9-95 復興16
《……さて、と》
何事も無かったかのような顔で雪人が切り出した。
《やるべき事は多かろう。悠は各国に情報を渡して食糧採集と人間領域でのミザリィの捜索、ハリハリと明は魔法の改良、始と恵はミーノスで農地を借りて栽培実験、シャロンはダンジョンの設置、他の者はダンジョンで食用に使える魔物討伐と解体、更に悠は一段落したら業の修行だ。そちらが作業をこなしている間にこちらも業の修行と裏切り者の確定を行っておこう、ではな》
それは誤魔化す為と言うには憚られるほど整理されていて、詩織や美夜の発言は棚上げされてしまった。これ以上ない露骨なフォローだが、そもそも蒸し返すのも不毛かと皆暗黙の内に流したのだった。
「……では早速動くか。シャロン、今からダンジョンは出せるか?」
「大丈夫です、出せます」
「ならばバロー、シュルツ、ビリー、ミリー、サイサリスは今からシャロンのダンジョンに潜ってくれ。シャロン、罠は設置しないようにする事は可能か?」
「宝箱は自動設置ですのでその罠は外せませんが、通路や部屋に罠を設置しないようにする事は出来ます」
「ではその設定で頼む。客人と子供らはもう休んでくれ」
悠がそう促すと、パーティーリーダーであるガロードが前に進み出た。
「教官、俺達にも手伝わせて貰えませんか?」
「お前達は明日からまた忙しいのだろう?」
「そうは言っても本来ならアライアットに到着するのは10日以上後になるはずでしたからね。それに、多少手土産があった方が現地の人達も異郷の俺達を受け入れてくれやすくなるんじゃないかと……」
ガロードはそれらしい事を口にしていたが、本音は悠に対する恩返しのつもりなのだろう。他のパーティーメンバーも異論は無いとばかりに頷いており、パーティーの総意であると伺えた。
「そういう訳でアルベルトさん、事後承諾で申し訳ありませんが、俺達に1日だけ頂けませんか? アルベルトさん達にも損は無いと思うのですが……」
「ああ、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。我々もアライアットの人達に受け入れて貰える様に努めるべきだと思うし、手伝わせてくれ」
「ならばお願いしよう」
アルベルトは承諾したが、その心中にはシャロンの事を見極めるという心算も含まれていた。まだアルベルトはシャロンの事を信用した訳では無いのだ。
「悠せんせー、俺も手伝えるぜ!」
と、京介も申し出たが、悠はそれは却下する。
「駄目だ。やるなら明日の朝からにしておけ。眠気を残して戦場に出ると死ぬぞ」
「だ、大丈夫だよ! 体だって鍛えてるし!!」
常に無く食い下がる京介だったが、その様な客観性を欠いた自己申告を悠は認めなかった。
「駄目だと言ったら駄目だ。……急にどうしたんだ京介? そういう無理を俺が許す事は無いと分かっているはずだが?」
「だ、だって……!」
京介の視線が彷徨い、一瞬始を捉えたかと思うと唇を噛み締めて踵を返した。
「っ、いいよもう!!!」
「あっ、京介君!!」
始の制止も無視して京介は広間から飛び出して行った。
「本当にどうしたんだろう、京介君……」
「……私は何となく分かるけどね……」
呆然とする始の言葉に答えたのは成り行きを見ていた朱音だった。
「どういう事なの朱音ちゃん?」
「京介にだってプライドがあるって事。悠先生、私が行って来ていいですか?」
始に謎めいた答えを返し、朱音は悠に許可を求めた。悠も何となく京介の感情を察したが、ここは自分よりも歳の近い朱音に任せた方がいいと考え、頷いて葵に話し掛けた。
「葵、京介は部屋か?」
《三階の突き当りの部屋におられます。鍵が掛かっていますが開錠しますか?》
「いや、鍵が掛かっているのはドアではあるまい。それを開けるのは朱音の役目だ」
《?》
悠の言っている意味が葵には良く理解出来なかったが、これは自分だけで考えるべきと、京介と朱音をモニターする事に決めた。
「朱音、頼んだぞ。俺はまだ外回りが残っているのでな」
「はい、任せて下さい!」
「頑張ってね、朱音ちゃん~」
