2-12 猛き戦場の風2
「うう・・・見ちゃった・・・初めて男の人のを見ちゃった・・・」
そのまま全力で謝った恵は悠と顔を合わせる事無く女風呂へ行き、体も洗わずに湯船にダイブした。
物心付く前に父親と一緒に風呂に入った様な記憶はあるが、何分幼い時分の出来事であるので一緒に入ったという記憶だけしかもう残っていなかった。だから、男性の下半身を生で見たのは先ほどの悠の裸体が初めてだったのだ。
(嘘、信じられない、どうして・・・お、男の人のってあんなに大きいの?駄目、駄目よ、私のにあんなの絶対入らな・・・ってバカ!私のバカ!!何を考えてるのっ!!!)
何を考えているというか、ナニを考えているのだが、思春期真っ盛りの恵であるので、あの様な刺激物を見ては色々考えてしまうのもしょうがないだろう。全ての原因は若さゆえだ。何も欲情するのは男だけの専売特許では無いのだから。浴場で欲情する日もあるのだ。
その時浴場の扉がバンと開かれ思わずビクッと体を強張らせた恵だったが、入ってきたのは妹の明だった。
「あ、おねえちゃん、ゆうおにいちゃんがあとでおはなしがあるんだって。30分くらいであがってっていってたよ?」
「え、ええ、分かったわ・・・」
流石に顔を合わせ難いからといって断れる様な状況では無い。この後に悠と会う事を思うと、恵の口からは深い溜息が漏れるのだった。
「お、お待たせいたしまし・・・あら?」
食堂に居るらしい悠の姿を求めておどおどと覗きこみながら食堂を訪れた恵だったが、そこには悠の姿は無かった。代わりに起きてきたらしい子供達が、朝食の為なのか、皿や食器を並べる手伝いをしていた。
そのまま奥の厨房に向かうと、そこにはどこから見つけたのか、フリルの付いたエプロンをして料亭の味にうるさい板前の様に小皿にとったスープの味を真剣に確かめる悠の姿があった。突っ込みどころが多すぎて恵にはどうしていいのか分からなかったが、同じく風呂から上がった明が何の躊躇いも無く悠へと近づいていった。
「わ、ゆうおにいちゃん、おかあさんみたい~」
「む?せめてお父さんだと思うが・・・」
「え~?おとうさんはそんなエプロンしないもん!」
「これしかここには無くてな・・・」
それでも悠の食事を作る手つきに狂いは無い。男の一人暮らしとして、多少の料理は出来るのだ。
「ん、恵、来てくれたか」
「は、はい!あの、さ、さっきは大変失礼を・・・」
「いや、年頃の娘に悪い物を見せた。こちらこそすまん」
「いいえ!そんな、悪くありません!!むしろとってもドキドキ・・・ってちちち違います、そう言う意味じゃないんですぅ~~~~!!!」
自爆する恵に話の流れを変えるべきだと思った悠はとりあえず料理の味を見て貰う事にした。
「一応、食事を作ったのだが、スープの味はこんな物でいいだろうか?恵」
「え、あ、で、ではちょっと味見を・・・」
そう言って恵は悠からスープの入った小皿を受け取り、味を確かめた。それは恵の舌にも濃過ぎず薄過ぎず、丁度良く感じられた。
「ええ、丁度いいと思います。悠さん、お料理も出来るんですね」
「ああ、前に少し習う機会があってな」
そこでふと恵は今味見をした小皿を見て違和感を覚えた。
(あれ、これ・・・確かさっき悠さんもこれで味見していた様な・・・)
今日の恵はとことん恥ずかしい目に遭う日らしい。またもや顔を真っ赤に染め始めた恵を見て、悠は若者の琴線はどこにあるのか分からんな、などと他人事の様に思うのだった。
なんとか朝食を用意出来た悠と恵は、子供達に手伝って貰いながら配膳し、全員が席に着いたのを見計らって口を開いた。
「皆の世界では食事をする時にはどう言うのかは知らんが、俺の国では食事をする時はまず手を合わせて、「頂きます」と言って食べる習慣がある。これは食べる事が出来る事への感謝と食材への供養の意味もある。だから、やってもいいと思う者はやってみてくれ。では、頂きます」
「「「いただきます!!!」」」
