9-93 復興14
「……ちょっと言い過ぎなんじゃねぇの?」
ガリガリと頭を掻きながら口を挟んだのはバローであった。それは美夜の言葉に反発を覚えてはいても踏み出せなかった蒼凪や恵に先んじての行動だった。
「割り切りがいいのは結構だがよ、コイツが今までどれだけ身を粉にして働いてきたかをお袋さんは知らねぇんだろ? それなのに失敗の結果だけを論って人前で叱り飛ばすなんてのは間尺に合わないぜ」
《おい、貴様は口を――》
「今は俺が話してんだろうが!!! 横からグダグダ言ってんじゃねえっ!!!」
バローを制しようとした雪人に怒鳴り、バローは美夜に言い放った。
「確かにユウは融通は利かないわ頑固だわ女心に疎い……は関係ねぇか、とにかく、パッと見にはとっつきにくい奴だけどよ、一度だって手を伸ばせば助けられる奴を見捨てた事は無かったぜ! 俺らみたいな足枷が無けりゃユウはもっとやれたはずだ! 馬鹿丁寧に人助けをこなしてきたコイツに感謝してる奴らは世界中に大勢居るし、ここに居る奴らだってどいつもこいつもユウに世話になったからこうして2本の足で立って居られるんだぜ!!!」
バローは胸の内に燻る苛立ちをよく分からぬそのままに吐き出していた。それは悠に関しては煩い雪人が借りてきた猫のように押し黙っている事であったり、努力を認められない悠への同情であったり、事情を伝聞でしか知らない者が好き勝手言っている憤りであったり、その他色々な感情が混ざり合っていたが、総じて言えば気に食わないという一言に尽きた。
広間に居た他の者達もほぼ同意であり、バローを止める者は居ない。
だが、美夜もまた確固たる態度で言葉を返した。
《足枷があったら敵を倒せないなどという泣き言を誰が聞いてくれるのですか? ……どうやらそちらには悠に厳しく接してくれる者は居ないようですね。神崎 悠は空前絶後、最強の『竜騎士』かもしれませんが、それでも全てに手を伸ばす事は未だ叶いません。それを願いながら叶えられないという事はまだ未熟という事です》
「そ、そんな事神様にだって出来るモンかよ!!!」
《それもまた言い訳ですね》
「バロー、もういい」
尚も反論しようとするバローの肩を掴み、悠は首を振った。
「ユウ!」
「いいんだ、母上の仰る事は一々もっとも、『竜騎士』は敵を打ち倒し弱きを救う事を欲するならばどちらも成し遂げねばならんのだ。口先だけの男など誰も信用せんし、助けられなかった者に対する言い訳にはならん。全ては俺の未熟が招いた事。この件然り……ロッテローゼの件も然りだ」
「う、ぐ……っ」
一番後ろで聞いていたソフィアローゼが悠の言葉にぎゅっと拳を握り締めて俯くと、バローはそれ以上何も言えなくなった。あれは助けられるような状況では無かったが、バローもまたロッテローゼの命に責任を感じていたのだ。今でも時々、もう少しだけ『無明絶影』に力を込めていればガルファの首を切り落とし、ロッテローゼを救えていたかもしれないと思う事があった。それどころかガルファが行った虐殺すらも防げていたかもしれないのである。そして唯一の血縁者を失ったソフィアローゼを前にして「あれはしょうがなかった」と自分の責任を回避するほどバローは恥知らずでは無かった。
「全ての事に責任を負うなどと大言壮語を吐く気はないが、間違いなく俺にも責任の一端はある。……不甲斐無い所をお見せしました。以後は一層気を引き締めて事に当たらせて頂く所存です」
悠は以前愛染を評して述べたように、どちらも欲するならばそれ相応の努力が必要なのだと身に染みて理解していた。経験から放たれた、その場しのぎではない悠の力の篭った言葉にしばらくの間美夜は無言で悠を睨んでいたが、フッと表情を和らげた。
《……弛んではいないようですね。しかし、周囲の優しさに甘えてはなりませんよ? 力のある者はその力を律し、驕りや油断を排さねばなりません。ですが、私が今更煩く言わなくても悠はそれをよく理解しているようで安心しました。それに、あなたの事を理解してくれる友人がそちらにも出来たようで喜ばしく思います》
「はっ」
「あ……もしかして、今のは試したんですか?」
雰囲気の変わった美夜にの様子にピンときたハリハリが問うと、美夜は手を合わせて謝罪を口にした。
《ごめんなさいね、ハリハリさん。悠に限って油断している事は無いとは思っていましたけど、人は易きに流れるものですから一応釘を刺させて貰ったわ。バローさんも皆さんもごめんなさい》
《だから口を挟むなと言おうとしたのだ。美夜さんが無意味に杓子定規な事を言うか!》
