9-96 復興17
明くる日からどころかその日の晩の内に悠達はそれぞれの行動を開始した。悠は世界各国を縦横無尽に飛び回り、恵と始はフェルゼニアスの農地を借りて栽培実験、ハリハリと明は『成長』の改良、他の者達はシャロンのダンジョンで肉の取得と、誰一人手が空いている者は居なかった。
「こんな時にアニキ達の手伝いが出来ないのは心苦しいんですが……」とビリーは恐縮していたが、ビリーにもやらなければならない事があり、アルベルトや『開拓者』、そしてソフィアローゼと共にアライアットへと向かった。
無論、アライアットのバーナードとパトリシアは狂喜乱舞し、頼もしく成長した王子ビリーウェルズの事を大々的に発表、その持ち帰った食料は国民に均等に配布すると宣言し、食糧危機を迎えつつあった国民感情をひとまず落ち着かせる事に成功していた。
半信半疑の微妙な立場にあった静神教とも上手く連携し、新たに設けられた冒険者ギルドが稼働し始めると、国内の放置されていた問題も片付き始め、徐々に人々はこの新しい国のシステムを受け入れつつあった。それには国民の支持を得たビリーウェルズが冒険者ギルドのギルド長アルベルトや静神教教祖であるオリビアと懇意であった事も無関係では無いだろう。
そして農業実験は半分成功した。恵の『家事』で栽培した植物は確かに素晴らしい速度で成長し、1月掛かる収穫期間を4分の1にしてみせたが、恵1人で栽培出来る量は少なく、誰かが手伝うとその分成長が遅れてしまう為に失敗であった。しかし、その品質は始に聞きながら栽培したとはいえ農業の専門家が思わず頭を垂れて教えを乞うほどの高品質を有しており、屋敷で消費される事となった。やはりあくまで『家事』は大規模農業では無く家庭内に向けた才能なのだろうというのが雪人の見解である。
それとは逆にハリハリと明の『成長』の改良は当初は難航していた。そもそも『成長』を最高状態で留めるという発想は不老不死にすら通じる魔法理論の究極と言って過言ではない神の領域であり、流石のハリハリも手に余ったのである。
が、ハリハリはその難問を人間と植物の違いをブレイクスルーで突破した。
「成長を人間のように留める必要がそもそも無かったのですよ。植物は咲き誇り、枯れて種を残すのですから、最後まで成長し続ければいいんです」
その思想で考案された新魔法『栄枯盛衰』は作物の大量生産を可能としたが、ハリハリはこれが世に出せない魔法であると断じざるを得なかった。
『栄枯盛衰』は生物にも有効だったのだ。『成長』の系統に攻撃魔法はこれまで存在しなかったが、対象が寿命のある生物である限り『栄枯盛衰』は瞬く間にその生物を老化させ死に至らしめるのである。その呪いの如き力に加え、今回のように食料作成に使えば富の独占すら可能であり、国に知られれば第二級禁忌指定は固く、迂闊には使えない禁術として隠さねばならなかった。
一時的な食料問題が解決し、救援資金は各国の破損・倒壊した建物の建材として消費され、人間は震災を乗り越えつつあった。
「そろそろ本格的に修行に入ろうかと考えている」
10日ほど経ったある日、悠がそう切り出した。
「エルフ領に行く前にやりますか?」
「ああ。エルフの所に行く分には業の操作は必要無いかもしれんが、同時に行かなければならんドワーフ領には既にミザリィの品が届いているかもしれん。そう簡単には回復は出来んだろうが、それに合わせてミザリィも動く可能性は否定出来んからな」
「もしドワーフの所にも既に手が回っていたとすると迂闊に近付くのは危険だと思いますが……」
樹里亜の心配はもっともだが、悠は首を振った。
「それでも行かねばなるまいよ。ナターリアやアリーシアとは既知の間柄だからといってエルフがドワーフより善良な種族だとは言えまい?」
「だな。アザリアでドラゴンを狩りに行った時なんか俺達の事をあからさまに見下してやがったしよ。ナターリアだって最初に会った時は悠の頭に矢をブチ込んで来たからなぁ」
