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9-94 復興15

「利用、とは?」


カルマの利用法は幾つかありますが、悠に必要なのは戦闘に用いる方法でしょう。純粋な業の攻撃を防ぐ事は今のあなたには叶いません。業の込められた攻撃は物質体マテリアル精神体メンタル星幽体アストラルの全てを透過し対象に届きます。この『絶対透過』こそ、業攻撃が通常の生命体に致命的である理由なのです。見えず、触れられず、形や気配すら無い攻撃を回避出来る者は居ませんから》


天界と魔界の住人を構成している主要素が他ならぬ業であると美夜は語った。つまりそのままでは業を感知出来ない者達には不可視であり、地上に顕現する際は物質体も混じり合う(受肉する)ので可視存在となるが、それでも単純物理攻撃では痛みは与えられても殺す事は出来ず、先の三要素を同時に100%消滅させねばならない。更に一部の高位ドラゴンが物質体から精神体、星幽体に本体を移すように本体を業で作られた業体カルマンフェイズに移す事が可能で、悠であってもよほど上手く隙を突くか油断していない限り殺すのは不可能であると言うのが美夜の説明であった。


《業の攻撃は業でしか防ぐ事は出来ません。最強の矛であり、またそれに対する最硬の盾なのです。むしろ、人の身でありながら僅かといえども神や魔を業によらず滅する可能性がある悠の存在がどれだけ規格外かお分かり頂けるかと。高位竜の三要素制御能力はこの世界の神々にも勝るという事です》


「なるほど……それでその、業による攻撃はどのような効果を? しかも最強の矛と最硬の盾とは矛盾そのものであるように思えますが……」


ハリハリの疑問にむしろ美夜は笑みを見せた。


《その通り、矛盾です。そして、それこそが業攻撃の効果を表しています。……そもそも、神や魔とは寿命とは無縁の永遠に不滅の存在。それを打ち倒すには殺せない者を殺すという矛盾の概念が必要なのです。ゆえに業での攻撃の効果は『情報喪失』であり、もし腕を断たれたとすると、そこから先が『存在しない』状態に固定されます。全く知覚出来なくなり、目にも映らなくなるでしょう》


「それは普通の人間には大事かもしれませんが、悠先生は腕くらいなら『再生リジェネレーション』で治せますよ?」


《残念ながらそんな甘い物ではありませんよ、樹里亜さん。そもそも、竜の使う『再生』がどうやって発動しているのかを悠とレイラさん、それに竜の方々以外は良く知らないのでは無いですか?》


『再生』の仕組みなどと問われて即答出来るはずも無いが、ハリハリが自信なさげに手を上げて尋ねた。


「我々は人体構造とその回復のプロセスをイメージする事で回復魔法を使用していますが、『再生』は違うのですか?」


《現れる効果はほぼ同じですが、全く違いますね。『簡易治癒ライトヒール』と回復魔法はほぼ同義ですが、『再生』は竜が対象の本来あるべき状態を物質体情報マテリアルデザインから読み取り、それを組み立てているのですよ。つまり、治しているというよりは創り出していると言った方が正しいかと思われます》


「だから『再生』すると若干腕が細くなったり筋力が落ちたりする訳だ。物質体に記されている情報よりも鍛え込んでいるからな」


美夜と悠の説明に納得の色を見せるハリハリを余所に、美夜の説明は続いた。


《つまり、『再生』で治そうにも物質体情報が喪失していては治せないのです。右手を斬られれば右手という物質体情報を喪失し、最初から右手が無い生物であった事になります。それが腕や足ならまだましですが、人体が失ってはならない部位を失えば治療すら出来ずに死ぬ事になるでしょう》


おぞましい想像に樹里亜は唾を飲み、納得したように頷いた。


「……それで悠先生が業の扱いを覚えなければならないのですね」


「そうです、回避だけなら現状でも可能でしょうがそれだけでは闘争の場においては不十分、助けたい者すら助ける事は出来ません。完全なる勝利を目指すのならば己自身を今一度鍛え直すのです、悠》


