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閑話 神崎家緊急家族会議

重要なような、そうでないような。という訳で閑話扱いにしました。

それから幾つかの情報を確認し合い、美夜はチラリと背後を見やった。


《では、残り時間も少ない事です。……修さん、詩織》


美夜が呼び掛けた瞬間、ドアの開く音と共に修と詩織が入ってきた。


《……久しいな、悠》


「父上……お久しぶりです」


《うむ……》


どちらも多弁では無い修と悠は死に別れて以来の再会に言葉少なに対峙した。体は大丈夫かなどと訊くのも今更であるし、最近どうだなどと尋ねるのも天界の住人として悠に救世を依頼した立場としては違う気がしていた。とかく不器用な父親なのである。


周囲の者達も久々の親子の再会に口を噤み、修の心情を慮った悠は修の隣でそわそわと落ち着かなげな詩織に視線を向けた。


「父上、そちらの少女は?」


《ん、ああ、この娘は――》


《初めまして、神崎 詩織です!! に、兄さんの事はずっと父さんと母さんに聞いてお話ししたいと思っていました!!》


詩織の発言で生まれる空白。


「……あれ? ユウ殿の妹さんは行方知れずではありませんでしたか?」


「名前が違いますよ、ハリハリ先生。香織さんは行方不明ですが、こちらは詩織さんです。でも年齢が……」


《詩織は天界で生まれた正真正銘あなたの妹ですよ、悠》


美夜の言葉に納得の色が広がった。確かに詩織は美夜と修の面影を色濃く残しており、娘と考えるのが自然であった。


「そうか、俺に妹が……。兄妹で交わすのも些か間が抜けているが、初めましてと言うべきか?」


《はいっ!!》


「会ったばかりの妹に気の利いた事も言えんが、詩織は元気にやっているか?」


《それは自信がありますっ!! 兄さんを見習って鍛えてますので!!》


「それは良い事だ。父上と母上の事、俺に代わってお支えして差し上げてくれると俺も嬉しく思う」


兄妹の会話としては些か堅苦しいが(悠だけが堅苦しいのだが)、それでも詩織はニコニコと悠の言葉に答えた。それだけで詩織が健やかに育っているのだと伝わり、悠は頷いた。




《それで、兄さんの恋人さんはどなたなんですか?》




――そして何の前触れも無い無形の爆弾が投下され、無音の爆風が吹き荒れる。


「わたっ――!?」


既成事実に鋭敏な蒼凪がいち早く挙手しようとするのを神奈が寸での所で口を塞ぎ、樹里亜と恵が両手を押さえた。


「コイツ、どんどん躊躇いが無くなってきてんな……!」


「油断も隙も無いわね……」


「もごもご」


不満そうな蒼凪が後ろに引っ張られていき、悠は詩織に首を振った。


「……何を勘違いしているのかは知らんが、俺に特定の相手は居らんよ。任務中に恋愛にかまけるほど俺は器用では無いのでな」


《そうなんですか? 禁欲的なのは知っていますけど、雪人さんの親友だから兄さんも実はお付き合いしている人が居るのかと思っていました》


《ハハハ、詩織ちゃん、そのくらいで勘弁して欲しいな……?》


微笑みを作る雪人だったが、一瞬口元が引きつったのを悠は見逃さなかった。しかし、悠がそれを責める前に新たな詰問が悠を襲った。


《悠、いい機会だから言っておくけど、あなたの恋愛観は修正した方がいいわ。女性に求める最上の物に戦闘能力を置くのは良くないわよ》


いつの間にか家族会議の場になっていた美夜の言葉に女性陣は一抹の期待感を抱いた。誰が言ってもその分野に関して考えを変えない悠だが、美夜の言葉であれば多少の態度の軟化が見られるのでは無いかと思ったからだ。


「しかし母上――」


《しかしじゃありません! 大体、あなたが本気で戦って誰が敵うというのです? ……もし、私の死があなたの恋愛観を歪めているのならばそれはとても心苦しい事なのですよ?》


「ですが――」


《ですがじゃありません!! あなたは失う事を恐れるあまり、その責任を女性に擦り付けるような弱い男なのですか!?》


一方的に押し込まれる悠に周囲の期待感は高まる一方であった。ただの母子として見れば、悠には美夜の言葉を切り捨てる事は出来ないのだ。事が任務に関わるのであれば美夜がその力関係を利用して悠に無理難題を吹っかける事は無いが、家族として息子の将来の話であれば遠慮なく話せるのである。