「それでは各自行動開始だ」
悠が宣言すると、それぞれ皆自分のすべき事の為に動き出したのだった。
悠が広間を出ようとすると、そこにソフィアローゼとルーレイという珍しい組み合わせの2人が悠を呼び止めた。
「お前達までどうした?」
「んにゃ、俺ちゃん達は思春期的なアレじゃ無いぜよ?」
「はい、あの、私達、出来ればそれぞれの故郷で復興のお手伝いをしたいと思って……」
2人が言うには、ルーレイは一時的な帰国のつもりだが、ソフィアローゼは静神教に身を寄せる予定であると語った。
アルトも頑張ってるし~などと軽く言うルーレイだったが、ルーレイなりに王子としての責任感が育ちつつあるのだろう。学校の同級生達の事も気に掛かっているのかもしれない。
ソフィアローゼは自分の道を決めたビリーの姿に心を動かされたようだ。五体満足なのにいつまでもお客さんのような顔をしていられないと考え、その第一歩として故郷の復興に力を尽くしたいと考えたのである。
「前にも言ったが、俺はお前達をここに縛り付けようとは思わん。自分でしっかり考えての事なら反対する理由は無いぞ。……少々寂しくなるがな」
「もう、それって私が煩かったっていう事ですか?」
悠なりの冗談にソフィアローゼもまるで敵意の無い視線で睨みながら言うと、ルーレイがひょいと肩を竦めた。その仕草は師であるハリハリにそっくりだ。
「やれやれ、そういうのは俺ちゃんが居ないトコでやってくれ欲しいでよ」
「それで、いつ発つ気だ?」
「アルベルトさん達と一緒に行こうかと。ビリーさんもそれに合わせるみたいですし」
「ならば出発前に恵に腕を振るって貰おうか」
「それはとても楽しみですね!!」
胸を突く切なさを押し殺し、ソフィアローゼは嬉しそうに笑って見せたのだった。
一方、朱音は開かずの扉と化した部屋の前で中に居るであろう京介に呼び掛けた。
「京介、居るんでしょ?」
「……なんだよ、明日も早いんだぞ」
この屋敷の中で隠れても無駄と分かっていた京介は少しの間を開けて朱音の声に答えた。拗ねてはいてもだんまりを決め込まないのは京介らしいと朱音はほんの少し笑みを浮かべた。
が、口にはそんなに優しい気配は出さなかった。
「あんたね、悠先生にワガママ言ってんじゃ無いわよ。そんな事、今更注意されなくたって分かってんでしょ?」
「分かってるよ!!! もういいからあっち行けよ!!!」
「なんであんたが急にワガママ言ったのか当ててあげましょうか? ……始でしょ?」
「っ!?」
京介の言葉に詰まった気配に朱音はやっぱりかと溜息を吐いた。全く、男というのはどうしようもなく子供なんだからと腰に手を当てて更に言い募る。
「最近の始ってば、色々と頼られてるもんね。私達の使う属性よりも始の使う土属性の方が一般生活的には役に立つし、何でも出来るハリハリ先生でも始の魔法は凄いっていつも褒めてるし。京介は戦闘が得意だけど、ここには戦力になる人はいっぱい居るもの。私達を危険な目に遭わせたくない悠先生が京介を連れ回さないのも当然じゃない?」
「……分かってるよ、そんな事くらい……」
完全な図星を突かれた京介は酷く落ち込んだ声でぼそぼそと呟いた。
「火属性魔法は殆どが攻撃魔法だし、俺が呼ばれたのはフォロスゼータの時くらいだ……。それに比べて始はよく悠せんせーに呼ばれて色んな事を手伝ってる。始はそんな事自慢しないけど、朱音や神楽だって俺より手伝ってるし、俺だけいっつも置いてきぼりじゃんかよ……!」
これは得意とする属性に関する話であって、悠が始を依怙贔屓している訳では無い。汎用性で考えると、どうしても京介の火属性魔法は使いどころが限られるのだ。それは京介も良く分かっていたが、親友の始と我が身を比べてしまうのはまだ子供である以上抑え難い感情なのだった。その感情に嫉妬や焦燥という名を付けられなくても、漠然とした不安感は拭い難かった。
鼻を啜る音で京介が泣いているのだと朱音は悟ったが、それには気付かぬフリをして口を開いた。