「御意に」


一瞬の反駁も無く悠は美夜の言葉に応じ、敬礼する悠を見て美夜が苦笑する。


《悠、私はあなたの上官ではありませんし、あなたも今は軍人ではありません。敬してくれるのはその逆よりは好ましいけれど、あなたがそんな風では雪人君の天界への疑いが晴れないわ》


「申し訳ありません。出来るだけ気を付けます」


《美夜さん、悠があなたにぞんざいな口をきけるはずもありません。それに、もう天界を疑ったりはしておりませんよ。……美夜さんの口を借りて無理難題をこちらに突きつけて来たりすればその限りではありませんが》


雪人は天界を信じきってなどいないが、それは美夜に言う必要のない事である。そして、美夜を天界の都合のいいスピーカーにするつもりなら悠の言った通りにするだけだ。邪魔する者は悉く殺し、天界の神崎一家を救出するのである。


(その為には俺達も、いや、最低俺だけでも業を扱えるようになっておくべきだな。何事にも保険は必要だ)


雪人は頭の隅でそう考え、その一方で別の考えが頭を過ぎる。


(しかし、その力があれば龍など敵では無かったのではないか? それが出来ない理由があるのだとすれば……どうやら何かしらの制約のある力だと考えた方がいいか。美夜さんに質問してもおそらく答えられん類のものであろう。ある程度予測はつくが……)


『竜騎士』の知覚能力でナナナが美夜の言葉に顔を赤くしたり青くしたり冷や汗を流しているのを見れば、この業に関する話が相当危うい領域の話であると察するのは容易だった。美夜は交渉役という立場ゆえ、ナナナより禁忌に対する制約が浅いのだろう。美夜が悠に情報を出し惜しみするはずも無く、今語っている事がギリギリの線なのだとして予測しなければならなかった。


《さて、肝心の修行方法ですが、第一段階として業の知覚は『竜ノ慧眼』でクリアしていますから、次は業に触れて感じる事です。普通は生きている間に業を見る事も感じる事も出来ませんが、知覚出来ていれば感じる事も出来るはずです。それでも容易な事では無いでしょうし、出来ればあなたの周囲に大きな業の持ち主が居ればやりやすいのですが……》


言われて悠は周囲の者達に視線を移した。善悪を抜きにして誰の業が大きいのかと『竜ノ慧眼』を発動する。


そうして見れば子供達は総じて善を表す青いオーラに包まれており、特に恵と明は一際大きな数値を叩き出していた。これは上位世界に住む恵と明にアドバンテージがあるからだ。


それ以外ではギャランが若干高いが、大体の者は似たり寄ったりという所だ。


――そんな中、一人だけ巨大なオーラを放つ者が存在した。


(……シャロンだけ異常に数値が高いわね。ミザリィほどではないにしろ、1億以上なんてカザエルより高いわよきっと)


(だが、シャロンが俺達を欺いて善人として振る舞っているとは思えん。『真祖トゥルーバンパイア』の力と過去に原因があるのではないだろうか?)


ドス黒い、血を思わせるほどの赤いオーラに包まれるシャロンは悠と目が合うと恥ずかしそうに顔を伏せた。その様子はやはり普通に恥じらっているようにしか見えず、人を騙しているとは到底思えなかった。ギルザードの話ではシャロンはギルザードが殺された時、我を失って自分の住んでいた国を滅ぼしたと言っていたので、おそらくそれが主な原因ではあろう。


「ミヤ殿、自分の業は使えないのですか? この中ではユウ殿が一番大きな業を持っていると思うのですが?」


禁忌に抵触しないように気を付けつつハリハリが問うと、美夜は首を振った。


《自分の業では体に馴染み過ぎていて感じ取れません。それに、どちらかと言えば自分の属性とは違う業の方が若干感じ取り易いでしょう》


となるとやはりこの中ではシャロンが最適であろう。


《居たならばその業に直接手で触れ、その力の流れを感じ取れるようになりなさい。そして感じ取れるようになればその力を自分で動かせるようになるはずです。どれだけ時間が掛かるかは分かりませんが、あなたには時間を作る術がありますからね》