「好戦的な同胞が多くて申し訳ありません……」
それはエルフであるハリハリにも弁護しようのない事実であった。ハリハリにしてからがドワーフ相手に戦功を誇る同胞に嫌気が差して自殺したフリまでして流れて来たのである。アリーシアも初対面で悠相手に絡んでおり、エルフの傲慢な性は否定しようも無い。
「それに、アリーシア達に提出して説得する材料も無いからな。大多数のエルフは俺達に敵対的なままだろう。伝手を頼りに会う事くらいは出来ても、協力を取り付けるには不足と言わざるを得ん」
アリーシアが求めたのは目に見える証拠であり、状況証拠を積み上げてもアリーシアもエルフ達も納得はしないだろう。今は侵攻を思いとどまってくれているが、それは悠とハリハリという個人に時間を与えたに過ぎないのだ。
「正直に申しまして、ワタクシもドワーフは好きではありません。個人的な恨みもありますが、ドワーフとエルフは種族としての特徴が正反対なせいで受け入れ難いのです。どちらも決して認めないでしょうが、一種の憧れというか、嫉妬のようなものがあるのではないかと思いますね」
「それでも争い続けるだけではあまりに不毛過ぎる。エースロットの件が両者の溝を決定的に深めたのだとしても、講和を願ったエースロットが今の状況を見れば心を痛める事だろう。それはお前も同じなのではないか?」
「……ワタクシはそこから逃げ出してしまいましたからね……今も癒えぬ傷を抱えているアリーシアに恨みを捨てて生きろと賢しらな事を言う資格はありません」
いつになく神妙な様子でハリハリは力無く首を振った。自分に出来ない事を他人に、特にアリーシアに要求するほどハリハリは厚顔無恥にはなれなかった。
「だが、決めかねるからと雪人に任せると斟酌せんぞ。あいつは現世において情に流されて策を躊躇ったりはせんからな。アリーシアを引き摺り降ろしてハリハリを立てろと言わんとも限らん」
「それは本気で勘弁して欲しいです」
「ならば代案が要るぞ。単なる感情での拒絶では雪人を説き伏せる事は出来ん」
非常に苦り切った表情でハリハリは拒絶したが、それに代わる案が無ければ雪人は悠の言った策を提示してくるかもしれなかった。時間が無い中、悠長な講和策を採用するほど雪人は他人に優しくは無いのだ。
「その策を考える為にも時間が必要だ。最低でも恒久的な不干渉を取り付けられなければ未来永劫エルフとドワーフは殺し合いを続け、どちらかが滅びるまでそれが止まる事は無い。俺も言葉で説得出来るとは思えんし、このままでは雪人の思惑通り力による改革に頼るしか手が無くなる。『竜ノ微睡』で作った半年の間に何か手を考えてくれ」
「半年? 1年では無く?」
確か『竜ノ微睡』の効果は1年だったと記憶していた樹里亜だったが、悠はそれを訂正した。
「これ以上年少の子らを加齢させるのは避けたいのでな。歳を取らぬ様に物質体干渉を掛ける予定だ」
《それをやると余計に竜気を消耗するから半年が限度なのよ。身体的に成長しないし、筋力も上がらないから筋力を鍛える鍛練は無意味になるけど、培った技術は失われないからね》
身体的な成長とは加齢だけでは無く鍛練にも及ぶ話である。いくら筋力トレーニングをしても一切筋力は向上しないが、技術の研鑽は可能であり、悠も鍛練の殆どはこちらの方式で行っていた。龍相手に単純な筋力だけでは意味が無いからだ。
「明日の三王会議が終わったら修行に入るという事で問題は無いか?」
「区切りとしてはちょうどいいと思います」
「そうですね。……まだやり残した事はありますが……」
樹里亜の脳裏に数日前に行ったイライザの『千里眼』での捜索の結果が甦っていた。
雪人に任せると両者を焚きつけて共倒れさせようぜくらい言いかねないですしね。
そして次回は『千里眼』の捜索結果です。




