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9-88 復興9

悠が通信を試みてから像を結ぶまでに要した時間は僅かであった。


《……悠か?》


仏頂面を絵に描いたような不機嫌さで雪人の姿が浮かび、室内は俄かに緊張感に包まれる……が、悠は特に気にせず直球で雪人を窘めた。


「随分と機嫌が悪そうだな。その凶相では馴染みの女も近付くまいに」


《俺がいつもいつも女を漁っている風な物言いはやめろ。第一、禁欲主義の貴様からすれば大体の男が漁色家だろうが》


「その大体の男の中に自分を含める辺り、図々しいとは思わんか?」


《俺は謙虚だからな。わざわざ自分の容姿や才能を誇示するような悪趣味では無いだけだ》


「その言い草で自覚が無いなら救いようが無いが」


気を使わないのが復調を促したのか、雪人は幾分か気の晴れた表情で髪を掻き上げた。


《フン、まぁいい。ちょっと慰霊式でゴタゴタがあって苛ついていただけだ》


「何か衝突するような事があったか?」


《……真、教えてやれ。俺が言うと洒落にならん》


そっぽを向いた雪人に代わり、近くに控えていた真が説明を引き継いだ。


《誰にも悪意は無かったと思いますが……その、本日慰霊式があると言ってましたよね? その式次第の確認の際、神崎夫妻が陛下の玉言を賜るという話の段に至り、東城家の御当主が戦死した先代にも何か一言で良いから陛下のお言葉をと突然言い出しまして……》


《それだけでは無いぞ、西城以外の他の四城家もそれなら我も我もと言い出しやがった……ったく、これだから脳に筋肉が詰まっている武門の奴らは始末に困るのだ!! 四城家だけを特別扱いなど出来るはずが無かろうが!! 歴代『竜騎士』が何人居たと思っている!! 一般庶民にだって『竜騎士』を輩出した家はあるのだぞ!! それに、戦争で死んだのは『竜騎士』ばかりでは無かろうが!! その代表としてあえて『竜騎士』では無い神崎夫妻を選んだ意味も分からんのか!? 陛下にこの戦争で亡くなった人間一人一人に弔辞を読ませるつもりか!? しかもそれを当日の朝になってゴネ出すのか!? 常識で考えて不可能だろうがド阿呆共が!!!》


額に青筋を浮かべる雪人が結局言いたい事を言ってしまい、真はガクリと肩を落とした。


《そこまで言ってしまうのならご自分で言って下さいよ……。ああ、誤解しないで頂きたいのですが、東城家の御当主も気持ちが昂ってつい口にしてしまったのだと思います。死者に報いたい一心で陛下のお言葉を賜りたかったのでしょう。ですが、そういう訳で神崎夫妻だけにお言葉を賜る訳にはいかなくなり、陛下が主だった戦死者の氏名を読み上げる事で落ち着きました。それでも相当な数でしたので、今日は陛下は既にお休みになられております。……申し訳ありません、悠さん》


この場に志津香と朱理が居ない理由はそういう事なのだろう。謝罪を口にする真だったが、悠は首を振った。


「真が謝る事でもあるまい。父上と母上は名誉など求めておられんよ。それに、いくら名高き四城家といえど、当主は皆二十歳前後の若者だ。感情を抑えられん事もあろう。妥当な処置だと思うぞ」


《時と場所を選べと言っているのだ!! 『竜騎士』を目指す武人が感情のままに行動してどうする!?》


「そういう貴様も感情的になっているようだが?」


《この場に来るまで我慢していたに決まっているだろうが!! 我ながら良く手が出なかったものだ!!》


《その代わり、真田先輩と西城はずっと殺気を放っておりましたがね……》


雪人は確かにその場で激発したりはしなかったが、騒ぎ立てる四城家の者を隣の朱理と共に「今すぐ黙らなければ殺す」という視線で刺し貫いていた。個人的欲求で皇帝に直訴するなどそもそも公の場で許される事では無く、朱理は四城家筆頭としてその浅慮な行動に深い怒りを抱いていたのだった。怒らせると恐ろしい相手として有名な2大巨頭の殺気に冷静さを取り戻した四城家の者達は震え上がったものである。


雪人は世話になった故人の恩にケチを付けられたのが気に食わなかったのだが、それを口に出せば東城家の当主と同類になると口を噤んでいたのだ。


《……もういい、気分の悪い話はこれで終いだ。先に貴様の話を聞かせろ》


雪人の顔から苛立ちが消え、悠の話を促した。いつまでも世間話に興じている訳にはいくまい。


「少し長くなるが……」


そう前置きし、悠は密度の濃い1日の事を順に語り始めたのだった。




《……ようやく尻尾を掴めたか……だが……》


悠のもたらした情報に雪人は形の良い眉を顰め、顎に指先を当てて考え込んだ。今回もたらされた情報はこれまでで最大の物であり、それだけ深く考察する必要を雪人に感じさせたのである。


