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9-84 復興5

「手伝って貰って悪いな」


「いえ、ユウ様には日頃お世話になっていますから」


「そーですよぉ!! このくらい何でも無いです!!」


「……ケッ」


ギルドに続き、ダイクの店に戻った悠はそこで物資を受け取り、『冒険鞄エクスパンションバック』に詰め込んで街の外を目指していた。大量に発生した荷物は『開拓者』の面々がそれぞれ荷物を引き受けてくれたので、荷車を借りずに済んだのは有り難い事だ。なんだかんだと悪態を吐きながらも、ジオもその両手に鞄を提げていた。


……余談だが、当然の如くダイクはこっそり(本人はそのつもり)料金を過小請求して来たので、店員に取り押さえさせている間に他の店員から正規の額を聞き出し、更に情報料も上乗せして支払いは終えている。その間ダイクはまるで借金のカタに娘を取られる父親のように慈悲を乞うたが、実際はただの料金支払いである。


「短い時間でよく纏めたものだ」


《優秀な商人ではあるのよね、ダイクは》


返却された地図には各所に番号の付いた付箋が貼られており、別に纏めた書類にその詳細を記すという手の込みようであった。


品目別の入手先と入手方法、買える物はその価格、魔物モンスターならば生息地と注意事項が記してあるその束は情報を旨とする商人であれば相当な価値を持つ品であろう。精査している時間が無かったが、悠がもう少し情報料に上乗せするべきだったなと反省する仕上がりであった。


「ん?」


書類の最後の一枚に、ふと悠の手が止まり、レイラがその内容を読み上げた。


《なになに……「植物の事に関してはフェルゼンのミレニア様が非常にお詳しいので尋ねてみられると良いかもしれません」、か……どうするユウ?》


「そうだな……アルトと智樹は引き続きフェルゼンの手伝いでいいが、始とハリハリは付いて来て貰う方が良さそうだ。特に始の力が必要になる局面は多いからな。その時に訊こう」


一般生活の中で最も有用なのは火属性でも水属性でも無く、土属性を使う始であるのはこれまでに枚挙に暇がないほど思い知らされている事だ。


「屋敷に戻ろうか。子供らを休ませる場所が必要だろう」


「済まないな、気を使わせてしまって」


背中にそれぞれ子供を背負ったアルベルトとイライザに気にしないように伝え、悠は郊外で『虚数拠点イマジナリースペース』を設置した。


《お帰りなさいませ。お客様でしょうか?》


「ああ、短い間ではあるが労ってやってくれ。それと、風呂の準備を」


《畏まりました》


突然現れた屋敷にアルベルト達は目を丸くしたが、悠が先頭を切って敷地に踏み込むと他の者達も恐る恐るそれに従った。


「これが噂の教官のお家かぁ……ぬふふ」


「はしたないわよルミナ」


「まずは荷物を下ろして休むといい。部屋は空いているならどこを使っても構わんよ」


その時、玄関の扉が開いた。


「お帰りなさいませ、ユウ様」


「ただいま。他の者達はどうした?」


「お客様がお見えになると仰っておりましたので、皆さんで掃除をしておりました。と言ってもこの家は無理矢理汚さない限り自動清掃オートクリーンされますので気分の問題なのですけれど……代表してアルベルトさん達と面識のある私がお出迎えに参りました」


「そうか……皆気が利くな。粗忽者の俺ではそこまで気が回らなかったよ、ありがとう」


近しい者達だけが感じ取れる幾分か和らいだ気配で悠はシャロンの頭に手を置くと、普段は青白い肌にサッと赤みが差した。


「ゆ、ユウ様……! こ、ここは人目が御座いますから、その……」


「おっと。済まない、シャロンは子供扱いするべきでは無かったか」


「あっ……」


シャロンの実年齢を思い出し悠はすぐに手を離したが、シャロンは撫でられるのが嫌なのでは無く、対人経験が少ないので人前で誉められるのに慣れていないだけであり、さりとて後で2人きりで誉め直して下さいと言えるほど厚顔では無いのでしょんぼりと肩を落とした。これが蒼凪ならじっくりと堪能した事であろう。


(もっと頑張って踏み込まないと……!)