「ま、紛らわしいんだよ! その、べ、別に俺は怒ってる訳じゃねぇ……な、無いです、よ?」
ばつの悪い表情でバローは今更のように敬語を織り交ぜたが、ハリハリが悪戯っぽい顔で口を挟んだ。
「ヤハハ、ミヤ殿、バロー殿はユウ殿をコッソリ尊敬しておりますのでついつい口が出てしまったのです。どうかご容赦を……あたっ!?」
「コッソリだと思うなら好き勝手喋ってんじゃねーッ!!」
ハリハリの頭に拳骨を落とし、肩を怒らせてバローは後ろに引っ込んでいった。顔が赤いのは怒りのせいだけではあるまい。
《ふふふ。……ですが、油断していない中位以上の悪魔に現状のままでは苦戦は免れません。次は向こうも本気で戦うでしょうし、まだ『第4の力』を扱えないようでは殺す事は困難です》
「『第4の力』?」
悠が聞き返すと美夜は頷いて説明を始めた。
《そうです。物質体、精神体、星幽体……その三位一体の根源要素によって世界は成り立っていますが、もう一つの力がこの世界には存在します。それが何だか分かりますか?》
美夜に逆に質問され、広間の者達は顔を見合わせた。先に挙げた3つですら大抵の者には感知が覚束ないというのに、更にもう一つあると言われてもピンと来ないのは無理もない。ハリハリは隣の樹里亜に「……愛、じゃないですかね?」とドヤ顔で耳打ちして胡散臭そうに睨まれていた。
《そんなに難しく考えるは無いわよ。この世にそうそう感知出来ないような不可思議な力がある訳じゃ無いわ》
真っ先にそれに思い当たったレイラに注目が集まると、レイラは皆に聞こえるようにゆっくりと答えを口にした。
《その力とは、業でしょう?》
《その通りです、レイラさん》
竜として最高位の力を得たレイラとしてみれば、それは難しい問いでは有り得なかった。レイラは先に挙げた3つの力を使いこなし、初見で魔力の流れすら感じ取る事が出来たのだ。そんなレイラが感知すら叶わなかったのは業だけで、消去法で導き出された答えであった。
《ああ、そう言えば天界からは見ていましたが、レイラさんとこうしてお話するのは初めてでしたね。あなたが助力して下さったお陰で悠がどれだけ助けられた事か……遅ればせながら母親としてお礼を言わせて下さい》
《止めて頂戴、私は自分の意思で蓬莱に来ただけよ。あの当時の私はアポカリプスを止める力も無かったし、その私の力を引き出し伸ばしてくれたのはユウだもの。それに……》
普段より硬質な声でレイラは過去を悔やむように言い募った。
《私がもう少しあそこに早く到着していればミヤは死なずに済んだかもしれないわ。さっきの話に当て嵌めるなら、私もまだまだ未熟だって事。ミヤやシュウには罵られる事はあってもお礼を言われるような事は一切無いし、それを受け取るのは私の矜持が許せない》
《……なるほど、どちらがどちらに影響したのかは知りませんが、そういう自分に厳しい所は似た者同士ですね。ならばレイラさんの矜持を汚すような事を言うのはよしましょう。この感謝は私の心にこっそり仕舞っておきます》
バローでは無いが言葉に出しておいてこっそりも何も無いだろうにとレイラは思ったが、中々手強そうな美夜に何かを言うと揚げ足を取られそうだったので沈黙を守った。
《話を戻しますが、そもそも業は単に善悪を表すだけの物ではありません。通常、生きている間に業が影響するのは性格くらいのもので、それも些少です。天界から贈ったあなたの神眼は閻魔が使う生前の業を見透かす『閻魔帳』をモデルに作り上げた能力ですが、今は《竜ノ慧眼》と言うのですね。それに合わせて評するなら±1000程度は誤差の範疇です。生まれ持った業の値もそれぞれですし、その生命体の生き方で改善も悪化もします。種族や寿命も大きく関係して……と、説明ばかりになるのでそれはまたいずれ。生命体は死亡するとその魂が選別され、業の高い者はより上位の世界に、低い者はより下位の世界で転生し易くなります。更に一定量以上、または以下で死亡すると神格を得て神、或いは悪魔の階に達する者も居ますが、それは全階層世界を合わせても数百年に一人居るか居ないかです。私や夫のように生前の働きや研鑽が認められて転生勇者として採用される者の方が多いくらいですね。そして、天魔いずれかの神格を決定するのが業なのです》
長くなった説明が浸透するのを待って、美夜は締め括るように言った。
《神格とは即ち力。つまり、業もまた力なのです。悠、生きている間にそれを知覚するに至ったあなたにはそれを利用する事が出来るはずなのですよ》
動きの少ないシーンが続いていますが、もう少々ご辛抱下さい。この辺りは結構重要なので。




