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9-92 復興13

「「「母上ぇ!?」」」


《皆さんも初めまして、悠の母の美夜です。ちょっと気難しい子ですけど、お手伝いしてあげて下さいね?》


軽く片目を閉じて気さくに応じた美夜に一同は言葉もない。


(……ふ、不覚にもこっそりときめいちまったじゃねぇか……)


悠の母親によこしまな感情を抱いてしまいやり場の無い羞恥心に苛まれるバロー。


(ま、ま、まさか美夜様にお目通りが叶うなんて!!)


蓬莱女性の憧れである美夜にひたすら恐縮する恵。


(……死んだら歳を取らないんでしょうか……)


些かズレた感想を抱くハリハリ。


だが、最も素早くアクションを起こしたのはやはり彼女であった。


「お初にお目に掛かります、お義母様・・・!」


《あら、ご丁寧にどうも。あなたは確か……》


「葛城 蒼凪と申します、悠先生には大変お世話になりました。このご恩は一生を掛けて側に侍りお返ししていく所存です!」


《あらまぁ……》




…………。




「ず、ズルいよ蒼凪!!」


「そういう既成事実の作り方って卑怯じゃないの!?」


「抜け駆けだ抜け駆け!!」


数拍遅れて総ツッコミを受ける蒼凪であったが、何の事かまるで理解出来ない風に可愛らしく小首を傾げた。


「えっ? 私は礼儀として悠先生のお義母様・・・にちゃんとご挨拶をしただけなのに……みんなもちゃんとしなきゃダメだよ?」


「さっきからイントネーションが怪しいし、いつもとキャラが違い過ぎだって言ってんの!!」


「そうだそうだ!!」


「やり方がフェアじゃないわ!!」


激しさを増すツッコミの嵐を受け、蒼凪は両手で口を覆ってか細く漏らした。


「ヤダ、みんな怖い……」


「「「お前が怖いわ!!!」」」


女の手管を駆使する蒼凪と女性陣を余所に、美夜はいつの間にか画面の前に来ていた明と話していた。


「悠お兄ちゃんのお母さん?」


《ええ。そういうあなたは小鳥遊 明ちゃんね?》


「はい!! 小鳥遊 明7歳です!! 将来の夢は悠お兄ちゃんのお嫁さんです!!」


《まぁ、可愛らしいお嬢さんね? きちんと挨拶出来て偉いわ》


「えへっ♪」


「キャーーーーーッ!!! めめめ明ぃぃっ!!!」


まるで親戚の叔母さんに話すかのような気安い明の態度に悲鳴を上げながら恵は明を小脇に抱え、ペコペコと頭を下げた。


「申し訳ありません!! 妹が失礼を!!!」


《恵さん、私は気にしていないわ。うぅん、むしろ普通に接してくれた方が嬉しいくらい。だからあなたもそんなに緊張しないでね?》


「は、はいっ!!」


寛大な美夜に感激する恵をにこやかに眺め、美夜は悠に向き直った。


《悠、あなたも頭をお上げなさい。私はあなたの上司でもなんでもないわ。私達の立場は対等よ》


「はっ」


美夜の許しを得て立ち上がった悠と美夜の視線が交錯し、以前の一瞬の邂逅とは違う感慨に美夜が目尻を拭った。


(よくぞここまで……)


別れてから20年余りが経過していたが、一分の隙もない立ち姿に美夜の後悔が漏れた。


《……悠、思えばあなたには酷な遺言を残してしまいました。私が余計な事を言ったばかりに、あなたの人生の可能性を狭めてしまったのではないか、もっと別の幸せを手にする事が出来たのではないかと思わない日はありませんでした。私は、愚かな母です……》


言葉に詰まる美夜であったが、悠は小さく首を振った。


「母上、それ以上仰られるな。自分は両親の愛情を糧に、救世の大業を仲間達と成し遂げた事を誇りに思っております。自分を育んで下さった母上と父上には感謝こそあれ、恨み言などは一語として持っておりません。自分は、世界一の果報者です」


《悠……》


感情が薄い悠の言葉であったが、そこに込められた万感の思いを受け取った美夜は長年の胸のつかえが取れたような晴れやかな顔で呟いた。


《私が、この世に生まれ出て何事かを成せたというなら、あなた達を産んだ事だと胸を張って言う事が出来そうです……ありがとう、悠》


微笑み、再び目尻を拭って美夜は口を開いた。


《さて、話は尽きませんが、いつまでも親子だけで喋っている訳にもいきませんね。……でも悠、あなたは最初から私を疑ってはいないようだけれど、私が偽者だったり強要されていたりと思わないのかしら?》


「思いません」


即答した悠は、その理由を語るのに雪人にチラリと視線を送った。


「真田 雪人という男はその性苛烈にして傲岸不遜、毒々しい舌鋒は鋭く、傍若無人で容赦や寛容と無縁の男です。……しかし逆に、これはと思い定めた者に対する情の深きにおいて余人を並べる事もまた叶いません。もし万が一、母上に疑義あらば雪人の事、単身であろうと天界に宣戦布告し悪鬼羅刹と化してその身をお救い奉るに相違ありません。その雪人がここで頭を垂れているという事自体が疑う余地の無い事を示しております。……まぁ、ひょっとするとそれに関して暴言くらいは吐いたかもしれませんが、問わぬが花でしょうな」