次の機会があれば頑張ろうと誓うシャロンであった。




そして風呂に場面は移る。アルベルト達は旅の疲れを癒やし、掃除をしてくれた住人達には汗を流して貰おうという名目である。現代人ならば会ったその日に裸の付き合いは些かハードルが高いだろうが、半裸で街を歩く者も居る世界ではそこまで潔癖では無く、むしろ高級品である風呂を堪能出来るならと喜んで受け入れられた。


「くぅ~~~~~っ!! 堪えられんなこれは!!」


「全く然りだ!! 風呂なんぞは金持ちの道楽主義かと思っていたが、疲れが溶け出して行く気すらするな!!」


『開拓者』のリーダーである槍使いの盾役タンクと格闘家は――名前はガロードとブランである――湯船に浸かって大きく感嘆を漏らした。今まで一度も入った事が無かった訳では無いが、彼らが入った事のある風呂とは少し大きな桶に温めたお湯が入っているという程度の代物であり、手足を伸ばして入るなどという贅沢品とは無縁の粗悪品であった。


しかしこれは全く別物である。常に適温と清潔に保たれた湯は骨身に染み渡り、体の奥に残った疲れを解きほぐして行くようで、自然と体がリラックスし、顔には笑顔が浮かんでいた。


「昔貴族の家で風呂を馳走になった事はあるが……これは桁違いだな……」


「ふぁ~……」


「た、大した事ねぇよこんなの!」


それは高名な冒険者であったアルベルトも同じである。これだけの規模を持つ風呂を持っている貴族などは世界に一人も居ないであろう。しかも見た事の無い設備も備え付けられており(シャワーやサウナ)、アルベルト達は圧倒された。ジオですら憎まれ口に力がない。


「借り物だが、これがあるお陰で助かっている。職業柄、汚れる事は多いからな」


悠は誇るでもなく静かに湯に身を任せていた。その全身を覆う多種多様な傷跡に、アルベルトは気圧されないように気を張り、口を開いた。


「それで、そろそろユウの出自や目的を聞いても良いのかな?」


「構わんが、風呂で長話も無いだろう? それに、イライザにも聞かせるのなら風呂から上がった後で良かろう。何度も同じ話をするのも手間だ」


「教官の噂は色々と流布してますがね。アルベルトさんもギルド長になればこれから嫌っていうほど耳にする事になると思いますよ?」


ガロードの言葉にアルベルトは首を振った。


「俺が知りたいのは真偽定かならぬ噂では無く、真実のユウの話だよ」


アルベルトの問いに答えたのはその場に居なかった第三者の声だった。




「真実も何も、そいつは見たまんまの奴さ。堅物で頑固でバカっ強くて女心には疎いがガキにゃ甘い、元軍人の毒舌家だよ。邪魔するぜ」




遅れてやってきたバローが気さくに片手を上げて風呂に現れ、その背後からカロンや京介も連れ立って会釈した。


「バローか?」


「おうよ、後ろに居るのが世界一の鍛冶師、『鋼神』カロンと『異邦人』のキョウスケと……他2名だな」


「酷いですよバローのアニキ!?」


「その他扱いすると許さんぜよ~!」


「「「『鋼神』カロン!?」」」


その他扱いされたビリーとルーレイが抗議の声を上げるが、そんな事は些事とばかりにカロンのネームバリューは冒険者達の驚愕を誘った。冒険者にとってカロンの武器は超一流の証であり、別の意味で憧れなのである。


