど、これまでの国同士の関係では考えられなかった事態である。王同士が顔を合わせる事があるとすればそれはどちらかの国が戦争に敗北し、捕らえられてからしかあり得なかったからだ。勝者と敗者の間には深い感情の溝があり、そこに慈悲や寛容は無く憎悪と血が流れていた。


しかし、それはこの三王会議により過去の事になる。王達は過去のしがらみを乗り越え、対話と受容の精神によって手を携えるのだ。


「……つー建て前だよな?」


「バロー殿、その建て前が重要なのですよ。一度公言してしまえばたとえ王であってもそう簡単に覆せません。民は皆、長い戦争に飽いているのです。人間同士で領地を切り取り合うなど不毛過ぎますし、使っていない土地を有効に活用しなければ」


「ああ、俺だって貴族の端くれだ、大義名分が大切だって事くれぇ分かってるよ」


一腐り毒を吐いたバローもそれが無意味では無いと認めていた。特に民や権威を重視する人間には建て前が重要なのである。バローが皮肉っているのは、それに踊らされ安心を得る者が非常に多い事であった。


「嫌なら嫌で自分で動きゃいいんだよ。誰かが動いてくれるのを待ってたって事態は何も変わらねぇんだぞ」


「最初の一歩が最も重いのですよ。それを少しでも軽く出来るのなら良き未来への飛躍に繋がるとは思いませんか? それに……」


ハリハリが言っているのはこの三王会議だけの話では無く、これまでに悠が行って来た全ての改革に通じるものである。王侯貴族の考え方を改め、悪辣な裏社会を排し、飢え苦しみ未来を見い出せない子供達に教育と生活の場を提供し、世界を侵食する魔の手を退けたのもより良き未来を一人一人が掴み易くする為の事であった。


「その事はユウ殿の更生によって悔い改めたバロー殿が一番良く分かっているはずですがねぇ?」


「……フン、だからって俺みたいに腕を握り潰された奴が居るのか?」


「それくらいキツイお灸を据えないとバロー殿に更生の余地が無かったのが悪いのです。もしくはユウ殿の逆鱗に触れる様な事があったんじゃないですか?」


「……」


逆鱗というかレイラに触れようとして腕を握り潰されたバローに反論の言葉は存在しなかった。今にして思えば、あれはドラゴンの口に手を差し入れるに等しい行動であったと思い出しても冷や汗が出る行為であった。


「人は色々ですよ。痛い目を見て更生出来る人間、出来ない人間も居れば、環境が変わる事で自然と更生出来る人間も居るでしょう。ワタクシとしては同胞達が痛い目を見なくても更生出来ると願ってやみませんが……ま、無理でしょうね」


ミザリィの余計な手出しがあって人間相手にも思わぬ時間が掛かったが、他の種族はそれに加えて人間よりも種として優越した能力を持っており、それがミザリィの持ち込んだ品々と結びついた時、どれほど手間が掛かるのかは未知数である。エルフにはミザリィの手が届いてはいないようだが、むしろ一度現れていてくれた方がアリーシアの説得に一役買ってくれたかもしれないと思えば、ままならない歯痒さにハリハリの口から溜息も洩れるというものだった。


「お前も次は苦労しそうだな、ザマーミロ」


「むっ、そんな意地悪を言うバロー殿にはエルフの綺麗所を紹介してあげませんからね!!」


「おいおい親友、そんなに冷たい事を言うなよ」


揶揄する態度を180度翻して嘘臭い笑顔でハリハリの肩を抱くバローにハリハリが不信の眼差しを送っている間に、街の各地に設置された『遠隔視聴リモードビューイング』の画面に光が灯った。