《最も憂慮すべきは、そのミザリィという女が何者かという点では無い。膨大なマイナスカルマの持ち主であるという事から十中八九魔界の手の者であろう事は容易に想像が付くからな。それは予想通りだが……問題はその女が竜器を知っている事と、一人では無い事だ》


両手を組んだ雪人の目は厳しく、瞳は苛烈な炎が燃えているかのように見えた。


「これらの情報から導き出される答えが気に食わんのだろう?」


《その通りだ。状況の流れから察するに、誰かが竜の秘儀をその女に伝えたに違いない。……ナナナ、これまで死亡した『竜騎士』達はどうなっている? 全員天界に召されたのか?》


《えっ、それは、その……全員を知悉している訳じゃ無いよ。何人かの『竜騎士』だった人はナナ様達バルキリーの誘いを受けて天界に昇った人も居るけど、誘いを断って輪廻の輪に流れた人も居るし、そもそも魂の所在が不明な人も居るし……》


苛立っているせいか敬称を省いて質問する雪人に、ナナナは禁忌に触れないかどうかと恐る恐る口にした。基本的に生者に死者の情報を伝えるのは禁忌に触れやすいのだ。特に従属神であるナナナにはその制約が強いのである。


だが、雪人にはそれだけで十分に伝わったのだった。


《……悠、誠に遺憾ながら俺にはこう結論付けるしかない。即ち、死者の中に・・・・・裏切り者が居る可能性が高い、とな》


裏切り者という強い言葉に全員の顔に嫌悪感が浮かんだが、同時に有り得ないという思いも等分に『竜騎士』達の感情を占めていた。


『竜騎士』こそは人間を超越した最高の戦士であり、甘言に耳を貸すような弱卒では決して到達する事は無い頂である。たとえ命を天秤に掛けられてもそれが揺らぐようでは『竜騎士』としては不適格なのだ。


だが、雪人は『竜騎士』を盲信してはいなかった。いくら鍛えたとは言えベースは人間であり、心が揺れる事もある。例外は悠くらいのものだ。


それに誰も雪人の意見に異を唱えないのは『強制転化コンパルションリバース』が蓬莱で作られた技だからである。敵の戦力を自軍の戦力に変え劣勢を補おうと考案されたが、竜器に封じる事は出来ても人間に力を貸さない龍がベースになっていては意味が無いと殆ど使用される事が無かったのだ。つまり、情報の流出は裏切りの可能性を限りなく高めるのだった。


また、口には出さないが、生者である他の生き残りの『竜騎士』を疑うほど雪人は目が曇ってはいなかった。


《ついでに言えば俺は裏切り者の正体にもおおよその見当は付いている。ナナナ、後で歴代『竜騎士』のリストを渡すからそいつを天界で照会して所在不明者を割り出してくれ、それが裏付けになるだろう》


《もう分かったんですか!?》


《俺は情報竜将だぞ? 『竜騎士』達が如何に戦い、そして散っていったのか、その相棒の竜や人となりも含めて全て頭に入れてある。誹謗中傷と言われても詰まらんから今は特定せんがな》


こめかみをトントンと叩き、雪人は豪語した。直接的な戦闘に参加しない分、雪人の脳には膨大な情報が詰め込まれているのだ。


《……ならば悠は最悪、過去の同僚と戦う事になるのか?》


《防人教官、最悪とはその程度の事ではありません。敵が持ち去った竜器は複数、降ったドラゴンも一体では無いなら悠が同時に複数の『竜騎士』に囲まれ得るという事です。普通高位の龍に洗脳の類は効果がありませんが、敵は『龍角ドラゴンホーン』によってそれを可能にしています。我々『竜騎士』とは異なり、信頼では無く隷属によって生まれた『竜騎士』……いや、『龍騎士ドラゴンナイツ』によって……》


《『龍騎士』……》


雪人が仮称した『龍騎士』は恐ろしい可能性を秘めていた。本人の善性や自律に立脚せずに誰であろうと龍の強大な力を振るう事が出来るなど、龍そのものよりも厄介極まる存在である。仲間である『竜騎士』と相打つ様を想像し、そのおぞましさに匠は拳を握り締めた。


「すぐに『龍騎士』が襲来する事は無かろう。アポクリファもストロンフェスも封印される際は瀕死であったし、復活には時間を要するはずだ。ルドルベキアはまだ竜器に封印されておらんし、その他のドラゴンでは竜器の基準に満たん」


『龍騎士』増産という凶報に接しても悠は淡々と状況を把握していた。敵が増えるのは面倒だが、敵対するならば全て打ち倒すだけだ。倒すべき敵に対し、悠が臆する事は無い。


だからこそ『竜騎士』の中の『竜騎士』、神崎 悠なのである。

四城家の当主は朱理の西城家以外は先代が早逝しているので現当主達はまだ若い『竜器使い』ばかりです。武人らしい直情径行であり、別にこの機に権限を拡大してやろうとかそんな大それた事は考えていません。単に故人の功績に花を添えたいだけだったのですが……当分雪人や朱理が彼らに好意的になる事は無いでしょう。


若さゆえの過ち。

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