特にカロンの武器を扱うジオとギャランはその当人を前にして背筋をピンと伸ばした。


「か、か、カロン様!! あの、俺の、じゃない、わ、私の武器を打って下さって、あ……私の為じゃ無いんですけど、えぇと……と、とにかくありがとう御座いました!!」


「カロンさんの剣のお陰でこの前の戦争で功績を挙げられました、ありがとうございます!!!」


「ん? ……ああ、君達がジオ君にギャラン君か、無事で何よりだ。君達の事はユウさんから聞いているよ、楽にしておくれ。ジオ君は将来有望な剣士で、ギャラン君はその歳で既に大器の片鱗を見せているらしいね。人生を折り返した中年にはその若さと可能性が眩しいよ」


ニコリと笑ってカロンが答えると、ジオは口元をヒクつかせて表情の選択に迷い、ギャランは一瞬でのぼせたように顔を真っ赤にして目を潤ませた。


「ギャラン君、後で君に渡した『盾刃シールドエッジ』について娘に話を聞かせてやってくれないか? アレは娘が考えた武器でね、まだ改良点はあると思うんだよ」


「は、はい!」


偏屈な人間だと聞いていたが、穏やかなカロンの語り口に場の空気が和らいだ。当時のカロンを知るアルベルトは違和感を感じてまじまじとカロンを見返したが、視線の意味を悟ったカロンが苦笑する。


「このカロンを名乗る人物は本物だろうか、自分が知るカロンという男はもっと偏屈でいけ好かない人間だったが、という所かな?」


内心を見抜かれ、アルベルトは大きく目を見開いた後に頭を下げた。


「……そう思うのも無理はありませんよ。昔カロン殿に何と言われたか覚えていますか? 「使い捨てにする矢などを作る気は無い。弓矢など弱卒の使うものだ」と言われたのですよ?」


あからさまに弓使いを見下した自身の過去の発言にカロンの表情に苦味が増し、今度はカロンの頭が下がる。


「いやはや申し訳無い、当時の私は実に傲慢で狭量だった……。その傲慢が自身を滅ぼし掛け、ユウさんに救われた事でようやく我が身の愚かさを思い知ったよ。罪滅ぼしと言っては何だが、今晩にでも工房に来るといい。ユウさん、彼らにお譲りしても構いませんか?」


「俺はあくまでカロンに居場所を提供しているだけだ。頼んだ物以外をどうしようと構わんよ」


悠の許諾を得てカロンの顔から苦さが消え、朗らかな笑顔となった。悠はカロンを保護したが、自分の専属として囲ったつもりは無く、カロンにその気があるのなら外に流通させる事を厭う気も無いのである。勿論、誰彼構わずとは行かないが、この場に居る者達ならば大丈夫だろう。


「あ、あの、我らにも見せて頂けるので!?」


色めき立つガロードとブランにもカロンはしっかりと頷いた。


「いいとも。……しかしユウさん、対価はいかが致しますか? 龍鉄には相場がありませんが……」


アルベルトとイライザには詫びも含めて無償でいいが、それ以外の者達にも無償でという訳にもいかないとカロンが悠に尋ねた。しかし、悠は首を振った。


「彼らにはアライアットで大いに働いて貰わねばならん。それに、俺は龍鉄で商売するつもりは無いからカロンが決めてくれ。その分は俺が持とう」


「そうですか、ではそれで――」


「「いやいやいや!!」」


カロンが首肯しかけた時、ガロードとブランは大慌てで首を振った。


「大恩ある教官にそこまでされては我らの立つ瀬がありません!!」


「そ、その通り!! これでも我らも多少は名の知れた冒険者です、正当な対価を要求して頂かなければ――」


「バ~カ言ってんじゃねーっての」


意気込む2人にバローが冷水を浴びせかけた。


「カロン謹製の龍鉄武器を相場通りに買おうとすりゃ、一つ当たり金貨千枚積んだって買えねーよ。お前らにそんな蓄えがあんのか?」


「せっ、ん!?」


出て来た額の大きさにガロードとブランは絶句したが、最も衝撃を受けていたのはこの2人ではない。


「…………ぁぅ」


「おわっ!? し、しっかりしろよギャラン!」


湯で温まり紅潮していた顔を土気色に変えてギャランが沈没する。薄々『盾刃』が想像を絶する高級品なのでは無いかと疑ってはいたが、こうして確定した真実として伝えられるとやはり刺激が強かったらしい。