「おっと、始まるようですよ」


円卓を囲む会議室に座る面々の中で映像がカザエルを中心にズームとなり、カザエルが厳かに告げる。


《……今日は記念すべき日となろう。それはノースハイアにとってでは無く、人類にとってだ。余の知る限り歴史上、これほどまでの規模で各国の王が集った事は無かったが、それは今日この日をもって過去の物になった。民よ、我々はここに宣言しよう。今後は安易な武力に頼らず、対話による相互理解を念頭に平和を維持していく事をノースハイア国王カザエル・ミーニッツ・ノースハイアの名において約束する」


「同じく、ミーノス国王ルーファウス・タックスリー・ミーノスも約束しよう」


「アライアット国王バーナード・フィリッポス・アライアットも約を違えぬと誓おう」


カザエルの前に伸ばした手にルーファウスとバーナードの手が重ねられ、共に目で頷き合うと、広場の人々から歓声と拍手が鳴り響いた。警備に当たっていた兵士達も隣の他国兵とぎこちなく苦笑に近い笑みと握手を交わし、融和の輪が広がっていく。


彼らの中には戦場で殺し合った者も居ただろう。しかし、その流れの最先端にあったカザエルが自らの非を認めて政策を転換し、ミーノスやアライアットも戦争を主導してきた者達が取り除かれた今、人々に争う理由は無く、災害を協力して乗り越えた連帯感が残されていた。


全ての蟠りを簡単には乗り越える事は出来ないが、少なくともこの場ではその第一歩を踏み出したかのように見えた。




――ノースハイアの城下に突如として火の手が上がり、大量の煙が城を覆い尽くすその時までは。




唐突に映像が途切れた瞬間に起こった同時多発的な事態に対応出来る者は殆ど存在しなかった。


「これは!?」


「敵襲!? 馬鹿な、そんな事を出来る奴なんざ……!」


ハリハリとバローですらこの突発的な襲撃に動揺していた。敵対勢力は虱潰しにしたはずで、貴族達にもおかしな動きは無かったはずなのだ。しかし現実に襲撃は起こり、街は一瞬で大混乱に陥っていた。


「ともかく、この混乱を抑えなければなりません! バロー殿は兵士の方々と協力してこの場の混乱を抑えて下さい!」


「お前はどうするんだ?」


「ワタクシは消火活動を手伝ってきますよ。今なら燃え広がる前に消せるはずです」


素早く精神を立ち直らせられたのは、潜り抜けてきた修羅場の数も質も兵士とは段違いの2人なればこそであろう。今も浮き足立って右往左往する兵士達を前に2人は頷き合って別れた。