《……の野郎、恥ずかしい事をベラベラと……!》


珍しく悠にやり込められた雪人はそう悪態を吐くのが精々であった。美夜と見えた時の醜態は雪人の消したい記憶の一つである。


《あら、何も言わなくてもそこまで通じ合っているなんて、流石20年来の親友同士ね!》


「《悪友です》」


嬉しそうに言う美夜の言葉に寸分違わず異口同音に言い放った悠と雪人がお互いを嫌な顔で睨み合った。


《それに、雪人君がそんなにも私を想ってくれていたなんて……いい男になっちゃってるし、私も独り身だと危なかったかもしれないわね?》


《ご、ご冗談を……》


頬に手を当てる美夜の背後でガタッと音が鳴ったが、先ほどまでとは違い、雪人の思考回路は空転し平凡な言葉を返すに留まった。そんな雪人を匠は凄みのある目で睨んでいたが、それにすら気付かぬ有様だ。


(なんだよ、氷と毒で出来てんのかと思ったが人並みの可愛げもあるんじゃねーか)


そんな雪人を見て散々その毒舌の餌食となっていたバローは大いに溜飲を下げたのだった。


《と、とにかく悠から得た情報はナナナ経由で既に美夜さんの手元に届いているはずです! 天界の見解をお聞かせ下さい!》


《そうね、そろそろちゃんと仕事に戻りましょうか》


これまでの柔らかな雰囲気が一変し、軍人としての硬質な表情に切り替えた美夜を見て自然と場の雰囲気が引き締まった。天界で隊長職を務める美夜の本領でもある。


《天界は魔界の関与を正式に認め魔界上層部と交渉の場を設けました。もっとも、魔界上層部は知らぬ存ぜぬで交渉と呼べる物ではありませんでしたが、少なくとも魔界の主流派は今回の件に関わってはいないようです。と言っても主流派は魔界の半分ほどで、残り半分は野放図に好き勝手しているのが現状ですが……》


苦い顔で美夜が吐き捨てるように言葉を切った。もう少し魔界上層部がしっかりと下の者達を掌握していれば美夜も戦いに駆り出されずに済むのだから恨み言の一つも出てこようというものだ。


《アーヴェルカインに手出ししている者達に関してはどうしようと魔界は一切関知しないそうです。また、アーヴェルカインの周辺は天界の兵の厳重な監視下に置かれ、今後そちらに増援が送られて来る事は無いでしょう。その世界の中で我々が力を使って戦う事は出来ないのであくまで警戒網であり包囲網ではありますが》


「自分達で作った世界に直接干渉出来ないようにしたのは何故ですか?」


ハリハリの質問は半ば興味本位のものだったが、美夜はそれに丁寧に答えた。


《苦肉の策ですよ、ハリハリさん。そもそも、この世界は天界の者だけで作り上げた訳ではありません。天界と魔界は創世において協力してこの世界を作り上げました。天と魔は人間で例えるなら異なる国同士のようなもので、全てにおいて対立している訳では――》


と、美夜が顔を顰めて急に言葉を切った。


《申し訳ありません、これ以上禁忌に抵触する事は語れないようです》


《ハリハリ、美夜さんに不躾な質問は控えろ。天界の住人は下界の者に語れぬ質問に答えると苦痛に苛まれる安全処置を施されているのだ》


「そ、そうでしたか、それは大変失礼しました」


慌てて頭を下げるハリハリだったが、あの雪人が他人に斟酌する気遣いがあった事に軽い驚きを得ていた。雪人の側のナナナは「私の時は容赦無かったのに……」という視線を雪人に送っていたが、雪人の厚い面の皮を貫通出来ず空しく弾かれていた。


《今回の計画が本格的に発動したのは20年ほど前でしょうが、準備にはもっと長い時間を掛けたのだと推測出来ます。バラまいた品々も一朝一夕に用意出来る代物ではありませんし、今後も激しい抵抗が予測出来ます。悠、あなたには既に神々を凌駕する力がありますが、それでも以降の戦いは一筋縄では行かぬと心得なさい》


《美夜様、お言葉ですが、今の悠に敵し得る存在が居るとは思い難いのですが……》


これまで悠が戦闘力で引けを取った事は無く、龍王アポクリファすら問題としなかった悠が窮地に陥るとは考え難いという匠の言はもっともであったが、美夜は厳しい表情で首を振った。


《魔界の住人はそんな甘いものではありません。現に悠は敵の首魁と目されるミザリィを取り逃がしています。油断している時に討ち取れなかったのは大きな瑕疵となりましょう》


撃退したと言えば聞こえはいいが、実質的には逃走を許したという意味で悠に反論は無かった。厳しいが、逃げられた悠が悪いのだ。


《神でも悪魔でも討ち取れる矛を持っていても、それが当たらなければ無意味です。手負いにして時は稼げたかもしれませんが、敵に同じ手が二度通じると思っていたら次に死体となるのはあなたか、あなたの側に居る者なのだと肝に銘じなさい。『竜騎士』に再戦の機会があるなどという甘えがあるとすれば、それはあなたの怠慢です》


美夜の言葉に対し、悠はただ頭を下げるばかりであった。

悠にこれだけ正面切って物申せるのは美夜くらいですね……。雪人ですら口を挟めません。

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