ジオに支えられたギャランは完全に目を回しており、周囲の同情を誘った。


悠の目がチラリと動き、バローを捉える。


「バロー、余計な事は言わんでいい」


「冒険者として物の価値を理解しとくのは別に悪かねぇと俺は思うがね。それに、何も金貨千枚出せって言ってる訳じゃねーよ。ギャランには金貨百枚で売ってやったんだ、他の奴にもその値段で売ってやるのが妥当な線じゃねぇか?」


しかしバローは肩を竦めて悪びれもせず持論を展開した。


「む……」


《まぁ、バローにしては筋が通ってるんじゃないかしら? 多少は自分で苦労した方が有り難みもあるし、愛着も湧くかもね》


案外とまともな提案に悠が唸り、レイラもその提案を後押ししたので悠も決断した。


「……ならば一つにつき金貨100枚だ。手持ちが無ければ金が出来た時でいい。期限は1年で良かろう。今のお前達なら1年あれば貯められるはずだ」


「その代わり、一生モンの装備として使える事請け合いだぜ。軽くて頑丈、おまけに切れ味抜群、そんな装備が手に入るんなら、冒険者としては買う以外の選択肢はねぇよな? 言っとくが、マジで一生に一度のチャンスだぜ?」


「武器の力に溺れなければ、きっと君らの力になってくれると思うよ」


金貨百枚は大金である。『開拓者』の面々がランクを上げて来たとは言え、そう簡単に決断出来る話では無い、無いのだが……カロンの武器などどれほどの幸運に恵まれても今後手に入る保証など有りはせず、更に自分よりも高位の冒険者達が薦めるのならばやはり入手しておくべきであった。


幸い、彼らには一月後に纏まった収入の予定があるのだ。


「…………よし、決めた!! ここはご好意に甘えよう!!」


「か、買うのか、ガロード?」


「ああ、買わせて頂く。俺達ももう高位冒険者の域に片足を踏み込んでいるんだ、強い武器はあった方がいい。敵の殲滅速度が上がれば、それだけパーティーの生存確率が上がるしな。アライアットという慣れない土地で戦い抜くには俺達はまだ未熟だ。統括の依頼を達成する為にも尻込みしている場合じゃない。依頼を達成すれば一人金貨30枚は手に入るし、戦争での報奨金もある。それに、ランクが上がれば高額の依頼も受けられるんだ。踏み出そう、この先に!」


リーダーとして決断したガロードが理路整然とメンバーに言い含めると、ブラン達も決断した。


「リーダーであるガロードがそう言うんならこの1年、死ぬ気でやってみるか!」


「上等だ、金貨百枚、1年と言わず半年で返してやるよ!!」


「お前は大言壮語を吐かん方がいいぞ、剣士見習い。しっかり鍛練して1年間を生き延びる事に精を出す事だ。お前の遺品として剣を返却されても後味が悪いからな」


「誰が死ぬか!!! テメーこそ金を返しに行ったら死んでたなんて間抜けな事すんなよな!!!」


「おっと、俺は先に上がるぞ。フェルゼンに用があるのでな。カロン、後は頼む」


「承知致しました」


「おい、俺を無視すんなっつってんだろ!!!」


「知らん」


ギャランを抱えたまま歯を剥き出して吠えるジオだったが、悠はそれに取り合わず、サッサと湯船から上がってフェルゼンを目指したのだった。

『開拓者』の槍使いと格闘家の名前も開陳。ガロードはリーダーらしいリーダーですが、盾役をしているせいか慎重過ぎるのが欠点でした。ブランも近接戦闘をする割に猪突猛進では無く、割と冷静なタイプです。でもジオが無謀なのでちょうどいいかもしれないですね。

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