この場の混乱が本命では無いという事はわざわざ口に出すまでも無い事だ。そして、誰よりもそこに早く駆け付けるであろう人物に2人は一切の疑念を持たなかったのである。




『遠隔視聴』の装置が機能を停止したのを見てカザエルの眉がピクリと跳ねたが、次の瞬間にはその命に届き得る凶刃が壁を貫通し、首を飛ばさんと迫っていた。


「危ない!!」


咄嗟に抜き放ったビリーウェルズの剣がカザエルの首と凶刃の間に割り込み、甲高い音と共に跳ね飛ばされる。


「ぐっ!?」


「うおっ!?」


それはビリーウェルズにとって初見の攻撃では無かった。壁を切り裂いて放たれた剣閃は、神鋼鉄オリハルコンの遠隔斬撃に違いない。


衝撃に吹き飛ばされるビリーウェルズとカザエルが体勢を立て直す前に、事態は更に悪化していた。


「きゃあっ!?」


「さ、サリエル!!」


切り裂かれた壁から侵入した黒影がサリエルの首に背後から手を回し、神鋼鉄と思しき剣を細い首に当てると室内の者達はその意図を悟って動きを封じられてしまった。


「……そうそう、動くんじゃねぇぞ。うっかり手を滑らせるだけでこのガキの首は落ちるぜぇ?」


「くっ!?」


脅しではない証拠か、顔を布で覆った賊はサリエルの首にほんの少し剣を当て、浮き上がる朱線にカザエルの歯が軋んだ。


「……サリエルを放せ。人質ならば余で十分であろう?」


「テメーを人質にしても意味ねぇんだよ。コイツはオレが安全に逃げる為に必要なんでね」


「意味が無い、とは?」


じきに駆け付けるであろう護衛が到着する時間を稼ぐ為にローランが問い掛けたが、賊はそれを見透かしたかのように舌打ちを繰り返した。


「チッチッチッ、無駄だぜフェルゼニアス、この城に入り込んだのはオレだけじゃねぇんだ。護衛は今頃足止めされてっか、もしくは死んでる。理解出来たら人形よろしく口を噤んでな。取り敢えずテメーにゃ用はねえ」


その言葉にローランの顔に疑問符が浮かんだが、賊はこれ以上時間を無駄にするつもりは無いようだった。


「無駄話はここまでだ。……カザエル、バーナード、ついでにルーファウスも前に出て並びな。当然拒否権はねぇぜ?」


「お父様、お二方、私の事は構わずお逃げ下……うくっ!?」


「サリエル!!」


「うるっせえんですよオージョサマ? 偽善的な献身は死体を増やすだけだぜ?」


拘束する手に力を込め、賊はサリエルの言葉を遮った。同時に賊の体が強く密着した事でサリエルは霞がかる頭である事に気が付く。


(こ、この人……男みたいな口調だけど……女の、人?)


サラシを巻いているらしい胸はあまり膨らみを感じなかったが、僅かに感じる柔らかさは女性特有のものだとサリエルは感じた。


「……王をどうするつもりだ?」


剣を構え直したビリーウェルズに賊は面倒そうな視線を向けて答えた。


「あ? ヒャハ、決まってるだろ、仲良く首を刎ねるんだよォ! ルーファウスはついでだがなあ!!」


「そんな大罪を犯して生きてここを出て行けると思っているのか!?」


「その為にこうして一番弱っちいのを人質にしてんじゃねーか。……鬱陶しいヤローだぜ、テメーが居なけりゃ今頃カザエルの首は床に転がってただろうによ!!」


憎悪の籠もった視線にビリーウェルズの手がじわりと汗ばんだ。こうして対峙してみると改めて相手の力量が肌で感じられたからだ。おそらく、この賊は自分よりも強いと判断せざるを得ない重圧がビリーウェルズを苛んでいた。最初の斬撃もバローから拝領したこの剣でなければカザエルの首ごと斬り飛ばされていただろう。


「オラ、いつまでも不愉快な目で睨んでねぇで武器を捨てろや。オレと戦うつもりなら3つで済む死体が倍に増える事になるぜェ?」


「くっ……!」


刃をチラつかせる賊にビリーウェルズは剣を手放すかどうか一瞬迷った。ここで王達が殺されては平和への道が遥か遠くに離れていってしまうのは明白だ。サリエルを取るか王達を取るかであれば、遺憾ではあるが王を選ぶしかビリーウェルズには選択肢が無いが、その気配を察したカザエルが強くビリーウェルズを睨んで行動に移すのを止めた。


「やめよ王子、サリエルは次代のノースハイアを担うかもしれん王族だ。ここで死なせる訳にはいかん!」


「いいえ、剣を捨ててはなりません、王子。あなたが剣を捨てた瞬間、この賊は全員を殺すかもしれません。……カザエル王、あなたも王族ならばサリエル王女の事は諦めて下さい」


しかし、それとは真逆の言葉でローランが剣を手放すのを押し留めた。この場の全員が死ねばそれぞれの国は回復不可能なダメージを受けてしまうのは間違いない。その先にあるのは再び殺し合う乱世であり、サリエルを犠牲にしてでもそれは回避せねばならなかった。


進退窮まるとはまさにこの事かと、ビリーウェルズは王族に復帰してすぐに訪れた試練に懊悩する羽目になったのであった。

この三王会議で九章はシメです。

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