《……美夜、その辺で――》


《あなたは黙っていて下さい!! そもそも、悠の事は生前のあなたがしっかりと諭していなかったせいもあるのですよ!? 父親ならば戦闘ばかりでは無く、悠がその後の人生も人並みに暮らせるように導いてやらなければならないとは思いませんか!?》


《す、済まん! その、本当に悪いと思っている……》


30近い息子が恋愛観で母親に公衆の面前で説教を受けるという地獄を見かねた修がやんわりと取り成そうとしたが、矛先が自分に向けば自覚があるだけに黙らざるを得なかった。当時から悠の禁欲的な性格は筋金入りであったが、時が解決するだろうと甘く見ていた修の負い目である。


この件に関して悠に味方はいない。雪人やレイラすら悠の恋愛観には再三に渡って物申して来たのであり、何か効果的な説得が出来るとすれば、それは美夜以外に存在しなかった。


《どうしてもと外せない言うならば、せめて『竜騎士』の状態で計るのはお止めなさい。生身のあなたであれば絶対に手が届かないとは言えないでしょう。……どうです、これだけ譲歩しても母の言葉に耳を傾けてはくれませんか? あなたが愛する者と一家を築き、幸せに暮らす事が私達夫婦の、いえ、家族の一番の望みなのですよ、悠……》


強硬な主張から一転、悲しそうに眉を顰め情を絡めた美夜に、遂に悠の表情が曇った。これが美夜では無く、演技の説得であれば悠は一顧だにせず断っただろうが、美夜の言葉が真実であるだけに尚更悠は追い詰められていた。


これには見守っている者達も瞠目するより他に無かった。


あの・・神崎 悠が追い詰められた表情で返答に迷うなど、一番付き合いの長い雪人ですら一度たりとも見た事が無い超希少な場面であり、ただそれだけで雪人は美夜に対する尊敬の念を新たにしていた。


(武力も胆力も策略も亡き母親に情に訴えられては何の意味もなさん……これぞまさしくお手上げだな……)


皆が固唾を呑んで成り行きを見守る中、見つめ続ける美夜に対し、とうとう根負けしたように悠が重い口を開いて、言った。




「……………………っ、……………………分かり、ました。考えを改め、生身の自分を基準に再考致し、ます……」




詰まり詰まり、如何にも言いにくそうにであったが、美夜はこれまで誰にも不可能であった悠の恋愛観の矯正という難事を一部とはいえ成し遂げた。


悠の女性観には間違い無く美夜の存在とその死が色濃く影響しており、その母の頼みとあらば悠は最終的には折れるしかなかったのである。美夜に自分の死に対する負い目を残してはおけないのだ。だが、死んでから諭してくるのは本来であれば反則だろう。


《……はい、今はそれで結構ですよ。いずれはそんな拘りを捨てて、ただ純粋に愛する人を見つけてくれればと思いますが、あまり駆け足で事を進めるのは良くないでしょう。という訳で頑張ってね》


最後の台詞は悠に恋愛感情を抱く全ての女性に対してのものであった。美夜がこんな事を言い出したのは、自分達へのささやかな助力だったのだと悟った者達は世界の別無く深々と美夜に対して腰を折ったのだった。


《えへへ、私も兄さんがこっちに来たら兄さんと子供作ろっと!》




…………。




沈黙が感謝の念を押しのけ、世界が凍る。


《あー……っと、誤解の無いように言っておきますが、天界では肉体に依存していないので兄妹でも子を成すのに支障はありません。種族すら関係無いですから。ですので、別に詩織が変な訳ではありません。神々にもそういう方々は沢山居ますし、その……天界と現世の倫理観の違いと言いますか……》


先ほどまでの母親然とした態度はどこへやら、美夜は必死に現世の者達にも受け入れる事が出来るように説明に四苦八苦し……諦めた。たとえ天界の常識がそうであっても、美夜は普通の倫理観を持って生きていた元人間である。純粋な天界生まれの詩織とは常識も価値観も違うのだ。


で、結局どうしたのかと言うと。


《……おっと、もう時間がありません! では皆様、またの機会にっ》


居たたまれない空気の中、天界との通信は唐突に途切れたのだった。

純粋な天界の住人や神々と転生勇者では常識にかなり大きなズレがあります。転生勇者は基本的に自分が生きてきた世界の常識や倫理観がありますし、天界との意識の差に苦悩する事も。でも詩織が兄さん大好きっ子になったのは美夜と修の責任だと思うんですよね。


しかし、この場合詩織は純粋にリアル妹と言っていいのでしょうか……。

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