ここ最近まるでいい物を食べていなかった子供達は、素直に悠の言葉を受け止めた。美味しい物を食べる事が出来るという事が当たり前では無いと、皆実体験から理解したのだ。
それをニコニコと眺める恵の隣で、悠は再び口を開いた。
「飯を食べながらでいいから聞いてくれ。俺は神崎 悠と言う名前の者だ。君らを助けてあげて欲しいと神様に頼まれて、こことは違う世界からやって来た」
悠はなるべく難しい表現は避けて、子供にも伝わる様に言葉を選びながら話した。子供達も自分達を助けてくれた恩人たる悠の言葉を素直に聞いている。
「俺はこの後、君らとは別に戦いに連れて行かれた子供達を助けに行かなければならない。ここは安全だから、君らはここで留守番をしていてくれ。帰って来たら、皆でこの後の事を話し合おうと思う。そして、俺が居ない間は俺の隣に居るこの恵の言う事を聞いて、待っていて欲しい」
悠が留守にすると聞いて、何人かの子供達が不安そうな表情を浮かべた。やはり子供だけでは不安なのだろう。少年の一人がとてとてと悠の近くまで来て、その袖を掴んだ。
「ゆうせんせい、かえってくる?」
先生と呼ばれた事に疑問符が浮かんだ悠だったが、ここは子供に合わせておいた方がいいと思い、その子の頭にポンと手を乗せて力強く頷いた。
「ああ、必ずな。だから、皆はちゃんと恵先生の言う事を聞いていい子にしているんだ」
隣の恵が「私も先生なんですか!?」と言いたげな顔をしているが、悠はここは流されて貰おうと思い、敢えて恵の方に視線を送らなかった。
「でも・・・こわいひと、いっぱいいるよ?」
それでも不安なのか、袖を離さない少年に、悠は一つパフォーマンスを見せる事にした。
「大丈夫だ。見ていろ」
そう言って立ち上がった悠は、レイラに着装を頼んだ。
(レイラ、着装だ)
(ユウ、そういう時はそれっぽいポーズも取らないと駄目よ。媒体を掲げて「変・身っ!!」って言って見て。多分、凄く食いつくと思うから)
悠が何をやりたいのか悟ったレイラは『心通話』で会話しつつ作戦を悠に伝えた。悠は少し溜息をつきたい気持ちになりながらも、この程度の事で子供達が納得するのなら、まぁいいかと思ってそれに従う事にした。
「少し離れてくれ」
そう言って袖を掴んでいた少年を離すと、悠は媒体のペンダントを目の前に掲げて、ポーズと共に言った。
「変・身っ!!」
赤い靄に包まれた悠が次の瞬間、兜を下ろした赤い竜騎士の姿になった時、場は痛いほどの静寂につつまれた。
(・・・レイラ、これはやり過ぎだったんじゃないか?)
(おかしいわね、確か子供はこういうのが好きだと思ったんだけど・・・)
誰も何も言わない固い空気の中で、悠はポーズを取ったままこっそりレイラと『心通話』で相談し合った。
だが子供達は呆れて声が出せなかったのでは無かった。むしろ、その逆で・・・
「す、すっげぇぇぇぇえええええ!!!!」
「せ、先生は本物のヒーローだったんだ!!!」
「うわー!うわーー!!あ、あくしゅしてください!!」
一人が感激の声を上げると、あとはもう雪崩式に子供達は興奮の坩堝に包まれた。年齢一桁の子供達にとって、本物の変身ヒーローは正に英雄そのものに映ったのだ。中には異世界である事も忘れて悠に握手をねだる子供も居た。
全員が椅子から離れて悠を囲む中、憧れのキラキラとした視線で悠を見ている不安を訴えていた少年に、悠はもう一度頭に手を乗せて、力強く言った。
「俺は誰にも負けん。だから、待っていてくれるな?」
「う、うん、ぼく、いい子にしてまってる!!」
「良し。皆も待っていてくれるか?」
その言葉に、全員が唱和して元気良く答えた。
「「「はーい!!!」」」
それを見て悠は満足そうに頷いたのだった。
「あれ、何だこの空気?」
朝食に呼んでもらえなかったベロウはこの波に乗り遅れて、一人呟いたが、誰も一顧だにしなかった。
重くなる前のほのぼのパート2。
やっぱり子供にはこれが一番だと思うんですよ。