《美夜さん、不躾で失礼ですが、我々にも知覚する術をお教え頂けませんか?》


悠との会話が終了する間際を狙って雪人が単刀直入に美夜に尋ねたが、美夜は困ったように眉を寄せた。


《雪人君、これは本来ならば人に教えるべきでは無い情報なのです。あなた達が覚える必要は――》


《悠に協力する者達は悠だけに負担を掛ける事を望まないでしょう……などと彼らの罪悪感を煽って水面下で事を進めようとしないのがあなたに対する俺の誠意とご理解下さい。それに、伝えたからといって誰にでも出来る真似ではありますまい》


雪人は何としても業の操作を覚える必要があった。そして、その為なら自分が言った方法で協力する者達に自発的にこの質問をさせる事も出来たが、他の者はともかく美夜にはそんな手段を用いたくは無かったからこそこうして直接的に尋ねているのであり、聡明な美夜はその心遣いに苦悩した。


「ユキヒト殿の策に乗るという訳ではありませんが、それはワタクシも同意見です。ユウ殿だけに任せて後ろで震えているだけでは幼子も同然ですからね」


業の扱いに習熟したいと考えるハリハリも雪人の作った流れに乗って支持を表明した。悠に守られるばかりでは歩みを共にしている意味が無いし、口には出さないが雪人達が力を持てば超常存在である神魔への抑止力になり得るという現実的な計算もあり、ハリハリの意図を見抜いた雪人とほんの刹那の間だが視線で確認し合った。


そして美夜もそれに気付いていた。


(ここで拒否する事は天界への疑念を助長する結果になると分かっているからこそでしょうね。……全く、こんなにいい男になるなんて、あなたを助けた昔の私を誉めてあげたいわ)


天界の一員としては業の情報が広まるのは好ましくないが、神崎 美夜個人としては雪人の力を求める理由が自分達一家の為なのだと思えば我が子のような愛おしさすら感じられた。悠とは違うが、雪人もまた強く賢く成長した事に美夜の苦悩に笑いが混ざる。


ここで断っても雪人は決して諦めないだろう。ならば、ほんの少しだけ手助けしてもいいはずであった。


《……分かりました、そこまで言うならば最初の一歩だけは教えて差し上げます。ナナナ様、蓬莱の方々にも一時的に業が見えるように助力してあげて頂けますか? バルキリーの眷族であるナナナ様であれば可能なはずです》


《そ、それは出来るけど、勝手に決めていいの?》


暗に禁忌ではないかと尋ねるナナナに美夜が頷いた。


《私に交渉役を任せた時点でナナ様もそれは予測されていた事でしょう。それに、雪人君が言う通り誰にでも扱えるような代物ではありません。蓬莱はこの事情を知る者だけに留めて下さい。雪人君もこれを広めたりしないと誓える?》


《誓います。もしこれを破ったならこの命を差し出しましょう》


雪人も他の者に広めるつもりは毛頭無かった。これは、自分が戦う為の力なのだ。


《結構。悠、そちらはあなたが導いてあげなさい。『竜ノ慧眼』を業を見せたい者に触れて使えば他の方も見る事が出来るはずです。言うまでもない事ですが、伝えるべき者の選別に関しては厳しく見極めるのですよ?》


「了解しました、決してみだりに広めぬと誓います」


こうして悠達は美夜に導かれ、新たな目的を得たのであった。

あくまで戦闘に使う部分に限定してのカルマの説明でした。


ちょっと付け加えるなら、神魔の場合は業の攻撃を受けると部位喪失するのでは無く、業そのものが削られます。つまり、食らえば食らうほど神格が落ちる訳です。神々の消失に関わる部分は流石に直接は話せませんが、雪人やハリハリは当然理解しているでしょう。


さて、そろそろ待たせている背後の人達の出番ですね。

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