「あのね、何回手伝ったかが重要じゃ無いでしょ? そんな事言ったら小雪さんなんて使う系統が特殊で殆ど手伝えないじゃない。あんたそれで小雪さんの事をバカにするの?」
「し、しねぇよ!! 小雪ねーちゃんは自分のやれる事を……あ……」
感情的に反論を口にした京介は途中で自分の言葉の意味に気付き、言葉を止めた。
「そうよ、ここでは皆が自分の出来る事をやってるわ。だから誰も一緒に居る子を馬鹿にしたりなんてしない。それに、もしかしたら私達も命懸けで戦わなきゃならない時があるかもしれないわ。その時、大人の人が誰も居なかったら、あんたが皆の頼りなんだからね!! 男だったら悠先生を見習ってちょっとは男らしくなりなさいよ!!!」
言ってしまってから朱音は失敗したと顔を俯かせた。本当はもっと優しく言おうと思っていたのに、京介と喋っているとどうしても普段の掛け合いの雰囲気に引き摺られてしまい、つい言わなくてもいい事まで言ってしまった。そして熱くなってしまったもう一つの原因は、京介の始への感情が朱音の心の中にも確かに存在する感情だったからだ。子供達の中で抜きん出て有用な始が悠や他の大人達に褒められているのを見ると、仲間が褒められている嬉しさの他に下腹に重い石を飲んだ様な気分になる事が朱音にもあった。
女子は子供の内は同年代の男子よりも早熟な事が多く、朱音はそれが嫉妬であると気付いて自己嫌悪に陥った事があったが、幸い朱音には心を揺らさない同性の友人である神楽が居たのである。
朱音の元気が無い事に気付いた神楽は普段の口調のままにタフネゴシエーターと化し、朱音の口から悩みを聞き出すとニッコリと笑って言ったものだ。
「朱音ちゃん~、みんな~何でもは出来ないんだよ~? 悠先生だって出来ない事の方が多いって言ってたし~、朱音ちゃんは朱音ちゃんにしか出来ない事があるんだからそれでいいんだよ~」
よしよしと頭を撫でながら抱き締めて来る神楽の胸で不覚にも大泣きしてしまった事は忘れたいが、それでもその日以降、朱音はくよくよ悩む事は止めたのだった。
そんな朱音だからこそ京介に掛けられる言葉があると思ってここまで来たが、結局罵る様な言葉しか出て来ない自分に幻滅し、朱音はいつしか泣いていた。
「……ふぐっ、うぐっ」
その時、カチンと音がして背後のドアが開き、赤い目をした京介が意外な物を見たという顔で朱音に話し掛けて来た。
「……何だよ、お前泣いてんのか?」
「う、うるさいっ!」
自分も泣いてたクセに、と言おうとしたが、新たな涙が湧いて流れるのを感じた朱音はギュッと目を瞑って涙を止めようとするも、一度昂った感情は中々静まらなかった。
「……もう泣くなよ、俺が悪かった」
京介の手が伸び、些か乱暴な手付きで朱音の涙を拭い取る。後から後から湧いて来るそれを前に京介は独り言のように呟いた。
「父ちゃんが言ってた、女を泣かせる男はサイテーだって。だから俺、今まで女を泣かせた事なんか無かったんだぜ? ……父ちゃんが言ってた意味が良く分かったよ。なんか、スゲェ、困る」
京介の始に対する感情は朱音の涙でどこかに流されて行ってしまったようで、今は眉をハの字にしてひたすら泣き止まない朱音を前に困惑していた。
「べ、別にあんたに泣かされたんじゃ無いんだからね!!! 年下のクセに生意気よ!!!」
「年上にはなれないんだから無茶言うなよ……もうワガママ言わねぇから許してくれよ、な?」
「そんな簡単に許す訳無いでしょ!!! それにあんたハンカチくらい持ってなさいよ!!!」
「へ、部屋の中に置いて来たんだよ……」
「じゃあ2枚持ってなさいよね!!!」
「わ、分かったから泣きながら怒るなってば!」
「泣いてない!!! これは水魔法よ!!!」
理不尽な物言いに散々付き合わされた京介がゲッソリして背中に朱音を背負い階下に戻って来た時には既に夜も更けてからの事であった。
という訳でソフィアローゼもアライアットに行く事になりました。
京介は子供達の中でも技能が戦闘特化なので出番が少ないのですが、友人の始が頼られる場面が多い事をどう感じているのかなという事で一つ。朱音と京介は使う属性は正反対ですが良いコンビだと思います。




